上 下
3 / 5
冴えない俺と美しい彼はラストワルツを踊らない

しおりを挟む





「どうして、まともなリード一つ、できないの!それでも、男なの!」

「ごめん」と涙目になったら「だから、泣くんじゃないわよ!このへっぴり腰野朗!」と胸を突かれて、よろけるうちに、肩を怒らせる背中が遠ざかっていった。

「あ」と手を伸ばすも、涙がこぼれたものだから「泣くな!」と怒鳴られた手前、声を詰まらせてしまう。

涙を拭うも間に合わず、開けた扉の向こうに去られてしまい、「おっと」と入れ違いに、誰かが教室に入ってきた。

手を伸ばしたまま、呆ける僕は、来訪者に見向きもしなかったのが「ぶっ」と噴きだされたのに、思わず、見やって。
視線の先には、僕と同じくらいの背格好の男子が、にんまりして、こちらを指さしていた。

「ははははは!マジだ!
笑えるほど、こっぴどいフられっぷりだな!」

初手から失礼な口を叩いたのは、先生の甥っ子、嵐山くんだった。

リードができない同類となれば、泣き虫で弱腰の僕と似ているのかと思いきや、なんのその。

身長は変わらずとも、肩幅や胸板がある、がっしりとした体つきに、釣り目に不敵な笑みをたたえた、勝気な顔つき。

厳格な父親に躾けられているらしいのに、堅苦しくも控えめでもなく、とことん陽気で、口が減らない、おしゃべりだ。

気取ったイメージが根強い社交ダンスは、案外、スポーツマン、ウーマンなタイプもいるとはいえ、嵐山くんほど、ちゃらい人は、そう、いない。

一見、ヒップホップダンスをしているようで、いわゆる、パーリピーポーなタイプ。

とはいえ、やはり、三歳からエリート教育を受けてきただけあり、佇まいからして、ベテラン講師を怯ませるほどの風格があった。

志那野さんの教室に顔をだすときは、踊らず、見学しているだけとはいえ、時折、はっとさせられるほど、洗練した身のこなしを見せる。

練習の途中、ころんだ中年女性に手を差し伸べ、引き上げたときは、教室内の男女共「ほうっ」とため息を吐かせたもので。

子供のように、じたばた喚き、けたたましく笑っても、ダンス経験者から見れば、段違いのレベルの競技者なのは、分かる。

志那野さんの教室では、別格な存在だったけど、嵐山くんには、さほどエリート意識がないらしく「叔母さんの鬼ー!慰めてえ!」と人懐こく皆をかまっていた。

一つ上と、年が近いとあって、僕には加減なく、じゃれついてくる。
背中にのしかかったり、腰に抱きついたり、肩を掴んで寄せたりして「五年連敗の星野くんに、清き一票を!」と不名誉な喧伝を、声高らかにしてくれて。

こういう、パーソナルスペース度外視のパーリピーポーとは相容れないはずが、自分でも意外に、傍にいて心労はなく、やや愉快でもあった。

長年、ペアを組めないことを、いちいち、茶化されるのは鬱陶しいとはいえ、教室では、その件で腫れ物を扱うようにされていたから、いじられるのが、すこし救いになったし。

僕を笑い者をするだけでなく「俺ら、リードできない、へたれ男子!」「逆に時代の最先端!」と自虐して、肩を組んで高笑いをするとなれば、どこか憎めなかったし。

はじめは、僕の三倍もあるダンス歴の相手に、引け目を覚えたものだけど、察したからなのか、教室ではダンスに関わる言動をしないで、僕のダンスを見ても、笑ったり、見下したり、駄目だししなかったし。

