怪人ヤッラーの禁断の恋

ルルオカ

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怪人ヤッラーの禁断の恋

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声が出ないという、自分の不調ぶりもあって、ライオンのことを考えると、ますます落ちこんでしまう。

さらに追い討ちをかけるように「まあ、お前のせいかもしれないな」なんてアカルイオサムに言われる始末。

「はあ?」と柄の悪い声を出したいところ、代わりに忌々しそうに見やれば、おちょくるように怯えたふりをしてから「いや、ライオンがこのごろ、不調なのがさ」と、お前のせいというように、指を差してくる。

「お前は台本を読みこんで、自分だけじゃなく、他のすべての役の台詞や細かい注意書きなんかも暗記しているだろ。
だから、ライオンが暴走しても、さりげなくフォローして、元の台本の流れに戻すことができた。

それで、なんとか劇が成り立っていたのにな。
どうも、お前以外に、あのライオン様をうまくあしらえる奴、いないみたいだぞ」

俺が落ちこんでいるのを察して、励ましてくれているのかもしれないけど「余計なお世話だ」と思う。

アカルイオサムの言うように、台本は一字一句、監督や演出家の指摘や注意などのメモを漏らさず覚えているから、舞台ではライオン以外にも、台詞がとんだ演者を助けることがある。

そのことはアカルイオサムだけでなく多くの団員が知るところで、俺は影で「黒子」と呼ばれていた。

好意的にではない。
嫌味も含めて、だ。

どんな役もこなしたいと考える俺は、もともとの自分の個性を、役を通して見せるのではなく、あくまで自分を器として見なし、役の個性を取りこんで演じるようにしていた。

自分を殺して器に徹するやり方なら、制限やNGなしに幅広く演じられるとはいえ、一俳優として名前や顔を覚えてもらえないという弊害がある。
そのことを揶揄して「黒子」と陰口を叩かれるわけだ。

ライオンのほうは逆に、これでもかと役を通して自己主張しているから、もともとの個性に合った役しか、ほぼ演じることがない。

顔や名が売れやすく、客寄せパンダとして重宝される利点がありつつ、ライオンもライオンで「なにを演じてもライオンだ」と陰口を叩かれているらしい。

俺とライオンが、ちょうど同い年で対照的でもあるから、比較される。
というか、お互いをけなす材料に使われることが多い。

たとえば、真面目で地味な俺には「もう少し、ライオンのように意外性と華があればな」と人はため息を吐くし、練習嫌いで台本もろくに読まないライオンには「黒子のように地道に練習をしないと、いつか痛い目にあうぞ」と忠告する人がいるのだとか。

そうやって、よく引き合いにだされている俺とライオンだけど、舞台で掛け合いをする以外に、ほとんど口を利くことはない。
にも関わらず、ライオンの俺への当たりがきついのは、そうやって比べたり、けなしたりする周囲の雑音のせいなのだろう。

俺は。俺はといえば・・・。

アカルイオサムの問いには応えずに「ライオンのことは、もういいって。それより、さっき、良い話がどうとか、言いかけてなかったか?」と素早く打ったスマホの画面を突きつけた。

急に話を変えようとして、何か勘付かれるかと思ったけど「ああ、そうそう!」と食いついたアカルイオサムは不審がってはいなさそうだ。
というか、本題は「良い話」のほうだったわけで「実は」と俺の肩を組んで、また顔を寄せてきて声を潜める。

「お前、割のいいバイト、探してただろ。
声が出なくても可で、ちょーどいいバイトがあんだけど、ちょっと訳ありでな」

焦らすなと、睨みつけると、なぜかアカルイオサムは笑みを深めて「お前、レンジャーやる気ある?」と囁いた。

予想していた以上に思いがけない言葉だったので、素直に目を丸くすれば、うんうんと満足げに肯いてくる。

「俺の知り合いに、レンジャーのバイトをしている奴がいるんだよ。

やっているショーはオリジナルなんだけど、本格的なアクションを売りにしてて、結構な人気で、運営しているイベント会社の金払いもいい。
アクションの勉強もできるから、そいつは、このバイトを気にいっている。

ところが、オーディションに受かって、大役をやることになった。
稽古を含めて三ヶ月みっちり舞台のほうに、かかりきりになるから、バイトにいけなくなる。

三ヶ月も休むんじゃあ、バイトを辞めるしかない。

とはいえ、だ。

お前も分かると思うだろうけど、役者は不安定な職業だから、割のいいバイトはつないどきたいものだろ?

できたら、三ヵ月後にレンジャーのバイトを復帰したい。
でも、人気のバイトだから、会社は『他にいっぱいいるから』って切り捨てる可能性が高い。

で、そいつは考えた。
三ヶ月、他の人に、自分に成りすましてもらおうって。

ちょうど、レンジャーなら顔が見えないから、いけるだろうって、な」

アカルイオサムの知り合いの言い分は、ひどく身勝手なものだったけど、俺にとって「三ヶ月」という期間が限定されているのは、悪くない話だった。

いつ、声が出るかは分からないとはいえ、バイトができるのは三ヵ月だけともなれば、その間に舞台復帰できる状態になっていないと、自分に発破をかけることができるだろう。

それに、劇団で、たまに格闘や殺陣などのアクションをするので、経験がありつつも、別の場で実践的に学べるのはいい機会だ。

同期で馬が合うとあって、アカルイオサムは口だけでなく、俺のことをよく考えてくれた上で、本当に「良い話」を持ちかけてくれているらしい。

が、肝心のことを忘れているのではないかと思い、喉を指差して見せたなら「馬鹿だな、もちろん問題ないって」と肩をぽんぽんと叩かれた。

「声は録音してあるのを流すから、お前はそれに合わせて動けばいいって。
知り合いからショーの動画や、音声を送ってもらうつもりだけど、目がよくて記憶力のいいお前なら、問題なくこなせるだろうよ」

声を出さなくてもいいという条件が通るなら、知り合いに成りすますこと、それを周囲にばれないようにすることなど、多少の無理難題を言われても、俺は構わなかった。
むしろ、他人に成り代わって周りを騙しきるなんてミッションは、俳優冥利に尽きるというもの。

声が出ない辛い現状をしばし忘れて、思いがけずに、ありつけたバイトの話に胸を躍らせていたら「あ、一個、言い忘れていた」と肩を強く掴まれ、頬がつかんばかりに顔を寄せられた。

確かに、団員なら聞き捨てならない割のいいバイトの話とはいえ、ほとんど話し終えて、今更、こそこそする必要はあるまいに。
と、嫌な予感がしたのが当たって、今日一の満面の笑みを見せて、アカルイオサムは言ったのだった。

「レンジャーでも、ピンクレンジャーな」




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