鉄筋青春ラビリンス

ルルオカ

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鉄筋青春トライアングル

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「いや、まさか、こうなるなんてね」と煮物をよそうオーナーは、ため息をついて湯気を揺らした。

その隣で味噌汁をよそいながら、僕は何とも言えずに唇を噛む。

ひそかにジムの人に相談したはずが、告白騒動があったばかりで相手がまだ浮足立っていたからか「金森君、家出!?」と声を張ってしまい、即バレした。

案の定、飛んできたオーナーが「漫画喫茶?カプセルホテル?駄目だよ、そんなの!」「ね!義巳も、泊めてあげるの反対じゃないでしょ!」と悲鳴を上げ、義巳が(苦々しい顔をしたかったのだろうけど、人目があるから)無表情で肯いたことで、今に至る。

ちなみに、義巳は家にいない。
義巳も一泊二日ながら、大男のアパートに滞在するという。

まあ、今回もお互い様というわけだ。

初手から大男に平手打ちをかまして、ある程度わだかまりを解消したというオーナーだけど、寂しいのには変わりがないのだろう。

前に食事に呼ばれた時と同じように、料理が溢れんばかりに盛られた皿が、食卓に所狭しと置かれていた。

食べきれるかなあと、やはり心配しつつ、オーナーと食卓に着いて「いただきます」と合掌する。

寂しさを紛らわすためだとして、折角、ふるってくれた手料理。
有難く味わいたいところなれど、ジムでの公開告白事件がどうしても気がかりで、今一、食欲が湧かないし、一口含んだところで味がしない。

気まずいまま味気ない食事をするのがもったいなく、悶々とするのに耐えられなくもあって「小尾にもしかして、告白されたんですか?」といっそ、率直に切りだした。

オーナーも気がそぞろだったのだろう。
小皿にある肉団子をいたずらに割いていたのを留めて、ため息を吐きたそうなのを飲みこんだようなら「そうなんだ」と顔を上げて、僕と目を合わせた。

「あの夜の翌日、早朝にジムの掃除をしていたら、あの子が息を切らしてやってきてね」

「それで」と言いつつ、瞼を跳ねたなら、やおら目を伏せた。

今更とはいえ、僕も小尾と同じ立場であることを意識したのか、頬をうっすら染めつつ、目を泳がせている。

すっかり口をつぐんでしまったのに弱りながらも、尻込みする自分に喝を入れて「オーナーは、どう答えたんです?」と聞いてみた。
オーナーはこちらを一瞥して、またすぐ目を逸らして「今は交際している人はいないけど」と口を切る。

「大切にしたいと思っている人がいる。
だから、小尾君の思いを受け入れられないって」

僕にすれば、もったいなきお言葉たったものを、肩を落として呟くことには「ごめんね」と。
俯けている顔を覗きこめば「いや、ね」と弱弱しく笑いかけてきた。

「俺が分かりやすいのかな。
小尾君に『それって、金森のことですか』って言われちゃったんだよ。

しばらっくればいいのに、俺、慌てちゃって、ばれてしまって。
で、今日、あの子、あんなこと言いだしちゃったってわけ」

不良連中を従えていたときには、小尾の顔も名も認識していなく、その後、思い起こすことがなかったほど印象も残っていない。

夜の呼びだしで、初めて、まともに向き合ったわけだけど、不良でも体を張らずに、虎の威を借る狐よろしく世渡り上手なタイプに見えた。
が、狡猾な策略家のようでいて、後先考えず告白する、無鉄砲で無邪気な側面もあるらしい。

一貫性がない両極端な性格をしているようで、今はオーナーにひたすら尻尾を振っていても、いつ掌を返して、心の隙につけこんでくるとも知れない。

また、無邪気に見せかけている可能性もある。
告白してから、三日と置かずに公開告白したのも、勢いあまってではなく、思惑があってのことかもしれない。

まあ、何にしろ、公開告白したのを「オーナーの立場も考えずに」「自分の立場を分かっているのか」とけちをつけたいのは山々なれど、なんだかんだ羨む自分がいる。

人目を憚らず、世界の中心で叫ばんばかりに愛を唱えるなんて。

僕には、できるだろうか?
もしかしたら「お前にはできるのか?」と挑発するためにも、公開告白に踏み切ったのかもしれない。

「金森君」と呼ばれて、我に返り箸を落とした。
足元に転がったのに屈もうとして「別に小尾君に付き合わなくてもいいんだよ」と言われ、上体を倒しつつ顔を上げる。

オーナーは目を逸らしながらも、もう頬を染めてはいなく、心細そうな顔をして箸で肉団子をつついている。

「二人でリングの上で戦ってみたらどう?とは言ったけど、今から思えば無責任だった。

大体、小尾君が戦いたい理由の主旨は違うみたいだし。
それに、金森君は家出したほどで・・・」

顔が腫れあがっているのを見て、ジムの人は「できるだけ冷やしたほうがいいぞ」「お、男前になったな」と軽口を叩きはしても、何があったどうしたと、問い詰めてはこなかった。

オーナーも心配そうにつつ、黙っていてくれたけど、他の人より事情を噛んでいるから、顔が腫れるに至った経緯などを、大体、察しているのだろう。

そうして心を砕いてくれるのは、ありがたいとはいえ、「これくらいで、許されないことを僕はしました」と首を横に振ってみせた。

「これくらいで済んでいるのは、相手に情をけをかけてもらっているからです。
小尾にいたっては、謝罪を受け入れてもくれないでしょう。

だったら、小尾の気が済むやり方に従うほかないです」

人一倍、心配症のオーナーは、それでも基本的に相手の思いを尊重して、助言や忠告はしても、それ以上、干渉はしてこない。

僕が義巳をイジメていたと知ったときも、「義巳がいいなら、それでいい」と済ませたほどだ。
が、このときは、口を閉ざしながらも、もどかしそうな表情をして、聞き分けていないようだった。

まさに「戦えばいい」とけしかけたくせに、今になって、ぐずっているらしい。

どうして、小尾との一戦に気乗りしないのか。

オーナーの胸中は知れなかったけど、僕ももどかしいところがあった。

今の立場で望めないのは分かっているし、あくまで償いの一環で、浮ついた心持でいてはいけないのも分かっている。
でも、僕だって、試合に勝った暁には、感動的なフィナーレとしてオーナーに告白したい。

それ以前に、試合を避けることで、「お前のオーナーへの思いは、そんなものか」と小尾に笑われたくない。

煩悩を捨てきれない自分に嫌気が差しつつ、小尾のように、立場やタイミングなんて糞くらえとばかりに、向こう見ずに突っ走れない自分がまた、ほとほと嫌になる。

とことん自己嫌悪に苛まれた僕は、早々、食欲を枯渇させ、食卓からこぼれそうなほどの料理に、あまり手を付けずに箸を置いた。

オーナーにしろ、気が塞いでいるらしく、食べるようせっついてくることも、「どうしたの、体調悪いの?」と慌てることもなく、「作りすぎちゃったね」と寂しそうに笑って、そそくさと料理を片付けだす始末。

折角の初めて嬉し恥ずかしのオーナーとのお泊りだったはずが、そうして二人とも意気消沈して、義巳が戻ってきてからも、くさくさしたように三日が過ぎてしまった。





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