6 / 6
六首目
しおりを挟む
朝の寒さの厳しさが冬の嫌なところだと俺は思う。今日なんて雪が降ってるじゃないかと文句をたれながら日課のために身だしなみを整える。シャツのボタンを一つずつとめ、ネクタイを締める。長い廊下をゆっくりと歩き、起床時間の一分前には扉の前に立つ。一つ深呼吸をして、ノックをした。断りを一応入れるも、返事はない。彼女の肩を揺するも、全く起きる気配はない。朝の弱ささえ無ければ完璧な淑女でいらっしゃるのに。
「んぅ…。」
長い睫毛が揺れ、俺の好きな笑顔でおはようとおっしゃった。
「おはようございます。よく眠れましたか?」
定型のようになった挨拶を交わす。しかしこれもいつまで続くかわからない。今朝彼女の嫁入りの話があることを耳にした。政略結婚で他の男の元に行くくらいなら、せめて幸せに恋愛結婚で手元を離れて欲しい。俺自身の気持ちは閉まっておくしか選択肢はない。思い焦がれたところで叶いはしない。なら、幸せになってほしい。
外が一面銀世界になっていることに気づいた彼女は庭に出て散歩をしたいと言い出したので、寒いのは全くもって好まないが、彼女との思い出を少しでも増やしたいという一心で一緒に外へ出た。
小さな池に架かる小さな橋は白く塗り替えられており、池の水は凍っている。彼女は雪に小さな足跡をつけて橋までかけていった。転ばないように注意を促しながら、自分の足跡を隣につけていく。彼女の隣に行くと、嫌でもわかるほど浮かない顔をしていた。
「どうされましたか?」
「あのね、私きっと近いうちに婚約すると思うの。」
「ええ。小耳にはさみました。」
白い吐息が言葉を紡ぎ、消えてゆく。
「…お嬢様には想われている方はいらっしゃらないのですか。もし、いらっしゃるなら、私がこの身を滅ぼす覚悟で旦那様に進言して参ります。」
「ふふ。ありがとう。
…でもね、ダメなの。駆け落ちでもしないと私の恋は叶わない。それに向こうは私のこときっとなんとも思ってない。」
俺のものにできるなら、こんな悲しい顔はさせないのに。
「だってね、すごく鈍感なのよ、私の隣にいる大好きな人は。」
思考回路が止まる。想い人の気持ちがまさか自分に向いているとは夢にも思っていなかった。彼女を抱き寄せ、赤く潤った唇に愛を告げる。
「では、あなたを私が連れ去ってもよろしいのですか?」
寒さはいつの間にか感じなくなり、白銀の世界に溶けてゆく。
俺たちの足跡はきっと雪が隠してくれるだろう。
二人だけの道を歩めるならそれでいいじゃないかと、同じ布団の隣で眠る愛しい人の綺麗な黒髪を撫でて思った。
鵲の 渡せる橋に 置く霜の
白きをみれば 世ぞふけにける
「んぅ…。」
長い睫毛が揺れ、俺の好きな笑顔でおはようとおっしゃった。
「おはようございます。よく眠れましたか?」
定型のようになった挨拶を交わす。しかしこれもいつまで続くかわからない。今朝彼女の嫁入りの話があることを耳にした。政略結婚で他の男の元に行くくらいなら、せめて幸せに恋愛結婚で手元を離れて欲しい。俺自身の気持ちは閉まっておくしか選択肢はない。思い焦がれたところで叶いはしない。なら、幸せになってほしい。
外が一面銀世界になっていることに気づいた彼女は庭に出て散歩をしたいと言い出したので、寒いのは全くもって好まないが、彼女との思い出を少しでも増やしたいという一心で一緒に外へ出た。
小さな池に架かる小さな橋は白く塗り替えられており、池の水は凍っている。彼女は雪に小さな足跡をつけて橋までかけていった。転ばないように注意を促しながら、自分の足跡を隣につけていく。彼女の隣に行くと、嫌でもわかるほど浮かない顔をしていた。
「どうされましたか?」
「あのね、私きっと近いうちに婚約すると思うの。」
「ええ。小耳にはさみました。」
