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冴えない俺と美しい彼はラストワルツを踊らない

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五年、溜めこむだけ溜めこんだ涙は、どれだけ流しても尽きないで。

でも、泣きやむのを待っていられず、五年の空白を埋めるように、滴を散らしながら、二人して踊り狂った。

「女役をするのは気が進まない」と渋ってみせた割に、フォロー側の身のこなし、ダンスの型、ステップが芯から身について、歩幅やステップ、ふりつけを合わせるのに、ほんの滞りもない。

成長期を経て、男らしい体つきになったはずが、踊っている最中は、その見た目にしても、女装していた昔と遜色がなく。

遜色がないどころか、レベルアップして、これまで、フってきた女子には申し訳ないけど、彼女らの誰より魅惑的だった。

限界まで背中を反らせ、しなやかなその体のラインをキープするのに神経を使い、且つ、ときにダイナミックに全身を振るって踊るさまは、気品がありつつ力強く、どこまでも華麗。

僕にほとんど体重をかけず、おっとり笑ったまま、ハイホバー(長時間二人してつま先立ちする)から、難なく、頭より上に足を上げてみせたのには、目が眩んだもので。

「ザ・男」な父親にダンスのいろはを叩きこまれたはずの、嵐山くんのダンスは、かといって、その反動で女々しいものではない。

男らしさと、女らしさの、いいとこ取りで、ダンスの調和を取っていた。

性別、それぞれの良さを、独立したものとして強調して踊る、競技ダンスにあっては斬新であり、でも、僕はさほど慌てふためかず、むしろ、双子の片割れと再会をしたような心安さで、嵐山くんの手を取って導きつつ、導かれた。

双子以上、心臓の片割れといっても過言ではないほど、その存在がしっくりきて、ダンスのキャリアやレベルの差を見せつけられても、気後れせず。

気後れする暇もなく、目まぐるしくターンを繰りかえし、スローアウェイ・オーバースウェイ。

二人して足を広げて、腰を落とし、とくに女性が反り返って、お尻から首までの曲線を優美に見せる振りつけ。

気がつけば、いつもより、腕を伸ばし、背中をしならせ、股関節を開いていた。

そう、二人には圧倒的な力差がありつつ、踊りをシンクロさせることで、嵐山くんのレベルにまで、僕が引きあげられるのだ。
限界以上の身体能力が発揮され、覚えていないはずの高度な技がこなせてしまい。

いくら踊っても、飽き足らなかったものを、嵐山くんレベルに合わせるのに、さすがに体力や筋力が尽きて、踊っている最中、膝かっくんされたように、ぶっ倒れた。

とたんに、夢から覚めたように「ははははは!」といつもの調子で大笑いした嵐山くんは「きゅーけーしよ、きゅーけー」と鞄から、水筒と透明なタッパ二つを取りだして。

おにぎりとレモンの蜂蜜漬け、冷たいお茶の差し入れ。
汗まみれの火照った肩をくっつけ、床に座りこみ、しばらくは口を利かず、飲み食いをした。

お腹を満たして、ほっと一息を吐いてから、窓越しに月を眺めながら、別れてからの五年間の不遇ぶりを明かし、また、どれだけお互い恋焦がれていたか、先のダンスの熱を引きずるままに、その思いの丈を語りつくした。

