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ライバルは強し
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昼休み。
食堂の端に目的の人物を発見し、僕はそいつに声をかけた。
「よっ、赤羽。ここいいか?」
「おうDD。お前も食堂派か」
赤羽は手をあげそう応えると、自分のトレイを引き寄せ、僕のトレイを置くスペースをあける。
僕はトレイを机に置き、座りながら赤羽の質問へと答えた。
「いや、今日は弁当忘れちまってな……」
もちろん嘘である。きっと今ごろ僕の弁当は鷲崎の腹の中にあることだろう。
……やっぱ、人多いよな。
座って一人げんなりしてしまう。
うちの食堂は安くて旨いことから昼休みはそれなりに混雑するので、あまり僕は食堂を利用していない。……一緒にご飯を食べるような友人がいれば気にしないのだが、一人で行くには気まずい場所で個人的には少々勇気がいる。知らない人と相席になったり、場所取りの目が痛くてしょうがないからね。
とまあ、あいにくと、クラスが変わったことでそこまでの友人ができていない僕には、めったに行くことは無い食堂なのだが……昼休み前にも鷲崎に念を押された(ノートをちらつかされた)ことから、作戦通り赤羽と昼休みを一緒に過ごすこととなっていた。
「赤羽の方こそいつも食堂なのか?」
「そだなー、だいたいいつも食堂で食ってるぞ。弁当もちょっと憧れるんだけど俺んところはそういうのないし……ていうかDDのとこはいつも弁当作ってくれてるのかよ」
「いや、僕んところもそういうのは無いから自分で作ってるな」
「……な……に?」
僕は当たり前のことを言っただけなのだが、なぜか目の前に座る赤羽は箸を握ったまま固まっていた。せっかくのうどんも宙ぶらりんになっている。
「どした?」
「え、なに……つまりDDって弁当作れるの?」
「作れるって言ってもあれだ。冷食詰めることがほとんどだし、朝やるのはせいぜい卵焼きとか肉適当に焼くくらいで、そんなにたいしたことは……」
「すげぇ……まじすげえって」
僕の言葉を遮るように赤羽はそう言う。羨望の眼差しで見つめてくる両の瞳はこれでもかとキラキラ輝いていた。心なしか眼鏡のレンズもいつもより輝いて見えてしまう。
ここまで素直に感心されることなんて今までなかったので、少し照れてしまう。
赤羽も案外いいやつなのかもしれない。
こういう風に素直に感心できる人間は少ない。それも何か意図して計算したものではなく、天然の自然とした反応なのだからその威力はなかなかのものだった。……これは、鷲崎が好きだって言うのもわかるかもしれないな。
少しだけだが、僕のなかで赤羽の評価が変わりかけていた……
「……主人公の条件満たしてるじゃん!」
「ん?」
……続くその言葉を聞くまでは。
「弁当作れるのは昨今のアニメ業界じゃあ、必須の主人公スキルだろ?DDはそれを最前線で実践してきてるんだからめちゃくちゃすげえよ!できれば今度、俺にも教えてくれ!」
前言撤回。
赤羽はもうダメかもしれない。
正直、現役の中二病を舐めていた。
感心そのものは素直なものでもその後に続く理由がアウトだった。僕が現役のときでもその発想はなかったよ。
てか、弁当作れるのが必須スキルてどんな主人公だよ。お前の知る主人公たちがどんなやつか逆に気になるんだけど……?
あまりの発言の落差に僕は適当に返事をしていた。
それからしばらくの間も赤羽の色んな話が出てきた。
今期はどのアニメがいいだとか。
図書室にドラゴン関係の本が少ないとか。
うどんが伸びるのも気にせず、それはもう熱心に赤羽は語っていた。
僕の方はすっかり昼飯を終え、ときどき赤羽に相づちを打ちながら、話題のタイミングを図っていた。
すると、赤羽の方からまた別の話題がでてきた。
「そういば、DDはもう今期の嫁決めた?」
みんながみんな今期の嫁を決めてるわけじゃないからね?
赤羽の相変わらずな話題チョイスに内心少し心配しながらも僕は小さく拳を握りしめていた。
ようやく、僕のしたい話に繋がりそうな話題がやってきた。
これを逃す僕じゃない。これでも僕はできるタイプなのだ。
「僕はまだだけど。赤羽は?」
「俺もまだだなー。今期はいい子が多過ぎて悩む」
「ふーん……例えば?」
ひょいと投げ込んだ僕の言葉に、赤羽は分かりやすく食いつく。これが釣りだったら入れ食いだな……。
などと、僕が最近ご無沙汰な釣りに思いを馳せている間も、エサに食いついた赤羽は悩んでいるらしきキャラクターたちを挙げていく。流石と言っていいのか、赤羽の言うキャラクターは話題になったものから僕が聞いたこともないようなものまで様々だ。
一通りキャラクターが挙がってきたところで、話を誘導していく。
「ちょっと多過ぎて分かんないけど、その子達てどんなタイプなんだよ」
「ん?まあ色々かな……ツンデレ、ヤンデレ、デレデレ、クーデレだろー……ポジションてきにはお嬢様、先輩、幼馴染み、男の娘に」
なんかヤバいの混じってるけど大丈夫か?
僕の心配もよそに白熱した様子の赤羽からは弾丸トークが止まらない。
オタクに好きなものの話をさせるのは危険なようだ。
「それとあとは……」
「ま、まったまった!だいたい分かった。赤羽が悩んでいるのは分かったけどよ……」
途中、わざとらしくタメを作る。
重大なことを言い出そうとしている。……そう僕の意図を読んだ赤羽もわざとらしく固唾を飲む。
本当はもう少し自然に切り出したかったが、これ以上赤羽が話していたら時間がいくらあっても全く足りない。
昼休みも終わりかけ。うどんは伸び伸び。
ごっめーん!聞けませんでしたー!
では、鷲崎に何と言われるか分かったものじゃない。
少々強引だと思いながらも、神妙な面持ちのまま赤羽に顔を近づけ、こっそりと続きの言葉を吐き出した。
「……ぶっちゃけさ、そんなにアニメの子好きだと彼女に浮気者とか言われたりしないのか?」
言った瞬間、なぜかドキっと大きく心臓が脈打つ。
赤羽は彼女なんていないはずだ。
それを分かっているからこそ、あえて……の、この聞き方だ。
ふつうに聞いたんじゃはぐらかされるかもしれない。そうなるとその真偽を確かめるのは少々面倒だ。正直、そこまでして赤羽の彼女の存在の有無なんて調べたくない。……まあ、鷲崎に弱み握られてるから最悪するんだけどさ。
けれどこの聞き方なら、少なくとも僕は赤羽のことを彼女がいて当然な男だと思っていることになり、赤羽にとってそんなに気分は悪くないはずだ。
だから、真実を言いやすい。僕は「それは意外!」というお約束を返してくれるのだから。
万が一、赤羽に彼女がいたとしてもそれが誰なのか。赤羽はどんなタイプが好きなのか……という情報は簡単手に入る。……まあ、こっちの場合は別れるのを待つとか時間勝負間違いなしなので絶対あってほしくない方ではあるが……。
つまり、どう転んでも今日のところは鷲崎との作戦を遂行できる。
それだけなのに、今もなお強く鳴り続ける心音の正体を僕は掴めずにいた。
なんで僕がドキドキしてるんだよ……?
その疑問は、突然笑い声をあげた赤羽によってかき消された。
「そんなの言われるわけないじゃん!俺彼女なんていないんだから」
聞かなくてもわかるだろー!
