いびつでたっとい家族

ルルオカ

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立川の酒と愚痴 上

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「かっくんが、ぐれた」

ビール缶をテーブルに叩きつけると「あ、やっぱり?」と向かいから返ってきた。すぐに顔をあげて「なにが、やっぱりだ!」と喚きたてるも、ビール缶を煽る香坂は迷惑そうな顔をするだけだ。

まあ、されるだけ、面倒くさく絡んでいる自覚はあったが、酔いにまかせて「あの、天使だった、かっくんが!」と嘆きつづける。

「刷りこみされたカモの雛みたいに、俺の後、ずってついてきて、俺のやること、なんでも真似して、俺の姿が見えないと、泣きながら探しまわって。

夜眠れなくて俺の寝床入ってきたり、母の日、まあ正直、なんで父の日ではないのかと思ったけど、幼稚園で作ったっていうカーネーションの造花くれたり、授業参加行ったときは、恥ずかしいからくんな、言いつつ、嬉しそうに友達に紹介してた、かっくんがだぞ!?なにかあるたび、ヨウ君、ヨウ君、雛が鳴くみたいに名前呼んでさあ!」

「今、立川って、苗字で呼び捨てされているじゃない」と冷ややかな一言に、「う」と呻いたなら、そのまま声を詰まらせて、ついにはうな垂れてしまった。返す言葉がなかったせいもあるが、まあ、そりゃあ、ぐれもするよなあと、思わずにはいられなかったからで。

この家は、二人の子供のうち、兄の「かっくん」こと海斗が、叔父のような立場の自分を、苗字で呼ぶという、ややこしい環境にある。自分の母と、義父が内縁関係となり、「立川」と極々平凡な苗字と「皇(すめらぎ)」と世にも珍しい由緒正しそうな苗字、その二つの表札が、一つ屋根の下に並ぶことになったのが、はじまりだ。

その後、家族が増えることになった。といって、母と義父の間に子供ができたのではない。義父の連れ子、自分にとって義理の兄の光洋(こうよう)が、十九歳のときに赤ん坊の海斗を抱いて家に連れてきたのだ。

そのとき、自分は十一歳。それから、弟というには年が離れて、甥っ子にしては近いような、複雑な間柄の相手を、世界をとびまわっている両親と、戦場カメラマンの光洋はあてにならなかったので、できるだけ一人で面倒を見てきた。そのうち、ふらっと帰ってきた光洋がその胸に抱いていた恭二郎も加わり、二十代前半にして、未婚ながら、立派な二人の子持ちのようになってしまった。

年不相応にすっかり所帯じみた、若き息子の将来を、さすがに案じてか、いい加減、家に落ちつき、孫の面倒を見ながら、のんびりと暮らしたいと言いだした矢先に、両親は事故で他界。これを機に、光洋の紹介で、放送作家を務めていた自分は、在宅で仕事をすることに決めた。どうしても必要があってテレビ局に赴く以外は、思春期真っ盛りのと生意気な海斗と、まだまだ手のかかる甘えっこの恭二郎の世話を焼いている次第だ。

恭二郎は母親に似たのか、しっかりもので助かっているが、光洋と顔が瓜二つの海斗のほうは、難しい年頃とあって、まあ、自分のことを苗字で呼び捨てにするのなら、まだしも、父親を「あいつ」呼ばわりをするのを、耳に痛く思っている。たしかに、母親不在の家庭にあって、子供を放って、戦場まっすぐらな光洋は、けしからん父親とはいえ、海斗と恭二郎に無関心というわけでもない。

帰ってきたら、大量の土産ごと二人に抱きついて、惜しみなく毛むくじゃらの髭で頬づりをし、次の仕事までは、ずっと家にいて、始終話しかけ遊びに誘い一緒に風呂に入って寝ようとして、二人から鬱陶しがられるほどに、二十四時間べったりになる。といっても、一年通して、家にいる日数は三分の一にも満たないし、どれだけ愛情をそそがれても、次の日には紛争地帯にまっしぐら、そこで死なれるかもしれないと思えば、子供としては安心することができないだろう。

