13 / 24
魔人ダンダーラの略奪愛
①
しおりを挟む劇団の公演が終わってから一週間休みとなった。
公演まで徹夜つづきで缶詰になっていたとなれば、休みに入ってわざわざ稽古場に顔を出す物好きな団員はいない。
俺以外は、だ。
休みに入ったその日から俺は稽古場に赴き、基礎練習やストレッチ、かるい一人芝居なんかをやっていた。
団員に見られたら、あだ名の一つ「鍛錬魔」と囃されそうだけど、そう言われるほど鍛錬に没頭しているようで、実は上の空だったりする。
今回の公演で、俺は台詞のない役を演じた。
普段から舞台上では存在感が薄く、台詞がないとなれば、さらに他の演者、ライオンこと羅伊緒などの影に隠れてしまって、今回はいつにも増して俺は観客や演劇関係者の目に留まることがなかった。
が、団員は、俺が声がでなくなって役を降りてからの羅伊緒の荒れっぷりを知っている分、見る目が違った。
俺がまた舞台に戻ってきたことで、まるで使い物にならなかった羅伊緒が目覚しい復活を遂げ、公演が大成功をおさめたとなれば、そりゃあ、俺の存在をありがたく貴重なものと思うだろう。
そう再評価してくれた劇団は、次の公演は羅伊緒と俺をダブル主演にすると、公演が終わった直後に発表をしたのだ。
単独でないとはいえ、主役を張るのははじめてだ。
「華がない」「上手いけど地味」と言われつづけて、正直、主役に向かないのかもと諦めかけていただけに、発表を聞いたときはすぐに信じられなかった。
今もまだ地に足がついていないようで、稽古をしていないことには、現実感を失いそうになる。
主役に抜擢されたのが羅伊緒のおかげと言えなくもないから、余計だ。
邪念を払うように木刀を振り回して、一息ついたところで、着信音が鳴った。
隅に置いてある鞄の元へいき、タオルで顔を拭いてから、取りだしたスマホの画面を見る。
「イベント会社社長」と表示されているのに、幾度か瞬きをしてから「どうも久しぶりです」と電話に出た。
「久しぶりー、元気してた?」と応えてくれたのは、前にピンクレンジャーの代役として出演した、そのショーを仕切っていた会社の社長だ。
ピンクレンジャーの代役は、会社に知られないようマスクを隠れ蓑に入れ替わる方法でしていたのだけど、今や社長は俺の携帯番号を知っているし、こうして親しげに接してもいる。
実はあのとき、社長はマスクの下で、本来のピンクレンジャーの彼女から俺に入れ替わっていることに気づいていたという。
というか、彼女が前から同じように、別人と入れ替わっているのも知っていたらしい。
他のスタッフや演出、監督などは騙されていたようだけど、体を痛めるまでスタントとして名を馳せていた社長の目は誤魔化せなかったようだ。
それでいて、どうして、見逃していたのかといえば「面白かったから」とのこと。
ショー向きでアクションに長けた彼女を手放すのが惜しかったのもありつつ、彼女が代役に選ぶ人物にハズレがなかったのにも感心したのだとか。
アクションに長けた彼女に化けるのだから、代役は同等か近いスキルを持っているのは当たり前。
その上で細かい違いが見られるのに個性が光り「次はどんな、面白い子を連れてくるのだろう」と社長は、それぞれの代役の魅力を見つけるのを、ひそかに楽しみにしていたらしい。
俺も元名スタントの社長のお眼鏡にかなった一人なわけで、代役を終えたその日に「うちの会社入らないか?」と誘われた。
社長が言うには、これまで見てきた代役の中で、スカウトをしたのは初めてとのことだった。
まあ、それは多分おべっかにしても、劇団の稼ぎをはるかに上回る給与と「彼女が連れてきた代役の中でも、あれだけ客を沸かせたのは君だけだ。君なら会社の目玉になって、スーツアクターのスターになれると思うよ」との誘い文句に心が揺れないでもなかった。
そのときは、劇団でスターなど夢もまた夢。
主役もやれていない状態で、行き詰まり感を覚えていたせいもあるけど、その原因の一端である羅伊緒の顔が浮かんで、気がついたら「有難いお話ですけど」と言っていた。
「そうか、残念だけどしかたない。
でも、たまに暇なときに代役を頼んでもいいかな」
そうして連絡先を交換した社長からの連絡。
案の定「ピンクレンジャーの代役、頼めないかな?」と言われた。
「ピンクレンジャーの子が、オーディションに受かったからって、急に一ヶ月休みを欲しいって言ってきたんだよ。
自分で代役を見つけようともしないでさ。
そう思うと、やっぱり前のピンクレンジャーの子は良かったよ。
会社に隠し事をしていたとは言っても、ちゃんと役に穴を開けないように代役を連れてきて、スケジュール管理もしっかりしていたんだから」
俺に代役を頼んだ彼女は、すでにピンクレンジャーを卒業していた。
俺に代役を頼んだきっかけ、オーディションに受かって射止めた大舞台の役を華麗にこなしてみせて、名と顔が売れ演劇の賞ももらい、一躍、売れっ子の舞台女優となったからだ。
レンジャーを卒業するときはマスクを取って顔を晒し、これまで密かに代役を立てていたことも明かして詫びたらしい。
「こっちは惜しいだけだったから、代役のことなんか、彼女が辞めやすい口実になったって感じだったね」と社長はぼやいていたもので。
「ああ、話が逸れたね。
で、そうそう、代役を頼めないかなって話。
できたら、今日の午後から、五日ぐらいつづけて代役をしてもらえたら、助かるのだけど」
「いいですよ。
ちょうど前の公演が終わって、休みに入ったところですから。
今日の午後から行けます。
休みまでは後、五日あるんで、その間は朝から晩までステージにあがれますし。
その後は一週間くらい、午前は劇団の打ち合わせがありますが、午後は丸まる空いているんで」
「ほんと?そんなに出てくれるの?助かるなあ!」と電話越しからは社長のはしゃぐ声が聞こえてきたものの、一人で稽古場にいても、気が詰まりそうだったから、俺のほうこそ助かった思いだ。
0
お気に入りに追加
17
あなたにおすすめの小説
切なくて、恋しくて〜zielstrebige Liebe〜
水無瀬 蒼
BL
カフェオーナーである松倉湊斗(まつくらみなと)は高校生の頃から1人の人をずっと思い続けている。その相手は横家大輝(よこやだいき)で、大輝は大学を中退してドイツへサッカー留学をしていた。その後湊斗は一度も会っていないし、連絡もない。それでも、引退を決めたら迎えに来るという言葉を信じてずっと待っている。
そんなある誕生日、お店の常連であるファッションデザイナーの吉澤優馬(よしざわゆうま)に告白されーー
-------------------------------
松倉湊斗(まつくらみなと) 27歳
カフェ・ルーシェのオーナー
横家大輝(よこやだいき) 27歳
サッカー選手
吉澤優馬(よしざわゆうま) 31歳
ファッションデザイナー
-------------------------------
2024.12.21~
神子様の捧げ物が降らす激雨の愛
岡本
BL
雨の神に愛された一族の神子様として生まれたルシュディー。ある日突然、彼は転生前の記憶を思い出す。
転生前の記憶を思い出したからか、それ以前の記憶を覚えておらず、困惑する。
それでも自由気ままに、転生前の趣味に没頭していると、国中に雨を降らすことが自分の仕事と判明し、雨乞いの儀式をすることに。
態度の悪い使用人との軋轢も絶えない日々の中、ルシュディーを神子として国に縛り付ける為、側室に迎え入れた第二王子とも仲は良くなくて――。
自分の事も、力の事も何も分からないルシュディーの、全てを捧げたお話。

