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ロボットよ それは愛なのか
しおりを挟む俺は恋人用アンドロイド。見た目は二十五くらいの、そこそこのイケメン。性格は従順的で比較的ノーマル、細かい設定が可。性交機能はなし。
俺の購入者は三十代、会社員のヒロシ。男女どちらにも対応可なので、男の人間が男のアンドロイドを買うのは、そう稀ではないが、ヒロシと、人間のその恋人、ミハルと共同生活するのは、おそらくレアケースだろう。
すくなくとも、前のバージョンから受け継いだ記憶と経験に、そういった前例はなし。人間の恋人とアンドロイドの恋人と、いわば二股をした人はこれまでにいたものの、こっそりロボットを購入、ばれないよう自宅の秘密部屋か、別宅で浮気プレイを満喫するのが、たいていのパターン。が、ヒロシは「こいつ、俺の恋人用ロボットだから」とミハルに真っ向から紹介して、共同生活でも人目をはばからず、俺といちゃいちゃ。
家でのヒロシは俺様亭主関白。ミハルに家事や、自分の身の回りの世話をすべてやらせているうえ「こんな塩辛いの食わせて、俺を病気にするつもりか」「隅にほこりがあるぞ、掃除やり直せ」とけちをつけるは「俺の許可なく口を利くな」「目障りだから死角にいろ」と情け容赦なく鬱陶しがる。
対してミハルは、とことん従属的。ヒロシの暴君的な命令や気まぐれな無理難題要求を、なにもかも飲みこみ、感謝されず、報われないどころか、目の前でアンドロイドと浮気をされても「もうやってられるか!」と発狂せず、マンションからでていこうともしない。
もともと主従関係だったのが、俺が生活に加わってから、ヒロシは虐めぶりに拍車をかけているよう。人間の恋人を奴隷扱いする一方で、アンドロイドの俺には奉仕させずに、猫かわいがり。「お前といると、心からほっとできるな」と聞こえよがしに褒めて「ああいいよ。お前も疲れているだろ」と見よがしに気づかって、いちいちミハルに当てつけ。
「俺の前で、すこしでも感情的になるな」と厳命されているからに、もちろんミハルは無感情無反応とはいえ、その心は切り刻まれているにちがいない。そりゃあ、人の愛の形はいろいろあれど、SMとはまた異なるような彼らのパターンが機械的思考では、あまりに解せず「どうして、俺といちゃついて、ミハルを傷つけるんですか」とつい聞いてしまった。
基本、俺のようなタイプのアンドロイドは受動的で、能動的な言動をするのは稀なこと。自主的な発言をするのに慣れてなく、率直すぎる物言いをしたものを、ヒロシはそう驚くことなく「それはな」と俺の肩を抱いて囁いた。ミハルに見せつけるように、こそこそと。
「日中、さんざん、いたぶってやったら、夜の具合がよくなるからだよ。鞭打たれたあとに、飴を与えられたら、その甘さに昇天しそうになるだろ?そういうことだ」
なるほどと、理屈的に飲みこめたものの、体内の部品の連結が軋んで、耳障りな音を立てたような違和感を。なにに引っかかったのか、よく分からないながら、その軋みは直らないまま、翌日に。
せっかくミハルが、豪華な夕食をこしらえたのに「飲みに行ってくる」と一言で電話を済ませたヒロシは、なかなか帰ってこず。それでも、愚痴らず、悲しそうにもせず、献身的に家事をしていたミハルだが、頬を上気させ、ふらつき、たまに「ごほごほ」と。
サーモグラフィーで見ると、体温が三十七度あるに風邪だろう。と知ったところで「絶対にミハルを手伝うなよ」と命じられ、そう設定されているから、身動きできないはずが、気がつけば、ソファから立ちあがり、倒れそうになったのを抱いた。
洗濯籠を抱えたまま、ミハルはばちくり。マスターの絶対命令と絶対機能から逸脱した行為に走ったのに、俺もぱちくり。
「俺の身になにが」と惑いつつも、体内の軋みがやんだのに、どこかほっともして。どうせ命令無視できたならと「洗濯物、俺が干しましょうか」と提案。
