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シーズン2 異世界の繋がり
18話 大将の過去
しおりを挟む「俺は昔、こんな都会じゃねぇもっと田舎の牧場の家で生まれ育ったんだ」
何不自由無くとは言い難いが、それでも家業を継ぐ為に日夜働いていた。
しかし大人になるに連れて、連日の牧場仕事に嫌気が差し、貯めたお金で一念発起。この街へやってきた。
田舎の若僧でしか無い自分は右も左も分からないまま、下町で土木作業の仕事を請け負うギルドに加入し、そこでの仕事も慣れてきた頃――。
「おい、ガルド。給料入ったし、イイ所連れて行ってやるぜ」
「イイ所って……また女ですかい?」
彼は同じ土木ギルドのメンバーで、先輩である犬獣人だ。
その口を大きく開き、笑う。
「はっはっはっ。いいから、もっとイイ所だ。奢ってやるから着いてきな」
それで連れて来られたのは、自分が住んでいる小汚い下町なんかじゃない。道を歩くみんながキラキラしていた。
そこは大通りの一角で店を開いていた親方の汁そば屋だった。
「らっしゃーい」
「親方! コカトリスの丸ごと汁そば、2人前ね!」
「あいよ!」
活気と景気の良い返事を厨房から返す親方。
彼はオーガだった。赤い肌の大柄な身体には不釣り合いなほどファンシーなエプロン姿だ。
しかし、それが様になっていた。
「オーガが料理屋やってるなんて、聞いた事ないですよ」
「お前もオーガだろ……言いたい事は分かるけどよ」
オーガの男は、その大きな身体の通り体力と腕力のある種族である。
大雑把な性格の者も多く、繊細な仕事は向かない。
郊外で畜産や酪農を営んでいたり、こうして町で土木や建築仕事の作業員をやっている事が多い。
またはその腕力を生かして、冒険者や傭兵をやっている者も居る。
「はいよっ。コカトリス丸ごと汁そばだ」
「なんだこれは……」
自分が食べた事のある汁そばと言えば、市場の屋台で売っているモノだ。
それは太めの白い麺に、申し訳程度の塩味の付いた簡素な料理だったが――。
「か、輝いてやがる……」
薄く透き通ったスープ。キノコとスライムの刺身、薄切りの鳥チャーシュー。
そして何より目を引いたのは、
「ずるっ、ずるるるっ――」
黄金色の麺だ。
それをすすると、少しトロみのあるスープに絡み――一気にコカトリスの旨味と、風味が襲ってくる。
「う、うめぇ!」
「だろ? ここの親方のそばはもう絶品でさ。市場の貧相なそばなんか食えなくなるぜ」
「ずるっ、ずるるっ」
先輩の言葉は既に聞こえてなかった。
そして、あっという間に――完食していた。
「ぷはっ」
スープまで飲み干し、丼をカウンターへ置く。
「はははっ。兄ちゃん、いい飲みっぷりだねぇ」
親方は歯を見せながら笑う。
奥から出て来たもう1人の青肌のオーガが、カウンターの丼を回収していく。
それは当時、既に弟子入りをしていたガンドルだった。
「そりゃ親方の汁そばを食べたらこうなるさ。今日だって、行列凄かったぜ」
「ありがたいねぇ。正直、金貯まったらもっと大きい店に引っ越したいな。ガンドルと一緒だと、店が狭くてかなわねぇ」
「ちげぇねぇな、はっはっはっ。あんま遠くに行かれると困るし、来る回数減らすかな!」
「おいおい、そりゃ困るな」
親方と先輩は互いに笑いあう。
こうやって客と距離が近いのも、俺にとっては新鮮そのものだった。
「お、親方! 俺、また来ます!」
「そうかい。また来てくれよな」
それから数日後に1人で訪れ――店が閉店した後に、土下座した。
「親方! 俺を、弟子にしてくれ!」
「……兄ちゃんもオーガなら分かると思うが」
「手先は確かに不器用かもしれねぇけど、最初は雑用でもいい! なんでもやる!」
「――いやそういう事じゃねぇんだ」
予想を外した声に、思わず俺は顔を上げた。
「はい?」
「オーガってのは普段田舎暮らしが多いから、こういう街中で働いていると、心無い事を言う連中が居るんだわ」
「まー、そんなゴチャゴチャ言う奴。オレがブン殴ってやりますけどね!」
厨房からガンドルが顔を出した。
その太い腕を曲げ、力強さをアピールする。
「いいから、ガンドルは後片付けしてろ」
「へーい」
再びこちらに向き直り、親方は腕を組む。
「……最初の頃は、同業者に料理なんて繊細なモノ、オーガ風情ができる訳ないとも罵られた事もある。これからも店はドンドン大きくなると、そういう声も大きくなる。それに耐えられるか?」
「――関係ありません! 今日もお客さんはたくさん入ってました。食べに来てくれるお客さん達は、親方がオーガとか、そんなの気にしてません! ゴチャゴチャ言ってくる外野は、美味い汁そばでダマらせてやりましょう!」
本当に本心からそう思った。
その思いが通じたのか、親方は少しため息をつくと――ニカッと笑った。
「……分かった! ガンドル! 後片付けとゴミ出しを教えてやれ!」
「へーい。お前、こっちに来い」
「わ、分かりました先輩!」
「――オレの事はガンドル兄さんと呼べ。いいな」
「分かりました、兄さん!」
こうして、俺は親方の2番弟子になったのだった。
月日は流れ――。
店はどんどん大きくなっていった。
大きくになるにつれ客も増えていき――特に商人や、料理評論家を名乗る客も次第に増えていく。
いつしか親方は“リオランガの料理十傑”とまで呼ばれ、伝説の人となった。
しかし、店を城下町の一等地に移してからしばらくした後――。
「親方。オレはもう、アンタの下にゃ居れねぇわ。今日限りで、辞めさせて貰う」
「――そうか。長い事、ご苦労だったな」
「これだけは言わせて貰う……アンタの料理は間違ってる。いずれオレの店が、この店より大きくなったその時は――カンナを頂く」
「……そりゃ楽しみだ」
「――世話になったな」
それだけ言うと、まとめていた大きな革袋を背負い、ガンドルは部屋から出て行く。
思わず俺は追い掛けるが、ガンドルは振り返りもせず、こう答えた。
「兄さん!」
「……バルド。お前もいずれ店を持つなら、自分の料理ってモノをよく考えるんだな」
「兄さん……」
「じゃあな」
そう言い残し、ガンドル兄さんとはそれっきりだった。
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