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ハイヒールで俺は紳士たちを見下ろす③
しおりを挟む「あなた、お供もつれず、領地の森番と二人きりで、土地を巡っているのですってね!
それだけでも世間体がよくないものですけど、なんと、森の奥で、その男に肌を見せたというじゃありませんか!」
まわりの淑女が「まあ!」「なんてこと!」とざわめき、扇から覗かせた目で蔑んでくる。
が、コルセットの拷問でそれどころでない俺は「はあ、まあ」と投げやりに返事。
頬を引きつらせたのもつかの間、扇で口元をおおい鼻で笑う皇女。
「地方の領地にいて、世事には疎いのかしら?
本当はなにがあったにしろ、世間では、あなたは結婚前に処女を失った、無価値な女、はしたない女と見なされるのよ。
きっと、これから、どれだけ縁談を求めても、断られるでしょうね。
あなたに思い寄せる殿方も、興ざめして、ことごとく去っていくことでしょうよ!」
酸欠のせいか、頭痛もするところに「ざまあ」とばかり皇女の高笑いがきんきん響いて。
たまらず舌打ちし、元柔道部キャプテンの凄みを滲ませてしまい、まわりが息を飲んだよう。
「いかんいかん、男たるもの、むやみやたらに女性を怯えさせるな」と一呼吸し、でも、やっぱりムシャクシャして「むしろ、望むところですよ」とつい本音をぽろり。
「まあ、彼が俺に愛想をつかしたからって、あなたをスキになるとは限りませんけど」
名を伏せたとはいえ、噂ズキな淑女たちには丸分かりだろう。
皇女がぶざまにも固まったのに、何人か、扇でふさぎつつ、笑いを漏らしたもので。
それが耳についてか、肩を跳ね、とたんに顔を真っ赤にし、眉を逆立てた彼女が、扇を放って怒鳴りつけようとしたとき。
「なにやつだ!」「捕まえろ!」と外から騒ぎが。
馬が走るのを、甲冑をまとった兵士がどだまた追いかけ、喚きたてているような。
「なにかしら?」「アブナイんじゃないの?」とまわりは肩をすくめて、ひそひそ。
肩透かしを食らった皇女は、窓のほうを見て、ぼんやり。
俺は相かわらず、コルセットの拷問に喘いでいたものを「お嬢さま!お嬢さま、どこにいらっしゃいますか!」と聞いて、目を見開いた。
子犬がきゃんきゃんと鳴くようなベンの声にちがいなかったから。
つい「ベン・・・」とつぶやいたのを、さすがは悪役令嬢ポジションの皇女は聞きのがさず。
「みなさま、覗きにいってみましょう」とふんぞりかえって先導し、テラスへと。
予想したとおり、馬を疾走させ警備を振りきり、ここまで強行突破してきただろう侵入者はベン。
テラスにでてきた俺らに気づき「お嬢さま!」と馬をとどめたところで、兵士たちが跳びつこうとしたのを「おやめなさい!」と皇女が一喝。
「ちょうど、おまえの話をしていたところよ。
だから、どうせなら、森の奥で、領地の娘となにをしていたのか、是非、当事者の口から聞いてみたいものだわ。
なにかあれば呼ぶから、すぐに駆けつけられる距離で控えていなさい」
従って兵士が引っこむと、ベンは馬から下り、でも、膝を屈することなく。
立ったまま、皇女に挨拶もしないで、なんなら喧嘩腰に「領地にスパイがいたのです!」と叫んだ。
「最近、村にきた者で、だれかのツテできたらしいものを、だれも覚えがない。
はじめから、アヤシかったのを、事情があるのだろうと村の人たちは、ヤサシク受けいれたというのに・・・。
ある夜、だれかと密会しているのを、村人が目撃しました。
盗み聞きしたところ、お嬢さまの近況を伝えていたのです。
村人でそいつを捕まえて、聞きだせば、俺との醜聞も外に漏らしたと・・・。
なので、誤解をされないよう、説明をしにきました」
皇女に視線をロックオンして、ぶれないに、おそらくスパイを送りこんだのは彼女だろう。
ばれているのを察しつつ「誤解されないよう?」とテラスから顎をしゃくって余裕綽々に見下ろす。
「あなた、使用人だから、分からないでしょうけど、社交界では噂が立つだけで、その真偽がどうだろうと、当人の評判は下がるものよ。
故に、わたしたちは、、うかつに噂になるような軽率なことはしまいと、日ごろから、細心の注意を払っているの。
彼女の場合、自ら種をまいたようなもの。
結婚相手以外の男に、ドレスを脱いで肌を見せた以前に、人目をはばからず、使用人と二人きりで行動をしていたのだから。
だいたい、どれだけ、あなたの言い分に説得力があったとして、一使用人なんかの言葉に、だれが耳をかたむけるというの!」
隣にいた淑女から渡された扇をばさばさして高笑い。
ベンに助け舟をだすか、彼がお咎めを受けないよう皇女を宥めたかったが、コルセットに肺を圧迫され、咳きこんでしまい。
息を整えるのを待ってくれず「そんなこと分かっています!ですが!」と吠えたてるベンが、主張したことには。
「俺に皇帝の血が流れていたらどうでしょう!
