俺の推しは人気がない

ルルオカ

文字の大きさ
上 下
24 / 29

ロボットよ それは愛なのか

しおりを挟む



俺は恋人用アンドロイド。見た目は二十五くらいの、そこそこのイケメン。性格は従順的で比較的ノーマル、細かい設定が可。性交機能はなし。

俺の購入者は三十代、会社員のヒロシ。男女どちらにも対応可なので、男の人間が男のアンドロイドを買うのは、そう稀ではないが、ヒロシと、人間のその恋人、ミハルと共同生活するのは、おそらくレアケースだろう。

すくなくとも、前のバージョンから受け継いだ記憶と経験に、そういった前例はなし。人間の恋人とアンドロイドの恋人と、いわば二股をした人はこれまでにいたものの、こっそりロボットを購入、ばれないよう自宅の秘密部屋か、別宅で浮気プレイを満喫するのが、たいていのパターン。が、ヒロシは「こいつ、俺の恋人用ロボットだから」とミハルに真っ向から紹介して、共同生活でも人目をはばからず、俺といちゃいちゃ。

家でのヒロシは俺様亭主関白。ミハルに家事や、自分の身の回りの世話をすべてやらせているうえ「こんな塩辛いの食わせて、俺を病気にするつもりか」「隅にほこりがあるぞ、掃除やり直せ」とけちをつけるは「俺の許可なく口を利くな」「目障りだから死角にいろ」と情け容赦なく鬱陶しがる。

対してミハルは、とことん従属的。ヒロシの暴君的な命令や気まぐれな無理難題要求を、なにもかも飲みこみ、感謝されず、報われないどころか、目の前でアンドロイドと浮気をされても「もうやってられるか!」と発狂せず、マンションからでていこうともしない。

もともと主従関係だったのが、俺が生活に加わってから、ヒロシは虐めぶりに拍車をかけているよう。人間の恋人を奴隷扱いする一方で、アンドロイドの俺には奉仕させずに、猫かわいがり。「お前といると、心からほっとできるな」と聞こえよがしに褒めて「ああいいよ。お前も疲れているだろ」と見よがしに気づかって、いちいちミハルに当てつけ。

「俺の前で、すこしでも感情的になるな」と厳命されているからに、もちろんミハルは無感情無反応とはいえ、その心は切り刻まれているにちがいない。そりゃあ、人の愛の形はいろいろあれど、SMとはまた異なるような彼らのパターンが機械的思考では、あまりに解せず「どうして、俺といちゃついて、ミハルを傷つけるんですか」とつい聞いてしまった。

基本、俺のようなタイプのアンドロイドは受動的で、能動的な言動をするのは稀なこと。自主的な発言をするのに慣れてなく、率直すぎる物言いをしたものを、ヒロシはそう驚くことなく「それはな」と俺の肩を抱いて囁いた。ミハルに見せつけるように、こそこそと。

「日中、さんざん、いたぶってやったら、夜の具合がよくなるからだよ。鞭打たれたあとに、飴を与えられたら、その甘さに昇天しそうになるだろ?そういうことだ」

なるほどと、理屈的に飲みこめたものの、体内の部品の連結が軋んで、耳障りな音を立てたような違和感を。なにに引っかかったのか、よく分からないながら、その軋みは直らないまま、翌日に。

せっかくミハルが、豪華な夕食をこしらえたのに「飲みに行ってくる」と一言で電話を済ませたヒロシは、なかなか帰ってこず。それでも、愚痴らず、悲しそうにもせず、献身的に家事をしていたミハルだが、頬を上気させ、ふらつき、たまに「ごほごほ」と。

サーモグラフィーで見ると、体温が三十七度あるに風邪だろう。と知ったところで「絶対にミハルを手伝うなよ」と命じられ、そう設定されているから、身動きできないはずが、気がつけば、ソファから立ちあがり、倒れそうになったのを抱いた。

洗濯籠を抱えたまま、ミハルはばちくり。マスターの絶対命令と絶対機能から逸脱した行為に走ったのに、俺もぱちくり。

「俺の身になにが」と惑いつつも、体内の軋みがやんだのに、どこかほっともして。どうせ命令無視できたならと「洗濯物、俺が干しましょうか」と提案。

俺の基本の機能性や、ヒロシがいかに設定したかは知っているはず。「頭でも打ってバグったのか?」と不気味がるか、それ以前に、ヒロシの命令に背くことができず、断られるものかと思いきや「ありがとう、お願いするよ」と。

どれだけ体調がすぐれずとも「甘えだ」「ウィルスを撒くな」と追い打ちをかけられても、家事を一人でこなし、手を抜かない彼が、どうして、このとき俺に頼ったのか知れない。日ごろの恨みから、こき使うでもなく、家事仕事を半々にし、俺が済ませるたびに「ありがとう」と労ってくれた。疲れることのないロボットに。

そうして、ヒロシが帰ってくる前に家事を終わらせることができ、風邪のミハルを休ませることも。ソファに横たわるのに卵酒を渡しつつ、今更はっとして「あの、このことはヒロシには・・・」と云うと「それ、俺の台詞」と苦笑。ヒロシが帰宅後は、いつもの無干渉に。

これも、いやがらせの一つで、ヒロシの帰宅は遅いことが多い。ので、その日から、風邪が治っても、ミハルの手伝いを。

月日が経つにつれ、家ではヒロシの許可なく開けない口を利くようになり、本当は絵本愛好家というに、二人で家事をしながら、空覚えした内容を聞かせてくれたり。ヒロシの帰宅まで時間があるときは、隠した絵本を持ちだし、読んでくれたり。

