鉄筋青春ラビリンス

ルルオカ

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鉄筋青春ラビリンス

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今度は、さすがに見逃してもらえず、「俺の可愛い甥っ子をよくも!」と天誅がくだされるのを覚悟をしたものを、これまた予想外に「え、金森君、義巳が好きなの!?」と頬に片手を当てて懐中電灯に照らされた顔を赤らめたもので。

「うわー、ほんと?どうしよー!」とオネエっぽくはしゃいでいるオーナーに「なに照れてんだよ!」と怒り狂ったような叫びがぶつけられる。

「男が男好きなんて気持ち悪いだろ!
しかも好きなくせに苛めていたなんて、小学生かってくらい、馬鹿で救いようねえ!」

「いや、ねえ、そう、親馬鹿かもしれないけど、義巳ってクールビューティーでモテると思うんだよ。
でも、あの子全然、浮いた話なくて。

だから、金森君みたいなイケメンに好かれているって知ったら、嬉しくないわけないじゃない!」

聞く耳を持たないオーナーのすっとぼけぶりに、二の句を継げなくなるソフトモヒカン。

しばし薄く口を開けたままでいたものを、疲れたように溜息をついたなら「・・・あんたも救いようがないくらい頭がおかしいな」と声量を格段に落とした。

「とにかく、あんたが甥っ子をイジめられても平気だろうと俺の気が済まないんだ。
だから口出し」

「するな」と言いきる前に「ああ、だったらさ」と早速、口出しをされる。

身構えるソフトモヒカンに「リングの上で決着をつけるってのはどう?」と、相変わらず空気を読まないオーナーがとぼけた提案をする。

「金森君のほうが早く習い始めたから、その分をカバーして君に練習をつけるよ。
で、二人とも同じくらいに仕上がったら、リングの上で闘ったらいい。

僕やジムの人間がちゃんと見守ってサポートするから」

「はあ!?俺は被害者なのに、なんで俺が殴るだけじゃなくて、こいつに殴られなくちゃいけないんだよ!
そんなの割りに合わないだろ!」

「そうかな?
本当なら、殴られた子が同じだけ殴ったらいいのだけど、その子は望んでいないというからね。

だったら、二人で代わりに殴り合ったらいいんじゃないか?」

オーナーが考える落とし前のつけ方は、意外に筋が通っていた。
いや、ソフトモヒカンはのし上がるのに僕を利用しようとしていたのだから、そもそもの言い分が無理筋だったのだ。

オーナのような第三者に待ったをかけられれば、理不尽な言い分を通すのは難しい。

ソフトモヒカンは苦い顔をして黙りこみ、一方でオーナーは「金森君は、その子のこと殴ったの?」と僕に聞いてきた。

質問の意図が分からないながらに、顔を横に振れば「金森君は人に殴らせていたわけだ。じゃあ君は?」と前に向き直る。

「言っておくけど、俺も殴ってねえからな。動画を撮ってった」とどこか言い訳がましくソフトモヒカンも否定したのに「そうか。二人とも殴ってはいないのか」とオーナーは神妙な顔つきになった。

「実際に真っ向から殴ってみたら分かるけど、殴ると自分も痛いものなんだ。

傍目には爽快に殴っているようでも、相手の痛がる顔を見たり、肉がちぎれて骨が軋む感触を拳に受けるのは、結構辛くてね。
相手を倒したい、勝負に負けたくないって気持ちがいくらあろうと、胸の痛みに耐えられないもんなんだよ」

プロボクサーだった過去を思い起こしているのか、片手の掌を見つめる。
拳に握ったなら「でも、それでいいんだ」と微笑んでみせた。

「痛みを感じなければ、取り返しがつかないくらいに殴ってしまうから。
そう、だから、人に殴らせるのは逆に恐いんだ。

痛みを感じない分、歯止めが利かなくなる。
きっと取り返しがつかないことになる。

俺は君のことをよく知らないけど、取り返しがつかなくなることをして欲しくなんだよ」

元プロボクサーとあって説得力があり、僕とソフトモヒカンはぐうの音もでなかった。

特にソフトモヒカンは、この期に及んで「取り返しがつかなくなることをして欲しくなんだよ」というオーナーのお人好しぶりに、参ってしまったのだろう。

どれだけ度肝を抜かれても、躍起に噛みついてきたものを、さすがにもう、気が抜けすぎてか再起不能のようだ。

絶句から立ち直れそうにないソフトモヒカンに「いつでも、ジムに連絡してきて」とオーナーは声をかけて「いこう」と僕の肩に手を置き、背を向けようとした。

促されて体の向きを変えつつ、肩越しにソフトモヒカンを見やったら、虚空をさ迷っていたその目と、ちょうど目が合って、次の瞬間「ふざけんな!」と絶叫が闇夜を引き裂くように響いた。

驚く間もなく、鬼の形相で跳びかかってきたソフトモヒカンに肩を掴んで振り返させられ、振りあげた拳を突きつけられようとした。
が、拳は痙攣しただけで降りかかってこず、代わりに下から突き上げられたような風圧が顔に当たった。

ソフトモヒカンは眉を逆立てながらも、失神したように顔を硬直させている。

その顎の下には拳が寸止めされていた。

僕ではない。
オーナーのだ。

襲いかかってくるまで、ほとんど猶予がなかったはずが、ソフトモヒカンが拳を振り下ろすより先に、アッパーをかましたらしい。

その俊敏さに、顔に受けた風圧、何より寸止めでソフトモヒカンの魂を天まで吹っ飛ばしたような凄みからして、元プロボクサーの肩書きは伊達でない強烈なアッパーだったのだろう。

オーナーの横顔が気迫溢れるものでなく、無表情なのが、また堂に入っているように見える。

そのうち我に返ったソフトモヒカンは、顎に入っていないはずが、打撃を食らったように跳び退り、足をもつれさせて尻餅をついた。

もう虚勢を張る余裕もなく、腰を抜かしたまま、青ざめ怯えるのに、ふっと表情を和らげ「ジムで待ってるよ」とオーナーは笑いかけた。

このときほど、オーナーの底知れなさを覚えたことはなかった。



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