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類 大学生編「ラストクリスマス」
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シャワ浣/結腸責め/死ネタ
※ ※ ※
彼は、小学生のとき出逢ってから季節ごとに舞台を観にきてくれた。
気まぐれにふらっと寄るものだから、いつも関係者席の端のパイプ椅子に座って。
類は、彼を舞台袖から探すのがとても楽しみだった。
──来てるかな。
来ていなくても落胆はしなかった。忙しいのは解っていたし、また次があると思っていたから。
でも、今年に入ってから一度も姿を見ない。もう十二月なのに。
──連絡も取れない。
端の席に座る彼の姿を何度も夢で見た。ちょっと前屈みで頬に手を当てて。
──きっともう。
自分は既に彼に褒められたくて芸をする必要はないのだろう。
小学生だった類は、今では大学四年生になってそれくらいのことはもう解ってはいたのに──。
※ ※ ※
──今年の十二月二十四日は千秋楽で大雨だった。
毎年、クリスマスイブは何故か不安定な気持ちになるのだけれど、天候が悪いと更に顕著になる気がする。
類は、打ち上げを蹴って、下北沢にあるクラブのバックヤードへタクシーで乗りつけた。
従業員のロッカーが並び、仮眠用ソファがあり、酒の在庫が積みあがる小部屋。
本来はスタッフの為の場所だが、面が割れるとまずい常連客や薬の売人、売春斡旋業者たちの溜まり場になっていた。
類は、濡れたコートのまま隅のソファに勝手に陣取る。
「チョコ頂戴」
店長に声をかけたら「何、でかい躰、小さくして」と笑われた。
類は椅子の上で膝を抱えて胎児のように丸くなっている。
「寒い?」
店長が訊くと一層身を縮めた。
「──暑い」
近頃、眠れないし食べれないしで体温調節がおかしい。
薬の所為なのは解っている。体重も体力も落ちている。でもやめられない。
ないと躰が動かない。何かをする集中力も保てない。
店長がチョコと一緒にスポーツドリンクを渡してくれて。
口をつけたあたりから記憶がない。
※ ※ ※
──目が醒めたら知らない部屋にいた。
広くて柔らかなベッド。黒が基調のインテリア。スーツケースが二つ横倒しになっていたが、作り付けの大きなクローゼットやフローリングの感じから、ホテルではなく住居だと思った。
コートは見当たらないが服装はそのままになっている。
ベッドを降りて窓際に寄ると大きな雨粒がガラスを叩いていた。
夜景の見え方と開閉できない窓の仕様で察するに、二十階以上の建物にいるようだ。
「はじめまして」
死角から近づいてきた男が窓に映り、類は反射的に振り返った。
──え。
似ている。
でも別人なのは判る。
血縁者──なのだろう。
幽霊を見ているようだ。
「顔色わるいな」
お前のせいだろと思いながらもあきらかに目上なので敬語を使う。たぶん、彼より更に歳上だろう。
「弟がいるのは知ってましたけれど──兄? 従兄弟?」
「半分だけの兄。母が違う。姓も違うな」
男はたくさんのピアスを差し出した。
「形見分け。弟くんはもう選んだから、すきなのどうぞ」
──やっぱりもう。
「アルコールと薬で骨が脆くて殆ど残らなかった」
銀色のフープピアスをひとつ摘んだ。少し焦げているように思う。指先が震えた。
「──いつ、ですか」
「春に。海外でね」
なら自分は半年以上、もう来るはずのない人を待ち侘びていたのか。
馬鹿みたいだ。
失礼だと思いつつも相手の顔から目が離せない。
特に瞳が──似ている。
「俺が──岳に見える?」
「──今、その名前、聞きたくないです」
耳を塞ぎたい。
目も瞑りたい。
全部遮断したい。
窓をずるずる伝って蹲み込んだ類の頬に、男が屈んで手をかけた。
くちびるを寄せてきたのを払う。
「その顔でやめてください」
「ただの優しいお兄ちゃんだった?」
「──俺が頼んだら構ってくれることはあったけれど、向こうからは無かったですよ」
「ふうん」
「俺、倒れたんですか」
「弟くんに教わって君のマンションに行ったら、綺麗な男の子が下北のクラブだろうと──向かってみたら店長が裏で倒れてると言って──知り合いだからと引き取った」
自分の周囲はもう少し他人を疑ってほしい。
一応、本日も二千人近い観客の前で舞台に出て裏口に出待ちもいる身としては。
「丁度良い、人前で知らせたら泣くかも──とか思ってな」
「──そんな、子供じゃ、ないです」
この男は義理の弟が亡くなっても哀しくはないのだろうか。何か確執があったのかもしれないし家庭内の事情は解らない。
さっき自分にくちづけをしようとしたのは何故だろう。
揶揄われたのか。
──全然思考が読めない。
「用事は以上──体調はどう。帰れるか?」
あっさりしたものだ。
類はちょっと拍子抜けした。
「寝不足なだけです。帰れます」
「そう。こっちの窓から見えてるのが新宿中央公園。出て真っ直ぐ歩いたら西口にでる。タクシー呼ぶか」
「いえ──」
それなら此処は都庁の近くで──土地勘はある。
ひとりでどうとでもできる。
「君のコートと靴は玄関にある。傘はどれでも持っていきな。返さなくて良い」
淡々とした事務的な会話。
お疲れ様、とでも言われそうだ。
厄介な親族の後始末──そんなところだろうか。
なんだか遣りきれない。
類はまだ窓際の床から動けないままでいる。
どうしても相手の顔を目で追ってしまう。
──半分は同じ血なのか。
この男の中に岳の欠片は在るのだろうか。
少しだけでも。
「床が楽か? 床暖房いれるか」
「あ、いえ。すみません──」
無理矢理に立ちあがったらよろけて、男に抱きとめられた。
類より岳より身長が高い。
たぶん透哉よりも。
筋肉質の腕が硬い。
この腕に岳の成分が少しは在るのだろうか。
そんなことばかり脳裏に浮かぶ。
男の腕の中で動けずに途方にくれていたら少し笑われた。
「聞いていた通り子供だな」
類は不服そうに反論する。
「そんなこと他人に言われたことないですよ、俺。子供のころから、大きいね、大人っぽいねってそんなのばっかりで──」
男から躰を離そうとしたが、逆に腕の中に閉じ込められた。
腕力が全然違う。岳にも勝てないままだったけれど、もっと強い。
「──俺からすると、岳が可愛がってた子っていう先入観があるから。小さいころの話も聞いているし余計そう見えるな」
交流自体はあったのか。
関係性もわるくはないように──聞こえる。
