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第13話 受け継がれていく意思

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 1,000,000,000アルジュ……。

 ウルザさんが提示した金額は到底僕なんかにどうこうできる範疇を超えていて……。
 どうにもならないとは知りつつも、ベルトに吊るしてある布袋財布へと手が伸びていく。

 ――ジャラッ……

 1,200アルジュ……。
 これが僕の全財産……。
 子供の頃から冒険者になることを夢見て一生懸命に貯え続けてきたお金……。
 少し貯まってきたかと思えば、その都度、何某かのトラブル(?)に巻き込まれ全てを失い再び振り出しへ……。そんなことが幾度となく起こったけど、それでも負けじと必死に貯め続けてきたお金……。
 それはこの町グランベリーへやってきてからも同じ……。冒険者となってからかれこれ一ヶ月――。
 いつかは機会があったら新しい武具を新調しようと爪に火を点す思いで毎日コツコツ貯めてきたお金……。

 正にそのいつかが、今この瞬間だってことは十分理解しているつもりなんだけど……。
 でも、この程度のお金じゃあ、頭金にすらなりはしない……。

 まるで近くに見えても決してくぐることのかなわない虹のアーチのように……。
 目の前の現実とのあまり大きな隔たりを感じずにはいられなかった……。

 ――と、

 コトッ……。

「こいつはぱっと見、普通のポーションに見えるかもしれないけど、実はそうじゃあない……。ひとたび口にすれば、不治の病に侵された者、致命傷を負ったものをも瞬く間に快癒させる特別製のポーションさね。詳しい方法は解らないが、何でも聖剣ロストハイムに付着しているドラゴンの血を極めて特殊な術式を用いて液体化させ、これまたある種の薬草類を混ぜ合わせて完成させたって聞いてる。もっともその分、生成自体が極めて困難でね。現時点での在庫はこの7本だけさね……」
「あ、あの、ウルザさん……?」

 彼女の言わんとしてることが理解できず、ついつい訊き返してしまうも、

「何だい? 詳しい生成方法が知りたいってなら今云った通り企業秘密ってヤツでね、あたしもよく知りはしないよ?」
「い、いえ、そういうことを言ってるんじゃなくてですね……。その、あの、非常に言いづらいことなんですけど……。お、お金のことで……」
「……いいさ」
「へ? え~~と、あ、あの、何が、ですか?」
「だから、アンタが今払えるだけの金額で構わないって言ってるのさ」
「へ? ……え? ――えぇええええええええええええええええっ⁉」
「アンタに金がないなんてことは一目見た時から百も承知さ。それともあたしが10億アルジュでアンタに売りつけるとでも本気で思っていたのかい?」
「へ? あ、い、いえ、それは……」
「…………」
「…………」

 暫く沈黙が続いたのち、ウルザさんがポツリポツリと語り始める。

「ふぅ~~~、これらはねぇ、元々あたしが弟のために集めた武具だったのさ……」
「え? お、弟さん、ですか?」
「ああ、アンタと一緒でね、冒険者をしていたよ……」

 そういって椅子の背にもたれかけると、ぼんやりと中空へと目を向けていった。

「……弱っちいヤツでね。冒険を終えて帰ってくる頃にはいつもボロボロ……。そのくせ目だけはどんな時でもキラキラと輝かせていたっけね……」
「ハァ……。えっと、それでその弟さんは今どうして?」
「…………」
「…………」
「あれはもう一年も前のことさね……。丁度あたしが留守にしていた時のことさ。急遽舞い込んできた冒険依頼クエスト……。今考えても、あの子には難度の高い冒険依頼クエストだったよ。それでも自分の力を試してみたかったんだろうね……。あたしが戻ってきたときにはもう手の施しようのない状態だった。医者はもって三ヶ月と匙を投げたよ……」

「――‼」


 そういえば、ウルザさんはさっき、冒険者をしていたって……。
 していた……。
 どうして過去形なんだろうとは思っていたけど……。

「…………」
「――あっ、す、すみませんっ‼ ぼ、僕、無神経なこと訊いちゃって……」
「気にしなくてもいいさ。全く、馬鹿な弟さね。必ず治ってまた冒険に行くんだっ‼ なんて……。多分、自分でも状態は理解してた筈なのに……」
「………………」
「そこからさ、あたしがこの世界へと足を踏み入れるようになったのは……。日に日に弱っていく弟をみていて、あたしにも一つくらい何かできることはないだろうかって考えに考え抜いた結果、そんな弟にせめて最強の武具の一つでも手に入れてやってソレを見せることができれば、それこそが弟の生き抜いてやるって気力を更に引き出すことにも繋がるんじゃないかってね……。陳腐な言葉かもしれないけれど、奇跡ってヤツにすがりたかったのかもしれないね……」
 
 そ、そうだったのか……。それで女だてらにこんな厳しい世界へ……。

「あたしはソコに一縷いちるの望みを見出し、それこそ死に物狂いで最強の武具を探し続けたさ。法を犯すような行為にも散々手を出したし、何度命をどぶに捨てるような真似をしたかもわかりゃしない……。それでも弟が治って再び冒険者として再起したあかつきには、あたしが探し出した最強の武具でもって華々しく送り出してやるんだっ‼ ってね……」
「ウルザさん……」
「そんなある日さ。ある取引で商売敵との賭けに勝利したことで偶然にも手に入れたのがこの聖剣ロストハイム聖鎧ラグナヴェルグってわけさ。そりゃあもう歓喜に打ち震えたさ。これできっと弟も良くなる筈だってね……」
「そ、それじゃあっ‼」
「ああ、でもね……。そんな思いも空しく、弟はあたしの帰りを待つことなく……」
「――‼」

 そ、そんな……。そんなことって……。

「結局渡せずじまいで宙ぶらりんな気持ちのまま月日だけが過ぎていった……。そうして弟がいなくなってしばらくたってから、今度はこのポーションが完成したのさ。全く皮肉なもんさね……」

 自嘲気味に薄く笑いながらカウンターの上のポーションを指で弾いた。

「そんな時さ、ふと街をふらついていたら弟に背格好の似たヤツを見つけてね……。しばらく様子を眺めていたら、そいつがあろうことか人目もはばからず大粒の涙を流してるじゃないか」

 うぅっ、それって僕のこと、だよね? や、やっぱり、ぜ、全部、見られてたのか……。

「弱っちい癖に強さを求めて必死に足掻あがいてる姿がどうにも弟と重なって見えてやるせなくなってきちまってね……」

 そ、そうだったのか……。それで僕に声をかけて……。

「………………」
「………………」
「ふぅ~~~、何もアンタに弟の想いを引き継いでほしいなんて思っちゃいないさ……。それでもアンタが買って貰ってくれたなら……。あたしの中で一区切りの決着はつくような気がしただけさね……」

 ――ドンッ、ジャラッ‼

 気付いた時には、僕はカウンターの上に布袋財布ごと叩きつけていた。

「え? こ、こりゃあ一体……?」

 最初こそ驚いたような表情を浮かべていたウルザさんだったが、僕の想いを理解したのか、

「リック、あんたそれじゃあ……」
「――ハイ、聖剣ロストハイム聖鎧ラグナヴェルグ、僕が買わせてもらいますっ‼」
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