ただ、その割には二人とも、別れ際になって、泣き喚き駄々をこねるようなことはせず、ふだんからも、さほど不安定なところは見られなかった。不憫な境遇ながら、二人は他の子供と変わらず、いや、他の子供より自制心が強いようで、周りが思うほど、自分は困ったり苦労させられてはいない。

反抗期ど真ん中の海斗だって、光洋が帰ってくると、ふてくされた態度をとりつつ、赤くなる耳を、隠せていないあたり、まだまだ可愛いものだ。「親父、またどっかで死にかけてるの」「なに、親父のやつ、テレビで見るとホームレスみたいだな」と憎まれ口を叩くのも、微笑ましく思っていたのだが、このごろは、そうやって照れ隠しに強がるさまも、すっかり見せなくなった。

急に「あいつ」呼ばわりをしだしたなら、そもそも滅多に口にすることもなくなり、出演しているテレビ番組にも見向きもしなくなって、自分と恭二郎が見ていれば、リモコンで消されて、無言で二階の自室に篭られる始末だ。なにより、困ったのは、食事をとらなくなったことだった。

料理好きな光洋は、いつも家をあける間の分くらいの料理をこしらえて、業務用の冷凍庫に入れておいてくれた。おかげで、食事の用意はご飯を炊いたり、生野菜をちぎるくらいで、済ませられていたのだが、ある日、これたま急に海斗が、その料理を口にしなくなった。自分が用意したご飯と、サラダは食べるものの、当然、それだけでは育ち盛りの腹も栄養も満たせない。一度きりならまだしも、三日もつづけられては、そりゃあ心配になって、理由を聞いたところで、だんまりを決めこまれる。

あまり問いつめると、食事の席につくのも避けそうだったから、なんとか自分で料理をこしらえたものを、よほどセンスがないのか、レシピどおり作るのに、悲惨な結果になる。それでも、父親の作ったものでなければいいらしい海斗は、食べてくれるとはいえ、なるべく顔を歪めないようにして咀嚼している、その表情を見ていたら、先行きが不安になったものだった。

いや、今までどれだけ、聞き分けの言い二人に助けられていたか、痛感したというか。まあ、この問題については、運がよかったこともあって、早々に解決ができ、ほっとしたつかの間に、またもや一大事。未婚で、腹を痛めた覚えもないものの、子供を抱え、いつまでも帰らない夫を待つしかない母親の思いが、痛いほど分かるというもので。

「で、ぐれたって、具体的にはなに?飲酒?喫煙?万引き?傷害事件?」

まったく、香坂の目には、あの可愛い可愛い海斗がどう写っているのやら。まあ、香坂と引き合わせたときは、もう、かなり、やさぐれていたし、なにせ、初対面でメンチもきられたくらいだから、そういう発想をするのも無理はないとは思う。

「かっくんはそんな、悪い子じゃありません!」と訴えたところで、親馬鹿だと、それこそ馬鹿にされるのが落ちなので、反論を諦めて「金髪」とぼそりと応じた。「キンパツ?」とすぐに飲みこめなかったのか、そんなこと?と呆れたのか、どうも上ずった声の響きは後者のようで「そう、金髪!今日、朝、いきなり金髪になってた!」と声を張りあげた。

一呼吸ほど間を置いて、ぶっ、と噴だされた。缶につけた口の端から、ビールが滴るのにかまわず「いよいよ、かっくん、ナニジンなのか分からんくなってきたね」と香坂はく、く、く、と肩を震わせるのをやめない。

「失礼な」と抗議したいところ、睨みつけることしかできずに、かるく唇を噛む。自分も、朝、金髪になった海斗を見て、驚くより怒るよりなにより「どこの国の人?」と聞きたくなってしまったからだ。

光洋の胸に抱かれて、家にやってきた赤ん坊の海斗は、日本人離れした、焼けた肌と濃い顔つきをしていた。「母親はどこの人?タイ?それともインド?」と両親が無邪気に聞いたのに、光洋は苦笑して肩をすくめただけで、いまだに母親の正体、恭二郎のも明かしてくれいていない。