「俺のこと、なんて?」
「──一回だけって断ったのに手練手管使われて。結局、弟が増えたって苦笑してたな」
「──そう、ですか」
そんな風に──笑ってくれていたのなら良かった。
ずっと子供の特権で我儘言って迷惑かけて──大人になったら返せば良いと勝手に思っていたけれど。
そんな日は来なくて。
──離れがたい。
類は抵抗するのをやめた。
「ここに住んでいるんですか」
「普段は海外にいて。ここは貸してる。今ちょうど、この階空いていたから」
日本にいない人なのか。
「寂しい?」
揶揄っている訊き方ではなかったから何て応えればいいか迷う。
「──似ている人間のいるからって寂しさの度合いが減るのか解らない。でも──半分は要素が一緒って思うと何か、気持ち、が、変になる」
「異母兄弟な上に母親同士が従姉妹だから、遺伝子の構成上は、俺が一番、岳のそれに近いだろうな──けれどもちろん同じ人間じゃない」
男が類の顎を持ちあげた。
「代用品が必要?」
「──わから、ない」
そんなものいらない、本物じゃないと突っぱねられなかった。
このまま帰りたくない。
相手は誰でも良いけれど──似ている箇所がある人間なら、なお気が紛れるように思う。
それとも、違う箇所を思い知らされてつらいだけだろうか。
どちらだろう。
「──だいて」
きっと今の自分は迷子のような表情をしている。
「ハグがほしい?」
「子供扱いやめてください」
「──体格差があるからしんどいだろ。類がね」
名前をはじめて呼ばれた。
声も似ていると実感する。
心臓が跳ねた。
「平気。して」
「売ってたの中学生までだったか。今でも多少遊んでるんだろうけど──過信しないほうが良いよ」
「できるって!」
強く主張するほど、ちゃんとした大人としての態度から遠ざかりそうで歯痒い。
──別に。
自分は繋がれれば気が落ち着きそうでそれで良くて。イかせてほしいわけではたぶんない。
人恋しいだけだ。
でもそう言うと一層子供扱いされそうで。
「大丈夫だってば!」
我ながら駄々を捏ねているだけだと思うけれど──もう少し誘いようがあるだろうと──でも気持ちに余裕がない。
男が少し目を細めて言った。
「なら──シャワーそっち。ナカ洗ってやる」
「それくらい自分でできるし!」
「今度は浴室で倒れられたら困るから」
類は、あきらかに体力が落ちているのを認めざるを得なかった。
男の力が強いのもあるだろうけれど、複数相手ならともかく──一対一でこんなに簡単に脱がされて運ばれるなんて。
自分で言いだしたことなのにもう後悔しはじめている。
「自分でやる! 俺、そういう趣味はないから!」
「俺もない。風呂場で頭打ったら危ないだろうが」
強引に押し切られ正面から相手に腰を掴まれる。
片脚を浴槽の縁に乗せられるとふらついて男の肩に縋った。
後孔にあてがわれたノズルに躰が竦む。それだって人工物には変わらないから。
「玩具怖いんだったか。これも苦手か──すぐ抜くよ」
「──ひ、ぁ」
生温い湯が入ってくる感触が久々で気持ちが悪い。今、されている行為もいやだけれど、この後を考えるとさらに不安が募る。
別にちょっと穴を貸す程度ならわざわざあれこれしなくても良くて。
──どこまでする気なんだろう。
読めない相手に不安が膨らむ。
シャワーの温度も水圧もやり方も合っている。手慣れているのだと思う。そういう面で心配はしていないけれど。
「一回、出して」
ノズルが抜かれて同時に支えられていた腰の手も離れた。
男が巻き添えになって濡れた服を脱ぐ。
それまで男の顔ばかり気にしていたけれど、股間が視界に入って思わず目を背けた。
──全部を挿れるの無理かも。
これなら慥かに洗浄は要るだろう。
戸惑っている類を男が見下ろす。
「お腹の、もう、出して」
「──トイレ行く」
「ふらふら動くと危ないだろ」
「やだって! 俺そういう趣味ないから!」
男が排出を促そうと類の腹を大きな掌で圧迫してくる。
類は下肢に力を入れながら抵抗した。
「ほんとに、いやだ! 一回目は、絶対っ、やっ──」
ここ二日くらい眠れてないし食べてないしで、たぶん出したとしても湯と大差はない。
それは自分で解っているのだけれど、どうしても、その似ている目で見られるのはいやだった。
「ほら。腹壊すから、もう出しな」
腹を押されていた手が腰に回る。ゆっくりなぞられると力が抜けそうになった。
「やめっ、やだっ、はな、して──」
「シャワー出しといてやるから」
紛れて解らないし大丈夫だろ──と困ったように男が言う。
我儘だと思われているのだろうか。子供っぽいと呆れているのだろうか。
向こうからしたら大したことではないのかもしれない。
でも、類は首を振っていやがった。
シャワーから出る湯の跳ね返る音が浴室に響く。
温度も湿度も上がり弱っている類の体力を奪っていく。
「もう、出てって、おねがいおねがい、一回、出てって──」
太腿が震えて限界が近い。必死に訴える類の顔から血の気がひいている。男にしがみついていないと立っていられない。
「──そんな様子じゃ危ないだろ。あんまり無理矢理どうこうはしたくないが──困った子だな」
男は、類の後孔に湯が出しっぱなしになっているシャワーのノズルを再度差し込んだ。
「うあ゛ッ、や゛、ぁあ」
既にいっぱいだった腹がさらに膨らみ、苦しくて類は前屈みに躰を折った。
「ア゛、ぁ、ぐッ──」
受け入れられない量の液体が溢れながら注がれていく。
入れた傍から入り切らずに零れ落ちる。類の肩が寒くはないのにぶるりと震えた。
「あ゛ぁ、ほんと、に、出、てって──おね、がいっ、だめっ」
耐えながら懇願する類の腰を撫でつつ男は「目を瞑ってるから」と言ってノズルを抜いた。
「や゛、だっ、見ない、で──」
「見てないよ。大丈夫」
シャワーの音にかき消されながら腹の中のものを出し終えた類は、肩を上下させながら床のタイルに膝をついた。
「擦り傷になるだろ」
男が類を立たせて二回目の湯を注ぎ込む。
「ぁ、あ──」
浴室は暖かいのに体内が酷使されて体温が奪われていく。
削られる体力。
頭がくらくらする。
もう目を瞑ったまま男の言う通り人形のように手足を動かすだけしかできない。くしゃくしゃとタオルで拭かれて、次に目を開いたのは元のベッドの上だった。
浴室では余裕がなくて気づかなかったけれど、当然ながら男の胸に疵痕はなくて。
そこを探すように何度も類は触れる。
「あの疵痕、すきだったのに」
「──そう」
「──あんたも、つけてよ」