と、よほど僕の質問がおかしかったのだろう。
僕の質問に答えた後も赤羽は腹抱えて笑っていた。
「いや、なに……なんやかんやで赤羽は見た目いいから彼女いるのかなーってさ」
「いないいない。俺みたいな超オタクはそうそう彼女できないよ。俺たちにはそういう呪いがあるのさ」
赤羽は格好つけてそう言う。
後半は何を言ってるんだかよくわからなかったが、赤羽に彼女がいないという事実を確認して胸を撫で下ろす。
いつのまにか五月蝿かった心臓も鳴りを潜めていた。
……よかったな。鷲崎。
一応、心のなかで鷲崎のそう告げ、ついでの情報収集をおこなう。
「そっかそっか……ちなみに赤羽は気になるやつとかいるのか?あ、もちろんリアルで」
「そうだなー」
これで赤羽が「実は最近気づいたんだけどさ……」なんて言い出したら、鷲崎でほぼ確定、略してほぼ確だろう。……最近気づくなんて幼馴染みの魅力、意外ないじゃん。
などと、とりあえずの目標が達成したからだろうか。
僕はそんなどうでもいいことを考えながら赤羽の言葉を待っていた。
「ちょっと恥ずかしいな……」
「まあまあ、いいじゃないか男同士なんだし」
なにがいいんでしょうかね?
言いながらそう思うが、赤羽を促す。
「ったく、しょうがねーな。ドラゴンに免じてDDだけにだからな」
「お、おう?」
なぜにドラゴン?
突拍子もない単語に返事のイントネーションがおかしくなっていた。
「誰にも内緒だゾ?」
「……おけい」
語尾キモくなってない?
なんて、飛び出そうになる言葉を無理やり飲み込み返事をした。
そして、先の僕と同じように神妙な面持ちのまま、赤羽は少しだけ顔を近づけこっそりと言葉を吐き出した。
「実は最近づいたんだけどさ……」
……その切り出し方は!まさかの!?
「……四条夏海ってさ、すごい可愛くね?」
「なんでやねん!!」
予想だにしない人物に、僕はらしくもなく本場並みのツッコミをいれていた。それはもう見事に。
だけど、それも仕方ない。
あまりにもツッコミどころが多すぎた。
「赤羽……今、四条夏海って言ったか?」
「え?そうだけど?」
「なんで最近なんだよ!去年のミスコン優勝者じゃねえか!」
「そうなの?俺そのあたり扁桃炎で休んでたからさ、誰が優勝とか知らなくて」
「いやいや、それでも四条はそうとう有名だぞ。それを最近って……」
「三次元に興味はないからな」
「……さいですか」
四条夏海は、校内なら知らない人などいない超がつくほどの有名人だ。
入学当初からその外観のあまりの美しさや可憐さから話題になっていたのだが、一番のきっかけは去年の文化祭だ。一年生ながら出たミスコンで、他の候補者に一票すら入らないという断トツの優勝。過去でもかなりレベルが高いなんて言われていた去年のミスコンでそれなのだから彼女の容姿についてとやかく言う人間など存在しないだろう。
……どんまい。鷲崎。
一応、心のなかで手を合わせておく。
だが、そんな四条夏海にも一応欠点はある。神はそうそう二物を与えてはくれないのだ。
「ちなみに、最近っていつ知ったんだ?」
「ん?昨日だけど」
「お前すごいな」
「まあな」
「……」
「なんか言ってくれよ!」
「ああ、ごめんごめん。その返しは想定外だったもんで」
いや、ほんとう前後含めて色んな意味で。
「それで?昨日知ったってどうやって?」
「旧図書館があるだろ?」
「あー……分かった。もういいや」
「はやっ!?」
「そりゃあ〈静謐の歌姫〉と会うならそこしかないからな」
僕がそう言った後も赤羽の顔に浮かんだ疑問は消えなかった。むしろその疑問は増えている始末だ。
まあ、ついでだ。赤羽が言う「気になる」がどれくらいなものかも測らないといけないし……仕方ないか。
小さくため息をつく。
心の中で悪態をつきながら。
〈静謐の歌姫〉こと四条夏海について、僕の知る彼女のことを赤羽に話すことにした。
けれど、一応その前に。
「とりあえずその伸びきったうどんそろそろ食べたら?」
食堂の端に目的の人物を発見し、僕はそいつに声をかけた。
「よっ、赤羽。ここいいか?」
「おうDD。お前も食堂派か」
赤羽は手をあげそう応えると、自分のトレイを引き寄せ、僕のトレイを置くスペースをあける。
僕はトレイを机に置き、座りながら赤羽の質問へと答えた。
「いや、今日は弁当忘れちまってな……」
もちろん嘘である。きっと今ごろ僕の弁当は鷲崎の腹の中にあることだろう。
……やっぱ、人多いよな。
座って一人げんなりしてしまう。
うちの食堂は安くて旨いことから昼休みはそれなりに混雑するので、あまり僕は食堂を利用していない。……一緒にご飯を食べるような友人がいれば気にしないのだが、一人で行くには気まずい場所で個人的には少々勇気がいる。知らない人と相席になったり、場所取りの目が痛くてしょうがないからね。
とまあ、あいにくと、クラスが変わったことでそこまでの友人ができていない僕には、めったに行くことは無い食堂なのだが……昼休み前にも鷲崎に念を押された(ノートをちらつかされた)ことから、作戦通り赤羽と昼休みを一緒に過ごすこととなっていた。
「赤羽の方こそいつも食堂なのか?」
「そだなー、だいたいいつも食堂で食ってるぞ。弁当もちょっと憧れるんだけど俺んところはそういうのないし……ていうかDDのとこはいつも弁当作ってくれてるのかよ」
「いや、僕んところもそういうのは無いから自分で作ってるな」
「……な……に?」
僕は当たり前のことを言っただけなのだが、なぜか目の前に座る赤羽は箸を握ったまま固まっていた。せっかくのうどんも宙ぶらりんになっている。
「どした?」
「え、なに……つまりDDって弁当作れるの?」
「作れるって言ってもあれだ。冷食詰めることがほとんどだし、朝やるのはせいぜい卵焼きとか肉適当に焼くくらいで、そんなにたいしたことは……」
「すげぇ……まじすげえって」
僕の言葉を遮るように赤羽はそう言う。羨望の眼差しで見つめてくる両の瞳はこれでもかとキラキラ輝いていた。心なしか眼鏡のレンズもいつもより輝いて見えてしまう。
ここまで素直に感心されることなんて今までなかったので、少し照れてしまう。
赤羽も案外いいやつなのかもしれない。
こういう風に素直に感心できる人間は少ない。それも何か意図して計算したものではなく、天然の自然とした反応なのだからその威力はなかなかのものだった。……これは、鷲崎が好きだって言うのもわかるかもしれないな。
少しだけだが、僕のなかで赤羽の評価が変わりかけていた……
「……主人公の条件満たしてるじゃん!」
「ん?」
……続くその言葉を聞くまでは。
「弁当作れるのは昨今のアニメ業界じゃあ、必須の主人公スキルだろ?DDはそれを最前線で実践してきてるんだからめちゃくちゃすげえよ!できれば今度、俺にも教えてくれ!」
前言撤回。
赤羽はもうダメかもしれない。
正直、現役の中二病を舐めていた。
感心そのものは素直なものでもその後に続く理由がアウトだった。僕が現役のときでもその発想はなかったよ。
てか、弁当作れるのが必須スキルてどんな主人公だよ。お前の知る主人公たちがどんなやつか逆に気になるんだけど……?
あまりの発言の落差に僕は適当に返事をしていた。
それからしばらくの間も赤羽の色んな話が出てきた。
今期はどのアニメがいいだとか。
図書室にドラゴン関係の本が少ないとか。
うどんが伸びるのも気にせず、それはもう熱心に赤羽は語っていた。
僕の方はすっかり昼飯を終え、ときどき赤羽に相づちを打ちながら、話題のタイミングを図っていた。
すると、赤羽の方からまた別の話題がでてきた。
「そういば、DDはもう今期の嫁決めた?」
みんながみんな今期の嫁を決めてるわけじゃないからね?
