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尻尾ゆらゆら恋模様
しおりを挟むある日、友人に尻尾が生えた。明るい茶色のふさふさ、くるりとした柴犬のようなの。
その尻尾はたいてい、小気味よく振られている。まあ、そう不思議なことではない。聞こえは良くないが、もともと友人は、誰にでも尻尾を振るようなヤツだから。
底なしに人懐こく、どこまでも態度は友好的で、いつでも朗らかに笑っている。人を選ばないし、態度を変えたりもしない。リズミカルに尻尾を振るのと、にこやかに親しげなのと、差異もない。そう、俺以外には。
愛想よく接しながらも、尻尾を盛んに振らないで、先っぽをが下げてゆーらゆらと。徹底して平等に人に対応する友人が、俺にだけ、曰くありげな尻尾の振り方をするのだ。
にこにこしつつ、尻尾を不穏にゆーらゆら。「その心は」と皆、気になりつつ、はっきりさせては仏のような偶像が壊れそうで、尻込みしてしまうのだろう。「お前だけ、尻尾、振られないでやんの!」と冷やかすことも「どうして、こいつだけ?」と率直に聞くこともできず、焦れながらも、なかなか、踏みこめないまま。
いや、俺だって腰が引けるが、当事者となれば、微笑みの尻尾ゆーらゆらを見せつけられつづけて、心臓が持たない。ので、友人宅の部屋で二人きりになったとき「縁が切れたとしても、致し方なし!」と腹をくくって「なあ、お前さあ」と切りだした。
「なんで、皆には、ご機嫌に尻尾振るのに、俺にだけ、振らないの?なんか気に障ることしたか?それで根に持っているとか?」
鼓動を乱し、冷や汗をかき、喉を干上がらせながらも、奥歯を噛みしめて待つことしばし、友人は目を丸くして一時停止したまま。想定していたパターンにない、友人の呆けぶりに、緊張と不安を一旦、忘れて「どうした?」と聞くと「ああ、いやあ」と苦笑。
「俺、お前にだけ、尻尾振ってなかったのか・・・まいったな
まさかの自覚がなかったパターン。とはいえ、無自覚に尻尾を揺らしていたなら、もっと訳ありのように思えるが、果たして、友人は意味深な発言を。
「犬が尻尾を振っているのは『うれしいから』って、誰が決めたんだろうな?でもって、それは本当なのかな?」
「え、まあ、それは・・・」
「なんでもかんでも、すぐに犬が尻尾を振るのを見て、人は『なんて、ちょろいんだろう』って思うだろうけど、もしかしたら『たかが尻尾を振るくらいで、自分が好かれているって思う人間はちょろいな』って犬はほくそ笑んでいるかもしれない」
なにを云わんとしているのか。理屈的には、すぐに飲みこめなかったものを、感覚的にぴんときて「じゃあ、お前も・・・」と愕然とする。
「そんな犬みたいに、笑って人を騙して、馬鹿にしているっていうのか?」
友人は応じずに、いつものように晴れやかな表情。ぞっとしつつ、相変わらずゆーらゆらの尻尾を見とめて「はて」と首をかしげた。
「・・・じゃあさ、結局、はじめの質問にもどるけど、どうして、俺だけには尻尾振らないんだ?」
尻尾がぴたり。微笑も固まらせて「さ、さあ・・・」とやおら顔をそらす友人。といっても心当たりは大ありのようで、頬から耳の淵までさあっと赤く染めていって。
誰にでもかまわず尻尾をふりながら「ちょろいヤツら」と人を弄び高笑いする、性格の悪さを諌めるべきか。俺に対してだけは、尻尾を振る「ふり」をせず、笑いかけてくれるのに「おおおおお!かわいーやつじゃないかああああ!」とまんまと絆されるべきか。大いに悩むところだ。
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