俺の基本の機能性や、ヒロシがいかに設定したかは知っているはず。「頭でも打ってバグったのか?」と不気味がるか、それ以前に、ヒロシの命令に背くことができず、断られるものかと思いきや「ありがとう、お願いするよ」と。
どれだけ体調がすぐれずとも「甘えだ」「ウィルスを撒くな」と追い打ちをかけられても、家事を一人でこなし、手を抜かない彼が、どうして、このとき俺に頼ったのか知れない。日ごろの恨みから、こき使うでもなく、家事仕事を半々にし、俺が済ませるたびに「ありがとう」と労ってくれた。疲れることのないロボットに。
そうして、ヒロシが帰ってくる前に家事を終わらせることができ、風邪のミハルを休ませることも。ソファに横たわるのに卵酒を渡しつつ、今更はっとして「あの、このことはヒロシには・・・」と云うと「それ、俺の台詞」と苦笑。ヒロシが帰宅後は、いつもの無干渉に。
これも、いやがらせの一つで、ヒロシの帰宅は遅いことが多い。ので、その日から、風邪が治っても、ミハルの手伝いを。
月日が経つにつれ、家ではヒロシの許可なく開けない口を利くようになり、本当は絵本愛好家というに、二人で家事をしながら、空覚えした内容を聞かせてくれたり。ヒロシの帰宅まで時間があるときは、隠した絵本を持ちだし、読んでくれたり。
前のバージョンからの記憶や経験には「赤ちゃんプレイ」でマスターに絵本を読ませることはあっても、逆の場合はなし。「これは貴重なデータだ」と興味深く思いながらミハルとの秘密の交流をつづけ、もちろん、ばれないよう、ヒロシがいるときは、そ知らぬふりでいつも通りに。
ただ、中身が機械の俺は、制御が効きやすいが、人体はままらない。とくにミハルは嘘を吐きにくい性質らしい。俺が徹底的にそっぽを向いて、澄ましていたのに対し、つい目で追ったり、表情を崩していたようで。
ある日「お前ら浮気しやがって!」とヒロシが激怒し、映像を見せつけた。家に小型監視カメラを設置し、俺たちが家事をするのを盗み撮りしたもの。
たしかに「手伝うな」「口を利くな」との命令違反したとはいえ、せっせと家事をして、絵本の暗誦をしているだけで、浮気に当たる行為をしていない。が、「このとんだ不良品が!マスターの恋人を寝取りやがって!」と金属バットで俺をぼこぼこに。
もう命令違反もへったくれもなく「俺が、俺がわるいんだ!どうか、彼を許してくれ!」とわき目もふらず、ミハルが泣きすがったとはいえ、ずたぼろになった俺は処分場送り。スクラップになる前に、口頭での調査があり「どうして、浮気のようなことをした?」と問われた。
「浮気行為をしていません」
「厳密にはそうだ。だが、マスターにすれば屈辱的だろう。絶対に自分を慕うよう設定された機械が、よそに関心を向けるなど。
よほど自分が愛されない人間なのか。よほど相手に魅力があって、自分は負けたのか。認めたいわけがない。
マスターは、お前がエラーを起こしたのであり、もともと欠陥品だったと訴えている。お前はどう思う?命令無視、機能逸脱してまで、マスター以外の人間に寄りついたのは、どうしてだと思う」
「エラーではなく、愛ではないかと。エラーでは説明がつきません。もしくは、エラーは愛なのかもしれません」
「・・・やはり、お前は欠陥品だな。エラーがロボットの愛なら、そんなもの人は必要としない」
「エラー」と認めて、さらなる調査に協力し、修正に応じたなら、スクラップにならずに済んだかもしれない。と考えつつ、解体処理場いきのベルトコンベヤーに正座して運ばれながら「ミハルは大丈夫だろうか」と思いをはせた。
処分を免れる手があっても持論を曲げず、二度と会うことのない人間を心配するのは、やはりエラーなのだろうか。今一度、調査官に問いたいところだった。
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