倒錯文学入水

ルルオカ

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倒錯初恋緊縛・山國屋

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戦時中、損傷した出身校が再建が果たし、同窓会を兼ねての、記念式典にお呼ばれをした。

気乗りはしなかったとはいえ、山國屋五代目の名の下、再建費用の支出を惜しまなかったからに、賓客として、もてなしを受けないことには、先方の顔が立たない。

そう、分かっていながらも、空から槍でも降ってこないものかと、子供じみた現実逃避をしないでいられなかった。

仕事上、心にもなく、叩き売りするように愛想をふりまくのは、慣れきっているはずが。

せめて、学校までの距離が近いのを、わざわざ車で乗りつけ、見せびらかすようなことをしたくはなく、「すこしは、学生気分を思い出したくてね」と運転手を気兼ねさせないよう、断りをいれ、実際に学生のころ、登下校した道を辿っていった。

といって、乗り気でないのに変わらず、学校に近づくにつれ、足取りが重くなり、途中で、ふと甘い香りが鼻につくいたなら、ついに踏みとどまってしまった。

「季節でないはずが」と思いつつ、香りに引き寄せられるように、石段を上っていった。
鳥居をくぐり、本殿の脇を通り抜け、茂みをかき分ければ、裏手の空地にでる。

いつか、女子学生に恋文を渡されたところで、そのころと代わり映えがなく、相変わらず、金木犀も佇んでいる。
初夏とあって、花をつけず、青々と茂っていたが。

後悔をしているのだろうか。
やり直せるなら、やり直したいと思っているのだろうか。

と、埒なく考えるばかりで、己の心のありようは、今一、掴めず、甘い香りに惑わされつづける。

すっかり、記念式典を念頭から失くし、幻の香りに酔わされるまま、呆けて、どれくらい経ったものか。
背後の茂みが揺れたのに、我に返り、振り返ったところで、覗かせた顔と視線がかち合った。

後藤だった。

浅黒く艶のある肌に、濃い顔つきは学生のころから、さほど変わっていなく、「山國屋!?」と第一声を上げたからに、同じように後藤の目にも写ったのだろう。

つい先まで、むせるような甘い香りに眩んでいた身では、すぐに応じられないで、とりあえず一歩、退く。

その空いた場所に、茂みから脱し、踏みだした後藤は、「いやあ、まさかなあ」と着物についた葉を払った。

「式典の目玉のお前が、いつまでも、こないってんで、大騒ぎになってな。
慌てて探しにきたとはいえ、まさか・・・・」

葉を払って、顔を上げたなら、あらためて、この場と向き合い、言葉をつかえさせる。

たしかに、因縁のある場とはいえは、忘れっぽい後藤なら、記憶を抹消し、何食わぬ顔をして、健やかに安らかに生きているものと思ったのが、そうでもないらしい。

後藤がうろたえたのを目にして、残り香を吸った錯覚をし、「ご」と呼びかけようとしたのを、遮るように「まあ、あれだな」と声を張られた。

「あの時期って、不安定になりやすいんだってよ。
時代的に絞めつけが強かったから、尚のこと、だったんだろう。

友人にも、危うかったっていう奴が、結構いたって話だ」

「といっても、今は俺もお前も、嫁さんもらって、子供も設けたから」と私の肩を抱いて身を寄せた。

「子供を設けたから」、何だというのか。
つづく言葉に、察しをつけて、胸の内を冷え冷えとさせながらも、着物の襟から覗く、浅黒く張りのある肌に、目を細める。

「そうですね」と微苦笑すれば、「あー!やっぱ、お前、変わらず敬語だな!」と後藤はまんまと、昔に戻ったように、気を許した。

それに合わせ、調子を戻して「後藤も昔のように、絞まった体をしてますよ」とにこやかに応じる。

「いえ、昔より脂が乗った男ぶりになりましたか。
相変わらず、社長になっても、率先して運送の荷下ろしをしているようですね」

含みのある物言いをしたとはいえ、勘が鈍い、お調子者なのも相変わらずのようで、「え、分かる?だろお?やっぱ、お前は見る目があるなあ」とおだてられるままに、ますます図に乗る。

いや、泥沼にはまっていっているのに、気づかない。

「式典なんぞ、つまらないので、二人して抜けだしませんか」と誘ったところで、「お前、ほんと、見た目、気取ったお坊ちゃんのくせに、中身、不良だよな!」と躊躇するどころか、浮足立ったまま、ついてきた。

そして、そのまま、ふらふらと蜘蛛の巣にかかった蝶よろしく、山國屋五代目御用達の料亭の離れで、緊縛をされた。


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