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冴えない俺と美しい彼はラストワルツを踊らない

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その背中が視界から消えないうちに「大丈夫!?」と振りかえって叫んだものを、ぼうっとする嵐山くんの目の焦点は、遠くに据えられたまま。

じれったくなって「とりあえず、教室に!」と手を引こうとすれば、従わずに踏みとどまり、目を伏せて「あいつは、父さんのお気に入りなんだ」と呟いた。

「父さんの男臭いダンスを受け継ぐように、忠実に身につけて、男気むんむんに踊ってみせている。

普段のふるまいも真似てさ、男尊女卑的な考えをするのが苦手だけど、唯一、表立って、俺が女役をさせてもらえる相手だから。

男の中の男の父さんだから、息子が女役をするのを許さない。
ただ、お気に入りのあいつのすることは、大目に見て、俺のことも許容してくれる。

つまり、あいつだけが、唯一、まともに女役の俺と踊ってくれるんだよ」

「もう、僕がいるじゃないか」と思うも、先の男の発言を思い起こし、唇を噛む。

いつになく、弱弱しく、うな垂れる嵐山くんから目を逸らし「嵐山くんが、そいつをありがたがるのは分かるけど・・・」とぼそぼそと告げる。

「にしたって、どうして、他の人と踊るのを、あんなに怒るんだ?
多分、あいつには、正式な女子のパートナーがいるんだろ?

それなのに・・・・。

しかも、先生ってお父さんのことだろ?
お父さんにばらすぞって、あんな脅すようなこと・・・」

「あいつは、いってくれたんだ」と遮られた。

向き直れば、先に男の背中を追っていたような、遠い目をしていて。

「勇気をだして、俺はリードするより、フォローするほうが性に合っているって明かしたら、馬鹿にしないで、笑いもしないで『じゃあ、俺が踊ってやる』って手を差しのべてくれた。

『お前とが一番、踊りやすいって』って誉めてもくれた」

口を開けたまま、ひたすら目を見張る僕に「大会出場をすすめてくれたのも、あいつなんだ」と微笑みかける。

「一回きりでもいいから、女装しても、ばれない年齢のうちに、正式な大会に出場しないかって。

そのくせ、大会には遅刻したとはいえ、わざとではなかったんだ。
階段から落ちて気絶してしまって、病院で目覚めてから、すぐに会場に駆けつけてくれた」

かつての「仮面舞踏会」風の大会で、漆黒のドレスを着た嵐山くんを「ヤリマン!」と罵っていた、あいつか。

なるほど、あのときから、目を引くダンサーだったものを、先にちらりと見ただけでも、只者でない感が伝わってきたもので。

成長して、さらに恵まれた体格と威風堂々とした風格をして、容姿も華があるとなれば、同性の嵐山くんとも釣り合いがとれて、さぞかし、お似合いだろう。

そう、チビでヘタレな僕よりも。

敗北感を噛みしめつつ、さらに絶望的になったのは、嵐山くんがファザコンと気づいてのこと。

女側で躍らせてくれる、唯一の相手だから、DV夫のような相手と、縁が切れないのではない。
父親にそっくりなのをいいことに、父親代わりにしているのだ。

「星野と再会できたのは、すごく嬉しかった。

少しの間だけでも、夢を見させてくれて、ありがとう。
ただ、どうしても、父さんにばれたくないから」

「もう、ここにはこないよ」と腕を引こうとしたのに「あ・・・!」とすがろうとしたものを、寂しげに笑うのを見て、手を放してしまう。

ファザコンの自覚をしていないのなら、ワンチャンあったけど、自覚している上で、あいつと縁を切れないなら、つけいる隙はない。

「男が泣くな!」と鉄拳制裁も辞さないような父親らしさの欠片もない、涙もろい僕には尚のこと、勝ち目はない。

でも。
それでも。

初恋にして最後の恋と、心から思うなら、玉砕覚悟だろうと、踏みださないでどうする。
このまま去られても、どうせ、僕の人生は終わりなのだから。

拳を力ませ、仁王立ちしたまま「嵐山くん!」と叫んだ。

近所迷惑な大声に焦ることなく、一呼吸置いて、振りかえった嵐山くんに、ゆっくりと手を差しのべる。

今すぐに、追いかけて抱きしめたいのを堪えて、足を揃え、姿勢を正し、片手を背中に回して、恭しい格好をしながらも、頭上の月にひびを入れんばかりに、全身全霊をこめて訴えた。

「どうか、僕と最初で最後のワルツを!」



※  ※  ※



五年のブランクがあっての、人生で二回目の競技ダンスの公式戦。

僕の隣には、あのときと同じ漆黒のドレスを、相変わらず、そつなくエレガントに着こなす彼女。
いや、彼。

志那野さんにほどこしてもらった化粧は、似合いすぎているし、この日のために、体重をしぼりつつ、できるだけ、輪郭が滑らかになるよう、肉体改造したので、股間を鷲掴みされない限り、ばれやしないだろう。

大会に殴りこみしかねない、「元」パートナーは縄で縛って監禁しているし。

とはいえ、こうも上々に周りの目を欺き、まぎれこめても、この手を使えるのは一回きり。

はじめてなら、見逃してもらえても、大会に出場しつづければ、目をつけられ、詮索されるのは必至。
大体、拉致監禁された「元」パートナーが怒り狂うのを、とめようがない。

だから、まさに「最初で最後」の僕と嵐山くんペアの晴れの舞台。

ただし、日本では、だ。

日本ではまだ、同性ペアの出場は認められていなく、公式戦でなくても、お呼びでないのが現状。

が、アメリカではダンス評議会が正式にOKサインをだして、限定的とはいえ、スポットライト眩しいボールルームで、同性ペアが踊れる環境が整えられている。

となれば、初恋にして最後の恋の相手を、僕は手放さなくていいし、男ながらフォロー側のダンスを極めるのを、嵐山くんは諦めなくていい。

そう、僕らは近い将来、共にアメリカに羽ばたく誓いをした上で、日本で初めてにして、別れを告げる公式戦に臨んでいるのだ。

五年前にも流れた、ワルツの音楽が流れてきて、深呼吸してから僕は腕を広げた。

二人して微かに笑い、肯きあったなら、嵐山くんが手を添えて、はじまりの小節がくるまで、待つ。

さあ、僕と嵐山くんくんのラストワルツへ。

そして、前途、輝かしい道への新たな一歩を。


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