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マイヒーロー オワ マイデビル

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いつからだったか、この世に正義の味方はいないと知った。

悪事を働くやつが我が物顔でのさばり、そういうのに限って上司受けがよく、実績とは半ば関係なく出世していく。

基本的に根性が腐っていて、支配欲だけは人一倍あるから、下っ端を奴隷のように見下しこきをつかうし、できる人間がいたらいたで、躍起になって引きずりおろそうとする。

「害虫」と罵倒しつつ、自分こそ非生産的な、いや、迷惑増産機のような「害虫」のくせに。

でも社会は、そんな更生不可能下衆野郎が寄生しても、意外と支障なく毎日、稼働しているし、駆逐することに手間暇をかけない。

そりゃあ、人には誰しも生きる権利があるだろうが、正論を突きつけられても虚しいだけ。

誰もなんとかしようとは思わない。

誰もどうすればいいか考えない。

誰も声をあげようとしない。

やっぱり、この世には正義の味方はいなのだろう。




「ああ!」と叫んだのは、胸元から太ももにかけて、灰色の水をぶっかけられたからではない。

目深にかぶった帽子のつばの下で、目を丸くして固まったさまが、意外にあどけなかったとはいえ、薄暗い廊下に浮かびあがるような肌の白さに、見間違いがなかったからだ。

昇進祝いに新調したスーツが、買って早々、使い古された雑巾のような匂いがするざまになり、遅ればせながら「厄日だな」とまともな感想を抱いたのは「おい、どこ見て歩いてんだよ!」と同僚がつかみかかろうとしたとき。

相手の顔をじっくり拝む暇もなく「まあまあまあ!」と間に割って「こっちも、ぼさっとしてたし!」とどすこいとばかり押しもどした。

もともと腹の虫の居所がよくなかったから「だからって、一言謝るくらいしろよ!」と俺の肩から顔覗かせ尚も怒鳴りつけるも、相手は無反応。

同僚のやかましさとの落差があるに、ふてぶてしいようにも見え、同僚がしびれを切らしそうなのを察し「こいつだと、話にならないから!」と肩に爪を食いこませて説得。

「たしか、清掃員をしきるリーダーっぽい人いただろ。
その人にがつんと云っておくから。

お前はもう帰れよ。
探すのに時間がかかるかもしれないし、それにつき合わせるのは気兼ねだから」

血気盛んだったのが「・・・いいのか」と声を潜めるに、気は立っていても、疲れた体は早く帰りたがっているのだろう。

「じゃ、悪いけど、お先」とすんなりと背を向けて、でも、背後を一睨みするのも忘れず。

同僚の背中が角を曲がるまで見届けてから、ため息するとともに肩を落とし、あらためて彼と向き合う。

いまだ目を見開いたまま呆けていたので「おーい」と戯れ半分に手を振ると、まつ毛を跳ねて、何回も目をぱちぱち。

瞬きをやめ、やっと焦点を合わせ、おもむろに口を開こうとしたのを「ああ、いいって、別にいいから」と虫をはらうように手を揺らしてみせた。

「日ごろ、闘牛みたいに挑んでくるお客さん相手するのに、これしきでぎゃあぎゃ騒いでいたら販売員なんか、やってられないって。

だから、そのことはいいから、その、今、仕事中?
休憩に入るとか、仕事終わりとかいうのなら、ちょっとコーヒー一杯つきってくれない?」

機転を利かせて、喧嘩腰の同僚を退けたスマートさもどこへやら。

夢にまで探しつづけていた相手を、心の準備もなく目の前にして焦るまま、前のめりに口説いてしまう。
押しつけがましいナンパのようで我ながら呆れたが、案外、相手は要領を得ないように瞳をゆらゆらしつつ、肯いてみせた。

「いやいやこんな夜更けに、職場で清掃員をナンパするような、節操ない男にひっかるなよ!」と正直、ツッコみたいなれど、やっと手中にした幻の魚を逃がすまいと「そっか、つきあってくれるか」と営業スマイル全開ににこにこ。

できたら、拘束し連行するくらいしたかったが、さすがに少しは理性を働かせ、なにより、スーツから生臭い匂いをさせたままでは格好がつかなかったので「じゃ、休憩室で待ち合わせで」と提案。

一旦、別れては、このままとんずらされる危険があるも、あとはもう賭けだ。と腹をくくりつつ、高々と口角を上げたまま「休憩室で待っているから。都合がよくなったら、きてな」とすれ違いざま肩を叩いて、更衣室へ向かおうとした。
が、手は空ぶり。

お辞儀するついでに、やや体をずらし、かわしたらしい。

あきらかに避けるようでなく、風がすり抜けるように、さりげなかったから、文句をつける暇もなく、手を上げたま放心。

単にこちらの動向を気にかけないで、目的地に急ごうとしたのかもしれないが、行き場を失くした手が、どこか寂しげだ。

不愉快とまではいかずとも、やたら指の間がすうすうして、手が冷えていくような。

真冬でもないのが、すっかり凍えた手を擦って、息を吹きかけながら、早足に遠ざかる長身の猫背を見送った。



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