平均的な日本人らしい顔つきをしている恭二郎は問題ないとして、成長するごとに、ますます東南アジア系に寄っていっている海斗は、周りの子供にからかわれ、笑いものにされることが絶えなかった。残念ながら海斗は、そのことを逆手にとって人気者になるような性分でなく、気難しい性格をしていたこともあって、指をさす連中を片っ端から張り倒していった。

母親がいれば、また人種が分かっていれば、言葉で反論できたと思う。暴力は、まともに言い返せない状況を作った、いい加減な父親への怒りによるものでもあって、金髪にしたのも、同じような思いからだろうと、自分などは同情的に見ている。

だから、金髪にしたこと自体に怒っていないし、嘆いてもいない。学校に呼びだされはしたものを、こういうときのために、在宅で仕事しているのだから、別にかまやしない。ただ、父親との溝が深まっていることを、こういう形で思い知らされるのが辛い。

などと、つらつら考えていたら、頭が痛くなってきて、両手で眼鏡ごと顔を覆い、ため息をついた。息を吐ききらないうちに「ふはは」と笑うのが向かいから聞こえて、この酔っ払いめと、舌打ちしそうになったところで「ていうか、立川さんとかっくんが、ますます家族に見えないのが面白いよね」とさらなる、無神経発言。

皮肉や嫌味でなく、言葉通り愉快がっているようで、それはそれで失礼だったが、なんだか毒気を抜かれてしまう。「そりゃそうだろ。血がつながってないんだから」と両手で顔を覆ったまま応じれば「いや、そうじゃなくて」と缶を置く音がして、その声がやや低くなった。

「立川さんも、やけに色白でナニジンか分からんようなところがあって、かっくんは、対照的に色黒でしょ?血どころか、人種も違うみたいなのに、そこらの家族より家族らしいから、変わっているいうか、家族のテーギってなんだろうって、考えさせられるというか」

笑ったのは、そういう意味でかと、思いつつ、指の隙間から覗くと、テーブルに置いた缶に指を添えたまま、寂しそうに笑っていた。家族については、何かと思うところがあるようで、それにしても「変わってる」なら、香坂自身もそうだし、突発的な遭遇から、子供が寝ついた時間帯にビールを酌み交わすような関係になった経緯にもいえることに思えた。


※  ※  ※


幼稚園に恭二郎を迎えにいった、その帰りだった。二人手をつないで、赤々と染まった住宅街の通りを歩いていたら、前方に電柱にしがみつき、中腰になっている男の背中が見えた。

一見、変質者のようだった。ただ、よく窺えば、人の姿がない一本道のほうを向いていたり、電柱に広い肩を隠しきれていなかったり、変質者にしろお粗末なものだったが、なにせ、こちらは幼い子供連れだ。

すこし迷った末、道をもどろうしたものを、電柱に隠しようがない広い肩を、縮められるだけ縮めて、チワワのように震えているさまが、目に入ってしまい。見たからには放っておけなくなり、目の届くところに恭二郎を置いて、「どうかしましたか。救急車呼びます?」と声をかけたところ、男は顔を上げないまま「お、女の人、道の先に、おお、女の人はいませんか」と消入りそうな声で応えた。

思いがけない返答に戸惑いつつも、今にも倒れそうな男に、じっくりと事情を聞けそうになかったので、夕日差す道に細めた目をやった。念入りに探ってから「いないですよ」と報告をすると、男はほっと息を吐いたようだったのに、「ううう」と呻いて、本格的にうずくまってしまった。

驚く間もなく「だいじょうぶ!?」と駆けてきた恭二郎がその腕に抱きつき、男が顔を上げたのに、さらに驚かされた。電柱にしがみつき、息を荒くしていた背中は、立派にストーカーのようだったが、だとしたら惜しすぎるほどの男前だったからで。

俳優か芸能人か?としげしげと、お顔を拝見したかったものを、目の前で崩れ落ちたとなれば、そんな暇はなく、スマホを取りだした。救急車を呼ぼうとして「大事にしたくない」と震える手でズボンを握ってきたのが、また切実そうだったし、弱っても男前は男前な顔で頼みこまれては、男の自分とて心が揺らいでしまい。

