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怪人ヤッラーの禁断の恋
④
しおりを挟む「やっちゃったかなあ」と思ったけど、観客への挨拶を済ませ「ピンクレンジャー!」と子供らに惜しまれながらステージを後にしたところ、待ち受けていてた監督に「よかったよ」と肩を叩かれた。
「こんなに盛り上がったのは、はじめてだ」と言われて、胸を打たれたものの、はっとして頭を下げ、逃げるように駆けていった。
本来のピンクレンジャーの彼女からの指示を思い出したのだ。
終わったら、すぐに楽屋に戻って、誰も戻ってこないうちに着替えて帰ること。あれだけショーで「ピンクレンジャー」と声援を受けたとなれば、子供らに見つかるのを避けるためにも、早く衣装を脱いだほうがいいだろう。
事情があって早く帰ることは、会社や周りには断ってあるからと、彼女が言っていた通り、慌てて駆けていく俺に「よかったよ」「俺も興奮した」と周りは声をかけたり肩を軽く叩きつつ、呼び止めるようなことはなかった。
子供らにも見つかることなく、楽屋代わりの部屋に到着することができ、早くトイレで着替えなければと思いつつ、鞄の置いてある机に手をついて、しばしうな垂れた。
リハーサル以上に大柄の怪人ヤッラーに振り回されて、疲れたというのもあるけど、これまでにない達成感や充足感があって、すこしの間でいいから、浸りたかった。
今のショーでしていたことは、いつも舞台で暴走するライオンに対処しているのと、そう変わりはない。
ただ、舞台では誉められるどころか「黒子」と陰口を叩かれ、ライオンに拍手をかっさらわれるのが、ショーでは相手が憎まれ役になってくれ、俺だけが良い目にあったような、得した気分にさせてもらった。
図らずも引き立て役になってもらった大柄の怪人ヤッラーに何だか申し訳なく思いつつも、こうも目に見えて評価してもらえると、浮足立ってしまうのはどうしようもない。
舞台ではライオンばかり評価されるものだから、舞台の成功はすべてライオンの手柄であって、俺の黒子としてのカバーやフォローは大したことない、あってもなくても別にいいのでないかと、思わされることが多々ある。
だから、俺はライオンが苦手だった。
ライオンが脚光を浴びるたびに、自分が無価値な存在と思い知らされるようだから。
今回、自分が脚光を浴びることになったのも、そりゃあ嬉しかった。
でも、それ以上に、子供らの声援が「黒子」としての俺に存在意義がないわけでないと、そう言ってくれているように聞こえて、泣きそうだった。
大柄の怪人ヤッラーのある意味、活躍のおかげと言えなくもないけど、他の演者相手では不調だったのを、カバーフォローをして、その本領を引きだしてやったのだから、すこしは自負してもいいだろう。
子供らの熱狂ぶりが、目に焼きついて離れなかったものの、いい加減、着替えねばと頭を振ってから、鞄を取ろうとした。
そのとき、扉の開く音がした。
すかさず振りかえれば、あの大柄の怪人ヤッラーが扉を開けて佇んでいた。
手下の怪人で、やられ役なんてまっぴらだ。
お高くとまっているレンジャーの鼻をあかしてやる。
なんて、反感が混じった無駄に熱い闘争心を、アクションの動きの端々から発して「ヤッラーなんか、ぼこぼこにしちゃえ!」という子供の声援に、明らかにむきになっていた大柄のことだ。
ショーの設定がどうだろうと、負けたことに納得いかず、もう一戦交えたいのではないか。
俺を追いかけてきただろう理由は、そうとしか考えられなかった。
そんな暇はないし、成りすましがばれないよう、騒ぎを起すわけにもいかない。
こうなったら、強行突破して女子トイレに逃げこもうと腹をくくり、室内に入ってきた大柄とできるだけ距離をとりつつ、すれ違おうとしたところ。
気がつけば、肩を掴まれ壁に体を押し付けられていた。
警戒をしていたつもりが、ステージから下りては、どうしたって気は抜けるし、なんだかんだ疲れてもいて、咄嗟に大柄の手をよけることも、払うこともできなかったらしい。
大柄だって、ショーで遠慮なく暴れまわって体力を消耗しただろうに、ショー以上に目にも留まらぬ早さの動きを見せつけ、押さえつけられた肩や背中がびくりともしないほどの怪力ぶりを発揮している。
咳を漏らす間もなく、大柄が迫ってきて、どうすることもできず、せめて顔だけはと深く俯いた。
が、打撃を加えられることはなく、なぜか顎を掴まれ顔を上向かせられたなら、目元のメッシュ越しに覗ける視界を、怪人ヤッラーの顔で埋め尽くされた。
声が出ないながらに「え」と開いた口を、マスクのメッシュ越しに怪人ヤッラーのこれまたメッシュ越しの唇に塞がれる。
二重のメッシュ越しの口付けは、薄いメッシュに透けている唇の膨らみだったり、うっすら湿っている感触が、直にするより、いやらしいように思えた。
すぐに相手は唇を放して、茫然自失となっている俺を、一見、無表情の怪人ヤッラーの顔でしばし見下ろしてから、黙って背を向けて、そのまま振り返ることなく扉を開けて去っていった。
扉の閉まる音を聞いて、腰が抜けたように、その場にへたりんだ。
じんじんと痛む肩にやろうとした手を留めて、口元に持っていき、メッシュ越しに指をかるく食み、目を瞑る。
驚きのあまりに、中々、状況を飲みこめずに「久しぶりだ」なんて、どうでもいいことを思いながら。
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