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イケメンのダシにされるのも悪くはない
しおりを挟む古賀は「顔よし」「頭よし」「人柄よし」のイケイケ三拍子が揃った愛されるべき男。
老若男女に慕われ「古賀くんって最高」「古賀はすごい」と、とにかく「いい」「いい」と褒められる。
古賀と席が隣だったというだけで、親しくなった俺は「顔は悪くない」「頭も悪くない」「人柄も悪くない」とナクナイ三拍子のナめられるべき男。
ナめられるというか、スケープゴートにされたり、ダシにされたりする。
主に古賀関連で。
なにせ古賀は「アイドルはうんこをしない」的発想で皆に憧れられている。
そりゃあ、うっかりが古賀が放屁をようものなら。
いち早く察知した奴が「ちょっと、馬場!やめてよ!」と鼻をつまみ「え!?窓開けて開けて!」「扇いで追いだせ!」と俺に放屁の罪をなすりつけた上で、早急に事態の収拾をはかる。
もちろん古賀に口を挟む暇を与えずに。
もしくは「やだ!古賀くん、おならもカワイイ!」「古賀のおならは、いっそ空気清浄機のようなものだな!」と屁理屈をこねまくって賞賛する。
だけ、ならまだしも「馬場のおならは音も汚いんだもん!」「漏らしているんじゃないか馬場!」と人のおならにケチをつけて、古賀のおならの価値を高める。
まあ、そんなこんなで、傍にいれば、道化的引き立て役にされるのは必至なのだが、席が隣になったときから気が合い、今や演劇部の仲間でもある、古賀との親交を絶つことはなかった。
周りが俺をダシにして、古賀をわっしょいわっしょいするのに「ごめん」といちいち謝ってくれる、いい奴だったし。
俺も俺とて、いい心がけの男で、幼い妹と弟に「兄ちゃんのせいだ!」と駄々をこねて責任転嫁されるのに慣れっこだったから。
クラスメイトを「こいつらは、まだ分別がない妹と弟と同じだ」と見れば、微笑ましいほどだったものを、俺が古賀の傍から放れなかったのは(理由は知れないが)古賀が望んででもあるし、俺が望んでのことだった。
俺の場合は「古賀の所詮、引き立て役」とナめられる立場でいるのが、むしろ都合がよかったというか。
ある日、演劇部の部長命令で雑誌の取材を受けたとき。
もちろん、ご指名されるのは、古賀だけとはいえ「一人だと不安だから」と手を合わせられ、毎度、俺が付き添っていた。
記者の女性と向き合い、しきりにカメラで撮られる古賀の視界に入るよう、でも、邪魔にならないよう部屋の隅っこにいたら「隣に座ってくれないか」とカメラマンに声をかけられた。
「ん?」と訝しんだものの、顔面蒼白だった古賀が、とたんに目を輝かせ、頬を上気させたからに、余計な口を叩かず、隣に着席。
しばらく、俺らにフラッシュをたいて、ファインダーから顔をあげたカメラマンは、ご満悦そうに告げた。
「もともと花はキレーなもんだが、小汚いものが傍にあると、もっと映えるな」と。
耳を疑った。
いや、学校の連中も暴言でフルボッコしてくるとはいえ、一応、洒落になるかならないかの線引きを心得ている。
彼らだって、初対面の相手を「小汚い」と鼻で笑わないだろうに。
ましてや、いい年をした大人が。
記者もたしなめず、笑ったのに「社会人ってこんなものか」と怒るより、呆気にとられていたら、けたたましい音が耳を劈いた。
古賀が椅子を吹っとばして立ちあがったのだ。
目を点にする、間抜けな大人たち、まず記者を冷ややかに見下ろしてから、カメラマンに手を差し伸べる。
そして粛然と宣告をした。
「あなたに性的虐待を受けたと、今、警察に通報されたくなかったら、カメラを寄こしてください」
ふだん、大人しい人が怒ると怖い。
とくに古賀は仏のように、海のように、心が広く見えるから、怒鳴りちらさずとも、無表情で声を低くするだけで(ただ、自分の武器を最大限生かして脅すのは怖いが)「嘘だ。これは悪夢だ」と相手は泡を吹いて、卒倒しかねない。
それまで、うっとりしていた記者は白目を剥きかけ、意気揚々だったカメラマンは、おしっこを漏らしそうなのか、内股でもじもじしている。
俺が侮辱されたのを、古賀が怒って、相手をぎゃふんとさせるのが快い。
のもあるが、俺の本命は、古賀の怒った顔そのものだ。
そもそも「人の怒った顔が大好物」という変わった趣味の持ち主なもので。
で、これまでも数知れず、拝顔してきた中で、怒れる古賀の顔面に一等、胸を鷲づかみにされた。
「アイドルはうんこをしない」的に過剰に祭り上げられるのに、眉尻を下げて笑うだけで「いい加減にしろ!」と我慢をきらさない古賀は、自分のことで怒ることはない。
相手が大人だろうとかまわず、俺の顔色を窺うでなく、損得もなく、ただただ人のために怒る。
その横顔は、それこそ、鬼のように美しかった。
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