恭二郎が腕に抱きついて離れなかったのと、家が近かったこともあり、とりあえず、つれて帰ることにした。玄関のドアを開けたら、先に帰っていた海斗が、たまたま廊下にいたところに、でくわした。やばいと、口を開こうとしたものが間に合わず「なに、男連れこんでんだよ!」と第一声にして罵声を浴びせてきたものだ。

だけ、に留まらず「タテカワのインラン!」ととんでもない捨て台詞を叫びながら、二階に逃げられる始末。まあ、微妙なお年頃の、人見知りが発動したということにして、「どこでそんな言葉を覚えてきたの」と問いつかったなれど、人に肩を貸していては、聞き流すしかなかった。

ただ、客人に、しかも心身疲弊しきった相手に手荒い歓迎をしてしまったのは、申し訳なかったものの、それまで虫の息のようだった男は案外、顔色をよくして、不思議そうにこちらを見てきた。あの子供の父親にすれば、自分が若すぎること、父親でないとして、血筋と考えられる間柄にあり、苗字で呼ばれていることに、違和感を覚えたのだろう。

といって、目を丸くするばかりで、表情を歪ませることはなかったから、普通でなさそうな家族構成に偏見よりは、好奇心を抱いたようだった。おかげで、すこしは気が紛れたらしく、いや、それだけでなくて、家に女性の気配がないのを、海斗とのやりとりを聞いて察しがつき、肩の力を抜いたのかもしれない。

というのも、「香坂 博文(こうさか ひろふみ)」と名のった彼曰く「女性恐怖症」だったからだ。電柱にしがみついていたのも、そのせいで、ヒールの音を聞きつけたように思い、とたんにその場から動けなくなったという。そして、台所のテーブルに腰を落ち着け、コーヒーをすすってから、口を切ったことには、きっかけはストーカーだったと。

香坂は将来、料理店を持つことを夢見て、高校卒業してから、ある有名なレストランで修行をはじめた。そのレストランは他にも、修行しにくる若い人を受けいれていて、同じ年頃の連中が厨房はもちろん、ホールにも、わんさかいたそうだ。

その中に、一際目をひくウェイトレスがいた。ウェイトレスの中でも、群を抜いて見目がよく、また男好きする性格をして、上司、同僚、店の常連客の男性どもを、悉く骨抜きにしていたという。

ということは、同性には好かれないわけで、そりゃあレストランの女性従業員は、陰口悪口を叩きに叩いて、ついで鼻の下を伸ばしっぱなしの男連中も容赦なく、こきおろした。苦言されるだけ男連中も馬鹿なものだから、彼女を庇うようなことをして、女性陣のひんしゅくをさらに買い、その火の粉から彼女を守ろうとして男連中がまずます過保護になる、といったことを懲りずに繰りかえし、職場の対立関係はこんがらがる一方だったらしい。

若い従業員が性別で二分して対立を深めていた中、香坂といえば、どちら側につくことなく、関わらないようにもしていた。修行第一にまい進をして、余所見をしたくなかったからだ。その姿勢にに揺らぎがなかったのと、運も味方して、どっちつかずでも許されるポジションを確立できていたという。

重要なのは、女性陣の反感を買わないことだった。そのことを重々承知していた香坂は、普段から彼女らへの対応を慎重にしていたし、図らずではあるものの、「この男は他の馬鹿と違う」と女性陣に一目置かれるような、ふるまいをしてみせた。

新年会の席でのことだった。例の彼女にしなだられて、二次会に誘われたのを、衆人観衆にあって、にべもなく断ったのだ。香坂としては、早く帰って包丁の練習をしたかっただけなのだが、以来、悪魔の誘惑を退けた英雄のように、女性陣からもてはやされるようになった。

男連中にしろ、二人が肩を並べるとお似合いなだけに、香坂にその気がないと分かって、喝采をした。「イケメンのくせに、いい奴だな!」と前より、親しげに口を利き、馴れ馴れしくもなった。

と、そんなこんなで、不毛な人間関係のいざこざから、一抜けできたものを、悲しいかな、俳優と見まがうような男前が、いくら興味ありませんという顔をしても、周りが放っておくわけがなかった。

