鉄筋青春ラビリンス

ルルオカ

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鉄筋青春トライアングル

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「お前とセックスをしてほしくない!」と身も蓋もない本音をぶちまけてからは、小尾が睨みつけてこようがかまわず、オーナーに声をかけるようになった。

トレーニングの合間など、少ない機会を見計らってだけど、もちろん小尾は見逃してはくれなかった。

「オーナー!テーピング、からまった!」「さっきのことで、聞きたいんだけど!」「スポーツドリンク、うまく調合できないよー」とこれでもかと鬱陶しく、かまってちゃんぶって、すこしでも僕からオーナーの視線を奪おうとした。
が、「その分、時間が加算されますー」といちゃもんを、つけてくることはなくなった。

僕も負けじと、どれだけ横槍をいれられても、オーナにアタックするのをやめず、そのうち「オーナー!テーピング、からまった!」と喚けば「じゃあ、僕が巻きなおしてやる」と嫌がる小尾の腕を捕まえて、すったもんだするなど、やり返すことが多くなった。

そうして小尾が一方的に騒ぎたてるのでなく、二人して、もっとやかましく言い合うようになれば、外野の声も遠慮がなくなっていった。

「おいおい、高校生がおっさんを取り合って喧嘩するなよ」

「こら、お前ら!あんま惚気ると義巳に殺されるぞ!」

「おーおー、オーナーを意識して、はりきっちゃって、まあ」

と笑い交じりに呆れたり叱ったり茶化してくる。

「うっさい!人が真剣なのに笑うな!」と小尾が噛みつく傍らで、僕は気後れをしていたものを、野次を受けるのを満更でもなく思っていた。

というのも、ずっと、そうやって小尾と周りが応酬しているのを羨ましがっていたからだ。
言い返しはできなくても、すこしでも絡めれば、上出来といえた。

前より、小尾に言いたいことを言えるようになったとはいえ、劣等感があるのに変わりはない。

成長ぶりが目覚ましく、日に日にポテンシャルを露にして、ボクサーとして輝きを増すさまを見せつけてくるともなれば、焦りと不安が募りもする。

ただ、前のように思いつめはしなかった。
いや、暇がなかった。

トレーニングをしつつ、隙を見てオーナーにかまおうとしたり、小尾と飽きずに喧嘩をしたり、周りに野次られて顔を赤くしたり青くしたり、ジムでてんわやんわしていたら、あっという間に時は過ぎていく。

家に帰ったら帰ったで、トレーナーに借りた専門書を読み、参考になりそうな映像を見て、気がつけば、机に突っ伏していて、そのまま朝を迎えるといった具合だ。

そんなこんなで、目まぐるしい日々を過ごすうちに、僕が習っている段階まで小尾が追いつき、ちょうど二人の体重調整もできたとあって、試合が行われることになった。

さすがに前日は、トレーニングを抑えて早めに帰宅したので、いつものように寝落ちすることができず。
さらに困ったことに気が昂って目が冴えてしかたなく、眠気はいつまでも催してきそうになかった。

明日に試合を控えているとなれば、余計なことを考えがちで、「考えるな!」と思っても、脳は言うことを聞いてくれない。

脳を宥めようとしても埒がなく、いっそ眠るのを諦めて、スマホで動画を探そうとしたところ、ホーム画面に表示された、おすすめの一つに目が留まった。
オーナーがプロボクサーだったころの、試合映像だ。

これまで、数多くのボクシングの試合を参考に見てきたから、システム的に関連する動画がピックアップされたのだろう。
それにしても、僕の心を読んだかのように、ジャストタイミングに紹介してきたものだ。

ずっと避けていたものを、オーナーの過去を覗くには、今以外ないのかもしれない。

そう思いつつ、画面を押そうとしたり指を引っこめたりを繰り返し、一旦、指を留めため息をついてから、やっと動画を再生させた。

当時はニ十歳。
期待の新鋭の筆頭とされ、世界タイトルを手にするのも時間の問題だろうと、目されていた絶頂期のころのオーナーだ。

優男なのに変わりはないとはいえ、頬がこけているというより、えぐれていて、青白く艶のない肌をしているせいか、今のほうが若く見える。

若々しくない上に、表情も荒んでいて、飢えに喘ぐ獣のような虚ろな目をし、薄ら笑いを浮かべるのが、オーナーと同一人物と思いたくないほど、感じが悪かった。

試合になると、笑みを深めて、心躍らせるように殴打を連発した。

そのさまは狂気じみていたけど、よく見れば、相手は顎のガードを固くし、あえて他は打たせているようだった。
一定の距離をとりつづけ、懐に入らせないようにもしている。

どうも作戦があってのことらしく、ラウンドが終わっても、相手はさほどダメージを受けていないのか、けろりとした顔をして、オーナーのほうが肩で息をし、眉をしかめていた。
解説者が言うには「君塚はアッパー以外のパンチの威力は平均以下ですからね」とのこと。

「殺人アッパーは、これまで相手を、ことごとく、ノックダウンさせてきました。

ほぼ百パーセント、相手を倒せる必殺技といっていいでしょう。

だから、絶対にもらうわけには、いかない。
ということで、顎へのガードを鉄壁にして、その分、他の守りを捨てているものと見られます。

アッパー以外のパンチは劣るといっても、果たして、殴打されつづけて耐えられるのか。
君塚が疲れて隙を見せるまで、立っていられるかどうかに賭けて、相手は試合に望んでいるのかもしれません」




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