上 下
7 / 23

第七話 お手てつないで

しおりを挟む
「いったぁあああああああああああああいっ⁉」

 こぶしを通して伝わってくる確かな手ごたえ。
 改めて、眼下で頭を抑えうずくまっている美少女へと視線を這わせていく。

 見下ろした先には、不意打ち気味にも自らの脳天を襲った耐えがたい痛苦に身をよじらせ、その瞳に大粒の涙を浮かべるながらも、気丈きじょうにもコチラを睨み返してくる美少女の姿。

「~~~~~~~~っ…………な、殴ったわね? ……し、信じらんない、こ、こんな、こんなか弱い女の子に手を挙げるなんて! あ、アンタ、それでも男なのっ⁉」
「殴ってなぜ悪いか?」

 そう吐き捨てるように呟くなり、

 ――ゴンッ‼

 あらためて、もう一発お見舞いしていく。

「きゃん☆ ~~~~~~~~っぅ‼ ……――に、二度もぶったぁっ‼ 親父パパにもぶたれたことないのにぃっ‼」
やかましいっ!」

 ――ゴンッ‼

「きゃん☆ ~~~~~~~~~~~~~~~~っ‼」
 
 性懲しょうこりもなく、どこかで訊いたような科白セリフを並べ立てて、なおも噛みついてくる美少女に対し、三度みたび鉄拳制裁。

「~~~~~~…………ひ、酷いよぉ~、ひ、ヒナちゃ~~~ん。お、お姉ちゃんの頭ぁ、タンコブだらけになっちゃうよぉ~~~」

 そう、最早お気づきのことと思うが、曲がり角で出会った謎の転校生(俺の勝手な思い込み)の正体は、十数分前まで食卓を共にしていた実の姉、結城琴葉、その人であった。


「――……ったく、手の込んだことしやがって……。で、これは一体何のつもりだよ?」
「何って、そんなの決まってるでしょ? 円滑な男女交際を続けていくうえで、決して避けては通れない倦怠期けんたいきを乗り越えるためのお姉ちゃんからのサプライズのつもりだったのにぃっ‼」
「け、倦怠期けんたいきって……。あ、アホかっ、はえーよ、どんだけせっかちなんだよっ⁉」

 あくまでも自らには非がないとでもいわんばかりに、ジト目にてコチラを非難してくる姉の姿に、最早、怒りを通りこえ、体の力が一気に脱力していくのを感じた。

「ブーブー、それなのに何よ何よぉ、ヒナちゃんのバカァ……。健気にも追いかけてきたお姉ちゃんに対して、こんな扱いはないんじゃないのぉ?」
「何が追いかけてきただよ? 追いかけるを通り越して追い抜いてんじゃねーかよっ‼ ワープでも出来んのかっ、アンタはっ⁉」

 くそ、不覚にも、一瞬とはいえドキッとしちまったじゃねーかよ、俺のトキメキを返せってんだよ……。

 その後もしばらくこうした不毛な押し問答が続いていった……。

 とはいえ、結果、こうして追いつかれてしまった以上、止むを得まい……。
 それに、琴姉のスキルを考えると、ココから再び逃走というのもどうにも現実的じゃないしな……。

「………………」

 ――……で、散々悩んだ結果、俺が導き出した結論はというと……。

「ハァ~~~~、しゃ~ね~な、ホレ、琴姉! いつまでもそんなとこにへたり込んでないでとっとと起きろよな!」

 若干投げやりなところもあるが、そのか細い腕をつかむやいなや、勢いに任せ、ひょいっと起こし上げていく。

「あん☆ も~、ヒナちゃん、強引すぎぃ! こういう場面では、優しくお姫様抱っことかしないとダメなんだからね?」
やかましい、アホなことばっか言ってると、もう一発お見舞いするぞ?」
「きゃ♡ い、一発、なんて……。ヒナちゃんってば、こんなところで大胆♡ でもでも、お姉ちゃん、ヒナちゃんが望むなら……♡」

 と、腕を広げ、まるで口づけでもねだるかのように、ゆっくり目を閉じる琴姉。
 一方、俺はというと、当然、そんな誘いには乗らず華麗にスルーしていく。

「ぶ~~、無視しないでよぉ~‼ もぉ~、ヒナちゃんのいけずぅ~!」

 あ~~、ホント疲れるわ。

 ぶーたれる琴姉を余所にスッと彼女の背後へ回り込むや、あくまでも親切心でもって、いや、決して疚しい気持ちもなければ他意もないぞ……?
 くどいようだが、あくまでも親切心から制服のプリーツ・スカートについていた土埃を払ってやろうと、

 パンパンッ!

