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鉄筋青春ラビリンス
⑪
しおりを挟む目を見開き、顔を上げそうになったのを寸でで堪えて、歯を食いしばった。
因果応報とばかり、意趣返しをしようという。
わけでは、多分、ない。
鬱憤を晴らしたいなら僕を殴ればいい。
そうしないのは、ひ弱な坊ちゃんをぶっ倒したところで、箔がつかないからだ。
三好の後釜になるには、それでは足らない。
三好が去ることになった元凶の僕に、周りが溜飲を下げるような落とし前をつけさせるのが一番、示しがつくのだろう。
だったら、なるほど殴るより、因果応報的に万引きをさせたほうが効果的だし、市長の息子なら注目されやすいから尚、都合がいい。
もし、僕が万引きして捕まったとして「市長の息子が万引き!」とスキャンダルになる。
大人が隠蔽しようとしても、ソフトモヒカンが動画か画像を撮って情報を拡散する。
そして、スキャンダルで世間が騒ぎだしてから、不良たちに言いふらす。
「三好さんの代わりに、俺が報いを受けさせた」と。
ソフトモヒカンがそう計画しているのなら、ばれることを前提に僕は万引きをやらされるわけだ。
いくら、なんでもと思う。
僕もがり勉ホビットに万引きを強要したとはいえ、ばれるか、ばれないかは、相手の運や力量任せにしていた。
意趣返しならば、同じように万引きが成功失敗するか賭けをさせて欲しいところ。
いや、そもそも当たり前だけど、万引きなんかしたくなかった。
犯罪に手を染めることへの躊躇いというよりは、市長である父親に迷惑をかけること、幻滅されることが恐い。
それに、がり勉ホビットに復讐されるなら仕方ないとしても、のし上がろうとするソフトモヒカンの手助けをするのは、微塵にも気が進まない。でも。
「なんだよ、ちゃんと返事しろよ。
このまま黙ってちゃ、お前が通いつめているボクシングジムが、どんな噂立てられても知らねえぞ。
なんたって、あそこは未成年の子供がいっぱい通っているらしいからな」
ボクシングジムの景気は良さそうではなかった。
ジムにいるのは主に、駆け出しの選手、趣味で通う人、月謝を払わないでいい幼い子供たちだ。
有名なプロの選手やチャンピオンがいれば、ファイトマネーやスポンサー料が入ってくるのだろうけど、ジムの人が言うには、プロ入りして力をつけてきた選手、言い換えれば「金づる」を、オーナーは他のジムに送りだしてしまうらしい。
おかげで、月謝以外の収入はあまり見込めず、夜の部になるまで子供を無償で預かって託児所状態にしているとあっては、経費ばかりかかるというもの。
そんな自転車操業のジムなら、変な噂が立って人が遠のけば、すぐに廃業の危機に陥るだろう。
ましてや、ソフトモヒカンが言うように、この時代、「未成年の子供」を厚意で預かっていても、そのことがいつ裏目になって足元をすくうとも知れない。
まさに僕が屋上で義巳を脅していたように、脅し返しているのか。
苦々しく思いながらも、僕は屈するように、目を瞑って頭を垂れた。
父親への恐怖、ソフトモヒカンへの反発、それらとボクシングジムに手出しをさせたくないとの思いを天秤にかけて、だした結論だった。
さぞかしモヒカンは、勝利に酔いしれたような高笑いを響かせることだろう。
と、思って身構えたものを、ソフトモヒカンが口を開くより先に「やっぱり、ここだったんだ」と別の声がした。
まさかと、振り返れば、ブロック塀とブロック塀の間にある小道を、懐中電灯を持つオーナーが小走りしている。
僕もソフトモヒカンも唖然として、でも、オーナーが空き地まできて僕の傍によると「お、お前!」とソフトモヒカンは激昂をした。
「大人を呼びやがって!」
虫も息を殺しているような闇夜の静けさにあって、その絶叫は心臓に悪いものだったけど、オーナーは「ああ、違うよ」と場違いに屈託ない笑みを向ける。
「金森君は俺に何も知らせていない。
ただ、ジムの壁に書いてあった落書き、あのマークは俺が高校生のころにも使われていたんだ。
今も使われいてるか確証はなかったけどね」
「いや、あのマークが受け継がれているとは」としみじみとしているのに「いや、あの、オーナー」とさすがに、僕は声をかけた。
それで相手がオーナーと気づいてだろう。
「な、あんた・・・!」とソフトモヒカンは動揺を隠せないようながら「これは俺達の問題だ!」と吠えたてた。
「あんたには関係ない!引っこんでろ!」
「そういうわけにはいかないよ。
ジムにいる未成年の子は責任持って預かっているんだ。
金森君もジムの大事な子の一人だから見過ごせない」
「責任?大事な子?
馬鹿かあんた。
こいつは、あんたの可愛い甥っ子をイジめた張本人なんだぞ」
ぎくりとして、ソフトモヒカンを留めようとしたけど、言葉がでてこず唇を噛んだ。
いつかは、知られることだ。
と思って、腹をくくったのもあるし、どうせ間に合わなくて、ソフトモヒカンが自慢たらしく語りだす。
「こいつは高校で自分より成績のいい奴を俺達にぼこらせて、そいつが『成績を落とすから、もうやめて』って言ったのに、それでも、むかつくってんで、万引きさせたんだよ。
で、それを助けたあんたの甥っ子を、次のターゲットにして弄んで、危険な目に合わせた。
あんた、そんな下衆野郎を庇うってえのか?」
ある程度、腹はくくっても、オーナーの顔を見る意気地はなかった。
ソフトモヒカンの問いかけに応じずに、黙しているのは、ショックを受けているからか、僕に呆れ返っているからなのか。
気になりつつ懐中電灯の光が落ちる地面を見ていたのだけど、そのうち聞こえてきたオーナーの声は「結局、その子は万引きをしたの?」と落ちつき払ったものだった。
へ?と思い、「・・・・いや」と言うソフトモヒカンも反応に困っているようだ。
「俺の甥っ子は君たちと喧嘩をした?
甥っ子は君たちに怪我を負わせた?それとも怪我を負わされた?」
「それもねえけど・・・」
顔を上げて見れば、「そっか」とオーナーは困惑をせず怒ってもいなさそうに訳知り顔で肯いていた。
義巳からすでに事情を聞いているのかもしれない。
それにしたって、甥っ子を目に入れても痛くないとばかりに溺愛しているオーナーなら、事情を聞かされ、モンスターペアレント化してもおかしくないところ。
中々どうして、オーナーは理性的で「確かに、一人の子に多人数で暴力を振るったのはいけないことだ」と諭すように語りかけてくる。
「その償いはしないといけないと思うよ。
にしても、君は皆で一人の子をぼこぼこにするの嫌じゃなかったのか?
途中でやめようとは思わなかった?」
穏やかな口調ながら、責めているように聞こえたのだろう。
「なんだよ!俺も悪いっていうのか!?」とソフトモヒカンは俄然、オーナーに牙を剥いた。
「冗談じゃない!
こいつがあんたの甥っ子を好きで、イジメてまで気を引きたがったのがいけないんだ!」
痛いところを突かれたからか、脈略なく僕を引き合いにだしてきた。
オーナーの指摘を否定しきれず、誤魔化そうとしたのだろうけど、いい迷惑だ。
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