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第1章 幼年期からの始まり
その18 婚約。そして旅立つ者への贈り物
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18
白いヴェールをかき分けて彼女を抱きしめてキスしようとしたら、後ろから、思いっきり頭を叩かれた。
「まだ早いわボケ! 婚約だって言ったでしょ!」
シエナ先輩の鉄拳が奮われたのだった。
なにせいつも青竜様にお仕置きしているのだからシエナ先輩の拳は半端ない威力があるのだ。
しかしボケって。
どこの大喜利だ。
「二人とも、外界に生まれ変わって出会い直すって言われたの忘れた? それから大人になれば、なんだってできるんだから! 自重しなさい」
「はい……」
「わ、私は、その……」
図体は大きいのに、しゅんとする、おれ、コマラパ。
たおやかな大人の女性の姿はしているが、どことなく引っ込み思案な少女の面影を残す沙織。ああ、また会えるなんて。
……むむ? おかしい。前世で死んだ45歳壮年、並河泰三は、こんな、子供みたいな男だったか?
転生後の体験や記憶に、大きく引きずられているようだ。記憶にあるよりも幼く少女のような沙織も、そうなのかもしれないな。
『青竜殿は、よい娘を引き取ったものよの。そなたがどんな阿呆な主人でも、うまく操縦してくれるじゃろう。よかったのう』
『白竜殿、皮肉に過ぎるぞ?』
『朴念仁じゃのう。……妾と共に、この娘の二親になってやってはどうかというのじゃ。ならばシエナよ、いかがかの? 妾が母では、いやか?』
「めっそうもない! 白竜様、もしも……本当に、母さまになってくださるなら、あたしは、喜んでお受け致します。でも、青竜様の身の回りのお世話はつづけたいです」
『そうか! そなた、娘になってくれるか! やれ、めでたいことよ!』
白竜様がシエナ先輩を抱きしめた。
うっとりするシエナ先輩。
すると青竜様は、にわかに焦りを顔に出した。
『待て待て! 二人だけで決めるな!』
『おや、青(カエルレウム)は、いやか?』
からかうように笑う白竜様。
『いやなわけがなかろうが、白(アルブス)の!』
あれ? なんか妙な雲行きじゃないかな、竜神さまたち。
まるでケンカばかりしているけど実は仲が良いとか。
「おまえたちは人間などに触れ合っているから影響されているのだろう。まあ良いではないか。この世で経験することは全てが遊び。こころゆくまで楽しむがよい」
全てを見越して笑うグラウケー。
この場で起きている全てを俯瞰し見守っている、精霊たちのすがた。真っ白な森の木立に佇む、銀髪にアクアマリン色の瞳をした精霊たち。
それは、とても……美しかった。
そこに、二人の子供が現れた。
アールと、それからイルダ先輩だ。
「うわ!? なんだここ?」
「ぜんぶ真っ白だわ!?」
「アール!? イルダ!?」
驚いて呼びかけた、おれに。
アールは、ものすごく冷たい視線を向けた。
「誰だよおまえ」
「あっそうか! おれだよ、おれ! アール! コマラパだよ! おれ、前世を思い出したんだ! そしたら、姿が変わって」
『これは魂の姿なのじゃ』
青竜様と白竜様が、揃ってやってきて、おれと沙織の身体を、パン、パン、とはたく。
すると、何かが、剥がれ落ちていく。
銀色のかけらが細かく飛び散って、吹き付ける風にさらわれて消えていった。
「うえ!? も、もとに戻ったぞ!」
「コパ君だ! もとのコパ君よ。……でも、ちょっと育っているみたいね。あたしたちと同じくらいじゃないかしら」
そういうアールとイルダも、少しばかり育っているのだ。
この白い森の影響なんだろうか?
