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鉄筋青春トライアングル
③
しおりを挟むそうして、方々に謝りにいって、怒鳴られ殴られつつ、もったいないような恩情をかけてもらいつつの三日間を過ごし、はっとさせられた。
殴られたところが腫れてきて、三日目にして目も当てられない有様になっているのを。
朝起きて、鏡を覗いたときには、ショックだったというより「どちら様?」と冗談ではなく、問いかけたくなったもので、隠しようがないながらにマスクをし、朝食を取らず、家族や家政婦と顔を合わせないように家をでた。
学校では、屋上の件以降、総スカンを食っているとはいえ、腫れあがった顔を教室に覗かせたら、さすがに周りは口を閉ざしてはいられないだろう。
生徒が騒がなくても、教師が気にして、父親に連絡を取るかもしれない。
と、考えて早々、学校には休む旨を連絡したのだけど、さぼるにしろ、この顔では行くところがないのは同じ。
となれば、向かう先は一つしかなかった。
午前八時から開いているジムだ。
ジムにいけば、顔の腫れが引くよう処置してもらえる。
にしたって、すぐに顔が元に戻るとも思えなく、ジムで一日やり過ごせても、後をどうするか悩むところだ。
帰宅したところで、市長として付き合いの多い父親と、趣味の習い事に通いつめる母親、塾に入り浸っている兄はいないけど、家政婦の目に留まる危険がある。
この家政婦には、過去にチクられたことがあるので、油断をしてはならない。
高校受験を失敗してから、家族は僕に興味を失った。
これ見よがしに不良を連れて歩いていたときも、無視していたほどだ。
たまに、当たり散らしてきても、前のように四六時中、監視しているかのような過干渉でなくなった。
が、「殴られた」と聞けば、話は違ってくる。
万が一、周りから「イジメ」と見られてしまったら、子供の福祉に力を入れている市長としての父親の立つ瀬がなくなるからだ。
前は、家族に見向きもされなくなったのが、辛く寂しかったから、気を引きたくて、不良を従えていたのもあると思う。
ジムに通いだして以降は、無関心なのが却って都合よくなったし、今になって五月蠅くしないでほしいとの思いが強い。
家族、とくに父親がヒステリーを起こすようなきっかけを作るのを、何としても避けたいなら、やはり家に帰ることはできなかった。
どうしようかと考えた末、ちょうど明日から祝日を加えて三連休ならば、その間、漫画喫茶かカプセルホテルで過ごして、顔の腫れをひかせようと。
幸い、おこづかいにはクレジットカードが持たされている。
よほど無駄遣いをしなければ、両親は気にしないようなので、いちいち明細をチェックして問い詰めてくることはないはずだ。
そう見込んで、家政婦には、テスト前で友人と勉強会をするため泊まると、連絡した。
実は外泊を知らせるのは初めてだったけど、しばらく待ったところで、家政婦からも両親からも連絡がこなかったので、不審がられなかったようだった。
第一段階をクリアして、ほっとする間もなく、第二段階の課題について頭を巡らせた。
漫画喫茶やカプセルホテルは便利で融通が利くといえ、成人していないと、利用はままならない。
普通、未成年は親などに保証人になってもらうところ、僕にはできないので、ジムの人に頼もうと考えた。
ジムには、訳ありの人が多くいるせいか。
話せない事情や過去を抱える人がいても、放っておいてくれる空気感がある。
僕や義巳など、未成年はとくに大目に見てくれるところがあるから、とやかく言わずに、手を貸してくれるだろう。
もちろん、オーナーの耳に入らないよう、口止めは必至だ。
オーナーが聞きつけたなら、自惚れではなく「俺んちに泊ればいいよ!」と迫ってくるとしか思えない。
そりゃあ、泊まれるなら泊りたかったけど、中途半端な現状で甘えるのは、避けたいところ。
と、考えながら、ジムに赴いて「こんにちは」と開けっぱなしの扉から顔を覗かせたなら、室内にいる人がほとんど背を向けていた。
いつもは、トレーニングに励みながらも一瞥をくれ「おう」「きたな」「今日もがんばれ」と声をかけてくれるというのに。
怪訝に思う間もなく「あのときのアッパーに一目惚れした!」との絶叫が耳に打ち付けられた。
肩を跳ねて、皆が見ているほうに顔を向ければ、男の背中があって、向かいに困り顔のオーナーがいる。
「伝説の殺人アッパーを、実際にこの目で見れるなんて!」と尚も暑苦しく叫んでいるのに「殺人アッパー?」と首をひねりつつ、「どうしたんですか」と傍に居た人に声をかけた。
顔を振りむけたその人は「ああ、あれね」と苦笑をする。
「ほら、オーナー、今からじゃあ想像つかないけど昔は殺人アッパーで、全戦全勝していたっていう伝説的なボクサーだったから。
頭のダメージが深くて、たった二年しかもたなかったていうのも、なんか伝説的で。
で、今なんかじゃ、昔の試合の映像がネットで流れていたりするんだろ。
それを見て感動したとかいう奴が、たまに、ああやって押しかけてくるってわけ」
「大抵は弟子入りを望んでね」と目を細めて見てきたのは、僕がそういった類ではなかったからだろう。
弟子入りも何も、僕はオーナーのプロボクサー時代について、ほとんど知らなかった。
「殺人アッパー」も初耳だ。
知らなかったというか、興味が湧くことなく、殊更に調べようとしなかったからなのだけど。
運動音痴でどんくさいとあって、トレーニングするのに精一杯で、余裕がなかったというのもある。
大体、今のオーナーの言動やふるまいに、十分、目を奪われていたから、情報をアップデートする必要がなかったのだと思う。
「笑いながら、相手を殴っていた」という別人だったような過去について、ちらりと聞いたけど、それでもネットで調べる気にはなれなかった。
オーナーは好きだ。
とはいえ、そのときのオーナーに出会っていたら、好きになっていただろうか?と、考えると、思いとどまってしまうのかもしれない。
「小尾君の気持ちは分かったけど。
僕は個人的に教えることはないんだよ。
もし、金森君と一戦を交えたいというのなら、手を貸すから」
「個人的に教えることはない?
金森には、つきっきりで教えていたように見えたけど?」
「いや、それは・・・」
「金森」「一戦」と聞いて、ジムにはざわめきが起こり、何人かは僕に視線を寄こした。
注目されるのが居たたまれないながら、僕こそ「ええ!」と驚きの声をあげたかったもので。
名前を聞いても思い当たらなかったとはいえ、話からして相手は、三日前にジムの壁に落書きをして、僕を呼びだした不良だ。
彼にも謝罪しようと思い、探し回っていたけど、見つからず、と思ったら、ジムで遭遇することになるとは。
やっと彼の所在が分かって、一息つけたというのもありながら、胸騒ぎがしてやまなかった。
どうにも僕の名を上げて張り合っているように見えるし、第一に、駄々をこねてオーナーを困らせているのが頂けない。
言葉に詰まっているオーナーを見かねて「落書きは自分で消したのか!」と野次ってやろうかと思ったけど、先に威勢よく吠えられてしまい。
「もし俺が勝ったら、すこしは受け入れてくれよ!
俺がオーナーを好きって気持ち!」
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