「お前なんだよ。興味のなさそうな顔をしておいて」と同僚に冗談まじりながら、強めに肩に拳を食らうようになってから、雲行きが怪しくなってきたという。はじめは、気にしなかったらしいが、そうやって幾度もかるい暴力を受けるうちに、無視することができなくなり、なんのことかと聞いてみたら「あんな可愛い子としれっと、つきあいやがって」と首を絞めつつ、こめかみを拳でぐりぐりとされた。

じゃれあいにしては、笑えないような手加減のなさに、涙目になった香坂は、さすがに察しがついて「冗談だろ」と愕然としたらしい。もちろん、なんの覚えもなかった。「いや、つきあっていなんかないよ。誰から聞いたのかは知らないけど」と真っ向から否定しても、首の締めつけは緩まらず、それどころか、さらに耳を疑うようなことを告げられた。

「またまた、しばらっくれようとして。お前は隠したいのかもしれないけど、彼女はそうじゃないみたいたぜ?皆にのろけ話しまくっている。スマホのお前の写真見せながらさ」

香坂が実態を把握したのを皮切りに、あっという間に、彼女との噂は広がった。誤解を解いて回るにも、とても追いつかずに、早速「裏切られた」とばかり女性陣から総スカンを食らった。男連中は仲間外れにしなかったとはいえ、「やっぱりイケメンは信用できない」と嫉妬とひがみを剥き出しにし、ボディタッチに見せかけて、つねったり、痛いところを突いたり、小賢しい打撃を加えてくる始末。

いくら彼らに真実を訴えても、埒がなさそうだったから、彼女に話をつけようとするも、中々二人きりになれなかった。たいてい、傍に二三人の男連中がいたせいもあるが、二人きりならないよう、彼女が避けていたのだろう。そうして、逃げまわられているうちにも、その口からデマが流され、写真がひけらかされつづけていった。

職場で居たたまれなくなったのは、もちろん辛かったが、彼女がスマホに保存している写真について考えると、発狂しそうだったという。噂では、コンビニで立ち読みしているとか、銭湯の帰りに歩いているとか、アパートのベランダで洗濯を干しているとか、プライベートですっかり油断している場面のものばかりだと。

部屋着姿で髪を濡らしたまま、夜道を歩いている写真を見せられたら、そりゃあ撮った相手を、写真の主の恋人と思うのも無理はない。だた、撮られた相手が、撮らせた覚えがあれば、だ。

そう、香坂には、彼女にスマホを向けられた記憶が一切なかった。職場以外で、彼女の姿を見かけたこともない。もとより、ろくに話したことさえない。連絡先を交換していなければ、自宅の場所を教えているわけがなく、にも関わらず、彼女は住所をはじめ、行動範囲や生活ぶりを把握して、スマホの写真を見せびらかすたびに、その内容を仔細に語っているとのことだった。

実際は、没交渉なのに、どうして、そう一端に恋人気どりをしているのか。香坂に交際している覚えがない限り、考えられる可能性はひとつしかなかった。

皆の前で誘いを断り、恥をかかせた腹いせなのか。女性陣の肩を持っているように見えて、気に食わなかったのか。他の男どものように、なびかなかったから、むきになったのか。何にしろ、新年会で何気なく誘いを断ったのが、原因と考えられたが、そうだとして、彼女は謝る機会さえ与えてくれなかった。

香坂が話をつけたくても、どこまでも逃げつづけ、一方で新たに写真を撮ってきては、デマの惚気を吹聴しつづけた。やまないストーカー行為に根をあげ、ついに香坂は家に帰らなくなった。

一度アパートにもどって、身の回りのものを持ちだしてからは、そのリュックを肩に提げ、カプセルホテルや漫画喫茶を点々としたそうだ。が、ただでさえ重労働で毎日、疲弊している上に、そんな不安定な生活をつづけられるわけがなく、すこしもしないうちに厨房でぶっ倒れてしまった。

病院のベッドで目覚めたとき、真っ先に辺りを見渡したほど、そのころには完全に女性恐怖症に陥っていた。「このままでは死んでしまう」とまで思いつめて、すぐに病院を跳びだした香坂は、すぐさま引越しできる手はずを整え、アパートからも逃げるように跳びだした。そして、二度とレストランに足を向けることはなかった。




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