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ライバルは強し

6 番外編:闇は留まるところを知らない

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「ちょっと遅くなっちまったなぁ……」

 沈みかけの夕陽を見ながら呟く。
 今は黄昏時。
 世が世なら魔の者と出会う時間らしいが、個人的には映画の影響もあり、誰かと入れ替わりそうな時間という認識だ。もちろん、そんなことはないのだが……。
 
「……ん?」

 と、そんなことを考えていたからだろうか。
 旧図書館を出てから少しのところで、背後に人の気配を感じた。
 今日何度目かのそれを確かめるように振り返るも、案の定、そこには誰もいない。あるのは静寂に包まれた芸術棟の廊下だけだ。
 ーー霊的なものの話をすると、向こうからこちらに寄ってくる。
 誰から聞いたともわからないそんな言葉が脳内に染み渡る。

「気のせい、だよな……?」

 足早に廊下を抜けていく。
 その間も背後には人の気配。
 その強烈とも言える嫌な感覚を確かめるべく、踊り場にさしかかったところでもう一度後ろを振り返った。

 ーー黒い影が翻る。

 目の端の方で、なにかの形を確かに捉えた。
 だが、それも一瞬のことで旧図書館側の奥へと消えてしまう。
 霊なんてものは信じていない。信じてなどいないのだが、万が一というものがある。
 
「あー、やばいかも。これは」

 視覚として得た情報を整理したところで、一つ案件が生じてしまった。
 刹那。
 廊下を真っ直ぐに駆け抜け旧図書館へと向かう。
 そして、旧図書館に着くや否や僕の手は目の前にある引き戸を思いっきり開けていた。

 ーーガシャンッ!!

 扉の開く大きな音ともに怒鳴りこむ。

「四条!変なやつがっ……ここ、に……来てない……か?」

 突然の音に驚いたのだろう。
 そこには、地べたに力なく座りこむ四条の姿があり、彼女のすらりと伸びた白い人差し指は少し震えながら僕のを指し示していた。

「あ……いや、そういう意味じゃなくて」

 慌てて事情を説明する。
 説明を聞き終わると、四条は小さく笑って立ち上がった。
 
「つまり、竜郎太は幽霊がここに来たから私を守ろうとしてくれた?」
「ま、まあ……そんな感じです」
「幽霊なんていないよ?」
「ごもっともです……ま、まあ一応、不審者という線もなきにしもあらずでしてね……」
「わかった。でも私は強いから大丈夫」

 四条はそう言ってポンと自分の胸を叩く。
 その姿がどこか可笑しくて笑ってしまった。
 
「ほんとうなんですけど?」

 そんな僕の態度から信じてくれていないと思ったのか、むくれるようにしてそんなことを言う四条。……いやいや、四条さん?こんな可愛らしい人が強いとか言っても信じられるわけないでしょ。相変わらず冗談が下手くそでしてよー。だって、そのむくれた顔もかわいいもん。僕のハートがブレイクですのよ!
 なんて、あまりに下手な四条の冗談に、内心の口調が変になる始末だ。だが、そのとき、ふと脳裏に四条の数ある噂のうちの一つが浮かび上がっていた。

 ーー四条はケンカがめちゃくちゃ強い。

 ……あれ、そう言えばなんでそもそもこんな噂が四条にあるんだろ?
 見た目を誉める噂がほとんどの四条には、冗談でも付けにくい噂だ。
 それでも噂として存在するってことは……。
 そこまで考えた時だった。
 おおよそ何が起きたのかも考えたくないくぐもった鈍い音が旧図書館に響いた。
 
「え……」
「ほら、強いでしょ?」

 えへへとその顔に浮かべる笑みは可愛らしいものだったが、それと目の前の惨劇とのギャップに僕の思考は理解が追い付いつくはずもなく、ただ目の前の状況を確かめるだけだ。
 四条の足元には、かつて椅子だったはずの残骸が転がっている。
 古びていたとは言え、その残骸は折れたというより、所々霧散するかのように消滅している。なぜか、プスプスと木の粉の煙もあがる始末だ。……なにこれ?極み?二○の極みでも使ったの?なんか木のペーストが出来上がってるんだけど!?

「ウン。四条ツヨイ。ダイジョブ」

 信じがたい光景に口調が日本語覚えたてみたいなカタコトになっていた。

「うん。私、護身術で色々やったから」
「……そうですか」

 四条の新たな一面を確認したところで、今度こそ旧図書館を後にした。
 幽霊には物理が効かない気もするが、極みを使える四条ならなんとかしそうだ。
 そんなこんなで、僕の心配も無駄に終わり、すっかり日の沈んでしまった廊下を歩く。
 
「またかよ……」

 またも感じる背後の気配。
 あまりにしつこい正体不明のそれに、僕は恐怖よりも怒りがこみあげていた。
 だからだろうか、階段を降りるときに聞こえたヒタヒタという足音や、蛍光灯に反射する銀色に気付けなかったのは。

「……」

 下駄箱で靴を履き替えるときだ。
 ついに背後の正体を目で捉えた。なんてことはない。昇降口のガラスでその姿は反射していた。
 髪の長い女。その髪は黒くウェーブがかかっている。
 その顔は長い前髪でよく見えない。濡れているのかベットリと顔に貼りついている。
 そして、女の手には銀色に輝く刃。
 ……え、なにこれ、マジもんじゃないっすか?

「……!?」

 ガラス越しに捉えたその正体はどこからどう見ても、幽霊の女そのままだった。
 目が合った瞬間、女は急に走り始めた。 ペタペタという裸足で駆ける音が迫るなか、靴を履き替えていた途中の僕は上手く逃げられない。
 そして、あっという間に距離はゼロになる。
 ……殺される!?
 あまりの恐怖に覚悟して目を閉じる。 
 すると……

「どう……萌えた?」 

 ……ピタリと背中に貼り付いた幽霊は、僕の耳元でそんなことを言った。
 いつまでも訪れない死と意味不明な発言に恐る恐る後ろを見てみる。
 すると、そこには髪を濡らした女が背中にくっいていて、なぜかカシャカシャと鳴るおもちゃの包丁を突き刺してきていた。
 残念なことに、見覚えのあるその人物へと声をかける。

「えと……これはなんなの鷲崎」 
「え?これ?これはヤンデレをやってるんだけど……どう?萌えるでしょ」

 自慢気にそう語る鷲崎に向けて冷静に一言。

「……萌えるかバカ」

 鷲崎とヤンデレの組み合わせはいけない。
 それは僕が一つ学んだ瞬間だった。

 ただ、今後も鷲崎のヤンデレモードや新スキル『ストーキング』など発揮されていくのだが、それはまた別の話。



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