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第五話 結城家の食卓
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朝食――。
ソレは一日を始める上で決して欠かすことのできない活力の源。
兎にも角にもソレを摂らないことには始まらない。それこそ、何かと世知辛く厳しい高校生活を耐えしのぐなんてとてもとても……。
であるからこそ、朝食時には寝坊などすることなく少し早めに起き、ゆったりとリラックスした状態で過ごすことが何よりも大切なわけで……。
家族揃って――それこそベタではあるが、アメリカのホームドラマのような……。
理想としては、国民的アニメ・サ○エさんのような団欒がベストである。
が、しかし、である。
そんなささやかな願いすらも、今の俺には望むべくもなく……。
現在、我が結城家を取り巻く現実はというと――。
「はぁ~~~い、ヒナちゃ~~~ん♪ 今日もお姉ちゃんが食べさせてあげますからねぇ~♪ はい、あ~~~~~~ん♡」
「い、いいって……! め、飯くらい、じ、自分で食べられるから……」
そう言って、朝一からトップギアで攻めてくる琴姉を必死にいなそうとするも、
「あ~~~~~~ん♡」
「だ、だから、自分で食べられるって……」
「あ~~~~~~ん♡」
「いや、だ、だからね………………」
「あ~~~~~~ん♡」
「………………」
「あ~~~~~~ん♡」
「あ~~~~~~ん♡」
「あ~~~~~~ん♡」
「………………」
「あ~~~~~~ん♡」
「……っ…………あ、あ~~~~~ん」
「うふふ♡ どうかなどうかな? 今朝のも自信作なんだけどぉ……。ね、ヒナちゃん? 美味しい?」
「……はぐ……もぐ……っ……。あ、ああ、う、うん、う、美味いよ、琴姉……」
「ホント? えへへ♡ 嬉しいなぁ♡ 今日は普段以上に腕によりをかけて作ったんだよぉ♪ え~っと、それじゃあ、今度はコッチも食べて食べてぇ♡ ホラァ、コッチもヒナちゃんの大好物だよぉ♡」
結局はいつも通りやりたい放題……。
俺の隣には満面の笑顔でもって、甲斐甲斐しくも、すっかり新妻気取りで寄り添う琴姉の姿があった。
あの悪夢のような日から数日……。
あの日以降、例によって奪い取られたままになっていたマイ箸は結局一度も返還されることはなければ、学園はもとより家ですらも自ら箸を掴むことは許されず――。
今日も今日とて否応なく、親鳥に餌を与えられる雛鳥が如く餌付けを受ける日々を過ごしている。
あの日を境に、普段にもまして常軌を逸していく琴姉の偏愛っぷりに、ついにはこの人の重い口が開かれることに……。
「……アンタたち、朝っぱらから何してるわけ?」
最早、仲の良い姉弟をなんてものを軽く飛び越え……。
それこそ、今時熱々の新婚さんでもしなさそうな絵に描いたようなバカップルぶり(琴姉のみ)を朝夕問わず見せつけられていた母さんからも、心底呆れたような苦言が溢れる始末……。
「………………」
「…………っ!」
うぅ、そ、そんな目で見ないでくれ……。
コレにはエベレストよりも高く、マリアナ海溝よりも深いわけがあるんだ……‼
と、そんな言い訳じみたことを心の中で叫んでいたところ、
「えへへ♪ あのねぇ、ママぁ~。聞いて聞いて♪ 実はねぇ~……♪」
「――⁉」
