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怪人ヤッラーの禁断の恋
⑩
しおりを挟む我ながら、とんでもない下手を打ったと思う。
次のショーで会ったなら、ぶん殴られるのはもちろん、骨の一本や二本、折られるのではないかと、そりゃあ心不安になったもので。
誰かに相談をしたいところで、ピンクレンジャーの彼女からは、いまだ連絡はこず。
アカルイオサムもまた脚本家の家に缶詰めになって連絡が取れなくなり、しかたなく最悪の事態を回避するため、代筆してもらった謝罪の手紙をたずさえ、翌日のショーに挑んだ。
が、一発殴られるくらいの覚悟をしていたはずが、遅めに赴いたステージやその周りに、頭一つとび抜けた大柄の怪人ヤッラーの姿は見当たらなかった。
不思議に思いつつ、尚も見渡していたところ、俺がきたのに気づいた監督が声をかけてきて「今日から新しいヤッラーと組んでもらうから」と隣にいる大柄の怪人ヤッラーの肩を叩いてみせた。
ぺこりと頭を下げた動作からして愛嬌があり、見た目はそう変わらずとも中身が違うのは明らかだった。
「じゃ、リハーサルにもどって」と言われて監督に肯き、もう一度、俺に会釈をしてステージに駆けていった。
それを見送ってから、声を出せない代わりに首を傾げてみせると「悪いね、急に相手役が変わって」と監督は頭を掻きつつ事情を話してくれた。
昨日のショーの後、演者の何人かが飲みに行き、その居酒屋で暴行事件を起こしたらしい。
現場にいた演者の証言では、いちゃついていたカップルに突然、大柄の怪人ヤッラーが突っかかったとのこと。
はじめの一発は止められなかったものの、なにせ連れはレンジャーや怪人だから、すぐに大柄の怪人ヤッラーは仲間に取り押さえられて、大事にはならなかったという。
ただ、慌てて駆けつけた監督とイベント会社社長が頭を下げて、殴られたほうも「そんな大丈夫ですから」と恐縮して事を荒立てないでくれたのに、本人が一切謝罪をしなく、それでは示しがつかないということで首を切られたというわけだ。
大柄の怪人ヤッラーが突っかかったのがカップルと聞いて、俺のせいではないかと、ちらりと思ってしまった。
まさか「俺のせいかも」などと言えず、とはいえ不安を拭えなくて、怯えるふりをして肩を抱いてみせたら、きょとんとした監督はすぐに「なに、大丈夫だって!」と笑い飛ばした。
「こっちにはアクションの手練れがいっぱいいるんだ!
プロでもあるし、ショーに殴りこんできても上手く対処するよ。
君に襲ってきたら全力で守ってあげるさ」
監督の言葉は頼もしいながら、大元の原因が俺かもしれないと思えば心苦しくもあった。
もし本当に大柄の怪人ヤッラーが殴り込みにくるなら、監督が言うようにピンクレンジャーまっしぐらに襲いかかってくるだろう。
だったら、なるべく周りに被害やショーに支障がでないように俺一人で速やかに対処しよう。
そう肝に銘じてリハーサルとショーに臨んだけど、結局、最後まで大柄の怪人ヤッラーが討ち入りをしてくることはなかった。
親子連れでなさそうな大柄の男の姿を観客の中から見出すこともなかった。
次のショーも次のショーも、大柄の怪人ヤッラーが姿を見せることなかった。
ほっとしたというよりは拍子抜けしたものの、大柄の怪人ヤッラーの知人という演者が教えてくれたことには「別に心配する必要ないよ。あいつ、ちょうど大きな舞台の出演が決まったっていうから」とのこと。
心配したり気に病んだりしたのが損したような、未練もなく背を向け新しい仕事に向かわれたのが寂しいような。
なんて思うのは、新・大柄の怪人ヤッラーとの一騎打ちのアクションに物足りなさを覚えるせいもあるのだろう。
礼儀正しく律義な性格をしていそうな新・大柄の怪人ヤッラーは教えられた通り決められた通り、一寸の狂いもなく動いてみせる。
ので、いちいち予測したり先回りして構えたりしないで、俺も段取り通り動けばよく、スムーズに事は運んだ。
扱いにくくて仕方なかった半面、前の大柄の怪人ヤッラーがどれだけ人の心を惹きつける存在だったのか。
新しい相手と組んで改めて思い知らされたわけだけど、俺も周りも監督もおそらく同じ思いながら「前のほうがよかったなあ」とは言わなかった。
別に新・大柄の怪人ヤッラーが悪いわけではないし、若くていい子そうな彼を無闇に傷つけたくなかったからだ。
ショーでも前ほど、ピンクレンジャーとの一騎打ちは盛り上がらなくなったとはいえ、それでも十二分に見せ場になっていたから、誰も文句をつけなかった。
殴り込みにもこない前の大柄の怪人ヤッラーを薄情に思ったこともあったけど、時間が経つにつれ俺らもその存在を忘れていった。
しばらくもすれば、新しい大柄に物足りなさを覚えることもなくなり、「やっぱ扱いやすいほうがいい」と現金に思うようにもなった。
俺なんかはとくに事情があって、とても前のように段取り無視の動きに合わせてやれる余裕がなかったから、相手が狂犬から従順な犬に変わったことに誰よりありがたく思ったもので。
余裕がなくなった事情とは、間近に迫る公演の舞台に俺も立つことになったというものだ。
ステージ上でピンクレンジャーを凌辱して気分転換ができたらしいアカルイオサムは、脚本家の家に飛んで帰って早速、俺を新たに配役したらしい。
口が利けないキャラとして。
アカルイオサムは俺をセクハラしにきただけでなく、大柄の怪人ヤッラーとの一戦を見て大いにヒントを得たという。
で、俺なら声を出せなくても、ライオンのフォローをできるだろうと踏み、そう思いついてから半日もかからないで脚本を書き換えてみせたという。
それまで絶望的なまでに行き詰っていたのが嘘のように、鮮やかに書き換えられた脚本を読み「もう、俺が教えることはない!」と師匠である脚本家はむせび泣いたとか、泣かなかったとか。
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