白い吐息が言葉を紡ぎ、消えてゆく。
「…お嬢様には想われている方はいらっしゃらないのですか。もし、いらっしゃるなら、私がこの身を滅ぼす覚悟で旦那様に進言して参ります。」
「ふふ。ありがとう。
…でもね、ダメなの。駆け落ちでもしないと私の恋は叶わない。それに向こうは私のこときっとなんとも思ってない。」
俺のものにできるなら、こんな悲しい顔はさせないのに。
「だってね、すごく鈍感なのよ、私の隣にいる大好きな人は。」
思考回路が止まる。想い人の気持ちがまさか自分に向いているとは夢にも思っていなかった。彼女を抱き寄せ、赤く潤った唇に愛を告げる。
「では、あなたを私が連れ去ってもよろしいのですか?」
寒さはいつの間にか感じなくなり、白銀の世界に溶けてゆく。
俺たちの足跡はきっと雪が隠してくれるだろう。
二人だけの道を歩めるならそれでいいじゃないかと、同じ布団の隣で眠る愛しい人の綺麗な黒髪を撫でて思った。
鵲の 渡せる橋に 置く霜の
白きをみれば 世ぞふけにける
0
お気に入りに追加
1
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
藤と涙の後宮 〜愛しの女御様〜
蒼キるり
歴史・時代
藤は帝からの覚えが悪い女御に仕えている。長い間外を眺めている自分の主人の女御に勇気を出して声をかけると、女御は自分が帝に好かれていないことを嘆き始めて──
秦宜禄の妻のこと
N2
歴史・時代
秦宜禄(しんぎろく)という人物をしっていますか?
三国志演義(ものがたりの三国志)にはいっさい登場しません。
正史(歴史の三国志)関羽伝、明帝紀にのみちょろっと顔を出して、どうも場違いのようなエピソードを提供してくれる、あの秦宜禄です。
はなばなしい逸話ではありません。けれど初めて読んだとき「これは三国志の暗い良心だ」と直感しました。いまでも認識は変わりません。
たいへん短いお話しです。三国志のかんたんな流れをご存じだと楽しみやすいでしょう。
関羽、張飛に思い入れのある方にとっては心にざらざらした砂の残るような内容ではありましょうが、こういう夾雑物が歴史のなかに置かれているのを見て、とても穏やかな気持ちになります。
それゆえ大きく弄ることをせず、虚心坦懐に書くべきことを書いたつもりです。むやみに書き替える必要もないほどに、ある意味清冽な出来事だからです。
愛を伝えたいんだ
el1981
歴史・時代
戦国のIloveyou #1
愛を伝えたいんだ
12,297文字24分
愛を伝えたいんだは戦国のl loveyouのプロローグ作品です。本編の主人公は石田三成と茶々様ですが、この作品の主人公は於次丸秀勝こと信長の四男で秀吉の養子になった人です。秀勝の母はここでは織田信長の正室濃姫ということになっています。織田信長と濃姫も回想で登場するので二人が好きな方もおすすめです。秀勝の青春と自立の物語です。
平治の乱が初陣だった落武者
竜造寺ネイン
歴史・時代
平治の乱。それは朝廷で台頭していた平氏と源氏が武力衝突した戦いだった。朝廷に謀反を起こした源氏側には、あわよくば立身出世を狙った農民『十郎』が与していた。
なお、散々に打ち破られてしまい行く当てがない模様。
織田信長に育てられた、斎藤道三の子~斎藤新五利治~
黒坂 わかな
歴史・時代
信長に臣従した佐藤家の姫・紅茂と、斎藤道三の血を引く新五。
新五は美濃斎藤家を継ぐことになるが、信長の勘気に触れ、二人は窮地に立たされる。やがて明らかになる本能寺の意外な黒幕、二人の行く末はいかに。
信長の美濃攻略から本能寺の変の後までを、紅茂と新五双方の語り口で描いた、戦国の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる