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第18話 賞賛

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 ガシャーーーンッ‼

「ふ――ふざけるなっ、貴様っ‼ じ、自分が何を言っているのか分かっているのかっ⁉」

 何やら食器が割れるような音が響いた直後――。それこそ昨日同様、朝飯を食べるべく食卓へとやってきた俺の耳に飛び込んできた第一声がソレであった。
 目の前では憤慨する三匹のオッサン豚くんたちを向こうに回し、例によって青瓢箪あおびょうたんの兄ちゃんが昨日までの自信なさげな態度から一変、何やら一人ハッスルしてやがって。
 そんなこんなで明らかに昨日までとは違う場の空気間ってやつに、顔を青ざめさせ、動揺しまくりの使用人たち。
 そんな連中を尻目にあくまでも俺はあくまでもマイペースでもって、深夜に見繕ってたお土産が入った風呂敷袋片手に自分の席までやってくるなり、ソレを邪魔にならないところへ下ろし席へと腰を下ろすなり、

「おう、ねーちゃん、ちょっといいか?」
「――⁉ は、ハイッ! 

 ちょっとだけ上ずったような声でもっておっかなびっくりという感じも、俺の前までやってきたメイドのねーちゃんに対し、昨日と同じオーダーを注文していく。

「――……は、ハイ、か、畏まりました。そ、それでは少々お待ちくださいませっ!」

 そう言って頭を下げるなり、何はともあれこの場から離れられることにどこかホッとしたような、そんな表情でもってそそくさと厨房へと消えていった。
 そんなこんなで、パンとウェェルが届く間の手持ち無沙汰間を解消すべく、今回に限っては兄ちゃんの了承を得ることもなければ、さも当然とばかりにその皿に載っていたクロワッサンへと手を伸ばしていく。

「へへ、それじゃあ、早速♪ ――カリッ、はむ、はぐ、ほむ……」

 くぅ~~、これで食い納めかと思うと一層美味く感じるぜ♪
 てな感じに、相も変わらずの美味さに自然と頬が緩んでいく中、

「あ、アルマス、お、お前っ! この期に及んで当主の座を欲するとは……。き、気でも触れたのかっ⁉ そのセリフを口にする以上、今更冗談でしたでは済まされぬのだぞっ⁉」
「ええ、分かっています。僕は、本気ですよ、兄さん……。こんなこと、伊達や酔狂で申しませんっ! 僕ことアルマス・ピエトロ・エルモランドの名に懸けてっ‼」
「「「――‼」」」
「はぐ、がぶ、もぐ、はぐ……」

 おいおい、マジかよ? コレがあの青瓢箪あおびょうたんか? 男子三日会わざればどうたらこうたらってのは聞いたことがあるが……。流石にコレは早すぎじゃね?
 俺がクロワッサンに舌鼓を打っているすぐ真横で、あろうことか兄ちゃんがオッサン豚くんたちに対して大胆にも宣戦布告ともとれる発言をブチ噛ましてきやがった。
 と、そんな兄ちゃんに対し、御三方はというと、

「ブホッ、ブホホホホッ♪ き、聞きましたか、兄上? 昨日まで何をするにしても自信なさげだった出来損ないが、我らに対し、こうもデカい口を叩くなんて……」
「全くですなぁ~。身の程を知らぬというか……。この様子では、我が家における自らの立ち位置というものを忘れてしまっているみたいですな……。これはもう一度、躾が必要ですかな? ブヒヒヒヒ♪」

 昨日までのおどおどしっぱなしだった気弱な兄ちゃんとの余りのギャップに一瞬気後れしたような様子を見せるも、そこはそれ……。あくまでも上から目線でもって嘲るような口調とともに、兄ちゃんをどこまでも見下した感じのオッサン豚くんたち……。

「フンッ! まぁ、よいわ……。一体、何を血迷っておるのかは知らんが……。僕らを前にしそれほどまでの大言を吐いたのだ……。アルマス、貴様はさぞかし立派な領主になる自信があるのだろうな? なれば、そんなお前に一つ聞かせてもらいたい……。もし、仮にだ――。万が一にもお前が当主になって、自らの失策によって領地に不利益をもたらすこととなったその時はどのように責任をとるつもりだ?」
「――っ‼」
「…………」
「ブホホ♪」
「ブヒヒ♪」
「はぐ、もぐ、はむ……」

