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シーズン1 春夏秋冬の出会い

12話 12月31日

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 大晦日の夜。

 短いようで濃い1年が終わりを迎える頃、俺はアパートの自室でコタツに入っていた。
 少々作動音のする古い型の卓上IHヒーターをコタツの上に乗せ、ちょうど1人前分の大きさの土鍋を置いている。
 頃合を見計らい、蓋を開けると――もあっと出る湯気。
 そして鍋の中では、ゆらゆらと揺れる豆腐と、下に敷いてある昆布が見える。
 
「さて……」

 穴の開いたお玉で豆腐を掬い、小鉢の中へと入れる。
 そこへ醤油を垂らし、柚子の搾り汁を入れ、用意しておいた紅葉おろしを乗せ、みじん切りのネギを振りかける。

「いただきます……」

 テレビでは年末特番のバラエティー番組が放送されている。
 タレントや芸人達が楽しそうにご当地料理を食べ歩いている姿が見える――。

「行きたかったな……」

 机の上には黒い鍵、白い鍵、“1”と書かれた金の鍵が置いてある。

 ここ2週間ほどは会社の忘年会、取引先の忘年会、会社が懇意にしている方々と上司と一緒に接待飲み、大学時代の同期との飲み会――とにかく胃が休まる暇が無かったし、異世界へ行く余裕も無かった。
 それでも昨日、緊急の仕事も終わったし久々に行こうとしたが、鍵が作動しなかったのだ。

 
『向こうの世界は、こっちで言う30日から。みんな家族や友人達と一緒に穏やかに過ごすのさ。だからどんな店も基本的に閉店さ。で、年が明けたら盛大な祭りをやるんだが……少なくともまともに店をやるのは3日目以降だと思うし、折角だからゆっくりしたら? あっ、どうせ暇なら一緒にティガレックス討伐を――』

 
 大家に聞いたらそういう事らしい。
 そういう訳で、今日は休みにも関わらず自宅で湯豆腐を食べながら、缶ビールを開けているのだ。

「――この1年、本当に色々あったな」

 オーガの大将の店でラーメンを食べたり、海の家へ行ったらサメに襲われたり――。

 真夏の砂漠を歩かされたり、海賊に捕まったり、岩壁を登らされたり――。

 女騎士と出会い、お頭と出会い、厳つい人と出会い、不死鳥とも出会い――。

「……来年は何を食べに行くかな」

 ふと、トイレに行きたくなり、席を立つ。

 平日でも週末でも行きたい時に向こう側へ行って、向こうの住民と交流するのに慣れてしまい――1人で居るのが少し物寂しく感じた。

 そう感じる自分に、少々驚いている。

 用を足し、扉を閉め、手を洗い自室へ戻ると――。

 食べ掛けの湯豆腐と、まだ湯気が立っている土鍋が目に入る。
 他には誰も居ない。それは当たり前の事だろう。

「さて。コタツに入る前に、何かツマミでも用意するか」

 台所へ行き、冷蔵庫から買い置きしておいた総菜をいくつか取り出し、電子レンジで温める。
 どれも近所のスーパーで買ってきたモノだが、味はそれなりに良い。
 
 それらを持って再び自室に戻ると――、

「えっ」

 そこにはコタツで金髪の女性がくつろいでいた。
 さらに青いバンダナを巻いた青年も同じように座っている。
 
「えぇっ」
「お。オダナカさん、お邪魔してるぜ」

 左手を上げて挨拶をするお頭。

「すいません、ここで待っていろと言われまして……」

 若干申し訳なさそうに言っているアグリさん。

「誰に?」

 そう尋ねると、2人は顔を見合わせてから口々にこう言った。

「なんか、こう。おっぱいのでっかいネーちゃんに」
「怪しい魔法使いの女性に」
「……大家か」

 後で問い正しに行こう。

「それよりこの白い塊はなんだよ。この缶に入ってるのもお酒だろ? 俺が作って来た刺身とかあるからよぉ、少し分けてくれよ」
「私は昨日まで遠征に行ってて……その時に狩ってきた魔獣をお肉屋さんで捌いて、持ってきました。あっ、ご飯あります?」

 相も変わらない2人に、思わず顔が緩んでしまう。

「……ふっ」
「どうしました?」
「いえ。では用意をしますので、皆さんは湯豆腐と総菜でも食べていて下さい。ビールは買い置きがあるんで大丈夫ですよ」
「ほぉ。では我にもそのビールとやらを貰おうではないか」

 気付けば俺の背後に、見覚えのある大男が立っていた。
 平均的な日本の部屋なので、やや腰を屈めているようだ。
 
「でっかっ! オッサン誰だよ!」
「ほぉ。お米のレシピ本ですか……」

 お頭が驚き、アグリさんは本棚に入っている本に興味があるようだ。
 そして、こちらも見覚えのある顔だった。

「お久しぶりです、オルディンさん。貴方も大家に呼ばれて?」

 そう尋ねると、オルディンはあごに手をやりながら、白い鍵を取り出した。

「いや。我は嫁と娘が実家に帰省しているのでな、暇なので“コレ”を使って見たら、ここに出た訳だ」
「なるほど……」

 やはりこれも大家の仕業だ。
 だが、今はそれも気にしないでいいだろう。

「では狭いですが座っててください。はいお頭も、これが缶ビールです」
「おぉ――これどうやって飲むんだ?」
「こひょゆどうひゅというもの、あっさりとしてそれでいてなんとも不思議な食感っ! 食前には丁度良いかもしれません!」

 いつの間にか鍋の湯豆腐を食べていたアグリさん。しかし、薬味も無しにそのまま食べている。

「美味しそうに食べるな、人間の娘よ」
「あっ申し遅れました。私、アグリと申します!」
「この場は、オルディンとだけ名乗っておこう」
「どっかで聞いた事があるような……まぁ、それは後にしましょう」
「そうだな」

 一気に部屋が騒がしくなり――隣室から苦情が来ないか少し不安もあるが。

 この騒がしさは、逆に心地が良かった。

「それではビールも皆さんに渡ったようなので……」

 異世界で出来た繋がりは、しばらくは切れそうにない。

 そう思うと、少し嬉しく思う。

「それでは、乾杯ッ!」
 
「「「乾杯!」」」
 
 4人で缶ビールを開けて飲むと、さっきまでとは違い――それはとても美味しく感じたのであった。
 
「嗚呼――美味い」

 
 来年も良い年になりますように――。
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