「あれ、ひとつは弾疵だろ。死ぬって」
苦笑しながら男はくちびるを寄せてきた。最初のように類は抗わなかった。舌を捩じ込もうとしたら押し戻され諦めて主導権を手放す。
──どうしよう。
舌の感触も似ている。
されてることは普通のはずで。絡みとられ吸いつかれなぞられて。
柔らかくて温かくて、似ていると思うとずるずる気持ちが引っ張られて余裕がなくなる。
「んっ──」
思わず背中に手を回してしがみついたら相手の口角が上がった。少し笑われたのだろう。慌てて手を引っ込めた。
「良いよ──笑ってわるかった」
手首を掴まれて男の背に誘導される。
そのままシーツに倒されて、両膝を折り曲げられた。
尻を左右に拡げられそこが外気に触れる。
──何をされようとしているか解ったけれど。
自分がそっち側でもたぶんそうする。急に抱いてと言われても用意なんてないし舐めて挿れてしまえとなるだろう。
──解るのだけれど。
ついさっき口の中を犯されたのと同じ感触が尻の窄まりにくるのかと思うと肌が粟立つ。
──おとなしく。
おとなしくしていないと。誘ったのは自分なのだし。暴れるとか体裁がわるいし、はしたないし──子供っぽいし。
穴の近くに舌の感触を感じて咄嗟にシーツを掴んだけれど、想像より優しくて細やかな刺激に腰が浮きそうになった。
「──ッ、ん」
くちびるを噛んでシーツを握りしめ躰を動かさないように力を込める。舐めて唾で濡らすのが目的だろうに──つい感じてしまう自分がみっともない気がして。
感じることは捩じ伏せられたのに、後孔から会陰まで舐め上げられてくすぐったさに小さく悲鳴が漏れた。
類の膝を抱えたまま男が笑いながら訊く。
「何──くすぐったい?」
「ごめ、ごめんなさい──そう、みたい」
再度、穴の周囲を舐められたら、もう我慢できなくて膝を浮かせたまま脚を閉じた。
「ぁ、んっ──」
男は脚を閉じたがった類を無理強いせず自由にさせた。
楽しそうに笑う。
「顔が真っ赤。全裸にしても尻の穴見られても堂々としてた癖に、くすぐったいのは恥ずかしいのか。変な子」
「そ、んなの──」
自分にだって解らない。
慥かに裸にされようが何処見られようが別に何とも。感じてたって見苦しく大騒ぎしてなければ勝手に見物してたら良いと思う。
でもくすぐったがるのはなんだか子供っぽいし──雰囲気壊しそうで申し訳なくて──抵抗がある。
「そんな警戒すんなよ。わざとはしないし──別に危ないときはお前くらい抑え込めるから我慢しないで動いて問題ない」
そんな警戒心丸出しにはしていないつもりなのだけれど。
男は考慮してくれたのだろう──直接舐めず唾を指にとって穴に塗り込め拡げるように揉まれた。
それでも、くすぐったくて腰がよじれたら──尾骶骨のあたりを大きな手で掴まれ固定された。
「ひ、ぁん──」
腰がひく、と揺れる。
尻尾の名残りの付け根。
反応した場所を優しくあやされる。
「んんっ──」
やっぱり腰が反応する。
「此処も、くすぐったいのか」
自分でも判断がつかない未熟な刺激に困っていると、また同じところを触れられた。背骨が何かぞわぞわとする。
「ぁ、んっ──」
背中が反るのを力で押さえつけられていてそれが叶わず、代わりに類はシーツを滅茶苦茶に引っかいた。
「尻尾の付け根に反応するの猫みたいだな。警戒心も強いし」
面白がって男は本当に猫に対してするように付け根を撫でたり軽く叩いたりしてくる。
「んっ、くっ──」
類は、力が抜けてシーツから手を離し、口元あたりを覆った。
動いて良いとは言われても程度問題だろうし、ちょっと視界も朧げになっているということは涙も溜まってる。
この後、奥までやるつもりなら、感覚を下げないと足を引っ張りかねない。
ちょうど良い。
似てる似てないと勝手に反芻しだす思考もつらいし。
類は、少し意識を分断して自分の手元を見る──これは造り物──この神経は擬い物──。
自制を取り戻して深く息をついた類に、男が冷たい声で言い放った。
「──昼間は舞台で仕事してきたんだもんな。汗も涙も自由自在?」
類の躰が固まった。
男は声音を和らげて嗜めた。
「お行儀良くしようとか思わなくていい。余計な調整されると、反応みて加減ができないから危ない」
「ごめん、なさい──」
「信用しろって。大丈夫だから。やばそうなら途中までにするし」
──無理そうならやめてもらえる。
その言葉を信じて躰を素直な状態に戻したけれど。
「そんなに、ほぐさなくても、俺、平気だから──」
執拗に弄られてる後孔がやっぱりくすぐったくて、もじもじと揺れる腰が恥ずかしくなる。
「だろうな。元々柔らかそうだ」
余裕ありげに弱い部分をすれすれで刺激してくる巧緻さが少し腹立たしい。
類のほうはもうかなり切羽詰まってきているのに。
「あ、ぁ──ゃ、だ、もぅ、へいき、だから──」
「──そう」
男が指を挿れナカを確認するように動き回る。
大体事故るのは縁の部分だからそこさえちゃんとしてたらナカは大して問題ではないはずで。
自分に大丈夫と言い聞かせる。多少奥まで入っても──無理なら途中までと約束してくれたし。そう思っても後孔に相手のものがあてがわれると、その質量に怯えて穴が締まった。
──足手纏いにならないようにしないと。
なるべく見ないように顔を背けて小さく息を吐いたら「大丈夫、大丈夫」とあやされるように頬を撫でられる。
「注射を怖がる子供みたいだ」と笑われたので軽く睨むとくちづけをされた。
男に親指で窄まりを拡げられながらゆっくり先端で貫かれた。それだけでも圧迫感が相当あって。
否応なしに喉から声が漏れる。喘ぎどころか殆ど悲鳴に近い。
亀頭が入りきったところで男は一度とまって類の腹を掌で撫でた。
大きな温かい手で優しく扱われると性的にどうこうというより単純に安心する。
「たぶん、当たるし──わるいけどナカに挿れているかぎり、ずっとそうなるから」
「──え」
ずる、とナカの幅いっぱいに拡がる男の陰茎が浅い部分から少し進み、類の前立腺のしこりを内壁越しに押し込んだ。
「ぁ゛やっ、んッ──」
くちびるを噛んで嬌声を押し殺す。
もう抜かれない限りはこれが続くのかと思うと気が遠くなりそうになる。
「角度変えてみるけど──たぶん避けられない」
負担を減らそうと男がゆっくり抉る方向をずらしていくが、微妙に変わる刺激で余計に類は背中を跳ねさせた。
「や゛っ、うごかな、いでっ、うぁ──ばか、うごくな、よっ」
「──痛みはなさそうだな」
