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冴えない俺と美しい彼はラストワルツを踊らない
⑤
しおりを挟むその背中が視界から消えないうちに「大丈夫!?」と振りかえって叫んだものを、ぼうっとする嵐山くんの目の焦点は、遠くに据えられたまま。
じれったくなって「とりあえず、教室に!」と手を引こうとすれば、従わずに踏みとどまり、目を伏せて「あいつは、父さんのお気に入りなんだ」と呟いた。
「父さんの男臭いダンスを受け継ぐように、忠実に身につけて、男気むんむんに踊ってみせている。
普段のふるまいも真似てさ、男尊女卑的な考えをするのが苦手だけど、唯一、表立って、俺が女役をさせてもらえる相手だから。
男の中の男の父さんだから、息子が女役をするのを許さない。
ただ、お気に入りのあいつのすることは、大目に見て、俺のことも許容してくれる。
つまり、あいつだけが、唯一、まともに女役の俺と踊ってくれるんだよ」
「もう、僕がいるじゃないか」と思うも、先の男の発言を思い起こし、唇を噛む。
いつになく、弱弱しく、うな垂れる嵐山くんから目を逸らし「嵐山くんが、そいつをありがたがるのは分かるけど・・・」とぼそぼそと告げる。
「にしたって、どうして、他の人と踊るのを、あんなに怒るんだ?
多分、あいつには、正式な女子のパートナーがいるんだろ?
それなのに・・・・。
しかも、先生ってお父さんのことだろ?
お父さんにばらすぞって、あんな脅すようなこと・・・」
「あいつは、いってくれたんだ」と遮られた。
向き直れば、先に男の背中を追っていたような、遠い目をしていて。
「勇気をだして、俺はリードするより、フォローするほうが性に合っているって明かしたら、馬鹿にしないで、笑いもしないで『じゃあ、俺が踊ってやる』って手を差しのべてくれた。
『お前とが一番、踊りやすいって』って誉めてもくれた」
口を開けたまま、ひたすら目を見張る僕に「大会出場をすすめてくれたのも、あいつなんだ」と微笑みかける。
「一回きりでもいいから、女装しても、ばれない年齢のうちに、正式な大会に出場しないかって。
そのくせ、大会には遅刻したとはいえ、わざとではなかったんだ。
階段から落ちて気絶してしまって、病院で目覚めてから、すぐに会場に駆けつけてくれた」
かつての「仮面舞踏会」風の大会で、漆黒のドレスを着た嵐山くんを「ヤリマン!」と罵っていた、あいつか。
なるほど、あのときから、目を引くダンサーだったものを、先にちらりと見ただけでも、只者でない感が伝わってきたもので。
成長して、さらに恵まれた体格と威風堂々とした風格をして、容姿も華があるとなれば、同性の嵐山くんとも釣り合いがとれて、さぞかし、お似合いだろう。
そう、チビでヘタレな僕よりも。
敗北感を噛みしめつつ、さらに絶望的になったのは、嵐山くんがファザコンと気づいてのこと。
女側で躍らせてくれる、唯一の相手だから、DV夫のような相手と、縁が切れないのではない。
父親にそっくりなのをいいことに、父親代わりにしているのだ。
「星野と再会できたのは、すごく嬉しかった。
少しの間だけでも、夢を見させてくれて、ありがとう。
ただ、どうしても、父さんにばれたくないから」
「もう、ここにはこないよ」と腕を引こうとしたのに「あ・・・!」とすがろうとしたものを、寂しげに笑うのを見て、手を放してしまう。
ファザコンの自覚をしていないのなら、ワンチャンあったけど、自覚している上で、あいつと縁を切れないなら、つけいる隙はない。
「男が泣くな!」と鉄拳制裁も辞さないような父親らしさの欠片もない、涙もろい僕には尚のこと、勝ち目はない。
でも。
それでも。
初恋にして最後の恋と、心から思うなら、玉砕覚悟だろうと、踏みださないでどうする。
このまま去られても、どうせ、僕の人生は終わりなのだから。
拳を力ませ、仁王立ちしたまま「嵐山くん!」と叫んだ。
近所迷惑な大声に焦ることなく、一呼吸置いて、振りかえった嵐山くんに、ゆっくりと手を差しのべる。
今すぐに、追いかけて抱きしめたいのを堪えて、足を揃え、姿勢を正し、片手を背中に回して、恭しい格好をしながらも、頭上の月にひびを入れんばかりに、全身全霊をこめて訴えた。
「どうか、僕と最初で最後のワルツを!」
※ ※ ※
五年のブランクがあっての、人生で二回目の競技ダンスの公式戦。
僕の隣には、あのときと同じ漆黒のドレスを、相変わらず、そつなくエレガントに着こなす彼女。
いや、彼。
志那野さんにほどこしてもらった化粧は、似合いすぎているし、この日のために、体重をしぼりつつ、できるだけ、輪郭が滑らかになるよう、肉体改造したので、股間を鷲掴みされない限り、ばれやしないだろう。
大会に殴りこみしかねない、「元」パートナーは縄で縛って監禁しているし。
とはいえ、こうも上々に周りの目を欺き、まぎれこめても、この手を使えるのは一回きり。
はじめてなら、見逃してもらえても、大会に出場しつづければ、目をつけられ、詮索されるのは必至。
大体、拉致監禁された「元」パートナーが怒り狂うのを、とめようがない。
だから、まさに「最初で最後」の僕と嵐山くんペアの晴れの舞台。
ただし、日本では、だ。
日本ではまだ、同性ペアの出場は認められていなく、公式戦でなくても、お呼びでないのが現状。
が、アメリカではダンス評議会が正式にOKサインをだして、限定的とはいえ、スポットライト眩しいボールルームで、同性ペアが踊れる環境が整えられている。
となれば、初恋にして最後の恋の相手を、僕は手放さなくていいし、男ながらフォロー側のダンスを極めるのを、嵐山くんは諦めなくていい。
そう、僕らは近い将来、共にアメリカに羽ばたく誓いをした上で、日本で初めてにして、別れを告げる公式戦に臨んでいるのだ。
五年前にも流れた、ワルツの音楽が流れてきて、深呼吸してから僕は腕を広げた。
二人して微かに笑い、肯きあったなら、嵐山くんが手を添えて、はじまりの小節がくるまで、待つ。
さあ、僕と嵐山くんくんのラストワルツへ。
そして、前途、輝かしい道への新たな一歩を。
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