おれたちは四人とも、十歳ほどに成長した姿になっていた。
ところで、アールと、イルダは。
いつの間にか仲良くなっていた。
やっぱり、イルダがアールに何かと構っていたのは、気になっていたからだ。
おれと沙織の婚約を知って、二人は、喜んでくれた。
自分たちも! とノリノリで、ともに婚約を交わすことになった。
「いつのまに、そんなに仲良くなってたんだよアール」
「ま、ま、そこは、それ! おまえだって美人な彼女がいるじゃん!」
イルダも、白いヴェールがよく似合っていた。
おれたちはそれぞれ、相手の指に、指輪をはめる。
キスはなし。ハグで。
抱きしめると、いい香りがした。
どこか、懐かしい、花のような香り。
ともかく、こうして。
精霊たちと青竜様、白竜様に立ち会って頂き、おれと沙織、アールとイルダは婚約した。
精霊グラウケーが贈ってくれたのは対になっている『水の指輪』だ。
水を自在に操ることができる上、重要なのは「緊急避難」で、指輪に願えばいつでも、どこからでも、この白き森に還ってくることができるのだ。
ところで、大盤振る舞いなことに、グラウケーはアールとイルダにも『指輪』を贈ったのだった。
こちらは『火』の指輪だという。
火に不自由しないのか?
白き森に帰ってこれる緊急避難効果も同じく、ついている。
「いいものを頂いた。おれたちにまで、すみません」
「なんの。そなたらの門出に手向けじゃ」
「ありがとうございます」
精霊グラウケーに頭を下げた後。
アールはおれのほうを向いた。
「じゃあ、おれたち先に行くわ。元気でな」
「また、会おうね」
アールとイルダが、連れだって、手を振る。
「え? 先に青竜様の泉に帰るの?」
馬鹿なことを聞いた、おれに。
アールは、笑って答えた。
「おれとイルダはさ。もう二百年も青竜様にお仕えしてきたんだよ。そろそろ頃合いだ。おまえが来てから、すげえ楽しかった。満足したよ……世界に還る。縁があったら、また生まれてくるさ。たぶん、おまえのそばに。ただ残念なのは、おれだっていうことをわかってもらえるか自信が無いんだがな!」
アールとイルダは、世界に還るというのだ。
青竜様のもとで暮らしていた、おれたち魂は。
たとえば幼くして生贄となったために魂に刻まれた、怒りや苦しみを抱いた者は、世界に還れない。
そんな魂を癒やすのが、青竜様たちの役目のひとつなのだった。
世界に還元する……それは、今世の記憶を忘れ去り、新たな生命として生まれ変わるということ。
光の中に進み出て、ゆっくりと薄れて消えていく、アールとイルダ。
「さて、おまえたちは、どうする?」
尋ねるのは、グラウケー。
「おれは……」
胸の奥が、ぎゅっと、痛んだ。
「おれは転生したくありません。せっかく取り戻した記憶を、沙織のことを、今生の母親のことを、忘れたくない!」
『だが、異界と外界の時間の流れは違う。外では、おまえが生贄になってから百年が過ぎている。帰っても、もう、おまえの村はないぞ』
「それでも。おれは沙織と、手を取り合って外に出ていきたいんです」
「私もです! この婚約をなかったことにしたくない。もう、離れたくありません」
「やれやれ、決意は固いようだ。言っておくが、わたしは悪役になりたいわけではないからな」
グラウケーが、肩をすくめる。
「転生しても、この指輪は無くすことはないし、沙織と縁が切れるというわけではなかったんだが。まあ、このたびの生みの母セーアの記憶は消えただろうな」
『まったく頑固者め。では、行くがよい。約束通り、わしの贈り物を受けてゆけ。手ぶらで外界に送り出したりはせぬよ』
門出のための贈り物だ、と言って、おれの主にして人生の師匠、カエル様こと青竜様がくれたのは、すきとおるように青い石のような素材でできた腕輪だった。手首を通すと、自動的にサイズを調整できるらしく縮んでぴったりにおさまった。
『ふふん、どうだ! 青竜のブレスレット。雷の加護だ。天候を自在に操れるぞ』
「ものすごいものを下さいますね……!」
『なんの、まだまだあるぞ!』
大陸の全ての国で通用する、通貨に換えられる粒金が30粒入った小さな皮の巾着。
金銭の価値はまったくわからないが、有り難いことだ。
飢えて死ぬことはないだろう。
『よいか気をつけよ。それは空になることはない。小粒金をいくら使っても尽きぬようにしておいた。ただし他の人間には知られるな。災いを招くであろう』
「確かに、他人に知られたら危険かもしれないですね」
『そしてもう一つ。我が青竜の異界で触れたもの、育てたものの種や苗木を手中に引き寄せられる能力だ。心して用いよ。おまえなら大丈夫だろうが、やはり、他人には黙っていることだ。人は容易に悪意に傾く』
白いヴェールをかき分けて彼女を抱きしめてキスしようとしたら、後ろから、思いっきり頭を叩かれた。
「まだ早いわボケ! 婚約だって言ったでしょ!」
シエナ先輩の鉄拳が奮われたのだった。
なにせいつも青竜様にお仕置きしているのだからシエナ先輩の拳は半端ない威力があるのだ。
しかしボケって。
どこの大喜利だ。
「二人とも、外界に生まれ変わって出会い直すって言われたの忘れた? それから大人になれば、なんだってできるんだから! 自重しなさい」
「はい……」
「わ、私は、その……」
図体は大きいのに、しゅんとする、おれ、コマラパ。
たおやかな大人の女性の姿はしているが、どことなく引っ込み思案な少女の面影を残す沙織。ああ、また会えるなんて。
……むむ? おかしい。前世で死んだ45歳壮年、並河泰三は、こんな、子供みたいな男だったか?
