怪人ヤッラーの禁断の恋

ルルオカ

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怪人ヤッラーの禁断の恋

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前から喉の調子がおかしいとは思っていたものの、忙しくて病院に足を向ける暇はなかった。
で、放っておいて、ある朝、目が覚めたら声が出なくなっていた。

俳優にとっては致命的な症状とあって、病院に駆けつけるまで「このまま、一生声が出なかったら」と、そりゃあ生きた心地がしなかったもので。

医師に診断してもらったところ、口の中を覗いた限り、喉付近に異常は見られないとのことだった。
それから検査を重ねたものの、声を出すのに必要な器官の損傷や、機能の問題は見つからなかった。

そうして、医師が導きだした結論は「心因性でしょう」という、言い換えれば「お手上げ」のものらしい。

医師には「仕事を休ませてもらって、しばらく、ゆっくりとしなさい」と気休めを言われたとはいえ、できるはずなかった。

こちとら貯金なしのアルバイトで日暮をしているような貧乏俳優なのだ。

仕事を辞めては気が休まるどころか、食っていけないし、俳優業にしろ、休養できる立場ではなかった。
所属している劇団で、三、四番手の役を演じるようになり、もうすこしで準主役、そして、主役にも手が届きそうというところ。

声が出ない以上は舞台に立つことができず、主役を演じられるチャンスを逃すだけでない。
安定してきた、三、四番手の地位を、他の俳優に奪われてしまうかもしれない。

焦りは募るばかりだけど、そうやって思いつめたら「心因性」なのだから、余計に声が出なくなりそうだった。

なので、これも、芝居の神に与えられた試練なのだろうと解釈して、声が出ない間は、自分の芝居について省みたり、演者ではなく裏手として劇団や作品を改めて見つめ直す、いい機会にしようと考えた。

前向きになれたのはいいとして、問題はまだ、あった。

アルバイトのことだ。

前は酒屋で店員をやっていたものの、当然、声が出ないともなれば、辞めるしかなかった。

声が出せなくても働ける場所はあるだろうとはいえ、酒屋より時給がいいところは中々ない。

俳優として舞台に立てなくても、劇団に顔を出しつづけようと決めたからには、前の酒屋と同じくらいか、以上の給料が必要だった。

働く時間を増やし、その分、劇団から遠のくことは避けたく「いい仕事を紹介してくれ」とそこたら中に声をかけているとはいえ、音沙汰なし。
思いのほか「声が出ない」ことのネックは大きいらしかった。

このままでは俳優としてだけでなく、社会人としても、まともに生きていけなくなるのではないか・・・。

「神に与えらた試練」と考えようとしたところで現実は優しくなく、早々に弱音を吐きたくなったけど、そんな人の気も知らなさそうに「どうだ、調子は?」と鼻歌まじりに、思いっきり背中を叩かれた。

呻きも上げられないで、涙目に睨みつければ、同期の団員で友人のアカルイオサムが、丸めた脚本を片手にからからと笑っている。

「アカルイオサム」は愛称で、「生まれてきて、ごめんねえ?」と嫌味に、にやつく癖があることから「明るい太宰治」と言われている。
俳優をやりつつ、劇団の脚本家の下で修行をしていて、脚本をすこし手がけたり、劇の演出の手伝いをしていた。

「なにが、良いことがあったの」と打ったスマホを見せると「いやあ、今度、短い劇の脚本を任されてさあ」とご機嫌なように、丸めた脚本で肩を叩く。

自分の境遇と比べて僻まずにはいられず「景気のいい話だな」とスマホを見せつつ苦い顔をしたら「そんな、顔するなよ」と丸めた脚本で俺の頭を叩き「お前にも、良い話が」と顔を寄せ囁いてきた。

が、「邪魔だ」と遮られた。声がしたほうを向けば、長身でライオンのたてがみのような髪形をした男が、顎を反らして、こちらを見下ろしていた。

たしかに、狭い通路を二人で塞いでいたとはいえ、他に言いようがあるだろうに。

元々、気が立っていたこともあって、どいてやらないで、言い返そうとしたけど、当たり前ながら、声が出てこなかった。
つい忘れて、口を利こうとしたのに、俺の今の状態を知っている相手は鼻で笑う。

かちんときて、胸倉を掴もうとしたのを「はいはい、どーぞ」とアカルイオサムがその手を取って、俺のいる通路の片側に体を寄せた。

どいてやったにも関わらず、聞こえよがしにため息をついて、俺に冷たい一瞥をくれつつ、相手は通りすぎていった。

「ライオンの奴、後輩なのに相変わらずだなあ」とアカルイオサムのほうは気分を害したようでもなく「てか、お前、ライオンと何か、あったのか?」と肩で俺の肩をつついてくる。

羅伊緒(らいお)ことライオンは、俺と同い年ながら、大学を卒業してから入団してきたので、高卒で劇団員になった俺より後輩になる。
で、今みたいな態度をとっている。

俺に限らないで、ベテラン俳優や目上の脚本家、監督、団長にも敬語を使わないし、礼儀知らずに振るまうという、まさにライオンのような大物だった。

ライオンながら劇団きっての客寄せパンダでもあって、名実共に大物と言えなくもない。

なんたって、ずば抜けて舞台での見栄えがよく、容姿だけで十二分に個性的だった。
高い背に長い肢体、外国人のような筋肉がついた均整のとれた体つきをして、佇んでいるだけで男も見惚れるほどに絵になる。

甘いマスクとは正反対に、野性味が溢れる顔つきをして、それこそライオンのたてがみのような金髪がさまになり、アイドル的でないにしろ、多くの女性を虜にし、劇中でも盛んに黄色い声をあげさせていた。

虜にした女性を次々と公演に呼び寄せてくれるから、ライオンの普段の素行を、団長をはじめ劇団のお偉いがたが大目に見ている。
だけ、ではない。

俳優としても見込まれている。

基礎練習やストレッチなどの日常的なトレーニングはさぼるし手を抜くし、役をもらっても脚本を一度しか読まずに、覚えもしない。
で、いざ舞台に立てば、アドリブばかりして、共演者を戸惑わせ、脚本、演出家の血管をぶち切らせ、スタッフを恐慌に陥れる。

でも、誰よりも観客の目を奪い、笑いや涙を誘い、会場が割れんばかりの拍手を受けるのは、ライオンだ。

評論家には「新鮮」「斬新」と絶賛されて、劇の専門雑誌でも高く評価をされつづけ、欠かさずに特集を組まれる。

大学までバスケットボールをして、怪我をしなければプロ入りする予定だったという。

まったくの門外漢から、怒涛のように人気と評価を得たライオンを見ていると「天才」なんて陳腐な表現を使いたくなくても、そう評さずにはいられない。






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