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シーズン3:後輩と共に

22話 異世界のローストビーフを食べに行く1

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「――なんて事があったのよ」

 レイゼンからその話を夕食の席で聞いた俺とモナカは――、
 
「へ、へぇ……それはまぁ」
「……凄い体験をされましたね」

 ちょっと、いやかなり引いていた。
 
 
 事の始まりは、今日の仕事終わり。

 外回りの仕事を2人で片付けた俺とモナカは、バス停で待っていると焼き肉屋から良い匂いが流れてきて――これはもう肉しか無いだろうという意見の一致。
 そこで俺の白い鍵で異世界で牛肉を使った料理を食べられる店を探して辿り着いたのが、例の遺跡のある樹海の入り口にある町だった。
 目的地である定食屋で、たまたまレイゼンと出くわしたのだ。
 
「――ちょっと、飲み過ぎたかしら」

 腰まで届く艶やかな黒髪と、クールな目つき。小さな眼鏡を掛け、簡素な麻の服を着ている。
 前は鎧に隠れていたが、スレンダーなスタイルでモデルにも見間違えそうなほど美しい女性だ。
 本でも片手にしていれば似合いそうだが、今の彼女は酒の入った木のグラスを持っている。
 
 彼女のテーブルには空になった酒瓶がいくつも並んでおり、酔った彼女は昔話をしてくれたのだが――。

「おい、どうすんだよ。ここまでヘビーな話されると思わなかったぞ」
「どうするって言われても」

 モナカが小声で肘打ちしながら話しかけてくる。
 他の客は食事を楽しみ、あるいは騒ぎ――非常に楽しそうにしている。
 だがこちらのテーブルは、まるで葬式のお通夜かと思うくらい重苦しい。

 話題を変えたいが、すぐには思いつかないのでしばらく彼女の話に乗る事にする。

「ええっと、レイゼンさん。貴女も石化してしまったんだったら、どうやって助かったんですか?」
「――リーエンが助けてくれたのよ。私が石化して、もう1000年は経っているって言われたわ」
「1000年!?」

 その言葉に隣のモナカが驚き、ファークを落としそうなる。

「それだけ経てば石も風化して砕け散るけど……私は守護神の中に居たから……」
「そうですか……」
「結局、化物がどうなったかさえ、私は知らない――まぁ樹海がそこにあるんだから、誰かが討伐したのか……あるいはどこかへ行ってしまったのか」
「リーエンさんの故郷の村というのは、ここの樹海にあったんですね」
「あまり覚えはいないけど、ここまで凄い樹海でもなかったわ――私の住んでいた村はもっと奥の方だし……もちろん、村はもう跡さえ無いわ」

 自嘲ヤケ気味に笑うレイゼン。
 家族と村を失い、石化したものの1人だけ風化を免れ、現代へと蘇った彼女の経緯を聞いてしまったら――全然全く食事が進まない。
 モナカの方を見ると、彼女もまたフォークを片手に固まっている。

「しかし石化なんて、そんな恐ろしいモノがあるんですね。石化は治す事ができるんですよね?」 
「……昔は石化なんて治す手段無かったらしいけど、さすが1000年後ね。治す手段は色々開発されているわ――その1つがこの聖水よ」

 彼女が座席に置いてあった麻袋から取り出したそれは、奇麗な装飾の入ったガラスの瓶だ。
 中に透明な液体が入っているのが見える。

「値段は結構するけど、石化したばかりならこれを振りかけるだけで元に戻せるの。飲ませてもいいわ」

 初期症状に限り効果のある薬か――俺も少し常備しておく必要があるかもしれない。
 そこへモナカが恐る恐る口を開く。

「でも1000年の石化は――」
「治せないわね。リーエンが特別な方法知っているけど……彼女、樹海に探し物があるって言って2週間くらい前に旅立ったのよ」

 それを聞いて、ようやく別の話題に逸らせそうだと安堵する。
 彼女はリーエンとは仲が良いらしいし、ここもその話題に乗る事にした。

「そういえば、今回は一緒に行動されていないんですね」
「そうなのよ!」

 バンッ!
 
「ひえっ!」
 
 いきなりテーブルを叩き、それにびっくりしたモナカが小さく悲鳴をあげる。

「急に手紙で呼び出されるから『もしかしてまた一緒に冒険かな? 卸したての可愛い鎧、見て貰おうかしら』って思ってワクワクしてこの町まで来たのに――宿屋に置手紙で『ちょっと樹海までいってるから、帰ってくるまで待っててヨ』ですって! もう!」

 さっきまでのゆったりとした口調とは真逆に、凄い早口でまくし立てるレイゼン。

「は、はぁ……」
「おい先輩。リーエンって女の人?」

 ヒートアップするレイゼンを他所に、モナカが小声で聞いてくる。

「女の人ですよ。可愛らしいエルフの女性です」
「ほお……」

 なんだかモナカの瞳が輝いているが、レイゼンの話は止まらない。

「待つけどさ! 前にこの町に預けられてからまた会いに来てくれるまでの5年に比べたら全然なんともないけどさ! もうちょっと一緒に居てくれてもいいと思わない!?」
「まぁまぁ……」
「それはえっと、大変ですね」

 顔を真っ赤にしながら酒をあおる彼女を2人でなだめる。
 彼女が酒の飲み過ぎで寝入り――その夜はお開きとなった。
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