フローブルー
とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。
高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。

離したくない、離して欲しくない
mahiro
BL
自宅と家の往復を繰り返していた所に飲み会の誘いが入った。
久しぶりに友達や学生の頃の先輩方とも会いたかったが、その日も仕事が夜中まで入っていたため断った。
そんなある日、社内で女性社員が芸能人が来ると話しているのを耳にした。
テレビなんて観ていないからどうせ名前を聞いたところで誰か分からないだろ、と思いあまり気にしなかった。
翌日の夜、外での仕事を終えて社内に戻って来るといつものように誰もいなかった。
そんな所に『すみません』と言う声が聞こえた。
エリート上司に完全に落とされるまで
琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。
彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。
そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。
社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。

【BL】はるおみ先輩はトコトン押しに弱い!
三崎こはく@休眠中
BL
サラリーマンの赤根春臣(あかね はるおみ)は、決断力がなく人生流されがち。仕事はへっぽこ、飲み会では酔い潰れてばかり、
果ては29歳の誕生日に彼女にフラれてしまうというダメっぷり。
ある飲み会の夜。酔っ払った春臣はイケメンの後輩・白浜律希(しらはま りつき)と身体の関係を持ってしまう。
大変なことをしてしまったと焦る春臣。
しかしその夜以降、律希はやたらグイグイ来るように――?
イケメンワンコ後輩×押しに弱いダメリーマン★☆軽快オフィスラブ♪
※別サイトにも投稿しています
有能社長秘書のマンションでテレワークすることになった平社員の俺
高菜あやめ
BL
【マイペース美形社長秘書×平凡新人営業マン】会社の方針で社員全員リモートワークを義務付けられたが、中途入社二年目の営業・野宮は困っていた。なぜならアパートのインターネットは遅すぎて仕事にならないから。なんとか出社を許可して欲しいと上司に直談判したら、社長の呼び出しをくらってしまい、なりゆきで社長秘書・入江のマンションに居候することに。少し冷たそうでマイペースな入江と、ちょっとビビりな野宮はうまく同居できるだろうか? のんびりほのぼのテレワークしてるリーマンのラブコメディです
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる