上 下
58 / 115
シーズン2 異世界の繋がり

17話 異世界の魔王軍事情(前準備)

しおりを挟む
 ここは世界の最果て、人類達の立ち入る事のできない深淵なる大地。

 その中心部に、魔王の居城はある。
 この城と敷地内には、いくつもの魔王軍の施設も併設されている。

 その中の1つ――魔王軍大会議場。

 こう書かれた看板の掲げられた大部屋。
 中央にある円卓の上座に、魔王オルディンは座っている。
 簡素な黒いローブ姿だが、素材には狂暴な魔獣の皮を仕立てて作られた世界でただ1つの魔王専用の私服だ。
 しかしオルディンは腕組みをして、その精鍛な顔がしかめっ面になっている。

 オルディンから円卓の左右に2人ずつの魔族――”魔王四天王”が座っている。

「魔王様! 最近、領土内で人間による窃盗事件が相次いで起こっております!」

 被害状況の書かれた羊皮紙を片手に叫ぶのは、『炎焔えんえんのカルロス』だ。
 背中に赤い翼の生え、髪も燃えるような赤色をしている。、人間だと40歳くらいの魔族の男だ。
 今にも手に持った書類を燃やししまいそうなくらい怒気どきを荒げる。

「やはり、この休戦で奴等きゃつらが油断している隙に、奇襲を仕掛けましょうぞ!」
「あらあら。今日も血気盛んねぇ」

 机にその大きな胸を乗せて、まったりとくつろいでいるのは『水禍すいかのネーティア』である。
 水のような髪と露出の高いその美しい姿は、見る者を魅了し堕とすサキュバスだ。
 前は“妖艶”という2つ名だったが、魔王の娘の教育に悪いという事で改名した。本人の性格も相まって、特に問題にはならなかった。

「ふん。ウチの若い衆は血気盛んでな……早く人間達をぶちのめしたいと、日々鍛錬と工事で発散しておるわい」

 大柄である魔王より、さらに一回りは大きい一つ目の鬼――サイクロプス。彼は『金鎧きんがいのゴルディア』と言い、その2つ名の通り、金色のプレートメイルを着ている。
 相棒のハンマーを円卓に立て掛け、自慢のヒゲを撫でている。

「魔王様。軍内部デノ不満は日々溜まり続け、このままでは暴走する者が出るやもしれませんヨ」
 
 眼鏡をクイッとしながら、若干独特なイントネーションで喋る彼女は『風霊ふうれいのフェリアス』で、その背丈はなんと30cmほど。
 妖精魔族と呼ばれる種族だ。小さいながらもその魔力は絶大で、四天王の中でも一目を置かれている。

「……前にも言ったが、休戦は維持。そして、停戦へ向け調整を行っている最中だ」
「何故ですか! 歴代最強と謳われた魔王様が、突然人類種と和解を命令するなどと!」
「なんとか混乱は鎮めましたガ……やはり兵士達の不満は大きいようデス」
「その旨は、既に全軍へ向けて説明した通りだ」
「わだかまりを捨て、同じ世界に生きる者として共存していくか――若いのぉ魔王様も」
「わたしはどうだって良いけどねー。部屋でダラダラしていい時間が増えたのは、助かるわぁ」

 口々に言いたい事を言う四天王達。
 数百年続いた人類種との戦いは、あまりに長すぎた。
 もちろん魔王国の領土内で平和を望む者も少なくはないが、長年の禍根かこんは根強く残っていて、歴代最強の魔王と言えどすぐに解消できる問題ではない。
 
「総攻撃を仕掛けましょう。全軍を上げて、奴らの最も大きい国を落としましょう。さすれば、奴等きゃつも我らが強大な力に気付き――」
「ならぬッ!」
 
 魔王の声がカルロスを撃ち抜き、彼はそのまま立ちすくんでしまった。

「ぐッ!?」
「……彼らもまた強く、決して我らに劣るような存在ではない。それは、長きに渡る戦いに参加して来た諸君らも知っての通りだ」
「むぅ……」

 そう言われると、思い当たるフシがあるのか気まずそうにするゴルディア。

「それこそ、だ。再び戦いが始まれば徹底抗戦となる。互いに多くの犠牲が出る。それだけは避けねばならん」
「で、ですが……」

 なおも食い下がろうとするカルロスだが、オルディンは続ける。

「向こうも休戦に応じたという事は、苦しいのはお互いという訳だ」
「……ですが軍内部の不満は事実デスヨ。このままではクーデター……まではいかなくても、なんらかの事件が起きて、やはり問題がデマス」
「分かっておる。それをなんとかする案を、ここで募ろうと思ったのだが――」

 とても建設的な案が出る雰囲気ではない――それでも、ゴルディアから切り出した。

「――まぁ。ひとまずウチは砦や町の復旧作業もやらせているから、多少は気が紛れるかのぉ」
「ウチのサキュバスちゃん達も。男あてがって貰えればひとまず大丈夫よぉ」
「こっちも他の妖精魔族に頼ンデ、怪しそうな動きしてないか監視はしときマス」

 口々に対策を口にするが、それでも一時しのぎにしからないだろう。
 それを聞き、オルディンは立ち上がった。

「……分かった。ひとまず会議は終了だ。3日後にまた開催する――カルロス」
「は、はッ!」

 いきなり名指しをされ、思わず直立不動になるカルロス。

「人間達による窃盗事件は、後で向こう側にも通告しておく。ひとまず、警備兵を増員する事で対処しておけ」
「りょ、了解しました……」

 それだけ告げ、魔王は自室へと戻っていった。
 残された四天王達は、口々に文句を言う。

「魔王様もお優しくなられて……不満がある奴は出てこい。全部殴り倒してやるって言っていた頃の魔王様はどこへいったのやら」

 昔から魔王を知るゴルディアは腕組みをしながら、ため息をつく。
 しかしその時、立ちつくしていたカルロスは妙案を思いついたかのように喋り出した。

「こうなれば! 我々の軍だけでも人類種に攻撃を仕掛けてやるのはどうだろうか。四天王が4人分の軍が揃えば、国の1つや2つ、造作も無いだろう!」

 確かに四天王全部隊は、魔王軍の7割と言ってもいい。
 それだけの軍を1つに纏め、1つの国に攻め入る事が出来れば、あるいは可能なのだろうが――。

「えー。あたしパース。いいじゃない平和になるなら」

 全くやる気の無さそうに、ネーティアは手を振った。
 フェリアスはカルロスの前まで飛んでいき、その鼻先に指をさす。

「いいですかカルロスさん。理由はどうあれ魔王様のご命令ハ、絶対。不満があるなら、ちゃんと決闘してからにして下サイ」

 力こそ序列。
 魔族ではそういう価値観が一般的で、どうしても意見の対立が出るなら実力で黙らせる――。
 その為の決闘の制度もあるが――どれだけ不満を持っていても、魔王に直接挑む者は居なかった。

 その昔、意見の対立から魔王に挑んでボコボコにされたカルロスを除けば――。

 もちろんカルロスもそれを覚えているからこそ、他の四天王に協力を募ったのだ。
 他2人に断られ、段々と勢いを無くすカルロスはすがるようにゴルディアを見た。

「ゴルディア殿は……?」
「まぁ、確かに思うところが無い訳では無いが……具体的にどうする気じゃ。例え四天王2人分の軍があった所で、軍を動かせば双方に気取られる。ヘタをすれば魔王軍と人類軍、両方を相手する事になるぞ」

 正面から正論を言われ、カルロスも他に考えて居なかったのか押し黙ってしまった。

「ぐぅ……」
「はーカルロスちゃんは、いつも考えなしねー」
「うるさいぞ!」
「この話はヤメヤメ。カルロスさんも本当にやるつもりなら、即魔王様に通報しますノデ。今の発言は、四天王のよしみで聞いてない事にしてアゲマス」
「そういう事じゃ。まぁ、自分のところの部下なだめる案考えるんじゃの」

 そう言い残し、3人は大会議室から出て行く。
 ただ1人。部屋に残されたカルロスは、羊皮紙を握りしめ――。

「どいつもこいつも!」

 一瞬にして紙を燃やし、灰を散らす。

「魔族としての尊厳プライドは無いのか!」

 しかし先ほどのゴルディアの言葉通り――もし軍を動かせば、即魔王側に察知される。
 だからといって四天王と言えど、単独では城どころか砦の攻略すらも危ういだろう。
 ここで秘密裏に侵入して、暗殺などを企てるような考えが思い浮かばないのもまた、カルロスの特徴であった。

 ――だが、今日のカルロスには妙案があった。

「……こうなれば、アレを使うしかない」

 カルロスは静かに、笑う。

「フフフ……アレを起動できれば、例え魔王オルディンと言えど、手出しはできなくなる! そうさ、俺の時代が来るのさ! ハーハッハッハッ!」

 部屋の中で高笑いするカルロス。

 今、人類と魔王に危機が迫っていた――。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

異世界帰りの底辺配信者のオッサンが、超人気配信者の美女達を助けたら、セレブ美女たちから大国の諜報機関まであらゆる人々から追われることになる話

kaizi
ファンタジー
※しばらくは毎日(17時)更新します。 ※この小説はカクヨム様、小説家になろう様にも掲載しております。 ※カクヨム週間総合ランキング2位、ジャンル別週間ランキング1位獲得 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 異世界帰りのオッサン冒険者。 二見敬三。 彼は異世界で英雄とまで言われた男であるが、数ヶ月前に現実世界に帰還した。 彼が異世界に行っている間に現実世界にも世界中にダンジョンが出現していた。 彼は、現実世界で生きていくために、ダンジョン配信をはじめるも、その配信は見た目が冴えないオッサンということもあり、全くバズらない。 そんなある日、超人気配信者のS級冒険者パーティを助けたことから、彼の生活は一変する。 S級冒険者の美女たちから迫られて、さらには大国の諜報機関まで彼の存在を危険視する始末……。 オッサンが無自覚に世界中を大騒ぎさせる!?

集団転移した商社マン ネットスキルでスローライフしたいです!

七転び早起き
ファンタジー
「望む3つのスキルを付与してあげる」 その天使の言葉は善意からなのか? 異世界に転移する人達は何を選び、何を求めるのか? そして主人公が○○○が欲しくて望んだスキルの1つがネットスキル。 ただし、その扱いが難しいものだった。 転移者の仲間達、そして新たに出会った仲間達と異世界を駆け巡る物語です。 基本は面白くですが、シリアスも顔を覗かせます。猫ミミ、孤児院、幼女など定番物が登場します。 ○○○「これは私とのラブストーリーなの!」 主人公「いや、それは違うな」

勇者パーティーを追放された俺は辺境の地で魔王に拾われて後継者として育てられる~魔王から教わった美学でメロメロにしてスローライフを満喫する~

一ノ瀬 彩音
ファンタジー
主人公は、勇者パーティーを追放されて辺境の地へと追放される。 そこで出会った魔族の少女と仲良くなり、彼女と共にスローライフを送ることになる。 しかし、ある日突然現れた魔王によって、俺は後継者として育てられることになる。 そして、俺の元には次々と美少女達が集まってくるのだった……。

クラス転移から逃げ出したイジメられっ子、女神に頼まれ渋々異世界転移するが職業[逃亡者]が無能だと処刑される

こたろう文庫
ファンタジー
日頃からいじめにあっていた影宮 灰人は授業中に突如現れた転移陣によってクラスごと転移されそうになるが、咄嗟の機転により転移を一人だけ回避することに成功する。しかし女神の説得?により結局異世界転移するが、転移先の国王から職業[逃亡者]が無能という理由にて処刑されることになる 初執筆作品になりますので日本語などおかしい部分があるかと思いますが、温かい目で読んで頂き、少しでも面白いと思って頂ければ幸いです。 なろう・カクヨム・アルファポリスにて公開しています こちらの作品も宜しければお願いします [イラついた俺は強奪スキルで神からスキルを奪うことにしました。神の力で学園最強に・・・]