「一目見た瞬間、運命の人だと思ったんだ。
一目惚れ、初恋にして最後の恋のように思ったくらいで。

だから、パートナー候補にフられつづけたのも、どうしても、嵐山くんが、忘れられなかったからかもしれない」

熱烈な愛の告白のようとはいえ、自覚なく、鼻息を荒くして、つめ寄れば「俺もお前を忘れられなかったけど」と苦笑される。

それでいて、顔を逸らしたり、伏せたりしないで「初恋にして最後の恋?」と好戦的に笑い、額を突きあわせた。

「なんだよ、だったら、この五年間、彼女を作らなかったし、女子を好きにもならなかったていうのか?」

冷やかすようなのに、むっとして「そりゃ、そうだよ!」と額を擦りつける。

「・・・まあ、カップルを組めないことに焦ったのもあって、ダンスにかまけてばかりいたから、女子に目移りする暇も、心の余裕がなかったんだけど」

「ふうん」とばかり目を細めた嵐山くん曰く「じゃあ、俺が男と知って、むかついたんじゃない?」と。

かすかに瞳が揺らめいたのは、気のせいだろうか。

思いがけない問いに、しばし口を開けたままでいて、飲みこんだところで「そういえば」と思いつつ「そういえばそうだ!」とぴんとはこず。

呆けながらも、首をかしげ、無表情の嵐山くんと無言で見つめあい、そのうち、ふと、どちらからともなく、口付けをした。

先にダンスに無我夢中になったように、目の色を変えて、舌を混ぜ合わせ、唾液を垂らし、散らし、唇や肌に吸いついた。呼吸するのも惜しむほど、忙しく口付けを交わしながら、二人とも、手を下に滑らせ、剥きだしにした相手のを扱いて。

擦れる熱く湿った肌、密着する唾液まみれの唇、固くそそり立つのに、水音を立てて滑る手。

ダンスをしているように、触れるところの神経や血肉が溶けあって、どこまでが自分なのか、嵐山くんなのか、分からなくなる。

「は、や、ああ、も、もう・・・!」と腰をくねらせ、僕のように顔をくしゃくしゃにして、むせび泣く嵐山くん。

その身の内の昂ぶるばかりの熱と快感が、抜き差しして、体に注ぎこまれるかのような錯覚をし「ああ!ぼ、ぼく・・・も、も、やあ!」と僕もまた、嵐山くんのように色っぽく身悶えて、掠れた声で鳴く。

自分が喘ぎ、相手が熱く吐息する、二人の快感がごっちゃになって押しよせてきて、たまらず「は、ああ!あ、あ、あ、嵐山、く、ん・・・!」と白濁の液を、相手の腹に散らした。

同時に嵐山くんも、僕の腹を汚し、でも、とっくに汗だくだから、今更、気にしないで、お互いの背中に腕を回し、ひしと抱き合って。



※  ※  ※



前半に偽りはないけど、後半は助平な夢だ。

実際は、語り合っている途中、僕の肩に頭をもたれ、色気もへったくれもなく、あどけない顔をして嵐山くんは、寝てしまったもので。

一目惚れで、初恋にして最後の恋のようと謳ったのは、嘘でないとはいえ、嵐山くんが女子だと思いこみ、疑わなかったころは、いかがわしい妄想をしなければ、行為にふけることもなかったというに。

男子と知れたとたん、夢精するとは、どういうことなのか。

女子と見なせば、勃起して、男子と判明したら、萎えるという、本来は逆なのではないか。
と、首をうねりつつも、嵐山くんの正体を知ってすぐに勃起する自分が、えらくゲンキンなようで、疚しくて。

なににしろ、おかずにした相手と、時間を置かずに、顔を合わせるのは勘弁したかったものを「今夜も居残り練習しろよ」と連絡がくれば、断然、会いたさに軍配があがって。

昨夜のように、鍵を預かって、でも、とても練習できず、薄暗い教室をうろうろした。

はじめは、ひたすら歩き回り、上の空でいたのが、二時間経ち、零時近くになれば、心配になってきて、スマホを取ろうと窓際に寄ったら。

言葉は聞き取れないながら、諍いしている物音が耳に入り、はっとして、すぐに教室から跳びだした。
教室前の通りを見回すと、案の定、すこし離れたところで、嵐山くんが背の高い男に腕をつかまれていて。

「このごろ、こそこそしていると思ったら、他の男とやってたなんて!
先生に、いいつけるからな!」

痴話喧嘩で吐かれるような台詞に、ぎょっとする間もなく、男が手を振りあげたのを見て、ロケットスタート。

どうにか間に合って、すかさず嵐山くんを背にして立ちふさがり、その手を頬に受けた。

掲げた拳を、途中で掌にしたからに、相手はまだ正気なのだろう。

見も知らぬ人間の降って湧いたような乱入に、吃驚したことで頭が冷えたらしく、舌打ちしたなら、早々、背を向けて去っていった。




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