転生後の体験や記憶に、大きく引きずられているようだ。記憶にあるよりも幼く少女のような沙織も、そうなのかもしれないな。
『青竜殿は、よい娘を引き取ったものよの。そなたがどんな阿呆な主人でも、うまく操縦してくれるじゃろう。よかったのう』
『白竜殿、皮肉に過ぎるぞ?』
『朴念仁じゃのう。……妾と共に、この娘の二親になってやってはどうかというのじゃ。ならばシエナよ、いかがかの? 妾が母では、いやか?』
「めっそうもない! 白竜様、もしも……本当に、母さまになってくださるなら、あたしは、喜んでお受け致します。でも、青竜様の身の回りのお世話はつづけたいです」
『そうか! そなた、娘になってくれるか! やれ、めでたいことよ!』
白竜様がシエナ先輩を抱きしめた。
うっとりするシエナ先輩。
すると青竜様は、にわかに焦りを顔に出した。
『待て待て! 二人だけで決めるな!』
『おや、青(カエルレウム)は、いやか?』
からかうように笑う白竜様。
『いやなわけがなかろうが、白(アルブス)の!』
あれ? なんか妙な雲行きじゃないかな、竜神さまたち。
まるでケンカばかりしているけど実は仲が良いとか。
「おまえたちは人間などに触れ合っているから影響されているのだろう。まあ良いではないか。この世で経験することは全てが遊び。こころゆくまで楽しむがよい」
全てを見越して笑うグラウケー。
この場で起きている全てを俯瞰し見守っている、精霊たちのすがた。真っ白な森の木立に佇む、銀髪にアクアマリン色の瞳をした精霊たち。
それは、とても……美しかった。
そこに、二人の子供が現れた。
アールと、それからイルダ先輩だ。
「うわ!? なんだここ?」
「ぜんぶ真っ白だわ!?」
「アール!? イルダ!?」
驚いて呼びかけた、おれに。
アールは、ものすごく冷たい視線を向けた。
「誰だよおまえ」
「あっそうか! おれだよ、おれ! アール! コマラパだよ! おれ、前世を思い出したんだ! そしたら、姿が変わって」
『これは魂の姿なのじゃ』
青竜様と白竜様が、揃ってやってきて、おれと沙織の身体を、パン、パン、とはたく。
すると、何かが、剥がれ落ちていく。
銀色のかけらが細かく飛び散って、吹き付ける風にさらわれて消えていった。
「うえ!? も、もとに戻ったぞ!」
「コパ君だ! もとのコパ君よ。……でも、ちょっと育っているみたいね。あたしたちと同じくらいじゃないかしら」
そういうアールとイルダも、少しばかり育っているのだ。
この白い森の影響なんだろうか?