 てな具合に、二度三度とはたいてやったところ、

「ふあぁん♡」
「イッ⁉ ――ば、バカッ‼ へ、変な声上げんじゃねーよ⁉」

 突如、耳に響いてきた実姉の嬌声。
 よもやこんな反応が返ってくるとは夢にも思ってなかったこともあって大きく動揺をみせる俺。
 と、ソレは琴姉にしても同様だったようで、背筋をピンと跳ね上げ弾かれたように飛び上がるや、クルリとコチラに体を反転させるなり、

「だ、だってだって、いきなりお尻をさわるんだもんっ‼」
「お、おし……⁉ ち、ちげーよ、ば、バカッ、ひ、人聞きの悪いこと言うんじゃねーよっ‼」

 さっきまでのおちゃらけた雰囲気とは一変、普段でもあまりお目にかかれないくらいのテンパり具合に加え、俺を非難するその表情一つとっても、先ほどまでとは違って、その淡い雪のような白い頬をこれでもかってくらい紅潮させ潤んだ瞳でもって俺の目をまっすぐ見つめてくる。

「………………(じぃ~~~~~っ♡)」
「………………っ」

 そんな琴姉の雰囲気に感化充てられたのか、ドクンと心臓が大きく跳ね上がるや顔全体が一気に熱を帯びていくのが自分でもわかった。

 な、なななななな何だコレ? こ、ここここの雰囲気は、ひ、非常にま、不味いのではっ⁉

 と、そんなことを考えていたところへ、

「何々? なんか、揉めてない?」
「お尻がどうとかって……。も、もしかして、痴漢?」

 何処からともなく微かに聞こえてきたそんな声にハッと我に返る。

 ――あ、危なかったぁ……。お、俺は一体、何を……⁉

 ドキドキドキドキドキドキッ……。

 今だ激しく打ちつける心臓の音にドギマギしつつも、とりあえず九死に一生と、そんなことを思いきや、

「――イィッ⁉」

 先ほどの声のした先、はるか前方では不審そうにこちらの様子を伺う集団の姿が……。

 うぐっ、い、いつの間に……?

 って、それも当然といえば当然のこと。今の時間は世間一般でいうところの通学・通勤時間ってヤツである。
 普段とは違ったルートを通ってきたせいで、そういったことをすっかり失念していたぜ……。

 目まぐるしく変化する展開に頭が追い付かず、どうしたもんかと戸惑っていた矢先、

「ねぇねぇ、やっぱり警察、呼んだ方がよくない?」

「――ッ⁉」

 け、警察……?

 『痴漢』、『警察』……。
 ソレらのキーワードを聞いた途端、俺の脳裏をよぎったのは、

『ウーーーー、ウーーーー、ウーーーー……』

 鳴り響くサイレン、情けないと項垂うなだれる母さん、泣きわめく琴姉、石を投げつけてくるクラスメートたち、そして、手を前に刑事さんに連行されていく俺の姿……。

 サァーーーーーーーーーーーーーーーーーッ……。

 ……じ、冗談じゃねーぞ。

「ち、違うんだっ‼ お、俺の話を聞いてくれ、お、俺たちは、きょうだ――」

 と、そこまで言いかけるもすんでのところで踏みとどまる俺。

 だ、ダメだ……。この状況下で俺たちが姉弟だと告げたところで何になる? それこそ、かえって近親相姦あらぬ誤解を招くだけなのでは……⁉

 結局、この状況を打破する妙案もなく、最早これまでかと思っていたところ、

「スゥ~~~~~~~~ッ……――ご心配なくぅ~~~~~~~っ‼ 私たちぃ、恋人同士付き合ってるんですぅうううううううううううううううううっ‼」
「――――⁉」
「「「――――⁉」」」

 突如、ギャラリー野次馬どもに向かって大声を張り上げる琴姉。

「こ、琴姉⁉ い、一体、何を……――っ⁉」

 ソコにいたのは先ほどまでの熱に浮かされた色ボケの姿でもなければ、おちゃらけたような雰囲気もない。
 それこそ、普段学園で見せる生徒会長・結城琴葉、その人の顔であった。

『ほら、ヒナちゃん!』
「?」

 ボソッと俺だけに聞こえるくらいに抑えた声量で囁いてきたかと思えば、パチッとウィンクとともに俺に手を差し伸べてくる琴姉。

 ………………――あっ⁉ あ~~~~~っ‼ そ、そうか、そういうことか⁉

 ようやっと琴姉の考えを理解したところで、改めてギャラリー野次馬どもに視線を向けてみたところ、周囲に知り合いらしき連中の姿もない。

 正直、琴姉に借りを作るのははばかられるが、背に腹は代えられない。
 それに、仮にここで俺が付き合ってることを認めたとしてもこの状況だ。いくら琴姉とはいえまさか録音してる、なんてこともないだろう。……ない、よね?