この母さんの当然といえば余りに当然の疑問に対し、待ってましたとでもいわんばかりに体を前のめりに突き出したかと思えば、何を思ったのか、あろうことか琴姉が事のあらましを語り始めたではないか。
「いっ⁉ ち、ちょっと、琴姉っ⁉ す、ストップッ、ストップッ‼ い、一体なんのつ――んぶっ⁉」
朝っぱらから我が身に降りかかった絶体絶命の窮地を前に、全身からどっと溢れ出す冷や汗。
と、脳内にエマージェンシーコールが鳴り響く中、この姉の暴挙を阻止するべく、すぐさまその口を塞ぎにかかるも、
「あん♪ もぉ~~、ヒナちゃんったら~♪ お姉ちゃんのご飯が待ち遠しいのは分かるけどぉ~……。お姉ちゃん、今、ママととぉ~~~っても大切なお話をしてるんだから少しだけ、お・あ・ず・け、だよぉ? ホラァ、これでも食べていい子にして待っててね♡」
――ポイポイポイポイッ‼
「――んぐっ⁉ むぐっ、んっ、んんっ‼」
俺の本心も知らんとそんな的外れなことをのたまわったかと思えば、次の刹那、電光石火の早業でもって大皿に載っていた肉団子――。
その他もろもろのオカズを箸でひょいと摘まみ上げるやいなや、今度はその見事なまでの制球力でもって一つまた一つと着実に俺の口に放り込み、俺の動きを完璧に封じ込めていく。
「――ぐむむむっ⁉」
「えへへ♪ でねぇ、ママぁ、聞いて聞いて♡ この前、ヒナちゃんがねぇ~……――」
「ん――んごぉ~~~~~~~~~っ⁉」
予期せぬ肉団子(?)の登場に、もがき苦しみながらも、必死に咀嚼すべく悪戦苦闘している間も、琴姉の説明は尚も続いていく。
それはもう、聞いているコッチの方が赤面しそうなほどの――。
それこそ実際の話の1.5倍は盛り込まれた、月9さながらの惚気+ドラマティックな内容でお届けされていくストーリーを母さんは黙って最後まで聞き入っていた……。
「――……といった訳で、お姉ちゃんとヒナちゃんはお付き合いすることになりましたぁ♡ えへへ♡」
「……へ? つ、付き合うって……。――ハァアアアッ⁉」
「んぐ、はぐっ、……ごくんっ……‼ ち――違うんだ、母さん! お、俺の話をき、聞いてくれっ、これには理由が……‼」
どうにかこうにか肉団子等を撃破し、ようやっと弁明の時間かと思いきや、時すでに遅し……。
俺の必死の呼びかけも空しく、最早そんな声さえも母さんには届いていないようで……。
実の娘の余りに衝撃的な告白に、あんぐりと大きく口を開いた状態ですっかり固まっちまってやがる。
「………………――ハッ⁉」
しばしの時を経て、ようやっと意識を取り戻したかと思えば、すぐさまこちらへと視線を向けてくるなり、
「――(ビクッ)⁉」
「……何、アンタ? あまりにもモテない自分に絶望して、ついには女なら実の姉でも構わなくなったってわけなの?」
「――⁉」
その瞳は、まるで汚物でも見るかのような……。ソレは実の息子に向けるものとは到底思えない程に冷ややかなモノであった。
と、コレには、流石に俺もすぐさま反論の姿勢を見せるも、
「んな訳ねぇーだろっ! そ、そもそも付き合ってなんかねえよ! コレは琴姉が勝手に――」
それこそ、堰き止められていたダムから一気に水が放出するように――。
今まで溜めに溜め込んでいた思いの丈を全て吐き出すかの勢いでもって母さんにまくしたてようとしたその時である。
「………………(じぃーーーーー)」
「――っ⁉(ヒィイイイイイイイッ!? み、見てる、メッチャコッチ見てるよぉ~~~‼)」
