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五月七日 外

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番外編

未来彼女 中

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 どこだここ?

 私が目を覚ましたとき、まず思ったのがそれだった。
 知らない天井。知らないカーテン。どこを見ても知らないものしかない、誰かの部屋。
 まだ夢でも見ているのだろうか?
 こういうときの対処法は一つしかない。
 
「……いたい」 

 試しにほっぺたをつねってみると、普通に痛かった。
 どうやら、夢ではなさそうだ。だが、だとしたら今の状況はどういうことなのだろう。誘拐……にしては私が自由すぎるし、私が寝ている間に模様替えした……というのもよく意味がわからない。
 何か手掛かりはないかと部屋の中をぐるり一周見たときだった。
 
「え?……うそでしょ?」

 私は、鏡に映った自分の姿に衝撃を受けた。
 全体的に自分に似ているが、より整った目鼻立ち。私にはあるはずもない腰のあたりまで伸び、艶々した光沢を放つ漆黒の髪。雪のように白く透き通った肌は瑞々しく、陸上で鍛えた私には想像もつかないくらいに全体的に線の細い体。
 私の知るものとは少し違うが、鏡に映る私の姿は紛れもなく若い頃のママの姿だった。
 それから私は、この訳のわからない現象から逃げるようにして家を出た。

 一時間ほどして、ようやく少し落ち着いた私はあることを確認するべくコンビニに寄っていた。

「いらっしゃいませー」

 やる気のない店員の声には聞く耳を持たず、雑誌コーナーに一直線。適当な雑誌を手に取り、日付を確認する。

「……ちょうど、私の産まれる一年前か」

 別の雑誌も確認してみたが、どれを見ても同じ日付だった。
 若い頃のママの姿をした自分。
 雑誌に記された昔の日付。
 現状、今私がおかれているこの不可思議現象がなんなのかはさっぱりだが、一つだけ心当たりがあった。
 昨日、眠る前に見つけたタイムマシンだ。

「もしかしてあれ、本物だったのかな」

 どう考えても奈々が充電器か何かに適当に「タイムマシン」と書いたラベルを張り付けた物にしか見えなかったが、今の状況を考えるにあれを本物のタイムマシンと考えた方が少しは筋が通る。
 きっと、私は過去に来てしまったのだ。どうしてママの姿なのかは気になるが、私が産まれる前の時代だから私の体が存在していないことが原因だったりするのだろうか。
 分かっていることは、あのへんてこなタイムマシンが原因ということと、ママの体を借りて過去に来てしまっているということだけだ。解決策もわからなければ、いつこの現象から解放されるのかもわからない。
 だが、きっと私にもやれることがあるはずなのだ。
 まずは、それを考え実行に移さなければならない。

「……にしても、美人さんって案外大変かも」

 手に取った雑誌をもとの場所に戻しながら、一人ごちる。
 私が過去に来てることなんて知らない人からすれば、私はただ雑誌を眺めているだけの人だ。それだけなのに、さっきから色んなところから視線を感じる。
 やる気のない店員に、ガラス越しの道路を歩くサラリーマン。私に気づいた男の人は、みんなチラチラと私の方を見てくるのだ。何をせずとも注目を浴びてしまう。ママはそんなこと気にした素振りを見せたことないが、私は違う。こんなに色んな人から見られることなんて大会くらいでしか経験していないし、あのときの視線と今浴びている視線の種類は違うものだ。奈々の言葉を借りるならエロい視線という奴だろう。そんな風な目で見られるのは、なんだか恥ずかしいし、緊張しい。そして、私の初心な余裕のない反応が余計に視線を集めてしまうという悪循環を生み出している。
 ママなら、上手いこと立ち振舞うのだろうが、今まで平凡な生活を送ってきた私にはこの視線に対する対処が思いつかない。せいぜい自分に見られてないから大丈夫と励ますくらいだ。今この瞬間だけは、ママに似ていない自分の体に戻りたいと思ってしまった。

 コンビニを抜け出してから数分。
 私はママの通っていた大学にたどり着いていた。ぼんやりと歩いていただけなのに、体は覚えているのか自然と大学に足が向かっていたようだ。
 子供の頃、よく休日に家族三人でピクニックに行っていたので、なんとなく大学の感じは覚えている。記憶を辿りながらすっかり緑になってしまった桜並木の坂道を抜け、中庭付近にある池の前のベンチに腰かけた。
 すっかり温くなってしまっているが、先ほどコンビニで買った紙パックのココアを開ける。ブラックと悩んだが、ママの体だからと言ってあの苦みを克服できる気がしなかったので、ココアにしたのだ。
 温くて甘ったるいココアは、ずっとフル回転してた頭に糖分をやるにはちょうどよかった。水分補給にもなるしまさに一石二鳥。すぐに喉が乾いてしまうのは玉に傷だが、毎日のようにココアを飲んでいる私からすればそれさえもココアの粋な部分に感じてしまう。
 
「はぁ……ココアも温いし、どうせ過去にいくならもっと過ごしやすい春がよかったなぁ」

 けれど、流石の私も炎天下のなかココアだけで生きていくのは無理な気がしてきた。浮気しているみたいで少々ココアには悪いが、自販機でお茶でも買った方がいいだろう。
 そう思って、ベンチから立ち上がったときだった。
 私に向かって手を振っている人がいた。男の人。一瞬、あの人かもとヒヤリとしたがどうやら私の知らない人物のようだ。
 まだ少し距離があってぼんやりとしか顔が見えないが、なかなかのイケメンさんぽい。身長も180は越えているだろう、白衣を来た姿から教授か医者だろうか。
 ママにこんな高学歴っぽいイケメンの知り合いがいたなんて知らなかった。どことなく私がショックを受けている間にも彼と私との距離はどんどん縮んでいく。
 すると顔がハッキリと見えてくるにつれて、私のなかで変な感覚が生まれていた。既視感と違和感が同居した不思議な感覚だ。まるで十年来の友人との再開みたいに、彼の顔に誰かの面影を感じるのだ。
 そして、イケメンの首からかけられた名札の「長沢」の文字を見た瞬間に、私の頭でピースがガッチリはまる音がした。

「奈々ちゃんのパパー!?」

 気がついたときには、思いっきし叫んでしまっていた。私のあまりにママらしくない反応に、奈々のパパも目を点にしてしまっている。

「……あはは、冗談です冗談……はい、冗談です……」

 浅はかだった。
 今の私はママの体を借りているのだ。ママの知り合いがいるような場所にはなるべく寄らない方がいいに決まっている。今みたいにボロが出てしまうかもしれないし、最悪の場合、未来が変わってしまうかもしれないのだ。それこそ私や奈々が産まれないような未来に。
 今はまだ、そんな最悪の場面ではないはずだ。我ながら無理があるとは思うが、ここは冗談で通して、早いとこ退散といこう。
  
「そ、それじゃあ長沢先生、私は用があるのでこれで」

 いそいそと、私がその場を後にしようとしたときだった。
 長沢先生は、突然笑い声をあげた。
 
「は?え!?」
「いやいや、失礼。ある程度の予想はしていたんだけどね、まさか、こう来るとは思わなくてだな……」

 私が困惑している間にも、長沢先生は何やら物知り顔で話している。
 まさか、バレたの?
 いや、そんなはずはない。確かに、一発目の一言は大いに問題ありの発言だが、あれだけで私がママではないなんて、バレるはずがないし、未来から来ていることもまだバレないはずだ。
 なのに、長沢先生は確信を持ってこう言った。

「とりあえず、挨拶といこうか。未来の誰かさん……いや、一城マコさん」
 

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