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シーズン3:後輩と共に
25話 異世界の霞を食べに行く2
しおりを挟む「うおおお、休みぃいい!」
会社へとようやく戻って来てレンタカーを返し終え――。
「なんか美味しいもの食べたい!」
そんな雑な願いで扉を開け、
「食べたいのに――ここはどこだ!」
「まぁ、牧歌的ではありますね……」
ワラのような草で編まれた家が立ち並ぶ、どこかの集落へと出たようだ。
どの家もテントのような似た形をしていて、屋根部分からは小さな煙突が伸びている。
牧歌的な雰囲気――と言えば聞こえがいいが、ようは山奥のさらに奥にありそうな少数民族が住んでいそうな場所である。
他の町のように整備された道どころか、たまに水たまりがあるようなあぜ道。
家と家の間には植物のツルで枝を縛ったような申し訳程度の柵だ。
「……店とかある雰囲気じゃないな」
「ですね――村人みたいな方も居ないようですし、困りましたね」
それでも一応鍵を示す方向へ進んでみると、それは家ではなく森林の方を示していて――さらに獣道に近いような道を進むと、池のほとりへと出た。
そこには釣り竿を持った白い毛玉が1つ。
「ん? 誰じゃ――」
毛玉がこちらへと振り返る――それは毛玉ではなく、白い髪と眉毛と髭が一体化した小柄な老人だった。
そして、俺はこの老人の見た目と声に聞き覚えがある。
「貴方は……この間のご老人ですか。リーエンと一緒に居た」
老人はそのフサフサの髭を撫でながら、こちらを見上げる。
「お? おぉ――――――」
しばらく、のどかな時間が過ぎ――。
「――――そうじゃ。あの男と共に居た、人間じゃな。覚えとる覚えとる」
「先輩、この爺さん大丈夫かよ」
「まぁあの時はお互いに自己紹介もしなかったですし……」
「ふぉっふぉっ。そうじゃな……しかし、ここに旅人がやってくるとは……もう何十年振りじゃ……いや、割と最近リーエンが来たんじゃったな」
「ご老人、私の名前は――」
「オダナカ、そして横のお嬢ちゃんはモナカじゃな」
前にリーエンが呼んでいたのを覚えていたのだろうか――いや、それなら今日が初対面のはずのモナカの名前は知るはずも無いし。
2人で不思議そうにしていると、それも見透かしたように老人は笑う。
「ふぉっふぉっふぉっ――なに、長く生きたワシらには……そういうのも分かるもんじゃって――」
老人は釣り竿をしまうと、中身のない桶と一緒にどこかへ歩き出す。
「主らの願いを叶えたくば、ワシに着いてくるがいい」
それを聞いて俺とモナカは共に顔を見合わせ――彼の後を着いていくのだった。
◇◆◇
「その辺りに適当にかけてくれ」
老人の後に着いて行くと先ほどの集落――からは少し下った場所に、またいくつかの家が建っていた。
家へと入った俺達は、促されるまま手作り感溢れる木の椅子へと腰掛ける。
「爺さんは――というより、この集落ってなんの集まりなんだ? ここに来てから爺さん以外誰も見てないし、あまり人の気配がしないというか……」
老人に着いていく間、俺も周囲の家を観察していた。
どの家も窓は閉じられていて、こんなに天気が良いのに洗濯物を干している家が1つも無い。家にある煙突からは煙が立ち上っているので、誰かが住んでいるのは間違いなさそうだ。
「ふぉっふぉっ。まぁみんなシャイなんでな――旅人が来るといつもこうじゃ」
「はぁ……」
「で、だ――少しワシの問答に付き合ってくれんかのぉ」
「えー? 面倒臭い」
「付き合ってくれたら、お礼に美味い料理をご馳走する……これでどうかのぉ?」
「……分かりました」
そう俺が答えると、モナカもそれ以上は口を挟まず――老人は静かに問いを投げかけてきた。
「――ヌシの名前は、なんじゃったかのぉ」
「いやさっき言い当ててたじゃん」
「私の……俺の名前は『小田中雄二郎』です」
「おぉそうじゃったのぉ……ではオダナカよ。ヌシは――」
重々しい雰囲気の中、次の問いにどんなものが来るのかと身構えていると……。
「好きな”おなご”とかおるんか?」
「は?」
「え?」
俺とモナカは思っても見なかった問いに、思わず声を漏らす。
「そこの嬢ちゃんの手前言い難いなら――ほれ、耳元でコソっと言ってもいいぞ」
「いや爺さん! それ本当に聞きたい事かよ!」
「ここに住んでいると俗世とはあまり交わる事が無いからのぉ……たまには浮いた話も聞きたいんじゃ――なんならお嬢ちゃんでも構わんけど」
「断固お断りだよ!」
「ケチじゃのぉ……」
「あと、この先輩にはそーいった話はムダだと思うぜ――すっげー鈍いから」
「ふぉっふぉっ。そりゃまぁ、見た目通りじゃな」
なんの話か全然見えてこない。
確かにそういった話題とは無縁ではあるが――。
「まぁいいじゃろ――ここから本題じゃ」
「今のなんだったんだよ……」
「こほん――ではオナダカよ。ヌシに問おう――」
改めて姿勢を正した老人は、こう聞いてきた。
「何故、わざわざこの世界へ飯を食べに来るのか――」
「ッ!?」
「それは――」
「別にヌシらの住む世界でも飯はありふれたモノじゃろうて――何故、わざわざこちらの世界へやってくるのじゃ」
白い眉毛の隙間から、こちらを覗く老人の瞳。
それは俺を見ているのだろうか――それとも。
「こちらへ来る事で、いらん問題を抱えた事もあるじゃろう――ほれ。例えばこの間、ヌシと一緒に居た男。アレは魔族じゃぞ」
「――魔族、ですか」
「うむ」
「すいません、魔族ってなんですか?」
そう聞くと老人は、こほん――と咳ばらいをして、語りだす。
「ならば教えてやろう。魔族――それは異形の者、闇の魔力を持つ者、あるいは――」
「すいません」
ここで俺は手を挙げて老人の語りを静止する。
「なんじゃ、話の腰を折りよって」
「長くなりますか?」
「まぁ……奴らの事を語るには、少々時間が必要じゃの」
「じゃあいいです」
「いいのかよ先輩」
「何故じゃ? ヌシの隣に居たのは、得体の知れない化物かもしれんのじゃぞ?」
「いえ――」
その答えは、すぐに出た。
「私の隣に居た彼は――オルディンさんです」
これは本心からの言葉だ。
俺は老人の瞳をじっと見ると――老人は静かに目を閉じた。
「え、どゆこと?」
「…………ふむ。なるほどのぉ――まぁ、ヌシがそう言うならもう語るまい」
「どうもすいません」
「では、最初の問いに戻ろう。ヌシは、ヌシ達は何故――こちらの世界で飯を食べる」
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