怪人ヤッラーの禁断の恋

ルルオカ

文字の大きさ
上 下
5 / 24
怪人ヤッラーの禁断の恋

しおりを挟む






舞台の通し稽古を、部屋の片隅で見学をしていた。

稽古には熱が入っていたとはいえ、どうにも上の空で、役者の演技が目に入らなければ、演出家の指示なんかも耳に入ってこなかった。

我に返ったのは肩を押されてで、振りむけばアカルイオサムが肩に肩をくっつけて体を寄せていた。

「昨日はレンジャーのほう、どうだった?」と首を伸ばして小声で聞いてきたのに、スマホを取りだして文字を打とうとし、一旦、指を留めた。
が、とりあえずは無難に報告をしようと思い「うまくいったよ。ばれなかったし、褒められて出番も増えた」と打って見せる。

「そっか、お前なら、やれると思ったよ」と肩で肩を押され、笑いかけられ、でも俺は笑い返せずに、すぐまたスマホに文字を打ちこんだ。

「彼女って、彼氏がいるのか?」

我ながら唐突な問いだとは思ったものを、あれからずっと気になって夜も眠れなかったのだから、しかたがない。

「は?」とアカルイオサムは、そりゃあ、眉をしかめたけど、別に隠すことでもないと思ったのか。
「たしか、会社員だったはずだ」と教えてくれた。

「演劇や芝居には関わっていない?」と打ったのを見せると「ぜんっぜん。あんまり理解してくれなくて困るって彼女、言ってたし」と肩をすくめてみせる。

そうではないかと思っていたけど、やはり、ピンクレンジャーにキスをしてきた大柄の怪人ヤッラーの中身は彼氏ではないようだ。
となると、怪人ヤッラーと浮気をしているのだろうか。

いや、仕事仲間に素性を知られたくないという彼女が「ピンクレンジャーと怪人ヤッラーの禁断の恋」なんてスキャンダルなことを迂闊にするとは思えない。

たとえ浮気をしていたとして、代役を頼むときに俺に知らせないわけがないだろう。

前から彼女が浮気をしていたわけではない。
「怪人ヤッラーに迫られているから注意しろ」と彼女から聞かされてもいない。

だとしたら、あのとき大柄の怪人ヤッラーは、ピンクレンジャーに初めて迫ったきたということになる。

前から思いを寄せていて、我慢できなくなったのか。

入れ替わった俺のピンクレンジャーに一目惚れしたのか。

マスクを取らないまま口付けしてきたのは、自身に彼女がいるからか。

ピンクレンジャーに彼氏がいるかもしれないと思ったからなのか。

なににしても、ピンクレンジャーの中身を女性だと思いこんで、実際は男とキスしたとなれば、可哀想ではある。
かといって、中身が入れ替わったのが、ばれないようにするために、マスクを取って正体を明かすことはできなかった。

昨日の一度きりならいい。
今後も迫られることがあったら、どうしたらいいのだろうと、頭を悩ませるところ。

アカルイオサムや彼女に報告し、相談すべきなのは分かっていたけど、何故だか、気が乗らなかった。

最悪、レンジャーの代役を下ろされるかもしれず、そのことが不安なのもあるけど、大柄の怪人ヤッラーが一度の口付けで、果たして引き下がるかどうか、好奇心から確かめたいのかもしれない。

「なに、本当は何かあったのか?」

急に彼氏について聞いてきておいて、聞くだけ聞いて黙りこんでは、細かいことを気にしないアカルイオサムも、ひっかかるというもの。

「気にするな」と言って済まされそうになかったから、したかなく白状しようとしたところ「なんで、お前は基本をちゃんと押さえないんだ!」と怒鳴り声が耳を打った。

肩を跳ねてスマホから顔を上げれば、腰に手を当ててふんぞり返るライオンに、比べて背が低く子猿のような演出家が顔を真っ赤にして詰め寄っていた。

「応用をきかせるのはいいけどな、基本ができていなきゃ、応用どころの話じゃない!

大体、基本を押さえるのだって、そんなに手間がかかることじゃないんだから、変につっぱって、基本をおざなりにすんじゃねえ!
余計に格好悪いんだよ!」

いつもなら、これしきの罵倒だったら、耳をほじって「へーへー」と聞き流すところ。

「格好を気にして、こっちは芝居なんかしてねえんだよ!」と稽古場の壁を震わせるほどの大音量で、ライオンは怒鳴り返した。

本物さながら猛獣が咆哮するような気迫に、周りが息を飲んだのはもちろん、気炎を吐いていた演出家はすっかり顔色を失くして縮みあがっている。

「基本、基本、それしか言えねえのか!」とライオンが腕を振り上げたなら、悲鳴が上がったものの、顔の前に手をかざす演出家に、その拳が降ってくることなく、台本が床に叩きつけられた。

腰が抜けたように演出家がへたりこんだのを、ふん、と鼻を鳴らして見下ろしてから、背を向けて荒々しく歩きだしたライオンは、一瞬、こちらを睨みつけた気がした。
いや、アカルイオサムの肩が跳ねたからに、俺とは限らないかもしれない。

聞こえよがしに、ドアを叩きつけるように閉めて去っていき、少し間が空いてから、団長が手を叩いて「しかたない、ライオン抜きで稽古を進めよう」と言い渡した。

演出家を助け起こして、スタッフや俳優に指示をしだしたことで、稽古場は元のざわめきと活気を取り戻しはじめる。

ライオンに睨まれて、身を固くしていたアカルイオサムも、ほっとしたよう息をついて「ほんと、ライオン様は絶不調だな」と肩で小突いてきた。

前のように「ほら、お前のせいだ」と言われるかと思いきや「すこしは、せいせいしたんじゃないか?」と聞かれる。

「お前、いっつもライオンの尻拭いしてやってるからな。
でも、ライオンは感謝するどころか、余計なお世話だ、みたいな顔をしてるだろ。

でも、結局、余計なお世話をしてやらなきゃ、このざまだ。
ざまあみろって思ったって、罰は当たらないんじゃないか?」

口を開きかけて「あ」と思い、スマホに向いたけど、文字を打とうとはしなかった。

「そうだな」とかるく流すのも躊躇われるほど、気が晴れることがなかったからだ。

今のライオンを見ていると、歯がゆく、もどかしくて、自分が声を出せないことへの苛立ちが募る。

「お前はそんなもんじゃないだろう」と。
「俺がいれば、どうにかしてやるのに」と。

前なら、アカルイオサムが言う通りに思ったかもしれない。
その心境が変化したのは、おそらくピンクレンジャーを演じたからだ。

レンジャーのショーに一緒に出演したわけではないとはいえ、俺のライオンを見る目は変わったようだった。
いや、あらためて自分の思いを自覚させられたというか。

スマホに向いたまま、押し黙っている俺に、痺れを切らしてだろう「お前」とアカルイオサムが肩を押しながら詰め寄ってきたところで「台本の見直しするぞー!」と脚本家から声がかかった。
脚本家のほうを気にしつつ、物言いたげに俺を見てきたから、しっしっと手を振る。

「また、後で、な」と、覚悟しとけというように指を差し「はあい、ただいまあ!」と脚本家の元へ一目散に駆けていった。

「また、後で、な」とは言っていたものの、公演が近い時期とあっては、今日はもうアカルイオサムと話せる機会はないだろう。
でもって、明日は午前中からレンジャーのバイドだ。

このままでは、演者の一人にキスされたことについて相談できないまま、大柄の怪人ヤッラーと顔を合わせることになる。

また迫られたら困るし、どうしたらいいかも分からなかったけど、アカルイオサムとゆっくり話し合えない以上、様子見で、後一度くらいキスされるのを我慢しようと腹をくくった。

俺も俺で裏方の手伝いが忙しく、明日のことを考えたり心配する暇もなかった。
と、しつつ、怪人ヤッラーにキスされるのを、どこかで期待している自分の思いを見て見ぬふりをしていたのかもしれない。