それでも、聞く耳を持ってもらえないでしょうか!」
はったりを噛ますにも「我は皇帝の隠し子なり!」と名乗るとは、ぶっ飛びすぎ。
笑いとばすこともできずに皇女も俺も淑女たちもぽかーん。
どう反応していいやらと、途方に暮れているうちに、肩かけ鞄から取りだした巻物を広げてみせ「これが父の肖像画です!」と。
皇女がかすかに痙攣したのに、顔を見やれば、頬を引きつらせ青ざめて。
まさかの急展開すぎて、頭を混乱させながらも「ああ、そうか」と思う。
皇帝の顔を見知った者は、ごく一部しかいない。
乙女ゲームでもシルエットだけで登場し、謎のベールに包まれていた。
もちろん、転生してからも俺は会ったことがないし、親や親戚も謁見したことなし。
ましやては、ベンのような庶民がお目にかかるキカイは、ほとんど死ぬまでなし。
そんな状況で、肖像画を持っていること自体、皇帝の身内や親せき以外、ありえないこと。
万が一、肖像画が市中に出回り、たまたま手にいれたとして、真偽の判断のつけようがない。
すくなくとも、皇帝の娘をまえにして堂堂とお披露目できないだろうし、皇女を顔面蒼白にさせることはできないはず。
しかも肖像画は、皇帝のお抱えの一人の画家にしか、描かせないというから。
その画家の絵柄を知る皇女が顔色を変え、だんまりということは・・・。
黄門さまが印籠をかざすように、皇帝の肖像画を見せつけるベンと、サプライズすぎる父の隠し子の出現にショックを受けつつ、どうにか威勢をはりつづける皇女。
二人が睨みあったまま、事態が膠着するなかでも、コルセットの責苦にあいつづけていた俺は、とうとう耐えられずに意識を手放した。
皇帝が異国の血の混じった使用人と禁断すぎる交わりをし、男児ももうけたという大大大スキャンダルは伏せられた。
べンが云うには、あのあと皇帝と会ったらしく、自分の望みを伝えたと。
「俺は森番として、領主さまに恩返しのためにも一生、仕えるつもりです。
ですので、自分のためにも、母とあなたの秘密を世間に知られたくないし、できるだけ、知らせたくもない。
ただ、お嬢さまの醜聞が広まるようなことがあれば、自分の身がどうなろうと、国の平穏が脅かされようと、その名誉をお守りしたいとも思います」
皇帝にひれ伏して請う、というよりは「アメリ皇女の口をチャックさせないと、分かってんな?」との脅しだ。
「おまえを息子など認めん!」と即打ち首にされるような大胆不敵な交渉をしたものだが、皇帝は多くを語らず、すんなり、うなずいたとのこと。
まあ、そりゃあ、そうだろう。
なにせ、公式な皇帝の子供は、皇女しかいないから。
ほかに隠し子がいないのなら、ベンが唯一の直系の皇子。
といって、ベンの存在を明かせば、異国の血が混じっているなら尚のこと、国の争いの火種となる。
本人も名乗りでるのを望まず、後継者にするのは現実的にムリだろうが、跡継ぎ問題が起こったとき「万が一のときは」と考えたのかもしれない。
皇帝としては、その存在を闇に葬り去るのが正解でも、親心を捨てられなかったのか・・・。
ともあれ、ベンは無傷で領地に帰ってきて、なにごともなかったように森番の仕事に精をだし、まわりは皇帝の子とはつゆ知らず、気安く接している。
スパイとして捕まった男は村から追いだされ、その事情を知る村人には「お嬢さま、皇女にイジメられなかったか?」と心配されたが、お茶会以降、俺の醜聞はまったく耳に入らず。
「めでたし、めでたし」で済ませたいものを、俺の心境は複雑。
醜聞が広がったら、エルビーもウェルズさまも、ほかのヤツらからも求愛されず、結婚しないでいい口実ができたのかもしれないのに・・・。
その場合、俺がよくても、両親や屋敷、領地の人を悲しませ、なによりベンに迷惑をかけるし。
墓場まで持っていくつもりだったろう秘密を暴露し、命がけで皇女と対峙してくれたのを、ありがたがるべきだろう。
とはいえ、だ。
自意識過剰な勘ちがいならいいが、おそらくベンは俺に好意を持っている。
今回の無謀な御殿の討ち入りからして、忠誠心によって、だけとは思えないような。
大体、ゴリラ(俺)のドレスを脱がすとき、やたら恥ずかしがっていたのが、どうも引っかかるところで。
たぶん、森番として弁え、思いを伝えはしないだろうものを、今回のように俺が危機に陥ったら分かりはしない。
皇帝の唯一の皇子に好かれる荷の重さにして、とんだ爆弾を抱えたものよ。
メイドをつれて、開けた草地を歩き、ため息を吐くと「お嬢さま!コスモスが一面に咲いてますよ!」と先導するベンが跳びはねて笑って。
興奮した犬のような、はしゃぎっぷりを目にして、あれこれ考えるのがバカらしくなり「ま、いっか」と指さすほうを見やって、足を向けたのだった。
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