先輩に退部を命じられた僕を励ましてくれたアイドル級美少女の後輩マネージャーを成り行きで家に上げたら、なぜかその後も入り浸るようになった件

桜 偉村
恋愛
 別にいいんじゃないんですか? 上手くならなくても——。  後輩マネージャーのその一言が、彼の人生を変えた。  全国常連の高校サッカー部の三軍に所属していた如月 巧(きさらぎ たくみ)は、自分の能力に限界を感じていた。  練習試合でも敗因となってしまった巧は、三軍キャプテンの武岡(たけおか)に退部を命じられて絶望する。  武岡にとって、巧はチームのお荷物であると同時に、アイドル級美少女マネージャーの白雪 香奈(しらゆき かな)と親しくしている目障りな存在だった。  だから、自信をなくしている巧を追い込んで退部させ、香奈と距離を置かせようとしたのだ。  そうすれば、香奈は自分のモノになると思っていたから。  武岡の思惑通り、巧はサッカー部を辞めようとしていた。  しかし、そこに香奈が現れる。  成り行きで香奈を家に上げた巧だが、なぜか彼女はその後も彼の家を訪れるようになって——。 「これは警告だよ」 「勘違いしないんでしょ?」 「僕がサッカーを続けられたのは、君のおかげだから」 「仲が良いだけの先輩に、あんなことまですると思ってたんですか?」  甘酸っぱくて、爽やかで、焦れったくて、クスッと笑えて……  オレンジジュース(のような青春)が好きな人必見の現代ラブコメ、ここに開幕! ※これより下では今後のストーリーの大まかな流れについて記載しています。 「話のなんとなくの流れや雰囲気を抑えておきたい」「ざまぁ展開がいつになるのか知りたい!」という方のみご一読ください。 【今後の大まかな流れ】 第1話、第2話でざまぁの伏線が作られます。 第1話はざまぁへの伏線というよりはラブコメ要素が強いので、「早くざまぁ展開見たい!」という方はサラッと読んでいただいて構いません! 本格的なざまぁが行われるのは第15話前後を予定しています。どうかお楽しみに! また、特に第4話からは基本的にラブコメ展開が続きます。シリアス展開はないので、ほっこりしつつ甘さも補充できます! ※最初のざまぁが行われた後も基本はラブコメしつつ、ちょくちょくざまぁ要素も入れていこうかなと思っています。 少しでも「面白いな」「続きが気になる」と思った方は、ざっと内容を把握しつつ第20話、いえ第2話くらいまでお読みいただけると嬉しいです! ※基本は一途ですが、メインヒロイン以外との絡みも多少あります。 ※本作品は小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しています。

一人だけ竜が宿っていた説。~異世界召喚されてすぐに逃げました~

十本スイ
ファンタジー
ある日、異世界に召喚された主人公――大森星馬は、自身の中に何かが宿っていることに気づく。驚くことにその正体は神とも呼ばれた竜だった。そのせいか絶大な力を持つことになった星馬は、召喚した者たちに好き勝手に使われるのが嫌で、自由を求めて一人その場から逃げたのである。そうして異世界を満喫しようと、自分に憑依した竜と楽しく会話しつつ旅をする。しかし世の中は乱世を迎えており、星馬も徐々に巻き込まれていくが……。

のほほん異世界暮らし

みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。 それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。

せっかく異世界に転生できたんだから、急いで生きる必要なんてないよね?ー明日も俺はスローなライフを謳歌したいー

ジミー凌我
ファンタジー
 日夜仕事に追われ続ける日常を毎日毎日繰り返していた。  仕事仕事の毎日、明日も明後日も仕事を積みたくないと生き急いでいた。  そんな俺はいつしか過労で倒れてしまった。  そのまま死んだ俺は、異世界に転生していた。  忙しすぎてうわさでしか聞いたことがないが、これが異世界転生というものなのだろう。  生き急いで死んでしまったんだ。俺はこの世界ではゆっくりと生きていきたいと思った。  ただ、この世界にはモンスターも魔王もいるみたい。 この世界で最初に出会ったクレハという女の子は、細かいことは気にしない自由奔放な可愛らしい子で、俺を助けてくれた。 冒険者としてゆったり生計を立てていこうと思ったら、以外と儲かる仕事だったからこれは楽な人生が始まると思った矢先。 なぜか2日目にして魔王軍の侵略に遭遇し…。

処理中です...