突如、俺へと向けられたゴルゴさながらの殺気を前に、喉まで出かけていた言葉を飲み込んでしまう。
「ん? 何よ? どういうこと? 言いたいことがあるならハッキリおっしゃいよ?」
「あぅ、い、いや、そ、その……」
先程までの砂糖菓子のような甘々な展開から一変、氷のような視線が俺を――。
ひいてはリビング全体を凍り付かせていて。
――くっ、俺としては全力で否定したいところだったが、そ、そんなことをすれば琴姉がどんな暴走を起こすかわかったもんじゃねぇ……。
結局、俺は真実を伝えることなく母さんの質問に対し、泣く泣くも只々押し黙ることしかできなかった……。
そんな中、信じ難い奇跡が起こった――。
まるで奥歯に物でも詰まったかのような俺の態度に何かを察したのか、母さんが何やら考え込むような素振りを見せること数分……。
「……――琴葉、それに陽太……」
そこには先程までとは明らかに違う、これでもかと真面目な表情を浮かべた母さんの姿があった。
あん? ……おおっ? お――おおおおっ⁉
も、もしかして、俺の言いたいことを理解してくれたのか⁉
う、うおおおおおっ、マジか? マジですか? き、奇跡が起こったのかっ⁉
く、くぅ~~っ、さ、流石、母親、マイ・マザー、ご母堂様ぁああああ‼
こんな少ない情報でもって全てを察してくれるなんて……。
うぅ~、や、やっぱり持つべきものはできた母親だよなぁ♪
何だかんだいってもいざって時には、我が子の事となるとちゃんと理解してくれるもんなんだなぁ……。
等としみじみ親の有り難みってヤツを噛み締めていたところ、あろうことか母さんの口から信じられない言葉が飛び出してきた。
「……ん~~~、ま、いいんじゃない?」
そうそう♪ いいんだよ♪ 琴姉、今の言葉、ちゃんと聞いたか?
いいんだってよ? 母さんがそういうならしょうがないよねぇ~♪
って……………………へ?
は――ハイィイイイイイイイイイイッ⁉ い、いいいいいい、今、ナンテオッシャイマシタァ? き、聞き間違いか? た、確か、今、いいとかって……。
い――いいんかよ? ち、ちょっとちょっと、お、お母様? そ、ソコは、親として断固として反対するところでしょ? それこそ、娘を引っ叩いてでも目を覚まさせるところでしょ? それなのになしてそんなこと言うのよ? じ、自分が何言ってるかわかってます? 僕たち真の姉弟ですよね? 分かってます? You See? こ、これって、近親相姦ですよ? インセスト・タブーってヤツですよぉおおおおおおっ⁉
そんな俺の必死の叫びもどこ吹く風、尚も母さんの口からトンデモ発言がポップコーンのようにポンポン飛び出してきやがる。
「ま、よくよく考えればそうなるのも必然よね~。私の娘だけあって私に似て琴葉は美人だし頭もいいし性格もいいしスタイルも抜群だし(etc、etc)。姉弟とはいえ、そうなるのも仕方ないかもね~。それによくよく考えてみれば、私もせっかく産んだ可愛い息子をどこぞの馬の骨とも分からない女にやるのも癪だしね♪ そ・れ・にアンタと一緒になれば琴葉も当然、家を離れるなんてこともないってことよねぇ……。そうなれば、私の『老後』も安泰安泰♪」
母さんの若干鼻につく自画自賛云々はこの際置いとくとしても……。
『安泰安泰♪』 じゃねぇよっ‼ おい、ちょっと待てぇえええい! 今、さらりと何やら聞きづてならねえ単語が飛び出してきましたよぉおおおお? てか、ソッチが本音かよ!?
おいおい、自分の老後のためなら腹を痛めて産んだ実の息子の人生が狂っても構わないっていうのかよぉおおおおおおおおおおっ⁉
そんな俺の心の悲痛な叫びなどお構いなしに、片や、もう一人の当事者たる琴姉はというと、
「うん♪ 安心して、ママ♪ ママの老後もヒナちゃんのこともゼ~~~ンブ、お姉ちゃんが引き受けるから♪ あっ、勿論、ヒナちゃんのオムツもお姉ちゃんがちゃぁ~~んと換えてあげるから安心してね♡ ――あ、そうだぁ♪ せっかくだから、老後に備えて今のうちからでも練習しておこうかぁ♡」
安心してね♡ じゃねーよっ‼ 出来ねーよ、そんなこと言われたら逆に不安になってくるっつーのっ‼
くっ、ともあれ、母と娘、二人の利害が一致したことで、更なる窮地に追い込まれる羽目になろうとは……。
そんな風に嘆いていたところへ、
「? な、何だ?」
「ウフフ♡ ヒナちゃ~~~ん♡」
そう囁いてきたかと思えば、やや荒い呼吸とともに潤みを帯びた瞳で俺を見つめつつ、何を思ったのか、そっと俺の制服のズボンに手をかけてくる琴姉。
「(ひ、ひぃいいいいいいいいいいいっ‼)」
一難去ってまた一難。口調こそ優しいがその瞳からは肉食獣、はたまた猛禽類のような獰猛さがこれでもかと滲み出ていた。
『く――喰われるっ⁉』
リラックスし、ゆったりとした朝食どころか、よもや自らが蜘蛛の巣にかかった獲物だったという事実にこの時初めて気づかされることになろうとは……。
「――そ、そうだ! お、俺、今日、に、日直だったんだっ‼」
咄嗟に身の危険を察知した俺はそう叫ぶやいなや、すぐさま立ち上がると手近にあったこんがりと程よく焼けた食パンを引っ手繰るや、ソレを口に加えたまま一目散に玄関へと駆け出していく。
「――あぁあ~~っ、コラァ~~~~‼ ヒナちゃ~~~~~~~~ん、待ちなさぁあああああ~~~~い‼」
そんな声が背中越しに響いてきたが、そんなことには構っちゃいられない。
速攻で靴を履き、俺は玄関から飛び出していった。
こうして俺は、朝食もそこそこに学校への道を駆け出していった。
くそ、今の俺にはのんびりと朝食をとるといったことさえも夢のまた夢なのかぁあああああああああっ⁉
ソレは一日を始める上で決して欠かすことのできない活力の源。
兎にも角にもソレを摂らないことには始まらない。それこそ、何かと世知辛く厳しい高校生活を耐えしのぐなんてとてもとても……。
であるからこそ、朝食時には寝坊などすることなく少し早めに起き、ゆったりとリラックスした状態で過ごすことが何よりも大切なわけで……。
家族揃って――それこそベタではあるが、アメリカのホームドラマのような……。
理想としては、国民的アニメ・サ○エさんのような団欒がベストである。
が、しかし、である。
そんなささやかな願いすらも、今の俺には望むべくもなく……。
現在、我が結城家を取り巻く現実はというと――。
「はぁ~~~い、ヒナちゃ~~~ん♪ 今日もお姉ちゃんが食べさせてあげますからねぇ~♪ はい、あ~~~~~~ん♡」
「い、いいって……! め、飯くらい、じ、自分で食べられるから……」
そう言って、朝一からトップギアで攻めてくる琴姉を必死にいなそうとするも、
「あ~~~~~~ん♡」
「だ、だから、自分で食べられるって……」
「あ~~~~~~ん♡」
「いや、だ、だからね………………」
「あ~~~~~~ん♡」
「………………」
「あ~~~~~~ん♡」
「あ~~~~~~ん♡」
「あ~~~~~~ん♡」
「………………」
「あ~~~~~~ん♡」
「……っ…………あ、あ~~~~~ん」
「うふふ♡ どうかなどうかな? 今朝のも自信作なんだけどぉ……。ね、ヒナちゃん? 美味しい?」
「……はぐ……もぐ……っ……。あ、ああ、う、うん、う、美味いよ、琴姉……」
「ホント? えへへ♡ 嬉しいなぁ♡ 今日は普段以上に腕によりをかけて作ったんだよぉ♪ え~っと、それじゃあ、今度はコッチも食べて食べてぇ♡ ホラァ、コッチもヒナちゃんの大好物だよぉ♡」
結局はいつも通りやりたい放題……。
俺の隣には満面の笑顔でもって、甲斐甲斐しくも、すっかり新妻気取りで寄り添う琴姉の姿があった。
あの悪夢のような日から数日……。
あの日以降、例によって奪い取られたままになっていたマイ箸は結局一度も返還されることはなければ、学園はもとより家ですらも自ら箸を掴むことは許されず――。
今日も今日とて否応なく、親鳥に餌を与えられる雛鳥が如く餌付けを受ける日々を過ごしている。
あの日を境に、普段にもまして常軌を逸していく琴姉の偏愛っぷりに、ついにはこの人の重い口が開かれることに……。
「……アンタたち、朝っぱらから何してるわけ?」
最早、仲の良い姉弟をなんてものを軽く飛び越え……。
それこそ、今時熱々の新婚さんでもしなさそうな絵に描いたようなバカップルぶり(琴姉のみ)を朝夕問わず見せつけられていた母さんからも、心底呆れたような苦言が溢れる始末……。
「………………」
「…………っ!」
うぅ、そ、そんな目で見ないでくれ……。
コレにはエベレストよりも高く、マリアナ海溝よりも深いわけがあるんだ……‼
と、そんな言い訳じみたことを心の中で叫んでいたところ、
「えへへ♪ あのねぇ、ママぁ~。聞いて聞いて♪ 実はねぇ~……♪」
「――⁉」
この母さんの当然といえば余りに当然の疑問に対し、待ってましたとでもいわんばかりに体を前のめりに突き出したかと思えば、何を思ったのか、あろうことか琴姉が事のあらましを語り始めたではないか。
「いっ⁉ ち、ちょっと、琴姉っ⁉ す、ストップッ、ストップッ‼ い、一体なんのつ――んぶっ⁉」
朝っぱらから我が身に降りかかった絶体絶命の窮地を前に、全身からどっと溢れ出す冷や汗。
と、脳内にエマージェンシーコールが鳴り響く中、この姉の暴挙を阻止するべく、すぐさまその口を塞ぎにかかるも、
「あん♪ もぉ~~、ヒナちゃんったら~♪ お姉ちゃんのご飯が待ち遠しいのは分かるけどぉ~……。お姉ちゃん、今、ママととぉ~~~っても大切なお話をしてるんだから少しだけ、お・あ・ず・け、だよぉ? ホラァ、これでも食べていい子にして待っててね♡」
――ポイポイポイポイッ‼
「――んぐっ⁉ むぐっ、んっ、んんっ‼」
俺の本心も知らんとそんな的外れなことをのたまわったかと思えば、次の刹那、電光石火の早業でもって大皿に載っていた肉団子――。
その他もろもろのオカズを箸でひょいと摘まみ上げるやいなや、今度はその見事なまでの制球力でもって一つまた一つと着実に俺の口に放り込み、俺の動きを完璧に封じ込めていく。
「――ぐむむむっ⁉」
「えへへ♪ でねぇ、ママぁ、聞いて聞いて♡ この前、ヒナちゃんがねぇ~……――」
「ん――んごぉ~~~~~~~~~っ⁉」
予期せぬ肉団子(?)の登場に、もがき苦しみながらも、必死に咀嚼すべく悪戦苦闘している間も、琴姉の説明は尚も続いていく。
それはもう、聞いているコッチの方が赤面しそうなほどの――。
それこそ実際の話の1.5倍は盛り込まれた、月9さながらの惚気+ドラマティックな内容でお届けされていくストーリーを母さんは黙って最後まで聞き入っていた……。
「――……といった訳で、お姉ちゃんとヒナちゃんはお付き合いすることになりましたぁ♡ えへへ♡」
「……へ? つ、付き合うって……。――ハァアアアッ⁉」
「んぐ、はぐっ、……ごくんっ……‼ ち――違うんだ、母さん! お、俺の話をき、聞いてくれっ、これには理由が……‼」
どうにかこうにか肉団子等を撃破し、ようやっと弁明の時間かと思いきや、時すでに遅し……。
俺の必死の呼びかけも空しく、最早そんな声さえも母さんには届いていないようで……。
実の娘の余りに衝撃的な告白に、あんぐりと大きく口を開いた状態ですっかり固まっちまってやがる。
「………………――ハッ⁉」
しばしの時を経て、ようやっと意識を取り戻したかと思えば、すぐさまこちらへと視線を向けてくるなり、
「――(ビクッ)⁉」
「……何、アンタ? あまりにもモテない自分に絶望して、ついには女なら実の姉でも構わなくなったってわけなの?」
「――⁉」