おれたちは四人とも、十歳ほどに成長した姿になっていた。
ところで、アールと、イルダは。
いつの間にか仲良くなっていた。
やっぱり、イルダがアールに何かと構っていたのは、気になっていたからだ。
おれと沙織の婚約を知って、二人は、喜んでくれた。
自分たちも! とノリノリで、ともに婚約を交わすことになった。
「いつのまに、そんなに仲良くなってたんだよアール」
「ま、ま、そこは、それ! おまえだって美人な彼女がいるじゃん!」
イルダも、白いヴェールがよく似合っていた。
おれたちはそれぞれ、相手の指に、指輪をはめる。
キスはなし。ハグで。
抱きしめると、いい香りがした。
どこか、懐かしい、花のような香り。
ともかく、こうして。
精霊たちと青竜様、白竜様に立ち会って頂き、おれと沙織、アールとイルダは婚約した。
精霊グラウケーが贈ってくれたのは対になっている『水の指輪』だ。
水を自在に操ることができる上、重要なのは「緊急避難」で、指輪に願えばいつでも、どこからでも、この白き森に還ってくることができるのだ。
ところで、大盤振る舞いなことに、グラウケーはアールとイルダにも『指輪』を贈ったのだった。
こちらは『火』の指輪だという。
火に不自由しないのか?
白き森に帰ってこれる緊急避難効果も同じく、ついている。
「いいものを頂いた。おれたちにまで、すみません」
「なんの。そなたらの門出に手向けじゃ」
「ありがとうございます」
精霊グラウケーに頭を下げた後。
アールはおれのほうを向いた。
「じゃあ、おれたち先に行くわ。元気でな」
「また、会おうね」
アールとイルダが、連れだって、手を振る。
「え? 先に青竜様の泉に帰るの?」
馬鹿なことを聞いた、おれに。
アールは、笑って答えた。
「おれとイルダはさ。もう二百年も青竜様にお仕えしてきたんだよ。そろそろ頃合いだ。おまえが来てから、すげえ楽しかった。満足したよ……世界に還る。縁があったら、また生まれてくるさ。たぶん、おまえのそばに。ただ残念なのは、おれだっていうことをわかってもらえるか自信が無いんだがな!」
アールとイルダは、世界に還るというのだ。
青竜様のもとで暮らしていた、おれたち魂は。
たとえば幼くして生贄となったために魂に刻まれた、怒りや苦しみを抱いた者は、世界に還れない。
そんな魂を癒やすのが、青竜様たちの役目のひとつなのだった。
世界に還元する……それは、今世の記憶を忘れ去り、新たな生命として生まれ変わるということ。
光の中に進み出て、ゆっくりと薄れて消えていく、アールとイルダ。
「さて、おまえたちは、どうする?」
尋ねるのは、グラウケー。
「おれは……」
胸の奥が、ぎゅっと、痛んだ。
「おれは転生したくありません。せっかく取り戻した記憶を、沙織のことを、今生の母親のことを、忘れたくない!」
『だが、異界と外界の時間の流れは違う。外では、おまえが生贄になってから百年が過ぎている。帰っても、もう、おまえの村はないぞ』
「それでも。おれは沙織と、手を取り合って外に出ていきたいんです」
「私もです! この婚約をなかったことにしたくない。もう、離れたくありません」
「やれやれ、決意は固いようだ。言っておくが、わたしは悪役になりたいわけではないからな」
グラウケーが、肩をすくめる。
「転生しても、この指輪は無くすことはないし、沙織と縁が切れるというわけではなかったんだが。まあ、このたびの生みの母セーアの記憶は消えただろうな」
『まったく頑固者め。では、行くがよい。約束通り、わしの贈り物を受けてゆけ。手ぶらで外界に送り出したりはせぬよ』
門出のための贈り物だ、と言って、おれの主にして人生の師匠、カエル様こと青竜様がくれたのは、すきとおるように青い石のような素材でできた腕輪だった。手首を通すと、自動的にサイズを調整できるらしく縮んでぴったりにおさまった。
『ふふん、どうだ! 青竜のブレスレット。雷の加護だ。天候を自在に操れるぞ』
「ものすごいものを下さいますね……!」
『なんの、まだまだあるぞ!』
大陸の全ての国で通用する、通貨に換えられる粒金が30粒入った小さな皮の巾着。
金銭の価値はまったくわからないが、有り難いことだ。
飢えて死ぬことはないだろう。
『よいか気をつけよ。それは空になることはない。小粒金をいくら使っても尽きぬようにしておいた。ただし他の人間には知られるな。災いを招くであろう』
「確かに、他人に知られたら危険かもしれないですね」
『そしてもう一つ。我が青竜の異界で触れたもの、育てたものの種や苗木を手中に引き寄せられる能力だ。心して用いよ。おまえなら大丈夫だろうが、やはり、他人には黙っていることだ。人は容易に悪意に傾く』
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