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魔人ダンダーラの略奪愛
⑦
しおりを挟むショーが終わって二時間くらい経っても俺は帰れずに、社長と羅伊緒と三人で楽屋に残っていた。
今日のイベントの主催者にこってりと絞られていたからだ。
問題とされたのは、もちろん、キスシーン。
観客に幼い子供がいるとあっては、そういった表現は避けるべきであり、ましてや敵の魔人ダンダーラとキスしたとなれば「子供にどう説明をするのか」とやや、ずれた説教まで真顔でされたもので。
「私たちのイベントは健在なものであり、公共性の高いものです。
幼いお子さんも大勢いらっしゃる。
正直、ショーのことは、あなたがたプロの取り仕切ることですから、口出しはしたくないのですが、予定にないことをやられて騒ぎになっては困るのです。
ショーですから、アドリブもあるでしょう。
しかし、今日のことは、私たちのイベントを利用し、注目されるためにゲリラ的にやったことに思えます。
炎上商法でもいいからショーや会社の名を広めようと思って、あんなことをしたなら、許せないことです。
私たちもクレームを受け責任を取らされるのですから」
二時間近く、これと大体似た内容の説教を繰りかえし聞かされていた。
そのたびに「いやあ、炎上させるつもりはあ、演者がつい盛り上がっちゃってえ」と社長は生返事をして、俺はひたすら「すみません」と肩を縮めこませ、羅伊緒は腕を組んで、だんまりを決めこんでいる。
ショーが終わってからすぐに説教タイムに入ったので、俺はピンクレンジャーのまま、防具やマントなどは取り外しながらも、羅伊緒は魔人ダンダーラのままでいた。
そのせいか、イベントの主催者は、マスクといえど厳しい顔つきの魔人ダンダーラのほうに、あまり目を向けなかった。
まあ、マスク越しにも、空腹で不機嫌なライオンよろしく、苦み走った表情が見て取れたのかもしれない。
腕を組み一言も発さず、ふてぶてしい態度をとっているのに、主催者は注意をせず、キスをした張本人にも関わらず、単独で叱りつけることもなかった。
代わりに申し訳なさそうにする俺に、説教を浴びせてきたのだけど、俺がびくついていたのは、主催者にではなく、羅伊緒にだった。
いつもの羅伊緒なら、説教がはじまったとたんに「勝手にやってろ」と思いっきり椅子でも蹴りつけて、躊躇せず俺らを置き去りにし帰っている。
はずが、空腹の獣のように殺気立ちながらも、俺の隣に二時間も座っているともなれば、逆に恐くなって当たり前だろう。
とはいっても、元々、堪え性がないだけに、そのうち聞こえよがしに貧乏ゆすりをしだした。
気づいた主催者は、怒るより怯えたように、一瞬、声を上ずらせ、誤魔化すように咳払いをしたなら「まあ、今回はそんなに大事にはなりませんでしたが」と話を締めはじめる。
「それは、お客さんが大目に見てくれて、たまたまです。
子供の教育上良くないと、怒られても仕方ないことだったのですよ。
そのことを肝に銘じて、これからは襟を正して活動をしていったください」
「はい、お客さんに感謝します」とまたも生返事する社長と、黙って頭を下げる俺を見て、流れで貧乏ゆすりをする羅伊緒に目を向けようとし、すかさず顔を背けて、そのまま主催者は楽屋から出ていった。
扉が閉まって足音が遠ざかり聞こえなくなってから「あーあ」と社長が音を立ててパイプ椅子にもたれたのに「あ、ほんと、すみませんでした」と改めて謝る。
頭を下げようとしたのを「いーって、いーって」と掌をかざして遮り「ありゃあ、建前上、怒っているだけだから」と肩をすくめられた。
「ほら、言っていたじゃない。
『私たちもクレームを受け責任を取らされる』って。
あくまで仮定の話で、すごいクレームがきているとか、責任問題になっているとか、実害が出ているとは言わなかったでしょ。
まあ、クレームはなくはなかったんだろうけど、良いほうの反響のほうが大きかったんだと思うよ」
そう言いながら、取りだしたスマホを操作して、画面を見せてきた。
表示されているのはツイッターで、次から次へと目まぐるしく呟きが更新されていっている。
「○○イベントのレンジャーショー、魔人対怪人やばかった!」
「すれっすれでパンチを避けてて、ガチでやりあっているみたい!」
「 レンジャーのショーで、まさかの悪者への子供からのエールWW」
「絶妙に仲裁に入ったピンクレンジャーの神蹴り」
「ピンクレンジャーに蹴られたいWW」
「魔人ダンダーラとピンクレンジャーのキス!ええ?実は惚れていたの?」
「そこでキスかよWW魔人ダンダーラの略奪愛劇?」
「魔人ダンダーラにキスされてピンクレンジャーの断末魔WW」
「魔人にキスされるのは正義の味方にすればレイプのようなもの?」
呟きがされてやまずに、それぞれのアカウントの四角い囲いがどんどん下へと押しこまれていく。
文字で呟かれているだけでなく、画像や動画が添付されているのも多く、スマホを手にとってスクロールしてみれば「ピンクレンジャーの中身はゴリラ?」という呟きに、ちょうど俺が鎖を引きちぎった瞬間の画像が貼ってあった。
「子供の教育上いかがなものか」「炎上上等でわざとやったんじゃね?」と批判的な呟きもあるものの、熱くレンジャー愛を語るのやネタ的に面白がる呟きに、みるみる押し潰されていき、ほとんど目に留まらなかった。
主催者に説教されて、想像していた世間の反応とはまるで様相が違うのに、口をあんぐりとして画面に見入っていたら、スマホを取られて「ほらね」と社長に笑いかけられる。
「別に炎上させるつもりで、やったわけではないけどね。
結局こうなったことで、そんなに認知されていなかったイベントの知名度があがって、先方も万々歳なのさ。
といっても、誉めたら示しがつかないし、また勝手なことをされたり足元を見られたら困るってんで、マウントを取ってきたってわけ。
次のことを考えて。
ま、そういうことだから、怒ったふりをしつつも、次のイベントにも呼んでくれるでしょ」
先方は定期的にイベントを催し、そのたびに会社に声をかけてくれるのだと、社長から聞いていた。
俺らのせいで、その関係に亀裂が入るのではと、心配していたので、社長の頼もしいやら高をくくっているやらの言葉に「そうですか」と胸を撫で下ろす。
「そーなの、だから、そんな顔しないで、ピンクレンジャー」と社長はおちゃらけて言って立ち上がり、羅伊緒のほうを向くと「いやあ、君、いい根性しているねー」と声をかける。
嫌味はなく、面白がっている口調だ。
「人が怒っている前で、堂々とふてくされた態度とって、生意気だねえ。
いいねえ。
また暇なときにでもステージに立ってくれる?
できたら会社に入って、本格的に悪役をやってほしいところだけど」
羅伊緒が腕を組んだまま、顔も向けず、うんともすんとも言わないのに、尚も面白がっているように笑いつつ「一時間半後には、スタッフが荷物取りにくるから」と俺のほうに向き直る。
「それまで、あまり時間はないけど、少しは休んでって。
おやつや飲み物は好きなだけ持って帰っていいから」
「分かりました。お疲れ様です」と俺が立ち上がろうとしたのを、やはり掌をかざして、いいよいいよというように振り、社長は楽屋から出ていった。
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