その瞳は、まるで汚物でも見るかのような……。ソレは実の息子に向けるものとは到底思えない程に冷ややかなモノであった。
と、コレには、流石に俺もすぐさま反論の姿勢を見せるも、
「んな訳ねぇーだろっ! そ、そもそも付き合ってなんかねえよ! コレは琴姉が勝手に――」
それこそ、堰き止められていたダムから一気に水が放出するように――。
今まで溜めに溜め込んでいた思いの丈を全て吐き出すかの勢いでもって母さんにまくしたてようとしたその時である。
「………………(じぃーーーーー)」
「――っ⁉(ヒィイイイイイイイッ!? み、見てる、メッチャコッチ見てるよぉ~~~‼)」
突如、俺へと向けられたゴルゴさながらの殺気を前に、喉まで出かけていた言葉を飲み込んでしまう。
「ん? 何よ? どういうこと? 言いたいことがあるならハッキリおっしゃいよ?」
「あぅ、い、いや、そ、その……」
先程までの砂糖菓子のような甘々な展開から一変、氷のような視線が俺を――。
ひいてはリビング全体を凍り付かせていて。
――くっ、俺としては全力で否定したいところだったが、そ、そんなことをすれば琴姉がどんな暴走を起こすかわかったもんじゃねぇ……。
結局、俺は真実を伝えることなく母さんの質問に対し、泣く泣くも只々押し黙ることしかできなかった……。
そんな中、信じ難い奇跡が起こった――。
まるで奥歯に物でも詰まったかのような俺の態度に何かを察したのか、母さんが何やら考え込むような素振りを見せること数分……。
「……――琴葉、それに陽太……」
そこには先程までとは明らかに違う、これでもかと真面目な表情を浮かべた母さんの姿があった。
あん? ……おおっ? お――おおおおっ⁉
も、もしかして、俺の言いたいことを理解してくれたのか⁉
う、うおおおおおっ、マジか? マジですか? き、奇跡が起こったのかっ⁉
く、くぅ~~っ、さ、流石、母親、マイ・マザー、ご母堂様ぁああああ‼
こんな少ない情報でもって全てを察してくれるなんて……。
うぅ~、や、やっぱり持つべきものはできた母親だよなぁ♪
何だかんだいってもいざって時には、我が子の事となるとちゃんと理解してくれるもんなんだなぁ……。
等としみじみ親の有り難みってヤツを噛み締めていたところ、あろうことか母さんの口から信じられない言葉が飛び出してきた。
「……ん~~~、ま、いいんじゃない?」
そうそう♪ いいんだよ♪ 琴姉、今の言葉、ちゃんと聞いたか?
いいんだってよ? 母さんがそういうならしょうがないよねぇ~♪
って……………………へ?
は――ハイィイイイイイイイイイイッ⁉ い、いいいいいい、今、ナンテオッシャイマシタァ? き、聞き間違いか? た、確か、今、いいとかって……。
い――いいんかよ? ち、ちょっとちょっと、お、お母様? そ、ソコは、親として断固として反対するところでしょ? それこそ、娘を引っ叩いてでも目を覚まさせるところでしょ? それなのになしてそんなこと言うのよ? じ、自分が何言ってるかわかってます? 僕たち真の姉弟ですよね? 分かってます? You See? こ、これって、近親相姦ですよ? インセスト・タブーってヤツですよぉおおおおおおっ⁉
そんな俺の必死の叫びもどこ吹く風、尚も母さんの口からトンデモ発言がポップコーンのようにポンポン飛び出してきやがる。
「ま、よくよく考えればそうなるのも必然よね~。私の娘だけあって私に似て琴葉は美人だし頭もいいし性格もいいしスタイルも抜群だし(etc、etc)。姉弟とはいえ、そうなるのも仕方ないかもね~。それによくよく考えてみれば、私もせっかく産んだ可愛い息子をどこぞの馬の骨とも分からない女にやるのも癪だしね♪ そ・れ・にアンタと一緒になれば琴葉も当然、家を離れるなんてこともないってことよねぇ……。そうなれば、私の『老後』も安泰安泰♪」
母さんの若干鼻につく自画自賛云々はこの際置いとくとしても……。
『安泰安泰♪』 じゃねぇよっ‼ おい、ちょっと待てぇえええい! 今、さらりと何やら聞きづてならねえ単語が飛び出してきましたよぉおおおお? てか、ソッチが本音かよ!?
