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シーズン3:後輩と共に

26話 異世界への鍵を持つ者達3

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 そこは魔王国領にほど近い山の中――。

 本来なら幾重にも張り巡らされたワナで囲まれ、正式な道順でないと入って来れないであろう道を――すべてすっ飛ばし、白い鍵を使って直接本拠地のある町へとやってきていた。
 俺は、いつものように人の居ない場所にある扉から出て来たので、通りに出て少し回りを見渡してみる。

「まるで西部劇のセットみたいな町だな」
 
 急ごしらえの木造の家がいくつか建ち並び、通りも碌な整備がされていないのか風が吹けば土埃に思わず目をしかめる。
 たまに銃や弓矢を装備したならず者達が、外装がボロボロな中型トラックに乗ってどこかへ出かけているのを見かける――恐らく、またどこかで暴れて来るのだろう。
 また少し開けたような場所ではチンピラのような恰好をした若い男達が互いに殴り合っては、周囲の男達に声援を――いや、ヤジを飛ばされている。

 ちなみに俺の今服装はスーツ姿などではなく、こちらの世界で”冒険者”と呼ばれる彼らのような格好になっている。
 背中には羽柴の用意してくれたいくつかの道具が入ったリュックがあり、腕には青いスカーフに白く“芝”と書かれたモノを巻いている。

『彼らは急成長した勢力ですし、採用そのものはボスではない担当者が行っているはず。なので、トレードマークであるこのスカーフを巻いておけば、すぐにはバレないでしょう』

『拠点の周囲には幾重にも罠が張り巡らされ、その中で生活している彼らは、逆に周囲の人間に対する警戒心が薄いはずです。ここに居るのは仲間であるはずだと……』

 羽柴の言った事はその通りのようで、確かに俺がその辺りの道を歩いて居ても誰も奇異な目を向ける事はない。
 しかしまずは情報が必要なので、こういった時の定番である――。

「酒場か……」
 
 ここならボスである彼の情報も集められるかもしれない――そう羽柴に言われたのだ。
 ギィ――という音を立てながら、壊れかけた木の扉を開けると、中には荒くれた者達が大勢、飯や酒を楽しんでいた。
 俺はカウンターへと座り、二の腕に入れ墨を入れたマスターに水と食事を頼んだ。
 
「この前の魔王軍の奴らの顔見たかよー」
「あのマシンガン? って奴ぶっぱなすと、魔力強化された身体でも平気でブチ抜けるもんなぁ」

 などと言いながら、どこかで見たことのある袋に入ったお菓子、それと焼き鳥をツマミにしてジョッキに入ったビールを飲むチンピラのような男2人。

「あの魔物達のせいで先祖代々の畑が潰されてよぉ……少しでもやりかえさねぇと腹の虫が収まらねぇよぉ」
「分かったから。その話10回は聞いたよ」

 酒を飲みながらグチる年老いた男に、犬獣人の若者が宥めている姿が見える。

「おたく、新人さんかい」

 マスターはそのゴツい手で調理の準備を進めながら、俺に聞いてくる。
 彼は40代くらいの男性で、この酒場の誰よりも強そうなの筋肉の持ち主だった。
 しかし、その声色は見た目に反して優しい声の持ち主である。

「――ああ。そうだよ」
「ここの組織は、あーいう魔王軍に恨みを持つ奴も居るが、ボスのくれる武器でただ暴れたい野蛮な奴も居る」
「……そのようですね」

 近場のテーブルで騒いでいる奴ら以外にも、同じような事を言いながら銃器を持ち込んで見せびらかす者まで居る。
 他のテーブルではトランプでゲームをしながら金を賭けている者も居る。
 ここが異世界ではなくどこかの国のスラム街か、あるいはゴッサムシティにでも居るような感覚だ。

「俺も魔王軍には恨みがあるし、休戦になった事に納得はしてねぇけど……ああいう輩も組織に必要なんかねぇ」
「ボスはなんて言っているんだ?」
「武器や食料、乗り物はいくらでも支給してやるから、魔王軍の奴らに一泡吹かせてやれ――ってのが当面の指示だ」
「でも、そうやって暴れていると魔王軍の鎮圧部隊が派遣せれるんでは?」
「うん? そこはまぁ、まだ当分は大丈夫だろ」
「なんでだ?」
「魔族って奴らは無駄にプライドがたけぇからな。現場の奴らが、山賊みたいな身なりをした人種族にいいようにされて手も足も出ないなんて、上に報告できると思うか?」

 そう言いつつも料理を作っている手は止まっていない。
 何か具材を茹でたり揚げたりしているようだ。
 
「さらにここに来て警備隊を管轄していた四天王の、イカロスだっけ? そいつが退任するって言うんで、向こうも浮足立ってるんだ」
「なるほど……」 
「まぁ国境付近は魔王軍の”目”も届かないみたいだし、もし危なくなったらすぐに撤収するってボスも言ってるからな」

 魔王軍側の仕事における報連相ほうれんそうが機能していないのであれば、確かに今まで彼らが好き放題できたのも納得はできる。
 しかも暴れているのはあくまで魔王国側の領土内なので、人間側の騎士団や軍隊は対処が難しいだろう。

「はいよ。ウチ自慢のマモノカツカレーウドンだ」

 大皿には太めのうどんが盛られ、その上に美味しそうな揚げたてのカツ。そこへ嗅ぎ覚えのあるスパイスが香るルーがたっぷりと掛けられている。
 
「カレーウドン?」
「ボスがどっからか持ってきた銀色の袋を温めて、それに俺特製のカツに白くて太いウドンってやつを絡めると……これがうめぇんだぜ」
 
 フォークを使い、パスタのように巻きつけながらカレーうどんを食べる。
 これは讃岐うどんと呼ばれるコシが強めのうどんだ。既にゆでたものを袋詰めにした、いわゆる給食のソフト麺のようなものではなく、お湯で乾麺から茹でたモノのようだ。
 温かでありながらコシの強さが残るうどんと、食べ慣れたカレーの味。そこへ揚げたてのマモノ肉のカツ。
 このカツ。噛むとしっかりとした肉厚の弾力が歯に返ってくる。さらに噛み切り、咀嚼すると――既存のカレーと不思議と合うのだ。
 出会うはずのない味の出会い。食べ慣れたはずのカレーうどんも、こうしてマモノカツと一緒に味わうと新たな発見となるのだ。

「嗚呼、美味い」
「そう言って貰えると嬉しいなぁ」

 褒められた経験があまりないのか、大柄で粗暴な見た目のマスターだが子供っぽく笑う。

「……元々は料理でもしていたんです?」
「いいや? 酒場の店長なんか誰もやりたがらねぇって言うんで、当時食糧庫の管理してた俺がボスから任せられたんだ」
「それでこれだけのモノを出せるなんて、凄いですね」
「まーボスに任せられた以上、色々と勉強したからなぁ。あっはっはっ」
「――実は、俺まだボスと直接会った事無いんだけど、どんな顔をしているんですか?」

 小声でマスターへと尋ねると、マスターも口元に手を添えて小声で、

「キレたナイフみたいな人だよ。怒らせるとすっげーおっかねぇから、お前も気を付けるんだぞ」
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