冴えない俺と美しい彼はラストワルツを踊らない

ルルオカ

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冴えない俺と美しい彼はラストワルツを踊らない

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競技ダンスの基本は、どれくらいの歩幅で、どういうルートで進行をして、どんな振りつけの構成をするか、おおよその踊りの組み立てを、男が定めて提案をし、受けいれた(拒否権もある)女は、それに合わせて踊り、ときにフォローをするというもの。

そんな、従来のリードらしいリードを、男である僕がこなせないのが、フられる原因だ。

「もっと、自信を持ってリードしてよ」「そんなに迷っていたら、こっちも不安になるじゃない」と嘆かれつづけたものを、それでも懲りずに「社交ダンス」イコール「男が動くのに女が合わせる」という概念を飲みこんでの、踊りができなくて。

気取った貴族の嗜みだった時代は、とっくに過ぎたというに、当たり前のように時代錯誤な基本を踏まえる競技者は多く、一方で、初めての大会出場を経た僕は、より違和感を持つようになった。

というのも「男が動くのに女が合わせる」のが、ペアで踊るのに必須でないのを証明できたから。

あのときは、どちらかが主導権を握るでなく、欲を押しつけるのではなく、支配するでもなく、一方的に譲るでもなく、耐え忍ぶでなく、服従するでなく。

「かっこよく踊りたい」「美しく見られたい」「評価されたい」「褒められたい」と余所見もせず「心からダンスを楽しみたい」と、そのためだけに、とことん互いを尊重をし合った。

そうして、初対面同士でも、一糸乱れず踊ることができたのだし。

会ったばかりで、魂が共鳴するようなダンスができたからに、いかにも女らしかった彼女も、枠にはまった男女間のリードフォローに、馴染めないタイプだったのかもしれない。

「男に引っ張られるだけなんて、時代遅れよ!」「女側がもっと表に立って、評価されるべき!」と主張する女子もいるとはいえ、「男に負けたくない!」と上下関係や優劣、勝敗にこだわるあたり、独り善がりにリードする男と変わらない。

結局、「女が動くのに男が合わせる」ことを望んでいるのだから。

かつての彼女のように、協調性に重きを置く人は、中々、見つからず。
いや、彼女以外、この世には存在しないのではないか。

と、考えれば、お先真っ暗で、床に頭がつかんばかりにうな垂れる。
さすがに見兼ねてか「もう、ここまで、他の人とカップル組めないなら、その子を探しだしたほうがいいかもね」と宥められた。

「でも、どれだけ探しても、見つからないんでしょ?
星野くんがいうには、かなり高い技術を持って、ダンス歴も長そうってんなら、注目されるはずだけど『将来有望な美人女子高校生』がいるとは聞かないし。

大会で反響を呼んだり、雑誌にとりあげられてもいないし。
もう、辞めたのかしら?」

最後まで、心ゆくまで完全燃焼して踊りきったなら、もちろん、彼女をパートナーにしたいと切望したし、彼女もそうだっただろう。

が、あらためて自己紹介をする暇もなく、ボールルームから一歩外れたとたん、「なんだ、お前!」と突きとばされた。

逆上せあがって、彼女のことしか目になかったから、踏ん張りも受け身もとれずに、柱に頭を打ちつけてしまい、失神。
目が覚めたときに、ベッドの傍らで泣きじゃくっていたのは、とんずらしたほうの彼女だった。

話によると、僕をふっとばしたのは、彼女の本来のパートナーだとか。

遅刻したくせに「他の男とダンスするなんて、このヤリマンが!」といちゃもんをつけて、周りの紳士淑女が口だしする間もなく、彼女を引っぱっていって、消えたそうな。

一通り、事情を聞いたなら「ごめんなさい。私、出番直前に逃げてしま・・・」と泣きながら謝罪する彼女を放って、医務室を跳びだした。

自分の背中のゼッケンから、出演者のリストに連なるペアの名前を照合しようとしたけど、番号しか書かれてなく。

「仮面舞踏会」風の大会とあって、最後に入賞者だけが、顔がお披露目され、名前が公表されるとかで。運営にかけ合ったものを、ルール違反した不届き者相手とあって「匿名性を保ちたいので」と門前払いを食らい。

諦めきれなかった僕は、大会後、ダンス仲間に声をかけて情報を募ったり、近場のダンススクールを覗きにいったり、まめに大会に顔をだしたとはいえ、ほんの手がかりも掴めず。

僕より、業界で顔が広く、情報網を持つ志那野さんが、首を傾げるくらいだから、やはり、もう競技ダンスから遠ざかっているのかもしれない。

霞のような、その存在を追い求めるのも、いい加減、疲れてきて「僕のシンデレラは、幻だったのでは」と泣きべそをかきそうになったものを「男が泣くんじゃないの」と諫めずに「なんでかしらねえ」と首を振る志那野さん。、

「星野くん、教室で誰よりトレーニングも練習もして、頑張り屋さんだし、ダンス愛に溢れているっていうのに、カップルを組めないなんて」

哀れみ慰められるのは、毎度のことながら、今日は「ほんと、うちの甥っ子みたいだわ」と付け加えられた。

「え?先生の甥っ子も競技ダンスをしているんですか?」と目を丸くすれば「そうなの」と顔をほころばせたのもつかの間「甥っ子の父、私の兄さんが、すごい元競技者で」と頬を引きつらせる。

「世界大会で三位になって、今はその栄光を餌にして、ぼったくりの教室をやっているの」

「は、初耳です。
あ、もしかして、お兄さんとカップルを組んでいたとか?」

淑女らしく笑みを絶やさず、ごきぶりを叩き殺す志那野さんにして「ばっか!」と眉を吊り上げ、声を裏返すとは、よほどのことだ。

僕がぽかんとするのにかまわず、感情的にまくしたてる。

「そしたら、世界大会三位の栄光を見よがしに掲げて、もっと教室を繁盛させているわよ!
いいえ、いくら儲けられるとしても、兄さんなんかと組むのはごめんだわね!

前時代的なつっまんない男なの!
女は決して口ごたえせず三歩下がって、男についてこいって感じの、鼻持ちならないダンスをするんだから!

見ているだけでも、胸が悪くなるのに、ペアになったら、病気になりそうだわ!」

一息に喚きちらして、呆ける僕を一瞥したなら、咳ばらいをした。

気を取り直して「まあ、個人の感想よ」と微笑んでから、つづける。

「実力があろうと、亭主関白ぶりが目に余る兄さんが、同じ競技者として、好ましくないけど、まあ、だから、甥っ子が不憫なの。
幼いころから、既成概念まみれの石頭な兄さんの英才教育を受けたてきたわけだから。

もともと、能力があったし、練習熱心だし、兄さんの指導によって、大人顔負けのダンスができるよういなったとはいえ、「男はこうあれ!」って押しつけがましくすれば、やっぱり、支障がでてくるものよね。

高レベルなダンスはできても、リードがままらなくて、まともにペアで踊れないのよ」

猫背だったのを、背筋を伸ばし、食い入るように見つめれば、くすりと笑われ「そうだ」と人差し指を向けられる。

「リードができない者同士、気が合うかもしれないわね。
二人しか分からない気苦労があるだろうから、気兼ねなしに話せるかもよ。

意見を交換したり、お互いのダンスを見れば、なにか気づけて、突破口が開けるかもしれないし。

兄さんのスクールでずっと、しごかれているから、そう暇はないだろうけど、声をかけてみるわね」





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