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十六
しおりを挟む黄泉のうつろのまえで泣くだけ泣いたなら、涙が枯れきってしまい、口を開けたまま放心。
頭を空っぽに呆けているうちに「・・・もう、ここで俺ができることはない」と変に悟って、やおら立ちあがると、腰を庇いながら、よろよろと歩いていった。
宝達酒造に駆けこみ、渚の身に起きたことを報告すべきなのだろうか。
ふと考えたとはいえ「いや、むだだろう」と虚しさが胸に広がる。
できるなら、渚の遺体をつれて帰りたいとはいえ、大岩の隙間を俺は通りぬけられない。
だったら、村の人に事情を話して協力してもらい、隙間を広げて捜索するか。
ただ、神塚家がそれを許可せず、村が唯々諾々と従い、引きさがる可能性が高い。
そもそも、洞窟に渚の躯はないかもしれず。
もし、神塚家や村の人が、南と渚の恋仲を知らなかったとして、よそ者の俺が暴露してもいいのか、その成否の判断もつかず。
宝達酒造にすれば、家で扱いを持て余していた長男だけに、行方不明にしたほうがいいのかもしれない。
遠い地で静養をしながら、自由気まま生きているものと思えたほうが・・・。
あれこれ思いを馳せているうちに、霧が晴れていくように頭が冴えてきた。
それまでは祖母の家をでてからずっと、悪夢をさ迷っているようで、起きたことに実感が湧かなかったのが。
今になって、全身に冷や汗を噴き、膝をがくがくさせ、吐き気をもよおして。
思わず口元を手でおおい、屈みこんだものを、込みあげたものは喉元でとどまった。
それでもなお、胸やけがするのに眉をしかめながらも、地面にある血痕を、細めた目で見るともなく見つめる。
正常な感覚がもどって、まともな思考もできるようになったはずが、ふしぎと南への恨みや憎しみは湧いてこない。
むしろ、南のことを考えると、胸がくすぐったいような懐かしさを覚える。
長いこと忘れていた幼き記憶の断片だ。
その日、草原にしゃがみこんで俺は泣いていた。
しばらくして、秘密の園にやってきた南は「渚は?」と苛立たしげにため息。
泣きじゃくって応えなかったら、聞こえよがしに舌打ちしつつも、去ることはなく。
立ったまま「なに、どうしたの」とさも面倒そうに、でも、かまってくれたもので。
俺がしょげていれば、指を差して高笑いをするのが常の南にして、意外な対応。
ただ、そのときは、ひどく、とり乱していてから、南の異変に気づかず、揺れる雑草を見ながら、ありのままの思いを吐露。
「な、渚の家族は仲がいいんだな・・・。
ここにくるまえ、渚の家に寄ってみたら、家族ででかけるところでさ。
渚と弟がじゃれあって、お母さんがほほ笑ましそうに見守って、お父さんは『はやくしろ』って叱りながらも苦笑して、おじいちゃんとおばあちゃんは手をつないでにこにこして。
絵に描いたような円満な家族像を見せられたら、やるせなくなった。
昨日、ばあちゃんの診断結果を伝えようと連絡したのに、親に無視されたから余計に・・・。
もちろん、いくら羨ましいからって、家族のだんらんをぶち壊すような真似をしなかったよ。
でも、つい考えてしまったんだ。
家族と幸せな時間をすごしているときに、俺が声をかけたら、渚はどんな顔をするだろうって」
「まえに南が試してみろって云っていたよな」と自嘲するも、南はだんまり。
過去の自分の発言を恥じているのかと思ったが「おまえの目は、救いようなく節穴だな」と相かわらずの辛辣な意見。
「根性が腐りきった村のやつに比べたら、渚はずっと人格者で、あまり裏表のない、いいやつだ。
けどな、あいつにも欠点がある。
天性の人たらして、村のやつらに担ぎあげられているとはいえ、しょせんは井の中の蛙の八方美人でしかない。
まわりの目を気にして、自分の評判が落ちそうな問題が起きれば、こずるく避けたり逃げたりする。
おまえと関係があるのを、まわりに秘密にしているのだって、自分の都合のためだけ。
しかも、おまえが云いふらさない性格なのを見越してんだよ。
といって、あいつは悪人ではない。
だから、そうやって、おまえが悲しむのは、渚に騙されたからじゃなく、おまえが期待をしすぎているせいだ」
いつも誉めそやしてばかりの渚の、客観視した、やや厳しい人物評を述べたのは、はじめてのこと。
まあ、結局「おまえがわるい」と突き放されたのだが、どうしてか、悲しみに絞めつけられていた心が、みょうに揺さぶられて。
耐えられずに、堰を切ったように泣きわめくと、どうやら南は勘ちがいしたよう。
すこし間を空けてから、らしくなく弱弱しい調子で「俺も家族との関係がよくない・・・」と呟いた。
「渚は一族が俺を半ば軟禁しているのを『今の時代、まちがっている!』って拳をふるって熱く語るけど、実際、どうにかしようとはしない。
まあ、まだ俺ら子供だし、歴史とともに蓄積された呪いのような干渉や束縛に対抗できる力なんて、到底ないからな。
声をあげてくれるだけましだろうよ。
ただ、たまに『こいつ、口だけ調子がいいな』って白けるんだ。
たとえば『家族なんて皆、死ねばいい』って愚痴ったとするだろ。
そしたら、あいつ、なんて応えたと思う?
