倒錯文学入水

ルルオカ

文字の大きさ
上 下
18 / 28
倒錯手紙墜落・高井

しおりを挟む






終戦を迎えてすぐに、俺は山城の妻、千代に会いにいった。

生前の山城から「俺が死んだら、これを妻に渡しにいってくれないか」と手紙を預かっていたからだ。

山城に教えられた住所に「ヤマシロニ、セワニナッタ、タカイヨリ。ワタシタイモノガアル」と電報を打つと「アナタノコトハ、シッテイル。アウノヲ、タノシミニシテイル」とすぐに返信がきたので、俺は電車で四時間揺られ千代の元へと向かった。

山城はたまに千代のことを話していた。
幼いころから親しかったとはいえ、年上でお転婆な千代には逆らえず、遊ぶときは家来にさせられ、こき使われていたという。

年を重ねるにつれ、千代も年相応におしとやかになっていったが、二人の関係はどこか幼いころのまま変わらないで、結婚後も頭が上がらないのだと、山城はぼやきながらも、いつになく穏やかに笑っていた。

駅で待つ千代と対面したなら、なるほどと思った。

肌が白く華奢で大きな黒目に涙黒子と、男の庇護欲を掻きたてるような容貌をしながらも、眼光の鋭さや伸びきった背筋から気の強さが窺えた。

未亡人に見えないほど気丈でいたとはいえ、俺に気づくと、顔をひしゃげて瞳を揺らめかせ、それを隠すように深々と頭を下げた。

慌てて歩み寄った俺も頭を下げて、千代が頭をあげたのに合わせ上体を起こし、改めて口を切ろうとしたものの、言葉を失った。

俺が言葉を発するのを待ちわびる千代を見ていられなく「申し訳ない」とまた頭を下げた。

「電報では渡したいものがあると伝えたが、その山城の手紙を失くしてしまって。
詫びに詫びきれない」

それ以上、言葉がつづかないで頭を下げたままでいれば「そうでしたか」とやや落胆したようながら、責める響きのない言葉が降ってきた。

顔を上げたところで「黙っていれば、ばれなかったでしょうに」と微笑まれた。

「それなのに、わざわざ遠くから会いにきてくださって、直接、謝ってくれるなんて、夫が言っていた通り、まっすぐな方なのですね」

「夫が言っていた通り」と告げられ、つい肩を跳ねた。
「夫の手紙には、あなたのことがよく書かれていました」と俺の反応に可笑しそうに笑いながら千代はつづけた。

「夫はあなたのことを、とても気にいって可愛がっていたようですね。

前は、あまり親しい人のことを書かかなかったのに、訓練場に異動になってからは、今日はあなたがどうした、またやらかしたと、嬉しそうに教えてくれました。

あなたも夫を慕ってくれていたようで、いつも傍にいて兄弟のようだったと、聞いています。
なんでも、墜落したときに一番に駆けつけたのも、あなただったとか」

途中まで和やかに話していたのが、最後の一言は固い調子になった。

息を飲んだ俺に、真顔になった千代が首を伸ばして「最期に彼は何か言っていませんでしたか」とつめ寄ってきた。
俺は口を開きかけて、喉に何か詰まったような圧迫感を覚え、一旦、閉じた。

あのときのことを思い返した。

俺の手を握り返し「千代」と口にした後、顔を倒して息絶えた山城。

あらためて思い起こしてみれば、今までに覚えたことがない泥のような感情が胸に渦巻き、吐き気がこみあげてきたもので。

それでいて、頭の芯は冷えていて、表面上は実に落ち着き払い「これは、機密になっていることだが」と千代と向き直った。

「山城が乗っていた戦闘機の墜落は事故ではなく、整備不良によるものだった。

原因は部品の欠落。
その部品を取りつけ忘れたのは、俺だ」

千代は睫毛を跳ねて、ひたすら見てきたものの、俺が無表情のままでいるのに、にわかに身震いをして頬を引きつらせた。
次の瞬間に、頬を掌で打たれていた。

平手打ちをした直後、周囲の目が一斉に向いたこともあって、我に返ったような顔をした千代だが、取り成そうとせず俺を一睨みして背を向け、そのまま去っていった。

駅の人混みの、いくらかが足を止め俺に好奇の目を向け、ざわついていた。
居たたまらなさを覚えながらも、熱く疼く頬をそのままに突っ立ち、肩にかける鞄を握りしめた。

鞄には、渡せなかった山城の手紙が入っていた。




しおりを挟む
アルファポリスで公開していないアダルトなBL小説を電子書籍で販売中。
ブログで小説の紹介と試し読みを公開中↓
https://ci-en.dlsite.com/creator/12061
感想 0

あなたにおすすめの小説

上司と俺のSM関係

雫@更新予定なし
BL
タイトルの通りです。

大学生はバックヤードで

リリーブルー
BL
大学生がクラブのバックヤードにつれこまれ初体験にあえぐ。

離したくない、離して欲しくない

mahiro
BL
自宅と家の往復を繰り返していた所に飲み会の誘いが入った。 久しぶりに友達や学生の頃の先輩方とも会いたかったが、その日も仕事が夜中まで入っていたため断った。 そんなある日、社内で女性社員が芸能人が来ると話しているのを耳にした。 テレビなんて観ていないからどうせ名前を聞いたところで誰か分からないだろ、と思いあまり気にしなかった。 翌日の夜、外での仕事を終えて社内に戻って来るといつものように誰もいなかった。 そんな所に『すみません』と言う声が聞こえた。

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

君は僕の蒼い蝶々

山田 ぽち太郎
BL
株式会社ベルフィーユジャパンシリーズ。 営業部の営業成績万年最下位・桐谷 蒼(キリタニ アオイ)は 同じく営業部の営業成績No. 1・蒼森 佳香(アオモリ ケイカ)と蜜な関係ーーーではなく、 お互いがお互いに勘違いして迷走中。 好きなのに、好きだと言えないジレンマを抱えて切ないけれど、身体だけは満たされる毎日。 しかも蒼には人に言えない秘密があって… 寡黙(ムッツリ)な俺様攻め×押しに弱い聖人受け

俺の好きな男は、幸せを運ぶ天使でした

たっこ
BL
【加筆修正済】  7話完結の短編です。  中学からの親友で、半年だけ恋人だった琢磨。  二度と合わないつもりで別れたのに、突然六年ぶりに会いに来た。 「優、迎えに来たぞ」  でも俺は、お前の手を取ることは出来ないんだ。絶対に。  

そんなの真実じゃない

イヌノカニ
BL
引きこもって四年、生きていてもしょうがないと感じた主人公は身の周りの整理し始める。自分の部屋に溢れる幼馴染との思い出を見て、どんなパソコンやスマホよりも自分の事を知っているのは幼馴染だと気付く。どうにかして彼から自分に関する記憶を消したいと思った主人公は偶然見た広告の人を意のままに操れるというお香を手に幼馴染に会いに行くが———? 彼は本当に俺の知っている彼なのだろうか。 ============== 人の証言と記憶の曖昧さをテーマに書いたので、ハッキリとせずに終わります。

放課後教室

Kokonuca.
BL
ある放課後の教室で彼に起こった凶事からすべて始まる

処理中です...