怪人ヤッラーの禁断の恋

ルルオカ

文字の大きさ
上 下
4 / 24
怪人ヤッラーの禁断の恋

しおりを挟む






「やっちゃったかなあ」と思ったけど、観客への挨拶を済ませ「ピンクレンジャー!」と子供らに惜しまれながらステージを後にしたところ、待ち受けていてた監督に「よかったよ」と肩を叩かれた。

「こんなに盛り上がったのは、はじめてだ」と言われて、胸を打たれたものの、はっとして頭を下げ、逃げるように駆けていった。

本来のピンクレンジャーの彼女からの指示を思い出したのだ。

終わったら、すぐに楽屋に戻って、誰も戻ってこないうちに着替えて帰ること。あれだけショーで「ピンクレンジャー」と声援を受けたとなれば、子供らに見つかるのを避けるためにも、早く衣装を脱いだほうがいいだろう。

事情があって早く帰ることは、会社や周りには断ってあるからと、彼女が言っていた通り、慌てて駆けていく俺に「よかったよ」「俺も興奮した」と周りは声をかけたり肩を軽く叩きつつ、呼び止めるようなことはなかった。

子供らにも見つかることなく、楽屋代わりの部屋に到着することができ、早くトイレで着替えなければと思いつつ、鞄の置いてある机に手をついて、しばしうな垂れた。

リハーサル以上に大柄の怪人ヤッラーに振り回されて、疲れたというのもあるけど、これまでにない達成感や充足感があって、すこしの間でいいから、浸りたかった。

今のショーでしていたことは、いつも舞台で暴走するライオンに対処しているのと、そう変わりはない。

ただ、舞台では誉められるどころか「黒子」と陰口を叩かれ、ライオンに拍手をかっさらわれるのが、ショーでは相手が憎まれ役になってくれ、俺だけが良い目にあったような、得した気分にさせてもらった。

図らずも引き立て役になってもらった大柄の怪人ヤッラーに何だか申し訳なく思いつつも、こうも目に見えて評価してもらえると、浮足立ってしまうのはどうしようもない。

舞台ではライオンばかり評価されるものだから、舞台の成功はすべてライオンの手柄であって、俺の黒子としてのカバーやフォローは大したことない、あってもなくても別にいいのでないかと、思わされることが多々ある。

だから、俺はライオンが苦手だった。
ライオンが脚光を浴びるたびに、自分が無価値な存在と思い知らされるようだから。

今回、自分が脚光を浴びることになったのも、そりゃあ嬉しかった。

でも、それ以上に、子供らの声援が「黒子」としての俺に存在意義がないわけでないと、そう言ってくれているように聞こえて、泣きそうだった。

大柄の怪人ヤッラーのある意味、活躍のおかげと言えなくもないけど、他の演者相手では不調だったのを、カバーフォローをして、その本領を引きだしてやったのだから、すこしは自負してもいいだろう。

子供らの熱狂ぶりが、目に焼きついて離れなかったものの、いい加減、着替えねばと頭を振ってから、鞄を取ろうとした。
そのとき、扉の開く音がした。

すかさず振りかえれば、あの大柄の怪人ヤッラーが扉を開けて佇んでいた。

手下の怪人で、やられ役なんてまっぴらだ。
お高くとまっているレンジャーの鼻をあかしてやる。

なんて、反感が混じった無駄に熱い闘争心を、アクションの動きの端々から発して「ヤッラーなんか、ぼこぼこにしちゃえ!」という子供の声援に、明らかにむきになっていた大柄のことだ。

ショーの設定がどうだろうと、負けたことに納得いかず、もう一戦交えたいのではないか。
俺を追いかけてきただろう理由は、そうとしか考えられなかった。

そんな暇はないし、成りすましがばれないよう、騒ぎを起すわけにもいかない。

こうなったら、強行突破して女子トイレに逃げこもうと腹をくくり、室内に入ってきた大柄とできるだけ距離をとりつつ、すれ違おうとしたところ。
気がつけば、肩を掴まれ壁に体を押し付けられていた。

警戒をしていたつもりが、ステージから下りては、どうしたって気は抜けるし、なんだかんだ疲れてもいて、咄嗟に大柄の手をよけることも、払うこともできなかったらしい。

大柄だって、ショーで遠慮なく暴れまわって体力を消耗しただろうに、ショー以上に目にも留まらぬ早さの動きを見せつけ、押さえつけられた肩や背中がびくりともしないほどの怪力ぶりを発揮している。