そのうち、嵐山くんがくるのを待ちわびるようになり、会えない日は、恋しくさえ、なった。

存在するか否か定かでない、彼女の影を追うばかりで、出口のない迷路を、長年さ迷っていれば、気が塞いでくる。

のが「リードできないからって、なんだい!」とばかり嵐山くんの無邪気ぶりを見ると、雑念に煩わされず、ダンスに打ちこめたもので。

その日は、嵐山くんの訪問はなかったものを「どうせなら会えないうちに、上達して、その成果を見てほしい」と居残り練習を決行。

先生から鍵を預かって、閉めた教室の暗がりで、ひたすらシャドー練習をしていた(透明な相手に対し、一人で踊る練習)。

ちょうど、窓から満月の明かりが差していたから、電気代を惜しみ、明かりのない教室を、ホールドを保って、絶えずステップを踏み、ぐるぐると回って。

時間も忘れて、休むどころか、一時も足をとめずに、全身から熱い汗をほとしばせるままに、没頭していたら、不意に、手拍子が耳を打った。

我に返ったように、立ちどまり、呼吸困難と疲労を自覚して、うな垂れつつ、出入り口のほうを見やれば、壁にもたれる嵐山くんが微笑して、拍手を。

薄明かりだからか、いつになく、表情に力みがなく、パーリピーポーが鳴りを潜めて、儚げにも見える。

滝のように汗を滴らせ、息を切らしながらも「俺、こんなに心揺れたのは、久しぶりだ」とやおら、歩み寄ってくるのに、生唾を飲みこむ。

筋肉が悲鳴をあげるのに歯を食いしばり、上体を起こしたなら、一歩先で立ちどまった嵐山くんと、あらためて向きあった。

「お前、五年もカップル組めなくても、それでも、やめられないほど、ダンスに焦がれているんだな」

「女役をするのは、いつも、気が進まないが」と目を伏せてから、手を差し伸べて、僕の顎に触れるか触れないかの距離で、指先をとどめる。

「健気で報われないお前に、俺が女役をやってやろう」

叔母のダンス教室に通いつづけ、ダンスに関わろうとしたのは、これが、はじめて。

どんな心境の変化があったのだろうと、酸欠でぼうっとしながら、一応、汗まみれなのをシャツで拭って、手を取った。

その瞬間、静電気のように、触れたところが「びりり」として、一気に神経の末端まで、その痺れが走った。雷に打たれたような衝撃的でいて、どこか懐かしい感覚。

折角、手と手を取りあったのに、ダンスどころでなく、身じろぎもできず。
ただただ目を見開けば、嵐山くんも似た反応。まさかと口を切れば「「もしかして」」と声が重なって。

またもや、その瞬間、頭が真っ白になった。

雄々しい顔つきをしながら、ぱっちりお目目をした、その瞳に見覚えがあったのだ。
そう、「仮面舞踏会」風の大会で、顔上半分を隠す仮面の穴から、覗かせていたそれ。

とたんに手を握りしめ、もう片手を背中に回し、抱きついた。

嵐山くんに格好悪いところを見せたくないと、これまで我慢していたせいで、限界にきていたダムを放流するように、大泣きして。

呼吸もままらないほど慟哭しながらも、腹の底から「やっと会えた!」と歓喜の叫びをあげたのだった。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】遍く、歪んだ花たちに。

古都まとい
BL
職場の部下 和泉周(いずみしゅう)は、はっきり言って根暗でオタクっぽい。目にかかる長い前髪に、覇気のない視線を隠す黒縁眼鏡。仕事ぶりは可もなく不可もなく。そう、凡人の中の凡人である。 和泉の直属の上司である村谷(むらや)はある日、ひょんなことから繁華街のホストクラブへと連れて行かれてしまう。そこで出会ったNo.1ホスト天音(あまね)には、どこか和泉の面影があって――。 「先輩、僕のこと何も知っちゃいないくせに」 No.1ホスト部下×堅物上司の現代BL。

祭りで狂い乱れる男たち

ルルオカ
BL
趣味で全国の祭りに参加している男。 今回は初めて褌をつけたのだが、打ちあげのときに、酔った地元のおっちゃんが手を伸ばしてきて・・・。 2000字前後のエッチでやおいなBLショートショートです。R18。

そばにいてほしい。

15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。 そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。 ──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。 幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け 安心してください、ハピエンです。

最近流行りの長髪男子ですが、髪が性感帯の長髪男子はお好みですか?

綾巻湯香
BL
六年間ほど書きためていた欲望のままに書き散らした801小説を公開しようと思います。 とんでもないものを開発してしまったかもしれない… 専門用語がえげつないほど出てくる

俺の彼女を奪った義理のガチムチ糞兄貴がエッチなビデオで糞ホモビッチだった件

ルルオカ
BL
親の再婚で義理の兄になったガチムチのチャラ男。 仲よくなり、問題なく同居ができるかと思ったら、人の彼女に手をだし開き直るものだから、我慢できずおしおきを・・・。 2000字前後のエッチでやおいなBLショートショートです。R18。 この小説を含めてBL小説を四作収録した短編集を電子書籍で販売中。 詳細を知れるブログのリンクは↓にあります。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

転生してスローライフを送っていた俺は、愛しいあなたのために銀郎の遠吠えを捧げる

ルルオカ
BL
ゲームの世界に転生して、スローライフを満喫していた狼族のシンバ。 しばらくは平穏だったのが、本来のゲームらしくない展開になり「世界の果て」を目指すことに。 アダルトな中編のBL小説です。R18。 ※「初恋が死んだ日」はひっこめました。

思い込み激しめな友人の恋愛相談を、仕方なく聞いていただけのはずだった

たけむら
BL
思い込み激しめな友人の恋愛相談を、仕方なく聞いていただけのはずだった 大学の同期・仁島くんのことが好きになってしまった、と友人から世紀の大暴露を押し付けられた名和 正人(なわ まさと)は、その後も幾度となく呼び出されては、恋愛相談をされている。あまりのしつこさに、八つ当たりだと分かっていながらも、友人が好きになってしまったというお相手への怒りが次第に募っていく正人だったが…?

処理中です...