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お前がとどめを刺してくれ
しおりを挟む旧校舎の屋上へ向かう階段は、怪談的な噂が絶えなくて人が寄りつかず、掃除もされていない。とあって、埃っぽいのを抜きにすれば、一人でぼうっとするのには最適の場。
早く昼飯を食べて、この例の階段を上り、屋上へ。ではなく、施錠された扉の向い、踊り場の壁にもたれて眠りこけていた。扉のすり硝子の窓から陽光が注ぐのが、明るさにしても暖かさにしても、ちょうどよく、誰にも邪魔されず、心置きなくぐっすり。
のはずが、だしぬけに「わ!」と耳元で叫ばれて跳ね起きた。壁に頭を打ちつつ、見上げれば、同級生の馬場が奥歯まで覗かせ、笑っている。
度肝を抜かれたのもつかの間、相手を知ったなら、とたんに心は冷え冷えとして「たく」と頭をかいた。「二週間も学校休んで、急になんなんだよ」とため息をつくも「いやあ」とへらへらするだけで、ろくに応じない。
馬場はペンクラブの同部員。といっても、将来、記者を目指して、そのステップアップのため入部した、志の高い俺と違って「絶対、部活入らなきゃいかんつーから、サボれそうなことろ選んだ」とオブラートにも包まない、ふざけた奴だ。生まれてから、まともに本を読んだことも、文章を書いたこともなく、国語の点数はいつも、赤点ぎりぎりとか。
サボる気満々で入部したといって、残念ながら、ペンクラブは厳格なルール下で、本格的な活動をするところ。一か月に一回発行する新聞に、必ず寄稿、一日に一回、ジャンルはなんでも、短くても長くてもいいから、必ず文章を書き提出しないといけない。この決まりを守らなければ、即退部。
チャラい馬場にして「退部?べつにいーよ。ほかにサボれそうな部にいっから」と痛くも痒くもなさそうに去っていくかと思いきや「やべ!どーしよ!」と俺に泣きついてきた。「な!お前、代わりに書いてくれねえ!?」と提案したあたりは、やっぱり、ふざけた奴だったけど、将来、記者になるための、いい訓練になりそうだったから了承。
ただ、丸投げされるのも、どうかと思ったのと、同一人物の著作とばれないように「テーマだけは決めて」と条件を提示。案外、協力的に「便器にスマホを落とした人は意外に多い?」とのテーマと参考資料やデータを渡してくれたのに、ちゃちゃっと要点をまとめて書いたのをリターン。
国語音痴にも読めるよう、噛み砕いた書き方をしたのが功を奏して「すっげ!俺でも分かる!」と顔を上気させ、鼻息を噴いたもので。「よく、こんな短く読みやすいの書けるな!才能あるじゃん!」と語彙に乏しく褒められて、でも、満更でもなく「どうやったら、こんなの書けんの?」と聞くのに、懇切丁寧に説明をしてやったり。
で、馬場の「便器にスマホを落とした人は意外に多い?」と俺の「内閣支持率低迷の原因と今後の行方」を部長に奉納。「お、馬場、意外におもしろいもん、書くな」とかるく褒められたくらいで、やり過ごせ、そのあと一か月つづけても、支障はなかった。
が、いくらテーマのジャンルをかけ離れたものにしたり、文体を変えても、小論文コンクールで大賞を取った部長の目は誤魔化せず。入部一か月が過ぎて「おもしろいから、あえて見過ごしていたけど、一か月が限度な」と馬場にあらためて文章の提出命令。「どんなに拙くてもいいから、とにかく書け」と。
この一か月、馬場の代わりに文章を書きながら、ノウハウやコツを教えたし、今回もサポートしてあげたので、どうにかこうにか形になったのを提出でき、退部を免れた。「トイレで座ってするのと立ってするのと比率。見えてくる男の本音」という、またトイレネタで、小学生の作文レベルだったけど「へえ、代筆させるより、おもしろいじゃないの」と意外な評価。
「代筆させるより」に引っかかった、いやな予感は当たって、それから部長が熱を入れて指導をし、打てば響くように、馬場は腕を上げていって、なんと一年にして、小論文コンクールの入賞を果たした。「日本のトイレの歴史。世界と比べて見えてくる衛生観念」と、またもやトイレネタながらに。
が、授賞式に顔を見せず、そのまま学校を休み二週間。との経緯があって、急に顔を見せたわけだ。
そりゃあ、授賞式をサボり、学校を休みつづけた理由が気になったものを、いくら質問攻めをしたところで「いやあ」「まあなあ」とのらりくらり。いい加減、イラついてきたし、予鈴も鳴ったので「もういいよ」と立ち上がると、退いた馬場は先に階段のほうに向かった。
あとにつづいたのが、下りていかずに手前で両手を上げて佇む。通せんぼしているのか。押しのけたり、腕の下をくぐったり、通れないこともなかったけど、怪談的に曰くつきのある場とあり、一応、下手なことはできないとし「なに」と。
振りかえらないまま「お前、文章下手な俺をずっと馬鹿にして、偉そうに教えていたよな」と肩を震わせる。むっとしつつ「そうだよ」とあえて否定をしなければ「ぶっ」と噴きだし「恥ずかしいでやーんの!」と笑いを交えながら云い放った。
「そのくせ、お前は小論文、賞にかすりもしなかったんだから!」
閑寂とした階段で、演説するようにぶちまけたら、おもむろに腕をおろし、階段に踏みだそうとして。片足が下の段につく前に、その背中を両手で押した。
※ ※ ※
翌日、クラスで馬場の死が知らされた。授賞式前日に自殺をはかり、命を取りとめつつ、植物人間状態でいたらしい。で、昨日、息を引き取ったと。
命の尊さを説く教師の戯言を、うわの空で聞きながらも、心当たりがありすぎる回想をしていた。自殺をする前「やった!俺、小論文コンクール入賞しちまった!」と満面笑顔の馬場が報告にきたのだ。
浮かれるのもしかたないとはいえ、空振りだった俺の思いを慮らない、無神経なふるまいに「これもさあ」と云いかけたのを「うるさい!」と怒鳴りつけた。
「お前なんか、死ねよ!」
「馬場の死について考えよう」というホームルームが終わると、ひそかに教師に手招きされ、手紙を渡された。俺にあてた遺書とのこと。開封してみれば、大きな便箋の中央に短い文章が。
「俺に文章を書いて読む面白さを教えてくれて、ありがとう。ごめんな」
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