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倒錯手紙墜落・高井
ニ
しおりを挟む十年前、親に望まれたこともあって十五で志願兵となった。
親戚の町工場で手伝いをしていたことから整備兵に任命され、配属されたのは戦闘機の訓練場。
俺は、そのころから頑固でぶっきらぼうだった。
おかげで、たまに見学にくる軍のお偉いさんが技術的な知識も現場の事情も知らず「もっと飛ばせ」と知った口を叩くのが聞き捨てならず、楯突いて幾度、鉄拳をもらい受けたか知れない。
本来なら懲戒処分ものだが、戦況が悪化していたのと人手不足だったこと、なんだかんだ整備の腕を買われていたことから、一食を抜かされるくらいで済んでいた。
とはいっても「いっそお払い箱にしろよ!」と啖呵を切りたくなるほど、居心地は良いものではなかった。
同じ整備兵は俺の抗議がまっとうっだから、そのことについては、けちをつけなかったが、火の粉をかぶるまいと俺を疎外した。
パイロットの一部の連中は、エリート意識が強く、平民がお上に刃向かうとは何事かとばかり見下して、教育的指導と称し鉄拳の嵐を降らしてきた。
曲がったことが大嫌いで、どれだけ周りに煙たがられ、目の仇にされても、成すべき事を成せないなら死んだほうがましだと思っていた。
ともなれば、俺は態度を改めず軟化もさせないで、おかげで周りからの風当たりは強くなるばかり。
そのうち、にっちもさっちもいかなくなってきたころに、山城が異動をしてきた。
山城は根っからの軍人ではなく、航空機会社に勤めていた民間人として徴兵されたという。
民間人でありながらも、高校は航空工学を専攻していたとかで基本的な知識が身についており、実用的な操縦経験も持ち合わせていた。
前は士官学校でパイロットの育成をしていたものの、高い操縦技術を買われ、前線に送りこむ足慣らしとして、俺のいる訓練場に異動をしてきたとのことだった。
ほとんどのパイロットが陸軍士官学校出だったから、山城は浮いた存在だった。
陸軍の学校には行ったらしいが、どっぷり軍に染まった風でなく、それでいて、操縦技術が随一とあって、お高くとまった階級が上のパイロットも一目置いていた。
軍のお偉いさんも、相変わらず減らず口を叩きつつ、山城に対しては周りの目を気にして、言葉を慎まないでもなかった。
そんな軍の上層部も目じゃないような山城は、訓練場では憧れの的だったが、すり寄ってくるエリートパイロットには見向きもせず、どうしてか、取るに足らない少年兵の俺に目をかけてくれた。
山城が俺を気にいって傍に置いている。
そう見られただけで、殺伐としていた俺の状況はひっくり返った。
整備兵は俺を仲間外れにしなくなり、パイロットの一部の連中も、手を上げることがなくなった。
そうして山城は庇護をしてくれただけではない。
頭の固い軍のお偉いさんと性懲りもなく揉める俺の間に入って、俺が妥協を許せる落としどころを示し、お偉いさんの名誉を傷つけずに且つ引き下がりやすいようにして、話を収めてくれた。
これまで誰も助力したり庇ってくれなかったのが、山城は屁でもないように首を突っ込み、怖いもの知らずに軍のお偉いさんをやりこめてみせた。
いくら名パイロットとして大目に見てもらえる立場だからといっても、下手すれば軍の上層部の顰蹙を買うかもしれないというのに。
どうして、そこまでしてくれるのか。
「よっぽど、あんたは正義感が強いのか」と問うたら、笑われた。
目上に対する態度がなっていなくても目くじらを立てるどころか注意もせず、愉快がる山城は変わっていた。
「お前が弟に似ているから」と応えたのは、本心からだったのか、気恥ずかしくてはぐらかしたのか、今となっては分からない。
その日、新たな機能が搭載された戦闘機の試験運転がされた。
俺も整備に加わった戦闘機に搭乗したのは山城だ。
山城は幾度も試験運転してきた実績を持っていた。
機体を壊さないのはもちろん、できるだけ負担をかけないように配慮して操縦をするし、上空でも余裕があるから細かいことに気づき、多くの参考になる助言をするとのことで、頼りにされていたという。
山城に任せれば、万が一の事故も起こらないだろうと、周りは安心しきっていたが、途中から俺は直感的に危うさを覚えた。
一見、戦闘機はかろやかに空を舞い、俺もはっきりと、危ういと思う所以は分からなかった。
が、胸騒ぎがしてやまなく、堪らず駆けだした。
戦闘機の尻を追いかけることしばし。
突然、機体のエンジン部分が爆発し、翼が振り子のように揺れだしたかと思えば、間もなくプロペラが止まった。
しばし惰性のように風に乗っていたのが、次の瞬間、勢いよく傾いて戦闘機は頭から落ちていった。
途中でパラシュートが開いたものの遅かったようで、浮き上がることなく、戦闘機と共に地上に叩きつけられたように見えた。
大破して、炎と黒煙をあげる戦闘機の元に駆けつければ、山城がパラシュートの糸を体に絡ませ倒れていた。
体を仰向けて「山城!」「おい、返事をしろ!」と呼びかけたのに、震える手を伸ばしてきたので両手で握ってやった。
弱弱しいながら握りかえした山城は、目を瞑ったまま口を開閉し、その遺言を俺が聞き届けた後に息をひきとった。
墜落した戦闘機はすぐに調べられて、ある部品の欠損が原因と判明した。
部品のある箇所を担当したのは、俺と共に整備をしていた奴だった。
「誰がここを担当したのか!」という上官の詰問に、そいつは手を上げて告げた。
「高井がしました」と。
俺はそいつの名前も知らなかったが、そいつは、前から俺を気に食わなく思っていたのかもしれない。
元々、目の上のたんこぶのような存在だったから「罪をなすりつけやすかろう」と見込んだとも考えられる。
そいつが、どういうつもりで俺の名を上げたにしろ、濡れ衣なのには違いなく、現場を知る人間にはすぐにばれるような、お粗末な偽証だった。
「あの高井のことだから、激怒して正当性を訴えるだろう」と周りは思っていたと思う。
だが、俺自身、どうしてかは分からないが、一呼吸置いて「そうだ」と応えていた。
これまでの鬱積した思いもあってか「高井、貴様あ!」と降ってきた上官の鉄拳は、頬骨を砕かんばかりに力がこめられていて、床に倒れた俺はそのまま失神をした。
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