 俺も含め、この場にいる全員の視線が兄ちゃんへと注がれる中、しばらく考えるような素振りを見せた後、ついに兄ちゃんがその重い口をゆっくりと開いていった。

「――その時は、領民たちに事の経緯をきちんと説明した上で、彼らに対し、誠心誠意謝罪するつもりです――。その上で、その失敗を無駄にせぬよう新たなる妙案をもって失敗についても必ずや挽回していくつもりでおりますっ!」

 瞳が泳ぐようなこともなければ、次男豚くんの目を真っ直ぐに見つめハッキリとそう口にする兄ちゃん。

「ブヒャッ!? ……し、謝、罪ぃっ……⁉」
「…………?」
「な、何を……?」
「はむ、もぐ、はぐ……ごくんっ」

 三者三様の反応を見せる中、改めて次男豚くんが問いかけていく。

「い、今、何と言ったのだ……? き、聞き間違いでなければ、確か、謝る……。そのように聞こえたのだが?」
「ええ、間違いなくそう言いました……‼」

 力強くもしっかりと頷く兄ちゃんのそんな発言を受け、シーンと静まり返る中、丁度兄ちゃんの皿の全てのクロワッサンを食べ終わるのと時同じくして、

「お――お待たせしましたっ! コチラがウェェルと焼きたてのクロワッサンになりますっ! そ、そのほかのお料理も出来次第お持ちしますので、ひとまずはこれで……って、あ、あれ?」
「おうおう、ナイスタイミング♪ どら、全部こっちに持ってこいっ!」
「あ、は、ハイ……。ど、どうぞ……?」

 さっきまでのピリピリした雰囲気から一転、シーンと静まり返ったオッサン豚くんたちの様子に困惑した表情を見せるメイドのねーちゃんはこの際置いとくとして……。
 丁度面白くなってきたところへ、これまた絶妙なタイミングでもってウェェルと追加の焼きたてのクロワッサンが俺の皿へと運ばれてきやがった。
 とりあえず、バターの香りで甘ったるくなっていた口の中を洗い流すべく、早速ウェェルを呷りだしていくのとほぼ同時に、

「ぶ――ブヒャヒャヒャヒャっ♪ し、謝罪? あ、謝るというのか? 領主ともあろう者が自らの支配下におかれた領民――。平民如きに頭を下げると言うのかっ⁉ ブヒャヒャヒャ、お、おい、聞いたか、お前たちぃ?」
「え、ええ、ぷ、くくく、ブヒヒヒヒヒィッ♪ こりゃあ愉快だっ、き、貴族ともあろう者が平民如きに頭を下げると!? ブヒヒヒヒヒッ♪」
「ブホホホッ♪ や、やはり所詮は下賤な身の上ということがこれで証明されましたな♪ 平民に対し頭を下げるなどと……。その発想自体が平民丸出しというか何というか♪ ブホホホッ♪ ああ、こりゃあ可笑しい♪」
「んぐ、んぐ、んぐ……。プッハァアアアアッ! くぅ~、うめぇ♪」

 ウェェルの喉越しを楽しむ一方で、何がそんなにおもろいのかはよくわからんが、兄ちゃんがクソ真面目な顔でもって出した答えを受け、オッサン豚くん共による大爆笑が巻き起こるも、そんなことなど全く以って気にした素振りも見せなければ、兄ちゃんが再び口を開いていく。

「……そんなに可笑しいですか?」
「ブヒィ?」
「ですから、そんなに可笑しいですか?」
「当たり前だろうが。領民如きに頭を下げるなど、言語道断……‼ 平民などというものは生かさず殺さずその上で搾取し続ければよいのだ! なぁ、お前たちもそう思うであろう?」
「同感ですな♪」
「全く、全く♪ そんな簡単なことも理解できんとは、やはり石ころはいくら磨いても金にはなりえぬという事でしょうな♪」
「「「ぶひゃひゃひゃひゃ」」」

 それこそ、きったねー唾をこれでもかと飛ばしあいながらも尚も笑い転げるオッサン豚くんたちに、肝心の兄ちゃんはというと、

「なるほど……。兄さんたちの考えはよく分かりました。……ですが、そんな考えだからこそ、父上はあえて兄さんたちを次期当主に任命されなかったのではないのですかっ……⁉」
「「「ブヒャッ!?」」」

