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冴えない俺と美しい彼はラストワルツを踊らない
③
しおりを挟む「どうして、まともなリード一つ、できないの!それでも、男なの!」
「ごめん」と涙目になったら「だから、泣くんじゃないわよ!このへっぴり腰野朗!」と胸を突かれて、よろけるうちに、肩を怒らせる背中が遠ざかっていった。
「あ」と手を伸ばすも、涙がこぼれたものだから「泣くな!」と怒鳴られた手前、声を詰まらせてしまう。
涙を拭うも間に合わず、開けた扉の向こうに去られてしまい、「おっと」と入れ違いに、誰かが教室に入ってきた。
手を伸ばしたまま、呆ける僕は、来訪者に見向きもしなかったのが「ぶっ」と噴きだされたのに、思わず、見やって。
視線の先には、僕と同じくらいの背格好の男子が、にんまりして、こちらを指さしていた。
「ははははは!マジだ!
笑えるほど、こっぴどいフられっぷりだな!」
初手から失礼な口を叩いたのは、先生の甥っ子、嵐山くんだった。
リードができない同類となれば、泣き虫で弱腰の僕と似ているのかと思いきや、なんのその。
身長は変わらずとも、肩幅や胸板がある、がっしりとした体つきに、釣り目に不敵な笑みをたたえた、勝気な顔つき。
厳格な父親に躾けられているらしいのに、堅苦しくも控えめでもなく、とことん陽気で、口が減らない、おしゃべりだ。
気取ったイメージが根強い社交ダンスは、案外、スポーツマン、ウーマンなタイプもいるとはいえ、嵐山くんほど、ちゃらい人は、そう、いない。
一見、ヒップホップダンスをしているようで、いわゆる、パーリピーポーなタイプ。
とはいえ、やはり、三歳からエリート教育を受けてきただけあり、佇まいからして、ベテラン講師を怯ませるほどの風格があった。
志那野さんの教室に顔をだすときは、踊らず、見学しているだけとはいえ、時折、はっとさせられるほど、洗練した身のこなしを見せる。
練習の途中、ころんだ中年女性に手を差し伸べ、引き上げたときは、教室内の男女共「ほうっ」とため息を吐かせたもので。
子供のように、じたばた喚き、けたたましく笑っても、ダンス経験者から見れば、段違いのレベルの競技者なのは、分かる。
志那野さんの教室では、別格な存在だったけど、嵐山くんには、さほどエリート意識がないらしく「叔母さんの鬼ー!慰めてえ!」と人懐こく皆をかまっていた。
一つ上と、年が近いとあって、僕には加減なく、じゃれついてくる。
背中にのしかかったり、腰に抱きついたり、肩を掴んで寄せたりして「五年連敗の星野くんに、清き一票を!」と不名誉な喧伝を、声高らかにしてくれて。
こういう、パーソナルスペース度外視のパーリピーポーとは相容れないはずが、自分でも意外に、傍にいて心労はなく、やや愉快でもあった。
長年、ペアを組めないことを、いちいち、茶化されるのは鬱陶しいとはいえ、教室では、その件で腫れ物を扱うようにされていたから、いじられるのが、すこし救いになったし。
僕を笑い者をするだけでなく「俺ら、リードできない、へたれ男子!」「逆に時代の最先端!」と自虐して、肩を組んで高笑いをするとなれば、どこか憎めなかったし。
はじめは、僕の三倍もあるダンス歴の相手に、引け目を覚えたものだけど、察したからなのか、教室ではダンスに関わる言動をしないで、僕のダンスを見ても、笑ったり、見下したり、駄目だししなかったし。
そのうち、嵐山くんがくるのを待ちわびるようになり、会えない日は、恋しくさえ、なった。
存在するか否か定かでない、彼女の影を追うばかりで、出口のない迷路を、長年さ迷っていれば、気が塞いでくる。
のが「リードできないからって、なんだい!」とばかり嵐山くんの無邪気ぶりを見ると、雑念に煩わされず、ダンスに打ちこめたもので。
その日は、嵐山くんの訪問はなかったものを「どうせなら会えないうちに、上達して、その成果を見てほしい」と居残り練習を決行。
先生から鍵を預かって、閉めた教室の暗がりで、ひたすらシャドー練習をしていた(透明な相手に対し、一人で踊る練習)。
ちょうど、窓から満月の明かりが差していたから、電気代を惜しみ、明かりのない教室を、ホールドを保って、絶えずステップを踏み、ぐるぐると回って。
時間も忘れて、休むどころか、一時も足をとめずに、全身から熱い汗をほとしばせるままに、没頭していたら、不意に、手拍子が耳を打った。
我に返ったように、立ちどまり、呼吸困難と疲労を自覚して、うな垂れつつ、出入り口のほうを見やれば、壁にもたれる嵐山くんが微笑して、拍手を。
薄明かりだからか、いつになく、表情に力みがなく、パーリピーポーが鳴りを潜めて、儚げにも見える。
滝のように汗を滴らせ、息を切らしながらも「俺、こんなに心揺れたのは、久しぶりだ」とやおら、歩み寄ってくるのに、生唾を飲みこむ。
筋肉が悲鳴をあげるのに歯を食いしばり、上体を起こしたなら、一歩先で立ちどまった嵐山くんと、あらためて向きあった。
「お前、五年もカップル組めなくても、それでも、やめられないほど、ダンスに焦がれているんだな」
「女役をするのは、いつも、気が進まないが」と目を伏せてから、手を差し伸べて、僕の顎に触れるか触れないかの距離で、指先をとどめる。
「健気で報われないお前に、俺が女役をやってやろう」
叔母のダンス教室に通いつづけ、ダンスに関わろうとしたのは、これが、はじめて。
どんな心境の変化があったのだろうと、酸欠でぼうっとしながら、一応、汗まみれなのをシャツで拭って、手を取った。
その瞬間、静電気のように、触れたところが「びりり」として、一気に神経の末端まで、その痺れが走った。雷に打たれたような衝撃的でいて、どこか懐かしい感覚。
折角、手と手を取りあったのに、ダンスどころでなく、身じろぎもできず。
ただただ目を見開けば、嵐山くんも似た反応。まさかと口を切れば「「もしかして」」と声が重なって。
またもや、その瞬間、頭が真っ白になった。
雄々しい顔つきをしながら、ぱっちりお目目をした、その瞳に見覚えがあったのだ。
そう、「仮面舞踏会」風の大会で、顔上半分を隠す仮面の穴から、覗かせていたそれ。
とたんに手を握りしめ、もう片手を背中に回し、抱きついた。
嵐山くんに格好悪いところを見せたくないと、これまで我慢していたせいで、限界にきていたダムを放流するように、大泣きして。
呼吸もままらないほど慟哭しながらも、腹の底から「やっと会えた!」と歓喜の叫びをあげたのだった。
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