倒錯文学入水

ルルオカ

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倒錯文学入水

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涎を垂らし息を切らしつつ、座卓の下を見やれば山國屋が正座を崩したのが見えた。

逃げねばと思っても異常に火照って痺れる体はままならず、這っていくにしろ途中でどうにかなりそうで憚られる。

にっちもさっちもいかずに、舌打ちしかできない僕に「あなたは不倫相手として都合がいいですからね」と尚も失礼な口を叩いて山國屋が歩み寄ってくる。

「山國屋の坊ちゃんが艶本の作家に興味を持つなんて世間体が良くないのに、と思うかもしれませんが、逆なのですよ。
私が如才なく異性愛者のふりをしても、周りはどこかしら違和感を持つようでしてね。

艶本の作家に入れこむなんて俗っぽい姿を見せたほうが、むしろ安心するようなのです。
とくに妻は」

言い終えるころには、僕の背後にきてしゃがみこみ肩を掴んだ。

冷たい手で触れられて不覚にも「はっ」と声を漏らしたものを、唇を噛んで顔だけ振り返り「君には・・・罪の意識が、ない、のか」と問うた。

山國屋には妻子がいるが、亡くなった兵士にも、その帰りを待ちわびる妻や子がいたはずだ。
もし、彼らが生きて帰ってきたなら家庭を大切にし、多くの子供をもうけたことだろう。

異性愛者ではない僕らは、そういう亡くなった兵士の代わりにはなれない。

山國屋は家庭を持っているとはいえ、今まさに妻を裏切ろうとしているし、僕に至っては結婚も子供も望めそうにない。

国が復興するに当っては健全な家庭を築くことが基礎になる。
言ってしまえば、国に必要なのは亡くなった彼らであって僕らではないのだ。

だとしたら、こう思ってしまう。
彼らの代わりに自分が死んだほうがよかったのではないかと。

「『お前のほうが死ねばよかったのに』。
確かに今の状況を見た人なんかは言いたくなるでしょう。

亡くなった兵士のほうが私より生きる価値があると。

そう言われても否定しきれません。
そもそも異性愛者でないことからして私は生きてはいけない人間なのかもしれない。

しかしね。
生きていい人間と、生きていけない人間がいたとして、この世に人間をそうして選別する存在はいないのですよ。

いたとしたら、私はとっくに生きていけない人間と烙印を押されて、この世から消されている。

生きていい人間が死に、生きていけない人間が生きる、それが現実というものなのです」

山國屋の言うように人が生きていいか否かを決める存在は実質的にいないのかもしれない。

ただ、目に見えないながらに神や仏のような存在を人は信じ「お天道様に常に見られている」と意識をしている。

この信心と意識が山國屋には欠落しているのだろう。

あるときは兵役を免れ大戦後に生き残ってしまった者同士として仲間意識を持ったこともあった。
が、僕と山國屋の心持はまるで違うようだ。

「ああ、野田先生は自分を生きてはいけない人間だと思っているのですね。

思っているのに、どうして生きているのですか?」

耳元に顔を寄せられ囁かれ、背筋に悪寒が走った。

まさに艶本で描いた被虐性欲を駆り立てられる女のようで、情けなく思う間もなく、腹を抱えられて尻を突きだす格好をさせられる。

着物をめくられて剥きだしになった、褌を巻いた尻に冷たい手が滑って、期待したくないのに前が張りつめる。
一旦、手が離れ、ほっと息吐く間もなく掌で打ちつけられた。

正直、さほど痛みはなかった。褌が尻に食いこんでいる状態で叩きつけられ、布が引っ張られたことで前が擦れたのだ。

正気でも多少くるところ、一服を盛られた体には善すぎた。
「はあっん」と喘いで、前を漏らしてしまう。

恥ずかしがる暇もくれずに「蟹崎尚は心中しましたよ?」と言葉で鞭打たれ、追い討ちをかけるようにまた尻を叩かれた。

倒錯的な快楽に溺れそうになりながら、艶本の描写のように尻を振るなんてみっともない真似はしたくなく、何とか踏みとどまろうとする。
僕が必死なのを茶化すように山國屋は耳元で笑い、尻を揉みつづけている。

「生きていけないと思っているのなら、自ら命を断てばいい。
そうしないのは、本当は自分が生きていけない人間だとは思っていないからですよ。

それは正しい。
神でも仏でも、私たちが生きていけない人間だからといって、殺せはしないのですから」

「所詮私たちは同じ人間だ。何故、認めないのです?」と尻に爪を立てられて、再三、掌を打ちつけられる。

薬のせいなのか、尻を揉まれるている間、前の漏れが止まずに、すっかり褌は濡れていた。

打撃を加えられれば、濡れた布が絡みついたまま揺さぶられ、さらに耳を塞ぎたいほどの水音が立って、快感と羞恥で脳天が熱く痺れる。

飛びそうな意識を繋ぎとめて、先の山國屋の発言を否定したいがために首を振った。
首を振る揺れも濡れた褌に伝わるものだから、抗っているのか善がっているのか自分でも分からなかったが。

意外にも山國屋は尻には触れてこず「あなたが罪の意識を感じるのは、おためごがしですよ」と上体を起こして見下ろしているようだった。

自慰をしているとも見える姿を、ほくそ笑んで眺めているのだろう。

「兵役を免れたことも生き残ったことも、別に恥だとも疚しいとも思っていないのでしょう。

思わない自分が嫌だし認めたくない。
自分がそんな人間ではないと、そう思いたくて罪の意識を持っているふりをしているだけ」

柔らかい声音ながら残酷な言葉を耳に吹きこんでくる。

言葉の棘が痺れとなってこれまた下半身を刺激して「あ、あっ」と喘ぎ、頭を振るのをやめた。
余裕がないのもあるが、山國屋の言う通りかもしれないとも思ったのだ。

蟹崎尚と愛人は心中して罪に見合った罰を自らに与えた。

じゃあ、僕はどうだったのだろう。

蟹崎尚と心中しようとは思わなかった。
思い返せば、手紙の仲介をした蟹崎尚の愛人にも奥方にも申し訳なさを覚えたことがないのかもしれない。

所詮、神も仏も絵空事。

どうせ罰を与えられることはないのだからと居直って、僕や山國屋は生きているというのか。

そんな人間なら尚更生きていてはいけない。僕は山國屋と心中するべきなのだろうか。

現状を忘れてしばし物思いに沈んでいたのを、褌を引っ張られて意識が引きもどされる。

一際、水音が立って濡れた股間が締めつけられたのに達しそうになり、でも、一歩手前で褌が放された。

限界に近い状態のままでいるのが辛かったものを、尻の割れ目に食いこむ褌に指を滑らされ、つい腰を逃がしそうになった。

腹を手で押さえられているから、逃げることは叶わず、指が前に滑ってくるのを待ちわびているような「や、やあ」と抵抗感が捨てきれないような思いで熱い体を震わせた。



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