慈愛に満ちた目をしやがってさ『南を生んで育ててくれた人の死を望むなんて、罰が当たる』『話しあえばきっと分かりあえる』だってよ!」
「このときばっかは、村のやつらより、よほどボケてんじゃねえかって呆れたわ!」とけたたましく笑うのに驚いて、涙がひっこんだ。
顔をあげて、ぽかんと南を見つめると、ちらりと視線を寄こし、まえに向きなおったら真顔になって、寂しげに呟いたもので。
「生まれつき、家族に恵まれていないような俺らのことを、渚は心から理解してくれないよ・・・」
今から思えば「俺にはおまえの孤独が分かる」と伝えたかったのかもしれない。
南が共感を示し、慰めてくれたのは、その一回きり。
にもかかわらず、どれだけ渚が親身になるより、そうして南が不器用にも気づかってくれたのが、心に染みたように思う。
いじめられながらも、五年間、秘密の園に通いつづけたのは、この一件が忘れられなかったからだろうか。
単なる気まぐれだったかもしれないものを。
今は渚の死を悼むべきところ、かつての南に心を寄せるとは、俺もどうかしている・・・。
もし、南にすこしでも思いやりがあったなら、渚を餌にして、俺を罠にはめるなんて残酷なしうちをしなかっただろうに。
心の整理をつけようとして、つけられないまま、夢遊するように歩き、いつのまにか祖母の家のまえに。
太陽は山から顔をだしきって、あたりを燦燦と照らしている。
重くるしい心情とはかけ離れた、朝の清清しい雰囲気に、頬を引きつらせながら、門をくぐろうとして足をとめた。
なにげなくポストの口に手を突っこんだら、果たして手紙が。
昨晩はなかったはずが、いつ届けられたのやら。
例の手紙で、やはり差出人不明。
今では、南が差出人だろうと確信しているが、だとしたら、あのとき返した手紙をどう受けとめたのだろうかと思う。
じつは、一回、返信したことがあるのだ。
その手紙だけには、なぜか私書箱の住所が書かれていたから。
内容もいつもと異なり、村にもどるよう乞うのではなく「おまえがこないなら、自分から会いにいく」と宣言するもの。
このときから、差出人は南ではないかと疑っていた。
目的は知れなかったが、村にいたときの所業を思い起こすに、とても友情から会いたがっているとは思えず。
大方、また渚との仲を見せつけ、みっともなく動揺する俺を悠悠と眺めたいのだろう。
つい、ひねくれて考えてしまい「いい加減、一方的にやられるだけと思うなよ」と奮いたって、私書箱に返信を。
「会いにこられても迷惑だ。
俺にはもう家族がいる。
カルトの宗教に毒されたような村の、とち狂った一族、もっとも、気色わるく、おぞましい存在のおまえに、大切な人を近づかせたくない」
文字だけで説得力がないと思い、俺と顔が似ている従姉の幼子、甥っ子の写真も送りつけてやった。
そう、それが五年まえの話。
南が死んだとされる年のことで、以降も手紙は送られてきたものの、金輪際、私書箱の住所が書かれることはなく。
「あの手紙はなんだったのだろう・・・」とぼんやりと思いながらも、こめかみが疼くのに、目をすがめる。
その痛みを散らすように顔をふり、封筒を開けてとりだした便箋には、中央に一言だけ。
「どうか、忘れないで」と。
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