ナカの動きを止め、未だ入りきってない結合部に唾を指先で塗り足して、また奥へと穿つ──その工程を繰り返される。
類は焦らされているような刺激に耐えかね身悶えしながら大丈夫だからと訴えた。
「ぁ、だめっ──ぁあ、もう、いい、からっ、大丈夫──」
指が離れたと思ったら、腹の奥へと進む男の陰茎に前立腺を擦り上げられる。
ナカの動きが止むと、男はまた結合部に唾液を纏わせようと指を這わす。
その間も粘膜越しに押し上げられる臓器への刺激は絶えることがない。
少しずつ内臓が喰われていくかのように錯覚する。
前立腺からの甘い痺れは自覚できる。疼いているのは精嚢か。さらに奥の膀胱が押されているのか。
これなら自分が相手のものを舐めたほうが楽だったのに。
「やっ、へいきっ、だからっ──」
「それは俺が決めるから」
「俺の躰なの!」
苛ついて怒鳴ると男の指が結合部から会陰をくすぐり陰嚢にまで伸びてきた。
「何、やっ、やだっ、わざとしないっ、て、んんっ──」
怯えて見上げると、優しく笑う男と目が合った。
指先全体で陰嚢を包まれ優しく動かされる。
中途半端に繋がった状態で動くと危ないのは解るから必死でシーツを掴んで堪えると布がみしみし鳴った。
「やっ、ぁ、だめっ、危な──」
「我慢しなくて良いよ。お前の力くらい俺は抑えられるから」
どうぞ暴れてください、とでも言わんばかりに陰嚢の裏をくすぐられて腰が跳ねたのを男は予告どおり片手で押さえつけた。刺激が逃がせず類が悶えて叫ぶ。
「やっ、ぁああ゛っ──」
男のくすぐる指が緩やかになった。それでも苦手な刺激を我慢するのに膝が震える。
「くっ、んっ、やめ、てっ──」
「ちゃんと言うことききな」
「──ッ、やめ、ぁっ、ん」
陰茎の先までくすぐられて押しとどめられなかった喘ぎが漏れた。
「塗るのこれでもいいな」
大きな骨ばった指が類の先走りを掬って結合部へ垂らす。
くすぐられたくらいで先端から漏らしていたのかと思うと恥ずかしくてもう何も言えなくなった。
真っ赤になっている類の頬に男は自分の顔を摺り寄せて「少し動くよ」と知らせた。
ゆっくりと類の前立腺を擦り上げ奥へと進む。
腹のナカをごりごり押し上げられて類は荒い呼吸を繰り返した。
どくどくと血液が過剰に送られ酸素の供給が間に合わない。
薬で弱っている類の躰は耐えきれずに悲鳴をあげた。
「奥、経験ある?」
類は力なく首を振った。
「力、抜ける?」
圧迫感に抵抗する躰がどうしても強張っていうことをきかない。類はもう一度首を振った。
男の指が類の腹をつつく。そのまま片手を結腸のあたりにおいた。
腹の中に知らない衝撃が何度か走り、類は口を閉じることもできずに呼吸が乱れっぱなしになった。声も出せない。
全力で走ったかのように息が浅い。
口の端から涎が零れるのを男が舐めとっていく。
滴り落ちる汗がとまらない。
さらに奥を追いつめられると、今度はあんなに抜けなかった力が自動的に弛緩して躰の制御が効かなくなった。
この感覚を快楽と捉えたらまずい気がする。
これは遊んで良い部位じゃない。危機感に身の毛がよだつ。
「い゛ゃ、これっ、これ、だ、め──」
「大丈夫だって。息だけちゃんとしとけば」
視界が霞む。
たぶんこれは涙のせいではなくて。酸素が。足りない。
「息止めんな。大丈夫だから」
「ぁ゛、ぁあ、ぁ──」
息と──かろうじて喉から掠れた声が。
他は何一つ、自分の意思では動かせなかった。
男がゆっくりナカで動くと勝手に連動して躰が小刻みに震える。
穴の縁から結腸まで内壁越しに敏感な器官をあちこち擦り上げられ、類は悲痛な叫び声をあげた。
力が入らずただ快感に振り回されるだけの四肢。
陰茎の根元をナカから粘膜越しに押し上げられ明確な射精感もないままにだらだらといつまでも精液が零れる。
躰がおかしくなりそうだ。
「ぁ゛、待っ、だめっ、や゛っ──」
自分のナカで何をされているのかもうわけがわからず目の前の男に縋りつく力もない。
ただただ刺激を受けとることを強要され波に攫われて溺れるように無力だった。
※ ※ ※
──劇場の窓から黒煙が見える。
火の手が回る。
早く逃げないと。
人波に逆らって彼のほうに手を伸ばす。
端の席にいる彼に伝えないと。躰が動かない。息が苦しい。声が届かない──。
まだ薄暗いうちに目が覚めた。
──夢を見た気がする。
身動きするとすぐ横から声がかかった。
「──大丈夫?」
「あんたとはもう絶対しない!」
男が声をたてて笑う。
全然大丈夫じゃない。怖かったし苦しかったし、まるでまだ何か蠢いているかのようにナカのしこりが収縮を繰り返して戦慄いている。
──こんなのは知らない。
なかったことにして起きあがろうとすると腰がずきりと痛んでバランスを崩した。
「──ッ、いっ」
「落ちる落ちる」
抱きとめられた体温に腹のナカが呼応して焦る。
「大丈夫だから離して──」
言いながら息があがる。
真正面から背に手を回されただけで自分の躰が反応した。
慌てて腰を引こうとしたら逆に男に引き寄せられる。
「──ッ、はな、せよ」
たぶんバレてる。
腹のナカの疼きも勃ってきたものも。
「今イくと気持ち良いよ」
「むりっ、腰痛いっ、離せって──」
「起きても、まだ内股で顔赤くしてるの見ると可愛いな」
もう男は自分がどんなに睨んでも文句を言っても適当に流すだけで。
イかされて。
水を飲まされて。
シャワーを浴びせられて。
男の服を着せられて。
ひたすら世話をされて赤ん坊に戻ったような気になった。
袖が余るシャツのボタンをとめながら男が言う。
「躰細いなあ。奥まで入れたら腰骨当たったし。尾骶骨も目立ってたし──ちゃんと食えよ」
「食ってるよっ」
「うそつけ──ナカ洗っても何もでなかっただろうが」
──見られてた。
類は頬が熱くなった。
「うそつきはそっちじゃん! 目を瞑るって言った癖にっ──」
涙目で睨む類を男は「わるかった。心配だったから」とあやす。
目が合った。
似ている──瞳。
ああ、そうだ。
──夢で。火が。
「──お葬式とかこっちでしたの」
「いや。全部向こうだな」
「──じゃあ、何でピアス焦げているの」
服を着せている男の手が止まった。類が更に問い詰める。
「海外で火葬はあまりないよね──どんな死に方したの」
「知らなくて良い」
類にだって解っている。自分には言えないような仕事も──自分には見せないようにしていた面もあることくらいは。
「──返し、て」
「──俺に甘えて良いよ」
「贋物じゃいやだ! 岳を返して──」
