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魔人ダンダーラの略奪愛
⑩
しおりを挟む羅伊緒が取材やメディア出演の仕事をドタキャンしたことで、団長から大目玉を食らい、マスコミに「ドタキャン俺様ライオン」と叩かれて、劇団の評判まで落ちた。
なんてことには、ならなかった。
ドタキャン騒ぎではない、別の騒ぎが取りざたされ、話題を掻っ攫ってしまったからだ。
事の発端はツイッターだった。
ショーの直後から、絶え間なく更新されつづけた呟きが、翌日も勢いが衰えずに「中身は羅伊緒という俳優らしい」との噂まで流れだした。
一方で俺の名前は明かされなかったけど「羅伊緒が演じた魔人ダンダーラとキスをしたのは、同じ劇団の奴だって?」と囁かれもした。
こうともなれば「同じ劇団の誰か?」とネット民は躍起になって探りだそうとするもの。
ネット民の中でも、劇団の俳優からスタッフすべて把握しているというマニアがいたらしく、しばらくもしないうちに「あの背格好で、あれだけのアクションをこなせるのは、多分、『黒子』だろう」と特定をされてしまった。
それからすぐに劇団名と「黒子」がセットで検索され、一時は検索ワードの急上昇になったらしい。
合わせて劇団に問い合わせが殺到し、稽古場のあるスタジオには人が押しよせてきた。
対して、劇団は明言を避け、羅伊緒や俺を人前に出すことなく、イベント会社のほうもだんまりを決めこんだ。
別に不祥事を起したわけではないとはいえ、劇団と会社に迷惑をかけることになり、自宅待機をしつつ落ち込んでいたところ、イベント会社の社長から電話がかかってきた。
「ああ、大変なことになっているね。
まあ、でもこっちは情報を開示しないつもりだし、劇団にも、そうしたほうがいいよって言ってあるから。
なんでかって?
はは、なに、こういうのは明らかにして、宣伝効果を期待するより、焦らしたほうが人は食いつくってもんだからね。
迷惑では全然ないから。
こっちは同じ演目をしてほしいって、依頼が大量にきているし、劇団もてんやわんやしながら、おいしい思いはしてるはずだよ。
それに君が注目されれば、劇団も考えを変えて、ライオン君を全面に押し出そうとはしなくなるだろう」
社長の言う通りだった。
この後にアカルイオサムが電話をしてきて、次の公演に俺と羅伊緒がダブル主演をすると聞きつけた人が、チケットが欲しいと、早くも大量に問い合わせしてきていること。
その影響でチケットが取りやすい劇団の年間会員になる人が鰻上りに増えていることを教えてくれた。
そして、翌日には劇団から電話がかかってきて、叱られるかと思いきや「落着くまでスタジオにこなくていいから、その間、大量にきている取材の仕事をしてくれ」と頼まれたわけで。
羅伊緒に連絡を取ってみたところ「俺も別に怒られなかった。取材とかの仕事はしばらくいいって、言われたぞ」とのことだった。
羅伊緒は見た目も言動もインパクトがあり、いわゆるキャラが立っているから、多少、無礼を働いてもマスコミやメディア受けがよかったものの、やはり羅伊緒は羅伊緒なので、揉め事や諍いが絶えなかったらしい。
宣伝効果にあやかりながらも、そのことに劇団は頭を痛くしていたから、比べれば印象は薄くても、問題を起さなそうな俺に、そういった仕事をさせていこうと決めたようだ。
劇団の見込みどおり、俺も意外だったけど、広報活動的な仕事は性に合っていた。
時に意地悪だったり挑発してくる記者がいても、さりげなく煙に巻いたり、角が立たないよう誤魔化して、結果的に先方の気分を害することがないよう、スムースに取材を終わらせた。
同時に危機管理も怠らなかった。
ゲラを俺と劇団にチェックさせてくれるよう、取材前に約束を取りつけ、ゲラと完成した記事が違った場合には、抗議して公表することも事前に言っておく。
こうすることで、羅伊緒のときのように、言っていないことを無茶苦茶に書かれるなんてトラブルは起こらず、そもそも、罠に嵌める気で依頼してくるような取材はなくなった。
自分でも思いがけない才能を発揮して広報活動に勤しむうちに、ピンクレンジャー祭りも落ちついてきて、久しぶりに、やっとスタジオに赴くことができた。
今までになく注目され数えきれない取材を受けたとはいえ、これといって劇団での自分の立場が変わったとう意識はなかった。
ただ、周りの見る目は違い、午前中の人がまばらな時間帯に狭い通路を歩いていると、角の向こうから声量を抑えない団員の話が聞こえてきたもので。
「あいつの存在価値なんて、所詮、ライオンのおまけってだけだろ」
前は華がある羅伊緒と比べられて「黒子」とけなされていたものを、目立ったら目立ったで、羅伊緒のおこぼれに与っていると見なされ、馬鹿にされるらしい。
否定はしきれなかったから、唇を噛みつつ立ち止まり、角の向こうの連中が稽古場に入るまでやり過ごそうとした。
が、背中から何かが覆いかぶさってきたと思ったら「阿呆か」と大声を張られた。
後ろから抱き着いてきたのは羅伊緒で、当然、耳に入ったその声に角の向こうの連中が黙りこむ。
そのざまを笑うように「はっ」と嘲り、俺を強く抱きしめながら、ライオンは唸ってみせた。
「あいつらなんか、殺すにも値しない」
どれだけ綺麗事を並べたって、割り切ったり折り合いをつけようとしたって、俺は羅伊緒がいると死にたくなるし、羅伊緒が俺を殺したいと思うのは、どうしてもやめられないのだろう。
ただ、そのことは、必ずしも不幸ではないことのように思えた。
それにしたって茨の道だ。
どうせ一生、死にたいと苦悶しなければならないのなら、セックスのときくらいは優越感も劣等感も忘れ去って、屈服される喜びにとことん浸っていいのかもしれない。
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