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勾玉荘の日常(番外編)
Why You Stay Here?
しおりを挟む「確証は無いんですけど…多分。今のカティさんには、貴女が必要なんです。お願いします、ハンさん!カティさんを…助けてあげて下さい…!」
「うん……分かった…。私に出来る事があるなら、私は全力を尽くしたい。もう…後悔したくないから…!」
ハンさんをホールへと送り出した後、シン君は自分の部屋へと戻って行った。私が付いて行っても何も言わず、部屋へ迎え入れてくれた。
シン君の部屋に入るのは初めてだ。いつも会う時は、シン君が私の部屋にやって来ていたから。
キョロキョロと部屋を見回してみるが、これといった目立つ物は無かった。強いて言うなら、棚の中にジブリキャラクターの置物が幾つも並べてあるくらい。トトロとか、巨神兵とか。私でも知ってる有名なキャラクター達。
シン君がこんな可愛らしい物を持っている事に、少し驚いた。と…目に付く物はそれぐらいで。
後は、特に掴み所の無い部屋だった。
「どうぞ、座って下さい」
「あ…ありがとう……」
シン君に指し示された椅子に座り、台所に立つ彼の背中を見つめる。コーヒーメーカーを使って、インスタントコーヒーを淹れているようだった。
香ばしい香りがこちらまでただよってくるも、私がいつも淹れているコーヒーには遠く及ばない。
やはり、コーヒーは機械で淹れるのでは無く、豆を挽く段階から人の手で淹れるのが一番だろう。
あくまで…私の持論でしか無いのだけれど。
「はい、インスタントっすけど。どぞ」
「インスタントのコーヒーも美味しいと思うよ。好んで飲みはしないけれど」
マグカップに入った、白い湯気がモクモクと立ち上るコーヒーを受け取る。マグカップ越しに手に伝わる温かさに、頬ずりしたくなる程の心地良さを感じた。
まずは一口。礼儀的な意味もあるし、そもそも少し喉が乾いていたのもあるし。とにかく、水分が欲しかった。
うん…やっぱり、インスタントじゃ味気ないな。味に深みが無いというか、なんと言うか。どことなく不満を抱かざるを得ない味だった。
コーヒーに舌鼓を打っている私を見ながら、先に切り出してきたのはシン君の方だった。
「珍しい……というか、初めてっすよね?白雪さんが俺の部屋に来るのって」
「うん…そうだね。私は基本的に、他の人の部屋には行かないから。訪れるのは、シン君の部屋が初めてだよ」
「そうっすか…何か照れるっすね」
シン君が照れ臭そうにポリポリと頬を掻いた。いつもなら、そんな微笑ましい仕草一つ一つについついニヤけてしまうのだけれど。
今日はそんな事は許されないような空気が私達の間には漂っていた。
続くシン君の言葉は、躊躇うような重々しさを帯びていた。
「あの……白雪さんなら…何となく気付いてると思うんす。俺と詩島夕子が、どういう関係だったのか」
「うん…。ほんと、なんとなくだけどね?」
「やっぱりそうっすか……。一応、答え合わせしてみるっすか?」
はにかんで見せる彼の笑顔には、どことなく陰が射し込んでいる様に感じられて。それが既に、私の考えが正しいという事を暗に示していた。
だから、わざわざ彼の口から真実を聞く必要は無いと思った。聞いてしまえば、彼を今までの彼と同じ様には見れないと分かっていたから。
現実と向き合わなければいけなくなるから。
「ううん。大丈夫。答え合わせはしなくて良いよ」
「そうっすか…」
そう言いながらシン君は寂しそうな顔をしてコーヒーを一口飲んだ。その表情がやけに私の良心に訴えかけてくるようで、刹那胸の内に鋭い痛みが走った。
でも、そんな痛みさえも意に介さず。むしろ、その痛みに背中を押されるように私は。私がここに来た目的を果たすべく、シン君に問い掛ける。
「ねぇ…シン君?ちょっと聞きたい事があるんだけど、良いかな?」
「ん…何すか…?」
「シン君は……。シン君は…」
こんな時になっても口籠る自分が恨めしくなった。勾玉荘に居る以上、いつかは知らなくてはならない事なのだ。何を躊躇しているのだ、私は。
長く伸びた前髪を耳に掛けて、真っ直ぐにシン君を見つめる。初めてしっかり見た彼の顔は、やはり俗に言う『イケメン』で。思わず頬が緩んでしまう。
そんな私を見ても、シン君は黙って私の言葉を待っていてくれて。彼の優しさに感謝しながら、私は決意の問を投げ掛けた。
「シン君は…どうして勾玉荘に居るの?」
私の言葉を聞いたシン君は
「誤魔化しきれないっすね、白雪さんの事は」
寂しげにニコリと笑った。
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