男に着せられた服は大きくて温かくて。
類はそれをぎゅっと両手で握りしめてやっと──泣いた。
了
※ ※ ※
彼は、小学生のとき出逢ってから季節ごとに舞台を観にきてくれた。
気まぐれにふらっと寄るものだから、いつも関係者席の端のパイプ椅子に座って。
類は、彼を舞台袖から探すのがとても楽しみだった。
──来てるかな。
来ていなくても落胆はしなかった。忙しいのは解っていたし、また次があると思っていたから。
でも、今年に入ってから一度も姿を見ない。もう十二月なのに。
──連絡も取れない。
端の席に座る彼の姿を何度も夢で見た。ちょっと前屈みで頬に手を当てて。
──きっともう。
自分は既に彼に褒められたくて芸をする必要はないのだろう。
小学生だった類は、今では大学四年生になってそれくらいのことはもう解ってはいたのに──。
※ ※ ※
──今年の十二月二十四日は千秋楽で大雨だった。
毎年、クリスマスイブは何故か不安定な気持ちになるのだけれど、天候が悪いと更に顕著になる気がする。
類は、打ち上げを蹴って、下北沢にあるクラブのバックヤードへタクシーで乗りつけた。
従業員のロッカーが並び、仮眠用ソファがあり、酒の在庫が積みあがる小部屋。
本来はスタッフの為の場所だが、面が割れるとまずい常連客や薬の売人、売春斡旋業者たちの溜まり場になっていた。
類は、濡れたコートのまま隅のソファに勝手に陣取る。
「チョコ頂戴」
店長に声をかけたら「何、でかい躰、小さくして」と笑われた。
類は椅子の上で膝を抱えて胎児のように丸くなっている。
「寒い?」
店長が訊くと一層身を縮めた。
「──暑い」
近頃、眠れないし食べれないしで体温調節がおかしい。
薬の所為なのは解っている。体重も体力も落ちている。でもやめられない。
ないと躰が動かない。何かをする集中力も保てない。
店長がチョコと一緒にスポーツドリンクを渡してくれて。
口をつけたあたりから記憶がない。
※ ※ ※
──目が醒めたら知らない部屋にいた。
広くて柔らかなベッド。黒が基調のインテリア。スーツケースが二つ横倒しになっていたが、作り付けの大きなクローゼットやフローリングの感じから、ホテルではなく住居だと思った。
コートは見当たらないが服装はそのままになっている。
ベッドを降りて窓際に寄ると大きな雨粒がガラスを叩いていた。
夜景の見え方と開閉できない窓の仕様で察するに、二十階以上の建物にいるようだ。
「はじめまして」
死角から近づいてきた男が窓に映り、類は反射的に振り返った。
──え。
似ている。
でも別人なのは判る。
血縁者──なのだろう。
幽霊を見ているようだ。
「顔色わるいな」
お前のせいだろと思いながらもあきらかに目上なので敬語を使う。たぶん、彼より更に歳上だろう。
「弟がいるのは知ってましたけれど──兄? 従兄弟?」
「半分だけの兄。母が違う。姓も違うな」
男はたくさんのピアスを差し出した。
「形見分け。弟くんはもう選んだから、すきなのどうぞ」
──やっぱりもう。
「アルコールと薬で骨が脆くて殆ど残らなかった」
銀色のフープピアスをひとつ摘んだ。少し焦げているように思う。指先が震えた。
「──いつ、ですか」
「春に。海外でね」
なら自分は半年以上、もう来るはずのない人を待ち侘びていたのか。
馬鹿みたいだ。
失礼だと思いつつも相手の顔から目が離せない。
特に瞳が──似ている。
「俺が──岳に見える?」
「──今、その名前、聞きたくないです」
耳を塞ぎたい。
目も瞑りたい。
全部遮断したい。
窓をずるずる伝って蹲み込んだ類の頬に、男が屈んで手をかけた。
くちびるを寄せてきたのを払う。
「その顔でやめてください」
「ただの優しいお兄ちゃんだった?」
「──俺が頼んだら構ってくれることはあったけれど、向こうからは無かったですよ」
「ふうん」
「俺、倒れたんですか」
「弟くんに教わって君のマンションに行ったら、綺麗な男の子が下北のクラブだろうと──向かってみたら店長が裏で倒れてると言って──知り合いだからと引き取った」
自分の周囲はもう少し他人を疑ってほしい。
一応、本日も二千人近い観客の前で舞台に出て裏口に出待ちもいる身としては。
「丁度良い、人前で知らせたら泣くかも──とか思ってな」
「──そんな、子供じゃ、ないです」
この男は義理の弟が亡くなっても哀しくはないのだろうか。何か確執があったのかもしれないし家庭内の事情は解らない。
さっき自分にくちづけをしようとしたのは何故だろう。
揶揄われたのか。
──全然思考が読めない。
「用事は以上──体調はどう。帰れるか?」
あっさりしたものだ。
類はちょっと拍子抜けした。
「寝不足なだけです。帰れます」
「そう。こっちの窓から見えてるのが新宿中央公園。出て真っ直ぐ歩いたら西口にでる。タクシー呼ぶか」
「いえ──」
それなら此処は都庁の近くで──土地勘はある。
ひとりでどうとでもできる。
「君のコートと靴は玄関にある。傘はどれでも持っていきな。返さなくて良い」
淡々とした事務的な会話。
お疲れ様、とでも言われそうだ。
厄介な親族の後始末──そんなところだろうか。
なんだか遣りきれない。
類はまだ窓際の床から動けないままでいる。
どうしても相手の顔を目で追ってしまう。
──半分は同じ血なのか。
この男の中に岳の欠片は在るのだろうか。
少しだけでも。
「床が楽か? 床暖房いれるか」
「あ、いえ。すみません──」
無理矢理に立ちあがったらよろけて、男に抱きとめられた。
類より岳より身長が高い。
たぶん透哉よりも。
筋肉質の腕が硬い。
この腕に岳の成分が少しは在るのだろうか。
そんなことばかり脳裏に浮かぶ。
男の腕の中で動けずに途方にくれていたら少し笑われた。
「聞いていた通り子供だな」
類は不服そうに反論する。
「そんなこと他人に言われたことないですよ、俺。子供のころから、大きいね、大人っぽいねってそんなのばっかりで──」
男から躰を離そうとしたが、逆に腕の中に閉じ込められた。
腕力が全然違う。岳にも勝てないままだったけれど、もっと強い。
「──俺からすると、岳が可愛がってた子っていう先入観があるから。小さいころの話も聞いているし余計そう見えるな」
交流自体はあったのか。
関係性もわるくはないように──聞こえる。
「俺のこと、なんて?」
「──一回だけって断ったのに手練手管使われて。結局、弟が増えたって苦笑してたな」
「──そう、ですか」
そんな風に──笑ってくれていたのなら良かった。
