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怪人ヤッラーの禁断の恋
③
しおりを挟む彼女から借りた関係者のパスには写真がなかったし、守衛さんが、ろくに確認もせずに「ごくろうさん」と返してきたので、遊園地に入るのは問題がなかった。
その後も彼女の指示通りに、遅めに楽屋代わりに使われている部屋に行ってところで、演者やスタッフは出払って、誰もいなかった。
とはいえ念のため、いつも彼女がしているように、トイレでピンレンジャーの衣装を着替えてから、ステージに顔をだすと「お、やっときたね」とすでにリハーサルをしていたものの、咎められることなく。
スタッフや他の演者らに軽く会釈をして、難なく合流することができた。
俺が成りすましている彼女は、普段から、周りにピンクレンジャーの衣装を脱いだときの素顔を見せていなければ、本名を名乗ることなく、ろくに口を利かないらしい。
会社にも肩書きを女優ではなく、芸人と偽って、徹底的に素性を隠しているとのこと。
理由は知らないけど、そうでもなければ、いくら背格好が似て衣装が着られるといっても、男の俺が成りすますことはできないだろう。
いざリハーサルに入ったところで、彼女から送ってもらった動画で、大分、予習をしていたから、周りに不審に思われることなく、すんなりと溶けこめられた。
なんなら「今日は、一段と体のキレがいいね」と誉められたくらいで、それはそれで、まずいかと思ったものの「じゃあ、怪人ヤッラーとの見せ場を長くするか」と俺が声を出せないのをいいことに、話を進められてしまった。
ショーのアクションは、五色のレンジャーと怪人ヤッラーが派手にやるのが見所だ。
ボスは魔人ダンダーラだけど、重いマントを羽織り、ごてごての装飾の甲冑のようなものを身につけているから、あまり動かずに魔法をかけてくるばかりで、肉弾戦は手下の怪人ヤッラーに任せている。
魔人ダンダーラに命じられて襲い掛かってくる怪人ヤッラーは五人。
乱闘になって、しばらくすると、一対一で闘うことなり、怪人ヤッラーを全員を打ち負かしたレンジャーが五人揃って、魔人ダンダーラに改めて立ち向かうという流れだ。
「見せ場を長くするか」と言われたのは、一対一で闘う場面だった。
俺が演じるピンクレンジャーのお相手は大柄な怪人ヤッラーで、俺が誉められたのに対し「ちょっと、どうしたんだ、今日は」と苦言をされることが多かった。
調子が悪いのか。
でも、ピンクレンジャーと一対一でするアクションは生き生きとして、他の演者やスタッフ、口うるさい監督も注意するのを忘れて見惚れるほどに、格好良くさまになっていた。
もともとのポテンシャルは相当、高いらしい。
対戦相手の俺といえば、見惚れる暇はなく、大柄な怪人ヤッラーの段取りとは違う、予測不能な動きに合わせるのに精一杯だった。
紅一点のピンクレンジャーに、怪人ヤッラーの中で、あえて大柄なのを当てたのは、体格差もなんのその、小柄な女性が、華麗に巨体を打ち倒すシーンを見せたいからと、監督は言っていたはずなのに。
段取りを無視しつづける大柄な怪人ヤッラーは、ピンクレンジャーンに花を持たせるつもりは、さらさらないらしく、こちらを倒す勢いで迫ってくる。
音がしそうに飛んでくる拳をすれすれで避けつつ、あくまでピンクレンジャーの見せ場として成立させるため、こちらが優位に見えるように立ち回らなければいけなくて、忙しいったらない。
幸い、劇団で「黒子」と陰口を叩かれるだけ、傍から不自然に見られないようにサポートをするのには慣れていたので、大柄の怪人ヤッラーの無茶振りも、なんとか、さばくことができた。
とはいえ、散々振り回されて、少々むかっ腹が立っていたから、それまで寸止めだったのを、最後の一撃の蹴りは当ててやった。
憂さ晴らしでもあったけど、こうでもしないと、この血気盛んな大柄の怪人ヤッラーは、とどめを刺されても倒れないかもしれないと思ったからだ。
痛かったからか、蹴られて少しは頭が冷えたのか、豪快に大の字で倒れてくれたけど。
ヤッラーなんて名前からして、いかにも悪党の小物で、やられ役なのに、そんなこと知ったことかとばかりに、勇んでレンジャーを倒しにくる大柄は、ショーの連携や一体感を乱していたのは確かだ。
ただ、悔しいかな、長い肢体から繰りだされる拳や蹴りは、荒っぽくも空気を切るように俊敏で、いちいち目を見張らずにはいられない。
どれだけ、こちらが打撃を加えても、怯むとか痛がるそぶりもなく「ヤッラー!」と一段とけたたましく鳴いて荒ぶるのも問題だったけど、ショーではそのふてぶてしい感じが功を奏した。
他のヤッラーと違って、中々、攻撃が利かないのに焦れて、観客の子供らが「手下のヤッラーのくせに!」と声をあげはじめ「ピンクレンジャーがんばれー!」と俺に盛大な声援を送ってくれたのだ。
そんな子供の声も忌々しいのか。
大柄の怪人ヤッラーは、また段取りと違う拳を放ち、それが俺の顔を掠めれば「危ない!」「よけて!」と悲鳴が上がって、仕返しに俺が避けた体勢からモーションに入って蹴りを放てば、これまた、ぎりぎりで避けられて「あー!」「惜しい!」とため息が漏れる。
俺らの戦闘は、五人のレンジャーと怪人ヤッラーの一対一のトリとはいえ、まだ魔人ダンダーラの最終決戦が残っている。
が、まさにボス戦のように、ピンクレンジャーと大柄の怪人ヤッラーの一戦は、親などの大人も息を飲むほど白熱して、子供らが声を枯らさんばかりに喚声をあげるほどに盛りあがりに盛りあがった。
「もう!いい加減にしなさいよ!このデカブツ!」
最後の決め台詞の音声に合わせて、放った回し蹴りを、リハーサルとのとき以上に強く腹に当てた。
子供らに「ヤッラーめ!」と憎たらしそうに言われるたび、ヒートアップしていった大柄の怪人ヤッラーに、多少、お灸をすえないことには、懲りずに立ち向かってきそうだったからで。
案の定、踏んばろうとしたから、だったらと、もう一回りをして、今度は顎に向かって蹴りを寸止めしてやった。
大柄の怪人ヤッラーよりは見劣りするとはいえ、俺だってアクションは不得手でないし、動きの正確さや細やかさでは勝っている。
そのことを知らしめる寸止めの蹴りに、相手は顎をそらして、多分、マスクの下で悔しそうな顔をしながらも、ワンテンポ遅れて上体を仰け反るリアクションをし、派手な音を立てて仰向けに倒れてみせた。
息をついて、高く上げていた足を下ろしたなら「ピンクレンジャー!」「さいこー!」と子供らの黄色い声が間欠泉のように湧いてやまなくなり、この後に待ち受けている、真のボス、魔人ダンダーラが満を持して登場というわけにはいかなくたった。
会場がまだ、ざわついている状況で、一応、レンジャー五人揃って最終決戦に臨んだものの、場違いにピンクレンジャーへの熱い声援が送られつづけることになって、展開に沿わない微妙な雰囲気になったもので。
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