赤羽の相変わらずな話題チョイスに内心少し心配しながらも僕は小さく拳を握りしめていた。
ようやく、僕のしたい話に繋がりそうな話題がやってきた。
これを逃す僕じゃない。これでも僕はできるタイプなのだ。
「僕はまだだけど。赤羽は?」
「俺もまだだなー。今期はいい子が多過ぎて悩む」
「ふーん……例えば?」
ひょいと投げ込んだ僕の言葉に、赤羽は分かりやすく食いつく。これが釣りだったら入れ食いだな……。
などと、僕が最近ご無沙汰な釣りに思いを馳せている間も、エサに食いついた赤羽は悩んでいるらしきキャラクターたちを挙げていく。流石と言っていいのか、赤羽の言うキャラクターは話題になったものから僕が聞いたこともないようなものまで様々だ。
一通りキャラクターが挙がってきたところで、話を誘導していく。
「ちょっと多過ぎて分かんないけど、その子達てどんなタイプなんだよ」
「ん?まあ色々かな……ツンデレ、ヤンデレ、デレデレ、クーデレだろー……ポジションてきにはお嬢様、先輩、幼馴染み、男の娘に」
なんかヤバいの混じってるけど大丈夫か?
僕の心配もよそに白熱した様子の赤羽からは弾丸トークが止まらない。
オタクに好きなものの話をさせるのは危険なようだ。
「それとあとは……」
「ま、まったまった!だいたい分かった。赤羽が悩んでいるのは分かったけどよ……」
途中、わざとらしくタメを作る。
重大なことを言い出そうとしている。……そう僕の意図を読んだ赤羽もわざとらしく固唾を飲む。
本当はもう少し自然に切り出したかったが、これ以上赤羽が話していたら時間がいくらあっても全く足りない。
昼休みも終わりかけ。うどんは伸び伸び。
ごっめーん!聞けませんでしたー!
では、鷲崎に何と言われるか分かったものじゃない。
少々強引だと思いながらも、神妙な面持ちのまま赤羽に顔を近づけ、こっそりと続きの言葉を吐き出した。
「……ぶっちゃけさ、そんなにアニメの子好きだと彼女に浮気者とか言われたりしないのか?」
言った瞬間、なぜかドキっと大きく心臓が脈打つ。
赤羽は彼女なんていないはずだ。
それを分かっているからこそ、あえて……の、この聞き方だ。
ふつうに聞いたんじゃはぐらかされるかもしれない。そうなるとその真偽を確かめるのは少々面倒だ。正直、そこまでして赤羽の彼女の存在の有無なんて調べたくない。……まあ、鷲崎に弱み握られてるから最悪するんだけどさ。
けれどこの聞き方なら、少なくとも僕は赤羽のことを彼女がいて当然な男だと思っていることになり、赤羽にとってそんなに気分は悪くないはずだ。
だから、真実を言いやすい。僕は「それは意外!」というお約束を返してくれるのだから。
万が一、赤羽に彼女がいたとしてもそれが誰なのか。赤羽はどんなタイプが好きなのか……という情報は簡単手に入る。……まあ、こっちの場合は別れるのを待つとか時間勝負間違いなしなので絶対あってほしくない方ではあるが……。
つまり、どう転んでも今日のところは鷲崎との作戦を遂行できる。
それだけなのに、今もなお強く鳴り続ける心音の正体を僕は掴めずにいた。
なんで僕がドキドキしてるんだよ……?
その疑問は、突然笑い声をあげた赤羽によってかき消された。
「そんなの言われるわけないじゃん!俺彼女なんていないんだから」
聞かなくてもわかるだろー!