ずっと子供の特権で我儘言って迷惑かけて──大人になったら返せば良いと勝手に思っていたけれど。
そんな日は来なくて。
──離れがたい。
類は抵抗するのをやめた。
「ここに住んでいるんですか」
「普段は海外にいて。ここは貸してる。今ちょうど、この階空いていたから」
日本にいない人なのか。
「寂しい?」
揶揄っている訊き方ではなかったから何て応えればいいか迷う。
「──似ている人間のいるからって寂しさの度合いが減るのか解らない。でも──半分は要素が一緒って思うと何か、気持ち、が、変になる」
「異母兄弟な上に母親同士が従姉妹だから、遺伝子の構成上は、俺が一番、岳のそれに近いだろうな──けれどもちろん同じ人間じゃない」
男が類の顎を持ちあげた。
「代用品が必要?」
「──わから、ない」
そんなものいらない、本物じゃないと突っぱねられなかった。
このまま帰りたくない。
相手は誰でも良いけれど──似ている箇所がある人間なら、なお気が紛れるように思う。
それとも、違う箇所を思い知らされてつらいだけだろうか。
どちらだろう。
「──だいて」
きっと今の自分は迷子のような表情をしている。
「ハグがほしい?」
「子供扱いやめてください」
「──体格差があるからしんどいだろ。類がね」
名前をはじめて呼ばれた。
声も似ていると実感する。
心臓が跳ねた。
「平気。して」
「売ってたの中学生までだったか。今でも多少遊んでるんだろうけど──過信しないほうが良いよ」
「できるって!」
強く主張するほど、ちゃんとした大人としての態度から遠ざかりそうで歯痒い。
──別に。
自分は繋がれれば気が落ち着きそうでそれで良くて。イかせてほしいわけではたぶんない。
人恋しいだけだ。
でもそう言うと一層子供扱いされそうで。
「大丈夫だってば!」
我ながら駄々を捏ねているだけだと思うけれど──もう少し誘いようがあるだろうと──でも気持ちに余裕がない。
男が少し目を細めて言った。
「なら──シャワーそっち。ナカ洗ってやる」
「それくらい自分でできるし!」
「今度は浴室で倒れられたら困るから」
類は、あきらかに体力が落ちているのを認めざるを得なかった。
男の力が強いのもあるだろうけれど、複数相手ならともかく──一対一でこんなに簡単に脱がされて運ばれるなんて。
自分で言いだしたことなのにもう後悔しはじめている。
「自分でやる! 俺、そういう趣味はないから!」
「俺もない。風呂場で頭打ったら危ないだろうが」
強引に押し切られ正面から相手に腰を掴まれる。
片脚を浴槽の縁に乗せられるとふらついて男の肩に縋った。
後孔にあてがわれたノズルに躰が竦む。それだって人工物には変わらないから。
「玩具怖いんだったか。これも苦手か──すぐ抜くよ」
「──ひ、ぁ」
生温い湯が入ってくる感触が久々で気持ちが悪い。今、されている行為もいやだけれど、この後を考えるとさらに不安が募る。
別にちょっと穴を貸す程度ならわざわざあれこれしなくても良くて。
──どこまでする気なんだろう。
読めない相手に不安が膨らむ。
シャワーの温度も水圧もやり方も合っている。手慣れているのだと思う。そういう面で心配はしていないけれど。
「一回、出して」
ノズルが抜かれて同時に支えられていた腰の手も離れた。
男が巻き添えになって濡れた服を脱ぐ。
それまで男の顔ばかり気にしていたけれど、股間が視界に入って思わず目を背けた。
──全部を挿れるの無理かも。
これなら慥かに洗浄は要るだろう。
戸惑っている類を男が見下ろす。
「お腹の、もう、出して」
「──トイレ行く」
「ふらふら動くと危ないだろ」
「やだって! 俺そういう趣味ないから!」
男が排出を促そうと類の腹を大きな掌で圧迫してくる。
類は下肢に力を入れながら抵抗した。
「ほんとに、いやだ! 一回目は、絶対っ、やっ──」
ここ二日くらい眠れてないし食べてないしで、たぶん出したとしても湯と大差はない。
それは自分で解っているのだけれど、どうしても、その似ている目で見られるのはいやだった。
「ほら。腹壊すから、もう出しな」
腹を押されていた手が腰に回る。ゆっくりなぞられると力が抜けそうになった。
「やめっ、やだっ、はな、して──」
「シャワー出しといてやるから」
紛れて解らないし大丈夫だろ──と困ったように男が言う。
我儘だと思われているのだろうか。子供っぽいと呆れているのだろうか。
向こうからしたら大したことではないのかもしれない。
でも、類は首を振っていやがった。
シャワーから出る湯の跳ね返る音が浴室に響く。
温度も湿度も上がり弱っている類の体力を奪っていく。
「もう、出てって、おねがいおねがい、一回、出てって──」
太腿が震えて限界が近い。必死に訴える類の顔から血の気がひいている。男にしがみついていないと立っていられない。
「──そんな様子じゃ危ないだろ。あんまり無理矢理どうこうはしたくないが──困った子だな」
男は、類の後孔に湯が出しっぱなしになっているシャワーのノズルを再度差し込んだ。
「うあ゛ッ、や゛、ぁあ」
既にいっぱいだった腹がさらに膨らみ、苦しくて類は前屈みに躰を折った。
「ア゛、ぁ、ぐッ──」
受け入れられない量の液体が溢れながら注がれていく。
入れた傍から入り切らずに零れ落ちる。類の肩が寒くはないのにぶるりと震えた。
「あ゛ぁ、ほんと、に、出、てって──おね、がいっ、だめっ」
耐えながら懇願する類の腰を撫でつつ男は「目を瞑ってるから」と言ってノズルを抜いた。
「や゛、だっ、見ない、で──」
「見てないよ。大丈夫」
シャワーの音にかき消されながら腹の中のものを出し終えた類は、肩を上下させながら床のタイルに膝をついた。
「擦り傷になるだろ」
男が類を立たせて二回目の湯を注ぎ込む。
「ぁ、あ──」
浴室は暖かいのに体内が酷使されて体温が奪われていく。
削られる体力。
頭がくらくらする。
もう目を瞑ったまま男の言う通り人形のように手足を動かすだけしかできない。くしゃくしゃとタオルで拭かれて、次に目を開いたのは元のベッドの上だった。
浴室では余裕がなくて気づかなかったけれど、当然ながら男の胸に疵痕はなくて。
そこを探すように何度も類は触れる。
「あの疵痕、すきだったのに」
「──そう」
「──あんたも、つけてよ」
「あれ、ひとつは弾疵だろ。死ぬって」
苦笑しながら男はくちびるを寄せてきた。最初のように類は抗わなかった。舌を捩じ込もうとしたら押し戻され諦めて主導権を手放す。
──どうしよう。