咳を漏らす間もなく、大柄が迫ってきて、どうすることもできず、せめて顔だけはと深く俯いた。

が、打撃を加えられることはなく、なぜか顎を掴まれ顔を上向かせられたなら、目元のメッシュ越しに覗ける視界を、怪人ヤッラーの顔で埋め尽くされた。

声が出ないながらに「え」と開いた口を、マスクのメッシュ越しに怪人ヤッラーのこれまたメッシュ越しの唇に塞がれる。

二重のメッシュ越しの口付けは、薄いメッシュに透けている唇の膨らみだったり、うっすら湿っている感触が、直にするより、いやらしいように思えた。

すぐに相手は唇を放して、茫然自失となっている俺を、一見、無表情の怪人ヤッラーの顔でしばし見下ろしてから、黙って背を向けて、そのまま振り返ることなく扉を開けて去っていった。

扉の閉まる音を聞いて、腰が抜けたように、その場にへたりんだ。
じんじんと痛む肩にやろうとした手を留めて、口元に持っていき、メッシュ越しに指をかるく食み、目を瞑る。

驚きのあまりに、中々、状況を飲みこめずに「久しぶりだ」なんて、どうでもいいことを思いながら。




しおりを挟む
アルファポリスで公開していないアダルトなBL小説を電子書籍で販売中。
ブログで小説の紹介と試し読みを公開中↓
https://ci-en.dlsite.com/creator/12061
感想 0

あなたにおすすめの小説

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

切なくて、恋しくて〜zielstrebige Liebe〜

水無瀬 蒼
BL
カフェオーナーである松倉湊斗(まつくらみなと)は高校生の頃から1人の人をずっと思い続けている。その相手は横家大輝(よこやだいき)で、大輝は大学を中退してドイツへサッカー留学をしていた。その後湊斗は一度も会っていないし、連絡もない。それでも、引退を決めたら迎えに来るという言葉を信じてずっと待っている。 そんなある誕生日、お店の常連であるファッションデザイナーの吉澤優馬(よしざわゆうま)に告白されーー ------------------------------- 松倉湊斗(まつくらみなと) 27歳 カフェ・ルーシェのオーナー 横家大輝(よこやだいき) 27歳 サッカー選手 吉澤優馬(よしざわゆうま) 31歳 ファッションデザイナー ------------------------------- 2024.12.21~

神子様の捧げ物が降らす激雨の愛

岡本
BL
雨の神に愛された一族の神子様として生まれたルシュディー。ある日突然、彼は転生前の記憶を思い出す。 転生前の記憶を思い出したからか、それ以前の記憶を覚えておらず、困惑する。 それでも自由気ままに、転生前の趣味に没頭していると、国中に雨を降らすことが自分の仕事と判明し、雨乞いの儀式をすることに。 態度の悪い使用人との軋轢も絶えない日々の中、ルシュディーを神子として国に縛り付ける為、側室に迎え入れた第二王子とも仲は良くなくて――。 自分の事も、力の事も何も分からないルシュディーの、全てを捧げたお話。

素直じゃない人

うりぼう
BL
平社員×会長の孫 社会人同士 年下攻め ある日突然異動を命じられた昭仁。 異動先は社内でも特に厳しいと言われている会長の孫である千草の補佐。 厳しいだけならまだしも、千草には『男が好き』という噂があり、次の犠牲者の昭仁も好奇の目で見られるようになる。 しかし一緒に働いてみると噂とは違う千草に昭仁は戸惑うばかり。 そんなある日、うっかりあられもない姿を千草に見られてしまった事から二人の関係が始まり…… というMLものです。 えろは少なめ。

フローブルー

とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。 高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。

離したくない、離して欲しくない

mahiro
BL
自宅と家の往復を繰り返していた所に飲み会の誘いが入った。 久しぶりに友達や学生の頃の先輩方とも会いたかったが、その日も仕事が夜中まで入っていたため断った。 そんなある日、社内で女性社員が芸能人が来ると話しているのを耳にした。 テレビなんて観ていないからどうせ名前を聞いたところで誰か分からないだろ、と思いあまり気にしなかった。 翌日の夜、外での仕事を終えて社内に戻って来るといつものように誰もいなかった。 そんな所に『すみません』と言う声が聞こえた。

年上の恋人は優しい上司

木野葉ゆる
BL
小さな賃貸専門の不動産屋さんに勤める俺の恋人は、年上で優しい上司。 仕事のこととか、日常のこととか、デートのこととか、日記代わりに綴るSS連作。 基本は受け視点(一人称)です。 一日一花BL企画 参加作品も含まれています。 表紙は松下リサ様(@risa_m1012)に描いて頂きました!!ありがとうございます!!!! 完結済みにいたしました。 6月13日、同人誌を発売しました。

エリート上司に完全に落とされるまで

琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。 彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。 そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。 社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。

処理中です...