 そんなことを思いつつ、わらにもすがる思いでもってその手をつかもうとしたその時であった。

「――くすっ♪」

 ――ギクッ‼

 瞬間、微かに漏れ聞こえた笑い声、そして、突き抜ける悪寒……‼

『ん? どうしたの、ヒナちゃん?』 
「――ッ⁉」

 ソコには先ほどまでと同様、救いの女神のような笑みをたたえる琴姉の姿。
 が、一瞬のことだったが、間違いなく俺は見た。

 そこにはいたのは、数分前の恥ずかしそうに頬を赤らめた儚くも可憐な美少女の姿ではなければ、凛とした生徒会長でもない。
 それこそ、人を陥れることのみに生き甲斐を感じているせぇるすまんのような笑みを浮かべる悪魔琴姉の姿であった。

 てか、その左手に握っているスッゲー高性能そうなボイスレコーダーらしきものは一体何だよっ⁉

『ん? ほらほらぁ~、どうしたの、ヒナちゃ~ん?』

 つまり、これはどういうことかというと……。

 ――は、はかられたっ⁉

 ぐっ、な、何だよ、な、何なんだよコレは……?
 ついさっきまでは俺が救いの手を差し伸べていたはずが、いつの間にやら立場は逆転してるじゃねーか。

 そうして全てを理解するのと同時に、地面に亀裂が入ったかと思えばそのまま音を立てて崩れ落ちていくような錯覚に襲われる中、

「ねぇ、やっぱり警察に通報した方がいいよ」
「――ッ‼」
『だって、ヒナちゃん。このままだと、警察呼ばれちゃうよ? どうするのぉ~?』

 そんな悪魔の囁きとともに、スマホに手を伸ばすギャラリー野次馬どもの姿が……。

 最早、一刻の猶予もない状況の中、脳をフル回転させ悩みに悩みぬいた結果、俺が選んだ選択はというと……。

「そ――そうなんですよぉ~~~~~、じ、実は、ぼ、僕たち、恋人同士付き合ってるんですよぉ~~~♪ な、なぁ~~、こ、こここ琴葉ぁ~~♡」

 そう叫ぶやいなや、俺は差し出されていた琴姉の手を掴んだ。

「えへへ♡ それじゃあ、いこっかぁ? ね~、ヒナちゃ~ん♡」
「あ、ああ、う、うん、そ、そうだね……。こ、こここ、こ琴葉ぁ……♡」

 こうして俺たちは、ギャラリー野次馬どもの羨望、殺意といったありとあらゆる視線を尻目に仲の良いバカップルさながら学園へと続く道を急いだ。

 オー、ジーザス……。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ノーパン派の沼尻さんが俺にだけ無防備すぎる

平山安芸
青春
 クラスメイトの沼尻(ヌマジリ)さん。ちょっとミステリアスな雰囲気が魅力の美少女。  クールビューディー、学校のアイドル、高嶺の花。そんな言葉がよく似合う、文句のつけようがない完璧な女子高生。  ただし露出狂である。

どうして、その子なの?

冴月希衣@商業BL販売中
青春
都築鮎佳(つづき あゆか)・高1。 真面目でお堅くて、自分に厳しいぶん他人にも厳しい。責任感は強いけど、融通は利かないし口を開けば辛辣な台詞ばかりが出てくる、キツい子。 それが、他人から見た私、らしい。 「友だちになりたくない女子の筆頭。ただのクラスメートで充分」 こんな陰口言われてるのも知ってる。 うん。私、ちゃんとわかってる。そんな私が、あの人の恋愛対象に入れるわけもないってこと。 でも、ずっと好きだった。ずっとずっと、十年もずっと好きだったのに。 「どうして、その子なの?」 ——ずっと好きだった幼なじみに、とうとう彼女ができました—— ☆.。.*・☆.。.*・☆.。.*・☆.。.*☆.。.*・☆.。.*・☆.。.*☆ 『花霞にたゆたう君に』のスピンオフ作品。本編未読でもお読みいただけます。 表紙絵:香咲まりさん ◆本文、画像の無断転載禁止◆ No reproduction or republication without written permission.

