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怪人ヤッラーの禁断の恋
⑥
しおりを挟む前と同じく、遅れてステージに向かうと、大柄の怪人ヤッラーがいた。
今回はシナリオが違うとはいえ、大柄の怪人ヤッラーとタイマンを張るのは変わらず。
というか、大柄の怪人ヤッラーはピンクレンジャーとの一対一をするだけで、他の乱闘には加わらないとのことだった。
監督が言うには、好調すぎるから、らしい。
体のキレや俊敏さが増して、ますます見惚れるアクションをしつつ、相変わらず、段取りを無視するものだから、ますます手に負えなくなったのだとか。
レンジャーに拳や蹴りが頻繁に当たったり、当たらなくても、大柄の怪人ヤッラーの気迫あふれるアクションにレンジャーが怯んでしまって、腰が引けたり、尻もちをついて、まるで様にならないという。
前回、息が合っていたピンクレンジャーなら、大柄の怪人ヤッラーの好調すぎる暴れぶりに対応できると監督は考えたらしいけど、いや、俺だって、動きについていくのが難しかった。
キスした間柄なのだから、すこしは手加減してくれてもよさそうなものを、前回以上に荒ぶる拳も、風を切る蹴りも、顔や体を切りつけるように掠めていく。
キスをなかったことにしたくて「お前のことなんか、なんとも思ってねーよ!」と躍起になっているのかと思いきや、すれすれながら拳や蹴りを当てないようにしているあたり、頭に血が上るまま暴走しているわけでもなさそうだ。
うっかり当てることなく、触れるか触れないかで掠めさせているのは、むしろ絶妙に制御が利いているようで、なるほど絶好調だし、心なし、嬉々として「ヤッラー!」とピンクレンジャーに襲いかかってきているように見えた。
それにしたって、調子に乗りすぎた。
リハーサルでは一回ではとどめを刺されずに、次でも倒れてくれないで、三回目にして顎に掌底突きをして、やっと吹っ飛んでくれた。
本番では、何度も起き上がられたら困ると思い、一回目は大目に見たとして、二回目にボディに深い一発を食らわせたのだけど、大柄の怪人ヤッラーは腹を抱えて屈みながらも、膝を折ることなく。
俺が気を抜いた一瞬をついて「ヤ、ヤッラー!」と姿勢を低くしたまま突進してきた。
勢いよく抱きつかれて、倒されそうになったのを、すかさず再度ボディに膝蹴りをして、それでも体を放そうとしなかったから、背中に肘鉄を食らわした。
ただでさえ、腹への打撃で内臓が悲鳴を上げているところ、背中から激しく揺さぶられれば、ぐっと喉元にこみ上げてくるというもの。
吐いてしまうかと、心配したものの、大柄の怪人ヤッラーにも演者としてプライドがあるのだろう。
膝を屈して床にうつ伏せた顔の口を、観客席からは見えないように手で覆って、堪えたようだ。
ステージを汚すまいと人知れず己と戦う大柄の怪人ヤッラーの気も知らないで、狂喜乱舞するように子供は歓声をあげ「怪人ヤッラー、ざまあみろー!」「ピンクレンジャーに勝とうなんて百年早いんだよ!」とやや乱暴な物言いもしていた。
倒れこむ大柄の怪人ヤッラーが震えていたのは、嘔吐を我慢して力んでいたからだけでなく、心ない子供の声に、大人げなく頭にきていたのかもしれない。
報われない大柄の怪人ヤッラーにすこし同情したものの、お約束を破って何度も復活してきたのが悪いわけだし、おかげで時間が押していたから、労ってやる暇はなかった。
大柄の怪人ヤッラーの出番はここで終わりでも、ピンクレンジャーには魔人ダンダーラとの最終決戦が残っている。
それが終わってステージに演者全員が上がり、観客に挨拶をするときだって、後ろのほうに立つ大柄の怪人ヤッラーと顔を合わせることはなかった。
ステージから降りたら、他の演者が戻る前に楽屋に向かわなければならず、前のように「今日もすごい歓声だったな」「ピンクレンジャー人気者だな」と褒められながら、小走りにステージ裏を抜けていった。
楽屋のある建物に入って、しばらく歩き、後ろを振りむいたものの、大柄の怪人ヤッラーの姿はなかった。
楽屋までは、ほぼ一本道だから、追いかけてきているのなら、後ろの突き当りの扉が開くはずだ。
が、しばらく見張っていたけど、扉はうんともすんとも言わなかった。
ほっとしたような、残念なような思いをしながら、時間が迫っているので楽屋へと走っていこうとした。
そのとき、すこし先の左の角から、ぬっと腕が伸びた。
驚いて足を止めて、角の向こうを覗けば、大柄の怪人ヤッラーが自動販売機の前に立っていて、よく見たら伸ばされた手には炭酸飲料の缶が握られている。
ステージを降りたのは俺のほうが先だから、そんな俺より先回りできたということは、大柄の怪人ヤッラーは観客への挨拶には居合わせなかったのだろう。
もしかして、缶ジュースを渡すために最後のステージには上らずに、俺が通りかかるのを待っていたのか。
何にしろ、あの傍若無人な大柄の怪人ヤッラーが缶ジュースを差しだしていること自体、胸にぐっとくるものがあって、俺はやや目を濡らしながら、手を伸ばした。
すっかり油断していたから、指先が触れそうになったところで、缶ジュースを落とされて、咄嗟には構えることができなかった。
床に叩きつけられた缶ジュースに目を見張るうちに、手首を痛いほどに握られて、勢いよく引っ張られた。
踏ん張れないで、大柄の怪人ヤッラーの厚く固い胸に顔をぶつけたなら、すこしは目の覚める思いがして、退こうとしたものの、いつの間にか腰に腕が回されていて身動きがとれなかった。
太い腕の怪力に締められる腰はびくともせず、しかたなく顔だけ逸らせば、大柄の怪人ヤッラーがこちらを凝視していた。
マスクをしているから瞳は見えないものの、射抜かれたようになって身を固くしていたら、大柄の怪人ヤッラーの顔が近づいてきた。
あ、やばい、と思いつつ、蛇に睨まれた蛙よろしく、身じろぎもできないまま、またもや口づけをされてしまう。
前よりショーのアクションで汗をかいたからか。
相手が興奮しているからか。
メッシュ越しの吐息は前にも増して熱く湿っていた。
張り付く濡れたメッシュ越しの唇の感触がなんとも言えなく、背中を震わせたら、大柄の怪人ヤッラーはもっと顔を寄せて、マスク越しに舌を突きだした。
さすがにメッシュに阻まれて口内には入れられずに、俺の唇の隙間に舌を押しこんで、上唇を舐めるようにしてから、顔を遠ざけた。
すこし顔を上向かせてから下げていき、ため息しつつ俺の肩に顔を埋める。
キスした直後に後悔しているのかと思ったものの、鼻息荒く、布越しの体温も熱くて、腕や手が震えているからに、ひどく興奮しながらも、ひどく我慢しているように見えた。
何を我慢って、そりゃあ。
「これ以上のことを、されるのか」とさほど危機感もなく、腰を抱かれたままでいたら、にわかに大柄の怪人ヤッラーは手首と腰から解いた手で、俺の肩を掴んで突き放すように押した。
俺が広い廊下のほうに退いたところで、骨を軋ませるように肩を掴みながらも手を放して、その勢いのままに背を向けて歩いていった。
それから一度も、突っ立って呆ける俺のほうを振り返ることなく、突き当りのドアを開け姿を消したのだった。
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