 兄ちゃんの意味深な一言に、今の今まで馬鹿笑いしていた三匹から笑顔が消えていった。

「な、何ぃっ? き、貴様、い、一体、な、何が言いたいのだっ⁉」
「お分かりになられませんか? 本来であるならば、長男であるバルビス兄さんが跡目を継ぐはずだったのですよ? しかし、そうはならなかった……」
「そ、それは、あ、バルビス兄上には領主としての資質が著しく欠いていたからであろう? そんなことは僕らも始めから承知していたわ! それと僕らが任命されなかったことに何か関係があるとでもいうのかっ⁉」
「ええ、そのことも事実でしょうが……。ですが、果たして本当にそれだけでしょうか? もし、兄さんたちに何も問題がないのであれば、あの時、兄さんたちの中から誰かを指名すればよかっただけの話ではないですか? しかし、父上はそうなさらなかった……。それすらなされなかった理由を兄さんたちは少しでも考えたことがありますか?」
「ぶ、ブヒャッ!?」
「ぶ、ブヒッ!?」
「ぶ、ブホッ!?」
「はぐ、もぐ、はむ……。んぐ、んぐ、んぐ……」

 おーおー、何か知らんが雲行きが怪しくなってきやがったなぁ~♪
 再び食卓全体に不穏な空気で包まれる中、兄ちゃんは言葉を続けていく。

「僕は考えに考え抜いた結果、一つの結論――。否、僕は父上の真意にようやっと気づくことが出来ましたよ……」
「な、何だと? ち、父上の、し、真意……⁉」
「あ、アルマス、お、お前、一体何を言って……」
「ふ、フン、ざ、戯言を……」
「んぐ、んぐ、んぐ……。プッハァアアアアッ♪」

 ゲフッ、ほほう、何とも面白そーな話じゃねーか、是非ともその答えってヤツを聞かせてもらおうじゃねーのよ……。
 そんなことを思っている中、兄ちゃんが再び口を開いていった。

「父上はきっとこう仰りたかったのでしょう。先ほどから兄さんたちがさも当然とばかりに喚き散らしていた、そういった貴族ゆえの驕り高ぶった態度そのものが領主としての資質云々を問う以前に――。ひいては本来あるべき貴族としての品位すらも失墜させていくであろう愚行であるということをねっ‼」
「「「――⁉」」」

 兄ちゃんがこれでもかと声高に言い放った。
 そんな兄ちゃんの発した言葉に少なからず動揺を見せる三匹……。

もっとも、こんな偉そうなことを言ってますが、僕も昨日までそんなことにさえ気づいていませんでしたよ……。そして、思い返してみれば、子供の頃から兄さんたちには何かにつけ所詮は平民の血を引いた出来損ないとして散々蔑まれてきたこともあってか……。少しでも自信を持てるようになりたい! 少しでも兄さんたちが言う立派な貴族たりえたい! と、そのことばかりをまるで呪詛のように心の中で延々繰り返し念じてきたわけですが……。ある人のお陰で、ソレは大きな誤りだったということに気付かされましてね……」
「あん?」

 そう言うと、何故だか知らんが一瞬、俺の方へとチラ見してくる兄ちゃん。

「そのお陰でようやく悟ったんですよ。父上の伝えたかったこと……。そして、何より領主の本来あるべき姿とは、領民を支配するのではなく、時にはお互い協力し合い、時には寄り添い、切磋琢磨して生きていくべきものなのだということにっ‼」
「「「「…………‼」」」」
「ふ、フンッ、く、下らん……。何を言うかと思えば、そんなもののどこが領主に必要だというのだっ⁉ よいか、そもそも領主とは――」

 あくまでも兄ちゃんの言い分を下らないものと即座に切り捨て、今度は次男豚くんなりの持論を展開しようとした時だった。

 パチパチパチ――。
 パチパチパチパチパチパチパチパチパチ……‼

「「「――⁉」」」
「な、何だ? な、何事だ? い、一体どうしたというのだっ⁉」
「あ、兄上? こ、これは一体……?」
「ブホッ? な、何が起こっておるのだ……?」
「はぐ、もぐ、はむ……」