怪我でサッカーを辞めた天才は、高校で熱狂的なファンから勧誘責めに遭う

もぐのすけ
青春
神童と言われた天才サッカー少年は中学時代、日本クラブユースサッカー選手権、高円宮杯においてクラブを二連覇させる大活躍を見せた。 将来はプロ確実と言われていた彼だったが中学3年のクラブユース選手権の予選において、選手生命が絶たれる程の大怪我を負ってしまう。 サッカーが出来なくなることで激しく落ち込む彼だったが、幼馴染の手助けを得て立ち上がり、高校生活という新しい未来に向かって歩き出す。 そんな中、高校で中学時代の高坂修斗を知る人達がここぞとばかりに部活や生徒会へ勧誘し始める。 サッカーを辞めても一部の人からは依然として評価の高い彼と、人気な彼の姿にヤキモキする幼馴染、それを取り巻く友人達との刺激的な高校生活が始まる。

ここは世田谷豪徳寺

武者走走九郎or大橋むつお
青春
佐倉さくら 自己紹介するとたいていクスっと笑われる。 でも、名前ほどにおもしろい女子じゃない。 ないはずなんだけど、なんで、こんなに事件が多い? そんな佐倉さくらは、世田谷は豪徳寺の女子高生だぞ。

切り札の男

古野ジョン
青春
野球への未練から、毎日のようにバッティングセンターに通う高校一年生の久保雄大。 ある日、野球部のマネージャーだという滝川まなに野球部に入るよう頼まれる。 理由を聞くと、「三年の兄をプロ野球選手にするため、少しでも大会で勝ち上がりたい」のだという。 そんな簡単にプロ野球に入れるわけがない。そう思った久保は、つい彼女と口論してしまう。 その結果、「兄の球を打ってみろ」とけしかけられてしまった。 彼はその挑発に乗ってしまうが…… 小説家になろう・カクヨム・ハーメルンにも掲載しています。

ハーレムに憧れてたけど僕が欲しいのはヤンデレハーレムじゃない!

いーじーしっくす
青春
 赤坂拓真は漫画やアニメのハーレムという不健全なことに憧れる健全な普通の男子高校生。  しかし、ある日突然目の前に現れたクラスメイトから相談を受けた瞬間から、拓真の学園生活は予想もできない騒動に巻き込まれることになる。  その相談の理由は、【彼氏を女帝にNTRされたからその復讐を手伝って欲しい】とのこと。断ろうとしても断りきれない拓真は渋々手伝うことになったが、実はその女帝〘渡瀬彩音〙は拓真の想い人であった。そして拓真は「そんな訳が無い!」と手伝うふりをしながら彩音の潔白を証明しようとするが……。  証明しようとすればするほど増えていくNTR被害者の女の子達。  そしてなぜかその子達に付きまとわれる拓真の学園生活。 深まる彼女達の共通の【彼氏】の謎。  拓真の想いは届くのか? それとも……。 「ねぇ、拓真。好きって言って?」 「嫌だよ」 「お墓っていくらかしら?」 「なんで!?」  純粋で不純なほっこりラブコメ! ここに開幕!

可愛すぎるクラスメイトがやたら俺の部屋を訪れる件 ~事故から助けたボクっ娘が存在感空気な俺に熱い視線を送ってきている~

蒼田
青春
 人よりも十倍以上存在感が薄い高校一年生、宇治原簾 (うじはられん)は、ある日買い物へ行く。  目的のプリンを買った夜の帰り道、簾はクラスメイトの人気者、重原愛莉 (えはらあいり)を見つける。  しかしいつも教室でみる活発な表情はなくどんよりとしていた。只事ではないと目線で追っていると彼女が信号に差し掛かり、トラックに引かれそうな所を簾が助ける。  事故から助けることで始まる活発少女との関係。  愛莉が簾の家にあがり看病したり、勉強したり、時には二人でデートに行ったりと。  愛莉は簾の事が好きで、廉も愛莉のことを気にし始める。  故障で陸上が出来なくなった愛莉は目標新たにし、簾はそんな彼女を補佐し自分の目標を見つけるお話。 *本作はフィクションです。実在する人物・団体・組織名等とは関係ございません。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

処理中です...