と、よほど僕の質問がおかしかったのだろう。
僕の質問に答えた後も赤羽は腹抱えて笑っていた。
「いや、なに……なんやかんやで赤羽は見た目いいから彼女いるのかなーってさ」
「いないいない。俺みたいな超オタクはそうそう彼女できないよ。俺たちにはそういう呪いがあるのさ」
赤羽は格好つけてそう言う。
後半は何を言ってるんだかよくわからなかったが、赤羽に彼女がいないという事実を確認して胸を撫で下ろす。
いつのまにか五月蝿かった心臓も鳴りを潜めていた。
……よかったな。鷲崎。
一応、心のなかで鷲崎のそう告げ、ついでの情報収集をおこなう。
「そっかそっか……ちなみに赤羽は気になるやつとかいるのか?あ、もちろんリアルで」
「そうだなー」
これで赤羽が「実は最近気づいたんだけどさ……」なんて言い出したら、鷲崎でほぼ確定、略してほぼ確だろう。……最近気づくなんて幼馴染みの魅力、意外ないじゃん。
などと、とりあえずの目標が達成したからだろうか。
僕はそんなどうでもいいことを考えながら赤羽の言葉を待っていた。
「ちょっと恥ずかしいな……」
「まあまあ、いいじゃないか男同士なんだし」
なにがいいんでしょうかね?
言いながらそう思うが、赤羽を促す。
「ったく、しょうがねーな。ドラゴンに免じてDDだけにだからな」
「お、おう?」
なぜにドラゴン?
突拍子もない単語に返事のイントネーションがおかしくなっていた。
「誰にも内緒だゾ?」
「……おけい」
語尾キモくなってない?
なんて、飛び出そうになる言葉を無理やり飲み込み返事をした。
そして、先の僕と同じように神妙な面持ちのまま、赤羽は少しだけ顔を近づけこっそりと言葉を吐き出した。
「実は最近づいたんだけどさ……」
……その切り出し方は!まさかの!?
「……四条夏海ってさ、すごい可愛くね?」
「なんでやねん!!」
予想だにしない人物に、僕はらしくもなく本場並みのツッコミをいれていた。それはもう見事に。
だけど、それも仕方ない。
あまりにもツッコミどころが多すぎた。
「赤羽……今、四条夏海って言ったか?」
「え?そうだけど?」
「なんで最近なんだよ!去年のミスコン優勝者じゃねえか!」
「そうなの?俺そのあたり扁桃炎で休んでたからさ、誰が優勝とか知らなくて」
「いやいや、それでも四条はそうとう有名だぞ。それを最近って……」
「三次元に興味はないからな」
「……さいですか」
四条夏海は、校内なら知らない人などいない超がつくほどの有名人だ。
入学当初からその外観のあまりの美しさや可憐さから話題になっていたのだが、一番のきっかけは去年の文化祭だ。一年生ながら出たミスコンで、他の候補者に一票すら入らないという断トツの優勝。過去でもかなりレベルが高いなんて言われていた去年のミスコンでそれなのだから彼女の容姿についてとやかく言う人間など存在しないだろう。
……どんまい。鷲崎。
一応、心のなかで手を合わせておく。
だが、そんな四条夏海にも一応欠点はある。神はそうそう二物を与えてはくれないのだ。
「ちなみに、最近っていつ知ったんだ?」
「ん?昨日だけど」
「お前すごいな」
「まあな」
「……」
「なんか言ってくれよ!」
「ああ、ごめんごめん。その返しは想定外だったもんで」
いや、ほんとう前後含めて色んな意味で。
「それで?昨日知ったってどうやって?」
「旧図書館があるだろ?」
「あー……分かった。もういいや」
「はやっ!?」
「そりゃあ〈静謐の歌姫〉と会うならそこしかないからな」
僕がそう言った後も赤羽の顔に浮かんだ疑問は消えなかった。むしろその疑問は増えている始末だ。
まあ、ついでだ。赤羽が言う「気になる」がどれくらいなものかも測らないといけないし……仕方ないか。
小さくため息をつく。
心の中で悪態をつきながら。
〈静謐の歌姫〉こと四条夏海について、僕の知る彼女のことを赤羽に話すことにした。
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