おいおい、自分の老後のためなら腹を痛めて産んだ実の息子の人生が狂っても構わないっていうのかよぉおおおおおおおおおおっ⁉
そんな俺の心の悲痛な叫びなどお構いなしに、片や、もう一人の当事者たる琴姉はというと、
「うん♪ 安心して、ママ♪ ママの老後もヒナちゃんのこともゼ~~~ンブ、お姉ちゃんが引き受けるから♪ あっ、勿論、ヒナちゃんのオムツもお姉ちゃんがちゃぁ~~んと換えてあげるから安心してね♡ ――あ、そうだぁ♪ せっかくだから、老後に備えて今のうちからでも練習しておこうかぁ♡」
安心してね♡ じゃねーよっ‼ 出来ねーよ、そんなこと言われたら逆に不安になってくるっつーのっ‼
くっ、ともあれ、母と娘、二人の利害が一致したことで、更なる窮地に追い込まれる羽目になろうとは……。
そんな風に嘆いていたところへ、
「? な、何だ?」
「ウフフ♡ ヒナちゃ~~~ん♡」
そう囁いてきたかと思えば、やや荒い呼吸とともに潤みを帯びた瞳で俺を見つめつつ、何を思ったのか、そっと俺の制服のズボンに手をかけてくる琴姉。
「(ひ、ひぃいいいいいいいいいいいっ‼)」
一難去ってまた一難。口調こそ優しいがその瞳からは肉食獣、はたまた猛禽類のような獰猛さがこれでもかと滲み出ていた。
『く――喰われるっ⁉』
リラックスし、ゆったりとした朝食どころか、よもや自らが蜘蛛の巣にかかった獲物だったという事実にこの時初めて気づかされることになろうとは……。
「――そ、そうだ! お、俺、今日、に、日直だったんだっ‼」
咄嗟に身の危険を察知した俺はそう叫ぶやいなや、すぐさま立ち上がると手近にあったこんがりと程よく焼けた食パンを引っ手繰るや、ソレを口に加えたまま一目散に玄関へと駆け出していく。
「――あぁあ~~っ、コラァ~~~~‼ ヒナちゃ~~~~~~~~ん、待ちなさぁあああああ~~~~い‼」
そんな声が背中越しに響いてきたが、そんなことには構っちゃいられない。
速攻で靴を履き、俺は玄関から飛び出していった。
こうして俺は、朝食もそこそこに学校への道を駆け出していった。
くそ、今の俺にはのんびりと朝食をとるといったことさえも夢のまた夢なのかぁあああああああああっ⁉
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青春
神童と言われた天才サッカー少年は中学時代、日本クラブユースサッカー選手権、高円宮杯においてクラブを二連覇させる大活躍を見せた。
将来はプロ確実と言われていた彼だったが中学3年のクラブユース選手権の予選において、選手生命が絶たれる程の大怪我を負ってしまう。
サッカーが出来なくなることで激しく落ち込む彼だったが、幼馴染の手助けを得て立ち上がり、高校生活という新しい未来に向かって歩き出す。
そんな中、高校で中学時代の高坂修斗を知る人達がここぞとばかりに部活や生徒会へ勧誘し始める。
サッカーを辞めても一部の人からは依然として評価の高い彼と、人気な彼の姿にヤキモキする幼馴染、それを取り巻く友人達との刺激的な高校生活が始まる。
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