俺の推しは人気がない

ルルオカ

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へべれけラブストーリー

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不運か幸運か、どちらなのか判断しかねるが、そういうのは立てつづけに起こるものだ。バズーカ砲を撃たれそうになった翌日、自転車での通学最中、いつになく爪が光るのに、たびたび余所見をしていたら、どぶに突っ込んだ。

怪我は大したことなくとも、コンクリートに擦った掌の無数の細かい傷が、とても絆創膏では間に合わずに、しかたなく保健室に向かった。煙草を吸うのが絵になっていた、おそらく、ヘビースモーカーの反骨精神あふれる保険医と、なんとなく顔を合わせたくなく、足取りは重かったとはいえ、艶のある爪を見ては、気を紛らわした。

ノックをして、扉を開けたら、「なんだ、お前か」と呆れたような顔をされただけで、煙草をすぐに灰皿に捻じ込んだし、昨日ほど威圧的な態度を見せなかった。拍子抜けするやら、昨日のように、また引っかかりを覚えるやらしつつ、掌を見せれば、まず手を洗うように指示してから、消毒し、塗り薬をつけ、ガーゼを被せ、テープで貼って、ネットまでつけてくれるなど、適切で丁寧な処置をしてくれた。

まともな対応をしてくれたからこそ、「昨日は一体?」と疑問が膨らんでいく。といって、口を挟む暇なく「他に痛いところはないか」と保険医のほうから質問攻めをされ、掌をひっくり返された。

それまで間を置かずに、話しかけていたのが、手の甲を見たとたん、息を飲んで、掴む指に力を込めた。目を見開いたまま、固まっているのを、「どうした?」と顔を覗きこんで、はっとする。

「いや、これは!」と咄嗟に、指を曲げると、保険医のほうもはっとしたように「骨は折れていなさそうだな」と手を放し、「もう、戻っていいぞ」と立ち上がった。稀な男のマニキュアとあって、見て見ぬふりをしてくれたのか。

「気遣いだけではないような・・・」と違和感を覚えながらも、自分から蒸し返すのもいやだったので、「ありがとうございます」と立ち上がり、リュックを背負う。どうしてか、保険医は傍に立ったまま、こちらを注視していたので、「まだ何か?」と聞こうとしたら「理系の棟のほう、お前の鬼門かもしれないから、あんま近づくなよ」と腰を叩かれた。

そう、どぶに落ちたのは、大学の外回りとはいえ、塀を隔てて向こうには、理系の棟があった。治療中、経緯を伝えたから、昨日の騒動と結びつけて、忠告したのだろう。

と、理解したはずが、うんともすんともなく、俺は保健室をでていった。廊下をしばし歩いて、そのうち、「よく、あんな怖そうな人に喧嘩を売るような態度を示したな!」「保健室、出入り禁止になるんじゃないか?」と震えあがったものの、どうして、突っぱねたのか、自分でも分からず。

とにかく、自転車を片そうと、建物からでたなら、出入り口付近に置きっぱになっているのに寄り、鍵を取りだそうとして「あれ?」と。ポケットが空だった。ふと、先ほど保険医に腰を叩かれたのを思い起こしたものを、頭を振って、建物内へと引き返す。

足元を注意深く見ながら、歩いていったが、見当たらなく、とうとう保健室付近まできた。近づくにつれ、足の運びが鈍くなったのは、再会が気まずいから。だけではない。

静まり返った暗い廊下に、扉の隙間から、明かりと共に、ただならぬ息遣いをはじめ、ぎしぎし、ぴちゃぴちゃといった、否応にも想像を掻き立てられる、ひそやかな響きが漏れていたからだ。「輩っぽくても、イケメンでモテそうだしな!」とすぐに察しがついて、「にしたって、女子学生に手をだしているんじゃあ」と妬ましいやら、助平な好奇心が疼くやらで、そっと隙間から覗いてみると。

ベッドの脇に腰かける相手の足の間に、しゃがんだ保険医が体をいれて、顔を埋めている。白衣やカッターシャツ、肌着を脱いで、背中を剥きだしにし、その肩に両足を乗っからせていた。

保険医の頭が揺れるたびに、水音が立って、太ももが跳ね、「は、あ、ああ」と相手は背を丸めて、熱く吐息する。相手のほうは、Tシャツと肌着をめくらせながら、白衣を着て、ズボンを脱いで素足。保険医の足元にジーンズが、無造作に放ってある。

限界が近いのか「あ、や、ああ、ん、やあ、あ!」と高く鳴きっぱなしに、保険医の頭を太ももで絞めつけ、足の指先を引きつらせる。肩を掴む指にも、力を込めて、爪を立てた。

遠目にも、その爪の表面が滑らかで、反射しているのが見える。無色透明に塗装された俺の爪と、同じきらめき。

昨日、目にした、影がかった研究室の光景が思い浮かぶ。記憶を甦らせた間もなく、「は、ああ、あ、やああ!」と甲高く叫んで、背中に爪を立てたまま、保険医の頭に額をつけるように、屈みこんだ。

荒い息や、体の痙攣がやむのを待たずして、両手首を掴んで、立ち上がった保険医は、倒れそうな相手を引っ張りつつ、口づけを落とした。精液に濡れた唇は、触れただけで、ねちっこい水音が立つ。

嫌がってか、顔を逸らしたのに、無理強いはしないで、耳に口を寄せて告げた。

「俺のため以外に、マニキュアを塗るんじゃねえよ」

囁きにしては、潜ませるようではなく、しっかりと俺の耳にも届いた声量。窓側でなく、廊下側に横顔を向けたのは、わざとなのだろうか。

下ろした瞼が、開ききって、にわかに、こちらに焦点を合わせたようで。次の瞬間、廊下を走りだしたから、気づいて追っぱらおうとしたのか、はじめから見せつけて威嚇したのか、分からなかった。



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