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魔人ダンダーラの略奪愛
⑥
しおりを挟むショーでは大分、はしょっているとはいえ、五分にも満たない場面にしては、この部分のシナリオの書きこみ方は、明らかに他より熱がこめられていた。
本来、この後のレンジャーが助けに駆けつけ参上するのが山場のはずが、リハーサルでも、ピンクレンジャーの拘束部分はやけに念入りに練習がされた。
例の大柄の怪人ヤッラーは思いがけず、リハーサルでは言われた通りにして大人しくしていた。
俺の思い過ごしで別人なのかもと思ったけど、示し合わせたように羅伊緒イン魔人ダンダーラも鳴りを潜めていたのが、どことなく不気味だった。
で、案の定、本番になったところで、拭いきれなかった嫌な予感が当たってしまった。
一見、大柄の怪人ヤッラーはリハーサル通りに跪いて贈り物を差しだしていた。
が、距離が近かった。
こちらの太ももに鼻がつかんばかりで、俺の顔に向かい贈り物を突きつけながらも、小首を傾げた、その視線は別のところに注がれていた。
スカートの中だ。
ただでさえ、すうすうとする股が、大柄の怪人ヤッラーにスカートの中を覗きこまれると、太ももや尻に鳥肌が立った。
さりげなく、内股になれば、大柄な怪人ヤッラーのマスクから「く」と微かに笑いが漏れたような。
スカートの中を覗くだけに飽きたらず、興味津々といったように至近距離で顔を見つめてきたり、体中の匂いを嗅いできたり、スカートをめくったりしてきた。
さすがに観客に幼い子供がいるとあって、露骨なことはしなかったし、スカートをめくろうとされるたびに、俺が足を蹴り上げるパターンなんかは、子供の笑いを誘っていた。
一方で俺は笑えずに、微妙なセクハラに貞操の危機を覚えていたわけだけど、何より、この後に起こるだろうことを考えれば、気が気ではなかった。
場面が終盤に差しかかり、大柄の怪人ヤッラーがピンクレンジャーの手枷を外そうとした。
と見せかけて、相手は腰を押しつけ揺らしてきて、響き渡る魔人ダンダーラの声に反応するところを、ピンクレンジャーに見入ったまま、へこへことしていた。
やや早めに登場をした魔人ダンダーラにしろ、高らかに笑い声を響かせるのに合わせた動きをせず、いきなり魔法の杖を投げてきた。
怪人ヤッラーに遠くに投げられる予定のはずだけど「逃げて!」のピンクレンジャーの音声が図らずもタイミングばっちりで、魔法の杖を避けた大柄の怪人ヤッラーは、俄然、魔人ダンダーラに跳びかかった。
その後は段取りも音声も完全無視に、魔人ダンダーラと大柄な怪人ヤッラーの、互いに一歩も引かない肉弾戦が繰り広げられた。
アクションではなく、本格的な格闘のようで、ただ体格もアクションの型も、スキルのレベルも似かよっているからか。
当てにいっているつもりのお互いの拳や蹴りを、お互いに寸でのところで避け合いつづけている。
おかげで痛々しく血みどろな惨状にはならずに、思いのほか、スリリングなアクションシーンとして成り立っていた。
はじめは音声に合わないガチアクションに困惑していた観客は、二人の気迫溢れ過ぎる対戦に徐々に引きこまれていき、しばらくもしなうちに「そこだ、魔人ダンダーラ!」「危ない、怪人ヤッラー!」と二分した声援をあげるようになった。
魔人と怪人の戦いに熱狂をする観客。
お約束なレンジャーものではお目にかかれない、こういった稀有な光景を社長は作りだしたかったのかもしれない。
俺の取り越し苦労だったのか。
二人が暴走したところでショーは大盛況になっている。
すべては社長の思惑通りかと思えば、心配していた分、馬鹿らしくなったけど、音楽の調子が変わってきたのにはっとする。
もう少しで、この場面は終わりだ。
が、拳や蹴りが寸でのところで空ぶっている二人のやり合いは、まだまだ尽きそうになかった。
怒りが収まらないのと、むきになって我に忘れているだろうところ、音楽の変化なんて耳に入っていないに違いない。
結局、尻拭いをしないといけないのか。
と、いい加減、俺も堪忍袋の緒が切れて、手枷の鎖を引きちぎった。
鉄製に見せかけた紛い物だから、さほど力はいらなかったけど、何人か気づいた観客は息を飲んだようだ。
ピンクレンジャーが鎖を引きちぎったとなれば、そりゃあ、厳つい光景だろう。
俺の憤怒が滲みでいたなら、尚更だ。
ピンクレンジャーが拘束から逃れたことなんか、まるで気にも留めず、魔人ダンダーラと大柄の怪人ヤッラーは互いに拳を振りかぶっていた。
同じくらいの勢いと早さで拳は突きつけられ、クロスカウンターになりそうだったところ、駆けつけた俺は対峙する二人の隙間に、自分の頭の高さまで足を蹴り上げた。
「やめてえええええ」のピンクレンジャーの叫びと合わせて。
空を切るような勢いの蹴りに二人の拳は弾かれ、大柄の怪人ヤッラーはそのままふっ飛ばされるように尻餅をつき、一方で魔人ダンダーラは踏んばった。
踏んばって、またすぐに前のめりになりそうだったから、急いで足を下ろして、魔人ダンダーラの肩を掴み、その喉元に手刀を突きつけた。
手刀が触れるか触れないところで、起こしかけていた上体を留めた魔人ダンダーラ。
突然のピンクレンジャーの仲裁的天誅に言葉を失くし、ただただ見惚れる観客。
同じように呆けて見入っている怪人ヤッラー。
時間が止まったように静まり返る会場で、悲劇的な調子の音楽が流れつづけ、俺はこの後の絶叫にどう辻褄を合わせるか、必死に考えていた。
名案が思いつく前に、手刀の手を握られ引き寄せられて、気がつけば、魔人ダンダーラとメッシュ越しに口付けをしていた。
その間もなく、ちょうどというか何というか。
「いやあああああ」とピンクレンジャーの断末魔のような叫びが会場中に響き渡って、予定通りステージは暗転をした。
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