だって、ピンクレンジャーの彼女の連絡先を知っていながら、コンタクトを取ろうとしなかったのだから。




しおりを挟む
アルファポリスで公開していないアダルトなBL小説を電子書籍で販売中。
ブログで小説の紹介と試し読みを公開中↓
https://ci-en.dlsite.com/creator/12061
感想 0

あなたにおすすめの小説

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

切なくて、恋しくて〜zielstrebige Liebe〜

水無瀬 蒼
BL
カフェオーナーである松倉湊斗(まつくらみなと)は高校生の頃から1人の人をずっと思い続けている。その相手は横家大輝(よこやだいき)で、大輝は大学を中退してドイツへサッカー留学をしていた。その後湊斗は一度も会っていないし、連絡もない。それでも、引退を決めたら迎えに来るという言葉を信じてずっと待っている。 そんなある誕生日、お店の常連であるファッションデザイナーの吉澤優馬(よしざわゆうま)に告白されーー ------------------------------- 松倉湊斗(まつくらみなと) 27歳 カフェ・ルーシェのオーナー 横家大輝(よこやだいき) 27歳 サッカー選手 吉澤優馬(よしざわゆうま) 31歳 ファッションデザイナー ------------------------------- 2024.12.21~

神子様の捧げ物が降らす激雨の愛

岡本
BL
雨の神に愛された一族の神子様として生まれたルシュディー。ある日突然、彼は転生前の記憶を思い出す。 転生前の記憶を思い出したからか、それ以前の記憶を覚えておらず、困惑する。 それでも自由気ままに、転生前の趣味に没頭していると、国中に雨を降らすことが自分の仕事と判明し、雨乞いの儀式をすることに。 態度の悪い使用人との軋轢も絶えない日々の中、ルシュディーを神子として国に縛り付ける為、側室に迎え入れた第二王子とも仲は良くなくて――。 自分の事も、力の事も何も分からないルシュディーの、全てを捧げたお話。

離したくない、離して欲しくない

mahiro
BL
自宅と家の往復を繰り返していた所に飲み会の誘いが入った。 久しぶりに友達や学生の頃の先輩方とも会いたかったが、その日も仕事が夜中まで入っていたため断った。 そんなある日、社内で女性社員が芸能人が来ると話しているのを耳にした。 テレビなんて観ていないからどうせ名前を聞いたところで誰か分からないだろ、と思いあまり気にしなかった。 翌日の夜、外での仕事を終えて社内に戻って来るといつものように誰もいなかった。 そんな所に『すみません』と言う声が聞こえた。

フローブルー

とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。 高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。

エリート上司に完全に落とされるまで

琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。 彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。 そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。 社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。

【BL】はるおみ先輩はトコトン押しに弱い!

三崎こはく@休眠中
BL
 サラリーマンの赤根春臣(あかね はるおみ)は、決断力がなく人生流されがち。仕事はへっぽこ、飲み会では酔い潰れてばかり、 果ては29歳の誕生日に彼女にフラれてしまうというダメっぷり。  ある飲み会の夜。酔っ払った春臣はイケメンの後輩・白浜律希(しらはま りつき)と身体の関係を持ってしまう。  大変なことをしてしまったと焦る春臣。  しかしその夜以降、律希はやたらグイグイ来るように――?  イケメンワンコ後輩×押しに弱いダメリーマン★☆軽快オフィスラブ♪ ※別サイトにも投稿しています

素直じゃない人

うりぼう
BL
平社員×会長の孫 社会人同士 年下攻め ある日突然異動を命じられた昭仁。 異動先は社内でも特に厳しいと言われている会長の孫である千草の補佐。 厳しいだけならまだしも、千草には『男が好き』という噂があり、次の犠牲者の昭仁も好奇の目で見られるようになる。 しかし一緒に働いてみると噂とは違う千草に昭仁は戸惑うばかり。 そんなある日、うっかりあられもない姿を千草に見られてしまった事から二人の関係が始まり…… というMLものです。 えろは少なめ。

処理中です...