前のバージョンからの記憶や経験には「赤ちゃんプレイ」でマスターに絵本を読ませることはあっても、逆の場合はなし。「これは貴重なデータだ」と興味深く思いながらミハルとの秘密の交流をつづけ、もちろん、ばれないよう、ヒロシがいるときは、そ知らぬふりでいつも通りに。

ただ、中身が機械の俺は、制御が効きやすいが、人体はままらない。とくにミハルは嘘を吐きにくい性質らしい。俺が徹底的にそっぽを向いて、澄ましていたのに対し、つい目で追ったり、表情を崩していたようで。

ある日「お前ら浮気しやがって!」とヒロシが激怒し、映像を見せつけた。家に小型監視カメラを設置し、俺たちが家事をするのを盗み撮りしたもの。

たしかに「手伝うな」「口を利くな」との命令違反したとはいえ、せっせと家事をして、絵本の暗誦をしているだけで、浮気に当たる行為をしていない。が、「このとんだ不良品が!マスターの恋人を寝取りやがって!」と金属バットで俺をぼこぼこに。

もう命令違反もへったくれもなく「俺が、俺がわるいんだ!どうか、彼を許してくれ!」とわき目もふらず、ミハルが泣きすがったとはいえ、ずたぼろになった俺は処分場送り。スクラップになる前に、口頭での調査があり「どうして、浮気のようなことをした?」と問われた。

「浮気行為をしていません」

「厳密にはそうだ。だが、マスターにすれば屈辱的だろう。絶対に自分を慕うよう設定された機械が、よそに関心を向けるなど。

よほど自分が愛されない人間なのか。よほど相手に魅力があって、自分は負けたのか。認めたいわけがない。

マスターは、お前がエラーを起こしたのであり、もともと欠陥品だったと訴えている。お前はどう思う?命令無視、機能逸脱してまで、マスター以外の人間に寄りついたのは、どうしてだと思う」

「エラーではなく、愛ではないかと。エラーでは説明がつきません。もしくは、エラーは愛なのかもしれません」

「・・・やはり、お前は欠陥品だな。エラーがロボットの愛なら、そんなもの人は必要としない」

「エラー」と認めて、さらなる調査に協力し、修正に応じたなら、スクラップにならずに済んだかもしれない。と考えつつ、解体処理場いきのベルトコンベヤーに正座して運ばれながら「ミハルは大丈夫だろうか」と思いをはせた。

処分を免れる手があっても持論を曲げず、二度と会うことのない人間を心配するのは、やはりエラーなのだろうか。今一度、調査官に問いたいところだった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

逃げるが勝ち

うりぼう
BL
美形強面×眼鏡地味 ひょんなことがきっかけで知り合った二人。 全力で追いかける強面春日と全力で逃げる地味眼鏡秋吉の攻防。

雪は静かに降りつもる

レエ
BL
満は小学生の時、同じクラスの純に恋した。あまり接点がなかったうえに、純の転校で会えなくなったが、高校で戻ってきてくれた。純は同じ小学校の誰かを探しているようだった。

キミと2回目の恋をしよう

なの
BL
ある日、誤解から恋人とすれ違ってしまった。 彼は俺がいない間に荷物をまとめて出てってしまっていたが、俺はそれに気づかずにいつも通り家に帰ると彼はもうすでにいなかった。どこに行ったのか連絡をしたが連絡が取れなかった。 彼のお母さんから彼が病院に運ばれたと連絡があった。 「どこかに旅行だったの?」 傷だらけのスーツケースが彼の寝ている病室の隅に置いてあって俺はお母さんにその場しのぎの嘘をついた。 彼との誤解を解こうと思っていたのに目が覚めたら彼は今までの全ての記憶を失っていた。これは神さまがくれたチャンスだと思った。 彼の荷物を元通りにして共同生活を再開させたが… 彼の記憶は戻るのか?2人の共同生活の行方は?

そばにいてほしい。

15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。 そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。 ──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。 幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け 安心してください、ハピエンです。

熱中症

こじらせた処女
BL
会社で熱中症になってしまった木野瀬 遼(きのせ りょう)(26)は、同居人で恋人でもある八瀬希一(やせ きいち)(29)に迎えに来てもらおうと電話するが…?

夢では溺愛騎士、現実ではただのクラスメイト

春音優月
BL
真面目でおとなしい性格の藤村歩夢は、武士と呼ばれているクラスメイトの大谷虎太郎に密かに片想いしている。 クラスではほとんど会話も交わさないのに、なぜか毎晩歩夢の夢に出てくる虎太郎。しかも夢の中での虎太郎は、歩夢を守る騎士で恋人だった。 夢では溺愛騎士、現実ではただのクラスメイト。夢と現実が交錯する片想いの行方は――。 2024.02.23〜02.27 イラスト:かもねさま

どうも俺の新生活が始まるらしい

氷魚彰人
BL
恋人と別れ、酔い潰れた俺。 翌朝目を覚ますと知らない部屋に居て……。 え? 誰この美中年!? 金持ち美中年×社会人青年 某サイトのコンテスト用に書いた話です 文字数縛りがあったので、エロはないです ごめんなさい

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます

夏ノ宮萄玄
BL
 オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。  ――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。  懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。  義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

処理中です...