舌の感触も似ている。
されてることは普通のはずで。絡みとられ吸いつかれなぞられて。
柔らかくて温かくて、似ていると思うとずるずる気持ちが引っ張られて余裕がなくなる。
「んっ──」
思わず背中に手を回してしがみついたら相手の口角が上がった。少し笑われたのだろう。慌てて手を引っ込めた。
「良いよ──笑ってわるかった」
手首を掴まれて男の背に誘導される。
そのままシーツに倒されて、両膝を折り曲げられた。
尻を左右に拡げられそこが外気に触れる。
──何をされようとしているか解ったけれど。
自分がそっち側でもたぶんそうする。急に抱いてと言われても用意なんてないし舐めて挿れてしまえとなるだろう。
──解るのだけれど。
ついさっき口の中を犯されたのと同じ感触が尻の窄まりにくるのかと思うと肌が粟立つ。
──おとなしく。
おとなしくしていないと。誘ったのは自分なのだし。暴れるとか体裁がわるいし、はしたないし──子供っぽいし。
穴の近くに舌の感触を感じて咄嗟にシーツを掴んだけれど、想像より優しくて細やかな刺激に腰が浮きそうになった。
「──ッ、ん」
くちびるを噛んでシーツを握りしめ躰を動かさないように力を込める。舐めて唾で濡らすのが目的だろうに──つい感じてしまう自分がみっともない気がして。
感じることは捩じ伏せられたのに、後孔から会陰まで舐め上げられてくすぐったさに小さく悲鳴が漏れた。
類の膝を抱えたまま男が笑いながら訊く。
「何──くすぐったい?」
「ごめ、ごめんなさい──そう、みたい」
再度、穴の周囲を舐められたら、もう我慢できなくて膝を浮かせたまま脚を閉じた。
「ぁ、んっ──」
男は脚を閉じたがった類を無理強いせず自由にさせた。
楽しそうに笑う。
「顔が真っ赤。全裸にしても尻の穴見られても堂々としてた癖に、くすぐったいのは恥ずかしいのか。変な子」
「そ、んなの──」
自分にだって解らない。
慥かに裸にされようが何処見られようが別に何とも。感じてたって見苦しく大騒ぎしてなければ勝手に見物してたら良いと思う。
でもくすぐったがるのはなんだか子供っぽいし──雰囲気壊しそうで申し訳なくて──抵抗がある。
「そんな警戒すんなよ。わざとはしないし──別に危ないときはお前くらい抑え込めるから我慢しないで動いて問題ない」
そんな警戒心丸出しにはしていないつもりなのだけれど。
男は考慮してくれたのだろう──直接舐めず唾を指にとって穴に塗り込め拡げるように揉まれた。
それでも、くすぐったくて腰がよじれたら──尾骶骨のあたりを大きな手で掴まれ固定された。
「ひ、ぁん──」
腰がひく、と揺れる。
尻尾の名残りの付け根。
反応した場所を優しくあやされる。
「んんっ──」
やっぱり腰が反応する。
「此処も、くすぐったいのか」
自分でも判断がつかない未熟な刺激に困っていると、また同じところを触れられた。背骨が何かぞわぞわとする。
「ぁ、んっ──」
背中が反るのを力で押さえつけられていてそれが叶わず、代わりに類はシーツを滅茶苦茶に引っかいた。
「尻尾の付け根に反応するの猫みたいだな。警戒心も強いし」
面白がって男は本当に猫に対してするように付け根を撫でたり軽く叩いたりしてくる。
「んっ、くっ──」
類は、力が抜けてシーツから手を離し、口元あたりを覆った。
動いて良いとは言われても程度問題だろうし、ちょっと視界も朧げになっているということは涙も溜まってる。
この後、奥までやるつもりなら、感覚を下げないと足を引っ張りかねない。
ちょうど良い。
似てる似てないと勝手に反芻しだす思考もつらいし。
類は、少し意識を分断して自分の手元を見る──これは造り物──この神経は擬い物──。
自制を取り戻して深く息をついた類に、男が冷たい声で言い放った。
「──昼間は舞台で仕事してきたんだもんな。汗も涙も自由自在?」
類の躰が固まった。
男は声音を和らげて嗜めた。
「お行儀良くしようとか思わなくていい。余計な調整されると、反応みて加減ができないから危ない」
「ごめん、なさい──」
「信用しろって。大丈夫だから。やばそうなら途中までにするし」
──無理そうならやめてもらえる。
その言葉を信じて躰を素直な状態に戻したけれど。
「そんなに、ほぐさなくても、俺、平気だから──」
執拗に弄られてる後孔がやっぱりくすぐったくて、もじもじと揺れる腰が恥ずかしくなる。
「だろうな。元々柔らかそうだ」
余裕ありげに弱い部分をすれすれで刺激してくる巧緻さが少し腹立たしい。
類のほうはもうかなり切羽詰まってきているのに。
「あ、ぁ──ゃ、だ、もぅ、へいき、だから──」
「──そう」
男が指を挿れナカを確認するように動き回る。
大体事故るのは縁の部分だからそこさえちゃんとしてたらナカは大して問題ではないはずで。
自分に大丈夫と言い聞かせる。多少奥まで入っても──無理なら途中までと約束してくれたし。そう思っても後孔に相手のものがあてがわれると、その質量に怯えて穴が締まった。
──足手纏いにならないようにしないと。
なるべく見ないように顔を背けて小さく息を吐いたら「大丈夫、大丈夫」とあやされるように頬を撫でられる。
「注射を怖がる子供みたいだ」と笑われたので軽く睨むとくちづけをされた。
男に親指で窄まりを拡げられながらゆっくり先端で貫かれた。それだけでも圧迫感が相当あって。
否応なしに喉から声が漏れる。喘ぎどころか殆ど悲鳴に近い。
亀頭が入りきったところで男は一度とまって類の腹を掌で撫でた。
大きな温かい手で優しく扱われると性的にどうこうというより単純に安心する。
「たぶん、当たるし──わるいけどナカに挿れているかぎり、ずっとそうなるから」
「──え」
ずる、とナカの幅いっぱいに拡がる男の陰茎が浅い部分から少し進み、類の前立腺のしこりを内壁越しに押し込んだ。
「ぁ゛やっ、んッ──」
くちびるを噛んで嬌声を押し殺す。
もう抜かれない限りはこれが続くのかと思うと気が遠くなりそうになる。
「角度変えてみるけど──たぶん避けられない」
負担を減らそうと男がゆっくり抉る方向をずらしていくが、微妙に変わる刺激で余計に類は背中を跳ねさせた。
「や゛っ、うごかな、いでっ、うぁ──ばか、うごくな、よっ」
「──痛みはなさそうだな」
ナカの動きを止め、未だ入りきってない結合部に唾を指先で塗り足して、また奥へと穿つ──その工程を繰り返される。
類は焦らされているような刺激に耐えかね身悶えしながら大丈夫だからと訴えた。
「ぁ、だめっ──ぁあ、もう、いい、からっ、大丈夫──」