 パチパチパチパチパチパチパチパチパチ……‼

 ほ~~、こりゃあまた、予想外の展開だなぁ~。まさか、こうなるとはねぇ~……。

 オッサン豚くんたちのそんな反応を余所に、その場に立ち尽くして兄ちゃんの演説を聞いていた使用人共から一人、また一人と惜しみない称賛の拍手が沸き起こっていった。

「「…………」」

 唖然とする三男&四男豚くんたちを余所に、それこそいつまでも、一向に鳴りやむ気配をみせない拍手の雨のようにも思えたが――。

「――ゴホンッ‼」
「「「「――ッ⁉」」」」

 止まない雨はないとばかりに、唐突に響いた咳払い一発――。

「ブヒィッ‼」

 露骨なまでの次男豚くんのそんな行動を受け、使用人たちはハッと我に返るやいなや、ついには今しがたの拍手が嘘のようにピタリと鳴りやんでしまった……。

 フンッ、全くケツの穴の小さい豚だぜ。

 にしても、この兄ちゃんも大したタマだぜ。何のかんのいって巧いこと丸め込んじまいやがった……。
 そんな感想とともに、改めて俺は兄ちゃんへと顔を向けていった。

「………………」

 そこにはドヤ顔でもって仁王立ちしてる兄ちゃんの姿があった。

 おーおー、如何にもしてやったりってツラしてるが、そんな兄ちゃんの見解も俺に言わせりゃあ、所詮は只の絵空事でしかないんだがな……。
 くくく、もっともらしいこと並べ立ててちゃいたが、結局は全部テメーの勝手な思い込みの範疇だろうに……。ソレを死人に口なしとばかりに美談絡めて好き勝手に吹きまくりやがって♪
 だがな、そんなもんで騙されるのは女子供か頭の弱い使用人どもコイツラくらいのもんなんだよ……。
 ようするに、力のねー兄ちゃんがいくらそんなことを唱えた所で世の中は何一つ変わりゃあしねぇのさ……。
 結局は、今みたいな権力の前にはすぐさま握り潰されちまう……。
 どんだけ御大層なお題目を並べ立てようとも強ええもんだけが生き残っていくってのがこの世の真理って奴なんだよ……。
 詰まる所、所詮、兄ちゃんの言い分なんざ、俺から言わせりゃあ少しでも自分に都合のいい耳触りのいい言葉に酔っちまってる青くせーガキの戯言でしかないわけなんだが……。

「くくく……♪」

 内心そんなことを考えつつも、ココはあえて口を挟まないでおいた。
 何故かって? んなもん決まってんだろ? オッサン豚くんたちがこの兄ちゃんにやり込められていく込められていく姿を見てるのは最高に笑えて、見世物としちゃあ十分楽しめるからさ♪
 後は、これからオッサン豚くん共がどういった巻き返しを見せてくれるかだが……。
 ま、この手の輩が最後に持ち出す手段なんてのは昔っから決まっちゃいるがな……。

「ブ、ブヒャッ、お、おのれぇっ! だ、黙って聞いていれば、ぼ、僕らに向かって、せ、説教じみたことをっ‼」
「に、兄さまの言う通りっ! アルマス、き、貴様っ、き、今日まで飼ってもらった恩も忘れて、よくもぬけぬけとそのようなことが言えたなっ……!」
「ま、全くだっ! い、卑しい紛い物の分際で僕らに意見するなど千年早いわっ‼」

 最早、誰の目にも勝敗は明らかだったが、そんなことを奴らが認める訳もなければ、この期に及んで尚いきり立つオッサン豚くんたち……。
 くくく、全く、馬鹿は死ななきゃって奴だな……。

 ともあれ、俺としてはそんなオッサン豚くんたちの最後の悪あがきってヤツを存分に楽しませてもらうとしますかねぇ~♪
 そんなこんなで、改めて、コイツラを肴にクロワッサンをひとかけら頬張り、続けざまに今度はウェェルをグイッと呷りゃあ、オメー……。

「んぐ、んぐ、んぐ……。プッハァアアアッ♪ くぅ~~~っ♪ や、やっぱ、ウェェルと焼きたてクロワッサンの組み合わせは、マジ最強――」
「や――喧しいっ‼ き、貴様っ、さ、さっきから何のつもりだ、⁉ 僕らが大切な話をしている横でこれでもかと散々飲み食いしおってっ‼ 少しは遠慮でもしたらどうなのだっ⁉」
「あん? 何だ何だ? ひょっとして、俺のことか……?」

 兄ちゃんにやり込められたことへの腹いせか、はたまた旗色が悪くなってきたことによる緊急回避のつもりかは知らんが、ついにはオッサン豚くんたちの怒りの矛先が俺へと向かってきやがった――。
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