指が離れたと思ったら、腹の奥へと進む男の陰茎に前立腺を擦り上げられる。
ナカの動きが止むと、男はまた結合部に唾液を纏わせようと指を這わす。
その間も粘膜越しに押し上げられる臓器への刺激は絶えることがない。
少しずつ内臓が喰われていくかのように錯覚する。
前立腺からの甘い痺れは自覚できる。疼いているのは精嚢か。さらに奥の膀胱が押されているのか。
これなら自分が相手のものを舐めたほうが楽だったのに。
「やっ、へいきっ、だからっ──」
「それは俺が決めるから」
「俺の躰なの!」
苛ついて怒鳴ると男の指が結合部から会陰をくすぐり陰嚢にまで伸びてきた。
「何、やっ、やだっ、わざとしないっ、て、んんっ──」
怯えて見上げると、優しく笑う男と目が合った。
指先全体で陰嚢を包まれ優しく動かされる。
中途半端に繋がった状態で動くと危ないのは解るから必死でシーツを掴んで堪えると布がみしみし鳴った。
「やっ、ぁ、だめっ、危な──」
「我慢しなくて良いよ。お前の力くらい俺は抑えられるから」
どうぞ暴れてください、とでも言わんばかりに陰嚢の裏をくすぐられて腰が跳ねたのを男は予告どおり片手で押さえつけた。刺激が逃がせず類が悶えて叫ぶ。
「やっ、ぁああ゛っ──」
男のくすぐる指が緩やかになった。それでも苦手な刺激を我慢するのに膝が震える。
「くっ、んっ、やめ、てっ──」
「ちゃんと言うことききな」
「──ッ、やめ、ぁっ、ん」
陰茎の先までくすぐられて押しとどめられなかった喘ぎが漏れた。
「塗るのこれでもいいな」
大きな骨ばった指が類の先走りを掬って結合部へ垂らす。
くすぐられたくらいで先端から漏らしていたのかと思うと恥ずかしくてもう何も言えなくなった。
真っ赤になっている類の頬に男は自分の顔を摺り寄せて「少し動くよ」と知らせた。
ゆっくりと類の前立腺を擦り上げ奥へと進む。
腹のナカをごりごり押し上げられて類は荒い呼吸を繰り返した。
どくどくと血液が過剰に送られ酸素の供給が間に合わない。
薬で弱っている類の躰は耐えきれずに悲鳴をあげた。
「奥、経験ある?」
類は力なく首を振った。
「力、抜ける?」
圧迫感に抵抗する躰がどうしても強張っていうことをきかない。類はもう一度首を振った。
男の指が類の腹をつつく。そのまま片手を結腸のあたりにおいた。
腹の中に知らない衝撃が何度か走り、類は口を閉じることもできずに呼吸が乱れっぱなしになった。声も出せない。
全力で走ったかのように息が浅い。
口の端から涎が零れるのを男が舐めとっていく。
滴り落ちる汗がとまらない。
さらに奥を追いつめられると、今度はあんなに抜けなかった力が自動的に弛緩して躰の制御が効かなくなった。
この感覚を快楽と捉えたらまずい気がする。
これは遊んで良い部位じゃない。危機感に身の毛がよだつ。
「い゛ゃ、これっ、これ、だ、め──」
「大丈夫だって。息だけちゃんとしとけば」
視界が霞む。
たぶんこれは涙のせいではなくて。酸素が。足りない。
「息止めんな。大丈夫だから」
「ぁ゛、ぁあ、ぁ──」
息と──かろうじて喉から掠れた声が。
他は何一つ、自分の意思では動かせなかった。
男がゆっくりナカで動くと勝手に連動して躰が小刻みに震える。
穴の縁から結腸まで内壁越しに敏感な器官をあちこち擦り上げられ、類は悲痛な叫び声をあげた。
力が入らずただ快感に振り回されるだけの四肢。
陰茎の根元をナカから粘膜越しに押し上げられ明確な射精感もないままにだらだらといつまでも精液が零れる。
躰がおかしくなりそうだ。
「ぁ゛、待っ、だめっ、や゛っ──」
自分のナカで何をされているのかもうわけがわからず目の前の男に縋りつく力もない。
ただただ刺激を受けとることを強要され波に攫われて溺れるように無力だった。
※ ※ ※
──劇場の窓から黒煙が見える。
火の手が回る。
早く逃げないと。
人波に逆らって彼のほうに手を伸ばす。
端の席にいる彼に伝えないと。躰が動かない。息が苦しい。声が届かない──。
まだ薄暗いうちに目が覚めた。
──夢を見た気がする。
身動きするとすぐ横から声がかかった。
「──大丈夫?」
「あんたとはもう絶対しない!」
男が声をたてて笑う。
全然大丈夫じゃない。怖かったし苦しかったし、まるでまだ何か蠢いているかのようにナカのしこりが収縮を繰り返して戦慄いている。
──こんなのは知らない。
なかったことにして起きあがろうとすると腰がずきりと痛んでバランスを崩した。
「──ッ、いっ」
「落ちる落ちる」
抱きとめられた体温に腹のナカが呼応して焦る。
「大丈夫だから離して──」
言いながら息があがる。
真正面から背に手を回されただけで自分の躰が反応した。
慌てて腰を引こうとしたら逆に男に引き寄せられる。
「──ッ、はな、せよ」
たぶんバレてる。
腹のナカの疼きも勃ってきたものも。
「今イくと気持ち良いよ」
「むりっ、腰痛いっ、離せって──」
「起きても、まだ内股で顔赤くしてるの見ると可愛いな」
もう男は自分がどんなに睨んでも文句を言っても適当に流すだけで。
イかされて。
水を飲まされて。
シャワーを浴びせられて。
男の服を着せられて。
ひたすら世話をされて赤ん坊に戻ったような気になった。
袖が余るシャツのボタンをとめながら男が言う。
「躰細いなあ。奥まで入れたら腰骨当たったし。尾骶骨も目立ってたし──ちゃんと食えよ」
「食ってるよっ」
「うそつけ──ナカ洗っても何もでなかっただろうが」
──見られてた。
類は頬が熱くなった。
「うそつきはそっちじゃん! 目を瞑るって言った癖にっ──」
涙目で睨む類を男は「わるかった。心配だったから」とあやす。
目が合った。
似ている──瞳。
ああ、そうだ。
──夢で。火が。
「──お葬式とかこっちでしたの」
「いや。全部向こうだな」
「──じゃあ、何でピアス焦げているの」
服を着せている男の手が止まった。類が更に問い詰める。
「海外で火葬はあまりないよね──どんな死に方したの」
「知らなくて良い」
類にだって解っている。自分には言えないような仕事も──自分には見せないようにしていた面もあることくらいは。
「──返し、て」
「──俺に甘えて良いよ」
「贋物じゃいやだ! 岳を返して──」
男に着せられた服は大きくて温かくて。
類はそれをぎゅっと両手で握りしめてやっと──泣いた。
了
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